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明和期俯永面背刔輪
制作作日記
2021年1月~12月31日分まで
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ひみつ
 
八厘会(天保仙人様が主催する古銭会)
天保通寶の研究を中心に、各種泉談が満載の会です。

例会日:原則として8月・12月を除く毎月第4土曜日
 
12:00 開場・受付
12:30 『楽笑会』骨董美術何でもオークション
14:00 『八厘会』天保通寶研究など
15:00 盆回し式入札会
16:30 終了(後片付け)
会費:500円(大学生以上の男性のみ。付添者は無料)
電話:090-4173-7728(事務局 日馬)
東京駅地下1F「八重洲中央口改札」→八重洲地下街突き当り右「24番出口」へ →
→ 左側「銀座・京橋・中央通り」階段上がる(地上へ)→ しばらく歩き「久安橋」を渡る
→ 「久安橋」を渡ったすぐ右手にある「麺屋一(はじめ)」のビルの3階が会場です。
※八重洲中央口改札からほぼまっすぐ徒歩12~14分のイメージです。

会場住所:東京都中央区八丁堀2丁目1-2 
    「八丁堀水澤ビル」3階 コンビニエンス・スタジオ「サムシン」

 
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貨幣そうだ!「貨幣」を読もう!
貨幣誌は戦前の東洋貨幣協会時代から続く、現存する最も古く、かつ権威ある貨幣収集愛好家団体です。貨幣収集趣味が衰退している昨今、生で勉強できる貴重な研究会場であるとともに、情報収集することもできる交流の場でもあると思います。かくいう私、会費は払ったものの、例会には参加したこともなく、果たして正式会員であるかどうかも分からない幽霊です。まあ、今でもこの情報誌が送られてくるから会員なんでしょうね。
日本の貨幣収集界が底辺を広げてもっと盛り上がってもらいたいので、その気のある方、私のように地方在住で仕事の関係で参加できない方も、情報収集アイテムとしてご参加・ご活用ください。
入会申し込み先
〒243-0413 神奈川県海老名市国分寺台1-15-14
日本貨幣協会事務局(副会長) 吉田守 ☎090-7839-4437
郵便振替00110-0-8563 日本貨幣協会 

※年会費は5000円だったと思います。この記事は勝手な応援広告なので必ずお問い合わせください。
       
古銭関係リンク
 
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2月26日【アテネのフクロウコイン研究】
収集から郵送物が届きました。あれれ、こんな時期に何かなと思ったら鳳凰山様からの贈り物でした。ありがとうございます。鳳凰山様といえば符号銭・皇朝銭・寛永銭といった穴銭専門のイメージでしたが、最近収集誌上にフクロウコインについて連載されていて・・・古代ギリシャコインにもはまってたと思い出しました。古代ギリシャの銀貨は手作り感がすごく、穴銭にも通じる・・・見方によってはそれ以上の味わいがあり、私に財力と文献を読む力さえあればぜひ集めたいジャンルでもありました。古さが桁違いですし、少なくとも家族受けは良さそうです。何を隠そう穴銭収集に行き詰りかけたとき瞬間的に私もギリシャ・ローマの打製金銀貨に手を出したこともあるのです。結局、HP制作にのめり込んだため2枚ほど購入した安い(それでも結構見栄えのあった少し時代の下がった)金貨などは売り飛ばしてしまいました。先に出た「愛銭家雑記が知命泉譜(壱)でどうやらこちらが(弐)のようです。この勢いなら(参)も出されるのではないかと・・・。それにしても実に収集の幅が広い。こんな美しいフクロウの二、三羽なら手元においても良いかなと思いませんか。
この書籍は書信館出版社から最新刊として発売されています。
知命泉譜・弐(外国貨幣の部)『アテネのフクロウコイン研究』余禄・古代インドコインのコインから
鳳凰山 神野良英 著 B5判80項/1980円(税込み:送料350円別)

知命泉譜・壱(日本古貨幣の部)『愛泉家雑記』ーこの深遠なる世界に一灯をー
鳳凰山 神野良英 著 B5判104項/2200円(税込み:送料350円別) もどうぞ!
お問い合わせ 042-484-5531 書信館出版株式会社
〒182-0026 東京都調布市小島町1-21-6 アジャンタ調布403号
 
4月13日【錯笵の美】
モトさんから頂戴した画像です。モトさんは天保仙人様と寛永通寶収集家のAさん2人の強力なアドバイザーのもと古銭を勉強中。これは強力無比な助っ人でして、将来有望です。
錯笵は本来は収集の余興というべきものなのかもしれませんが、古銭を知るためには書体よりも製作を学ぶべきという師の教えに従えば、これは立派な教科書で、好きこそものの上手なれの格言の通り、好奇心は成長の糧でもあるのです。
背ズレと落下による錯笵、重輪で、雑銭ながらどうしてこんなものができたんだろうと思いを馳せることにより、空想が広がります。このようなものに興味が持てるモトさん・・・あなたは大したものです。でも、古銭の迷宮は深く、興味のない方からすればただの変人に見えると思いますので、没我し過ぎないようご注意ください。
※携帯電話を機種変更しましたが設定に四苦八苦しています。参ったのがパスワード。4~5種の言葉の組み合わせパターンを持っていますが、大文字小文字を交えるとパターンが10種以上になってしまい何が何だか分からない。複数回間違うとフリーズになってしまうものもあり、あせるのなんの。携帯電話のGメール機能が昨夜やっと開通しました。ヤフーメールもあったはずですがもはやアドレスが分からない。最近はGPS機能のせいで、訪問の先々が筒抜けで、お店の評価を求められるようにもなりました。初めは面白がってましたが、監視されているみたいで・・・。そんなに高機能はいらないですね。HPの見え方も機種により全く違うことを知りました。パソコンも換えないといけないのですが、さらに問題が起こりそうです。
 
4月12日【パラパラ画像】
68式ヲヤジ様がパラパラ動画にチャレンジしたそうで、仙台長足寶の兄弟銭を重ねてみたそうです。なかなか繊細な作業が必要なので「おじさんヘトヘト」みたいです。よく頑張りました。汗と涙の結晶をぜひご覧ください。
試験画面上ではうまくいったのですが、UPしたら動きませんでした。

結局、ホームページソフトの機能を使って再編集しました。携帯電話のブラウザではパラパラにならないと思いますのでスライドショーをつけてみました。おじさんヘトヘトです。
上手くいかなかった理由は外部ファイルとサーバー側が認識し、ブロックしてしまうためらしいのですけど・・・よくわかりません。68式ヲヤジ様、・・・力不足の私をお許しください。 
 
4月8日【踏潰的な顔:延展】
密鋳4文銭は私の収集品最大の謎スポットです。天保通寶不知銭は入手品の8割以上がHPに掲載されているのに対し、密鋳4文銭に関しては代表的なもの以外はほぼ手付かず。掲載率はおそらく4割ぐらいで、入手したままの状態でほったらかしのものばかりです。そうなった背景には老眼の進行という切実な問題がございます。肉眼でアルバムのビニール越しに古銭を観察することが困難になったからで、コインフォルダーのネームを書くのも億劫で最近は何をするのも面倒くさい。
コインフォルダーのビニールがたるんでしわになっているのも見にくい原因で、入れ替えが必要なのです。(最近のコインフォルダーはセロファンのたるみが多く、それをとるためにはコンロであぶるひと手間も必要。ああ~面倒くさい。)
 
そんな私のカオスな世界にに昨夜踏み込みました。きっかけは雑銭掲示板に踏潰銭の投稿があったことですけど、探しているうちに、そういえば「雑銭の会の暴々鶏会長から頂いた盛無背異永があったはずだと探し始めてしまいました。なにせフォルダーに何も書いていない上、適当に放り込んでいるので見つからない。1時間、2時間とたち諦めかけたところでようやく全く違う場所で発見できました。
それが画像一番上の品です。この品を初めて見たときの印象は「浄法寺って赤くないんだ・・・」ということ。私の分類はいい加減で、昔から赤くて側面が台形仕上げで背が浅いものをかたっぱしから浄法寺系としてしまっていますが、勘(いえ、思い込み)だけで何の根拠があるわけではありません。盛無背異永は背は浅いものの黄銅質で輪はロクロ風の横やすりです。これは天保通寶の浄法寺とも、浄法寺飛鳥と呼称されるいわゆる後期銭とも異なる感じ。結局良く分からないけど、見つかったから満足?。

巨大な背盛濶縁銭は密鋳母銭で外径は28.8~29.2㎜ある立派なもの。肉厚で重量も8.5gあります。これを江戸コインオークションで見たとき、これこそ踏潰だ・・・と思いましたが、どうなんでしょうか?延展というより覆輪ですかね。表面はなめらかに砥石仕上げされています。密鋳の背盛はいろいろな銅質・製作があります。江刺風の肌でで側面が粗い斜めやすりのものが同じオークションで出されていて、興奮気味に落札をしたことを覚えています。

続く大型銭は間違いなく踏潰銭。大きさは29.35~29.7mmのお化け。この古銭がきっかけで東北のSさんと知り合いました。方泉處の東北・北海道の貨幣に掲載されている濶永母(当時の分類名、今では広永とされます。)と輪の形状、下部の傷の位置がぴったり符合しますし、面側の雰囲気もそっくり。北海道と東北の貨幣をお持ちの方は33Pを開いて確認してみてください。少なくとも兄弟銭です。踏潰銭の表面は砂磨き仕上げが目立ちますが、砥石がけもしっかりされていて、これはかなり滑らか。内径が特に大きいわけでもなく、背の波も太いので私もSさんも母銭ではないと思っていますがいかがでしょうか?圧延された品かなあ?

黄色い踏潰はきれいでしょう?通頭が俯しているから俯頭通・・・としたいところですけど実は正永進冠という分類。このあたりはSさんの方が目が利きます。たぶん暴々鶏会長から購入したものじゃなかったかしら。踏潰は昔は秋田と言われていましたが銅質から見る限り岩手でしょうね。ここまできれいなものは少ないと思います。

踏潰の小字写しは、初めて見たとき「延展だ!踏潰銭だ!」と叫んでしまいました。Sさんの分類の小字手の踊永とは完全符合しないのですけどまあ、微妙に仰フ永でもあるし、私的にはこれはこれで良いと思っています。少なくとも踏潰の製作なのですから・・・。

小字写し・・・背波が抉られたように深い一品で、銅質だけは踏潰。これは何とも言えない品なんですけど背の作りが面白いので載せました。踏潰系ということで・・・。

正字写し。Sさんの分類譜には正字写しが掲載されていません。密鋳銭アラカルトにはこの画像の品の類品と思しきものが何枚か掲載されておりますが、これも踏潰系じゃないかと思いたい品です。ただ、砂磨きが強烈で逆に砥石仕上げ部分が全く見えません・・・やっぱり違うかなあ。側面を見たら見事な斜めやすり。やっぱり違うみたいですね。純正な踏潰銭の正字写しはあるんでしょうか?

正字写し。フォルダーには輪斜めやすりとあります。つまり上の品と同じ系統のようです。これも暴々鶏会長の愛銭だった品ですけど、恥ずかしながら今までほとんど気にしていませんでした。。

粗造歪形の正字写し。こうなるともう銭としての形さえありません。ロクロどころかやすりもなく、タガネで叩き切って出荷したとしか思えません。輪を叩いて少しでも丸くしようとしたような雰囲気もあります。銅色は盛無背や小字写深背に近いものがありますね。
結局さしたる発見はありませんでしたが、少なくとももう一度勉強しなおす必要があるということだけが分かりましたね。
皆様、密鋳4文銭については私のHPの分類に惑わされないでくださいね。本当にいい加減ですから。

※九州の祥雲斎様へ
昨日、わずかばかりですが寄付金を振り込ませていただきました。運営費の一部としてご笑納ください。
 
4月1日【密鋳の寛永 踏潰かな?】
上段はネットで買ってしまった出来損ない。ひどい鋳不足でこういったものは傷物としてあまり評価されないのですけど穿の様子が可愛いので手が動いてしまった。側面は不規則な手仕上げ風。銅質や側面仕上からこのタイプを踏潰系にする方もいらっしゃいます。その気持ち分からなくもありません。鋳不足がまるで魂が飛んでいるみたい・・・スピリチュアルです。
下段の密鋳4文銭は俯永の写しですけど、入手して15年以上たちますが、大きくて立派で色は明和に近くて類品をあまり見たことがない・・・だから位置づけが分からなかった。その後、考えることをやめてしまっていたのですが、久々に手にして感じました。これも踏潰の系統じゃないかということ。側面仕上がいかにも手仕上げの多面体仕上げ風なんです。大きくて延展は感じますが背の波は潰れていません。だから踏潰にはできなかったんですけど、手の感触は踏潰だと言っています。なお、東北のSさんによると踏潰の俯永写しはものすごく珍品なのですけど、これは異なります。S氏も別物として扱うと思いますけど・・・でもこんな奴があっても良いと思いませんか、だめですか。
→ 踏潰銭分類考
→ 密鋳銭アラカルト
 

3月22日【Tさんから】
関西のT参から投稿画像が届きました。ご本人のコメントを少し直してそのまま掲載しています。
※印は私のコメントです。
・福岡離郭 兄弟銭

離郭中郭で面郭の形状、及び郭右横の地に同じ凹みがあります。

もし同じ凹みのある離郭細郭や爪百、濶縁などがあれば非常に面白いので、もし発見しましたらご一報ください。

右)長径49.05mm 
  短径32.05mm
  銭文径42.05mm

左)長径49.15mm
  短径32.65mm
  銭文径42.05mm


・不知細郭手覆輪刮頭天
関西のS様の品や浩泉丸様の品と同じく確かに繊字!張足寳や容弱に近いものを感じる一方、遒勁の様にも見えます。あまり銅質、肌質にブレはないようですね。
ところで名称の刮頭天、天字を刮ぐということは削頭天と意味合いが同じということでよろしいのでしょうか?
長径49.20mm
短径32.60mm
銭文径40.80mm
※私は同じ意味合いだと思っていますが、名称としてはあまり特徴をとらえていません。繊字の特色がやはり際立っていますから、それを生かした方が良いかもしれません。

・不知長郭手三角高頭通覆輪次鋳
先日掲示板で紹介しました三角高頭通です。なぜまた投稿したかというと、最新記事掲載の関東のH様の右品が同種だから。次鋳は細字になるものが多くみられ、パッとみると私の品と印象は異なるものの、通頭の形状や當上刔輪、そして必ずある花押傷が一致します。浩泉丸様も4枚程保有していると記憶していますので機会があればご確認下さい。
長径48.10mm
短径32.05㎜
銭文径40.35mm
※えっ!、そんなに同じものを私持ってましたか?兄弟銭探しの慧眼は関西のTさんにはまったくかないません。私のHPも隅から隅まで見てらっしゃる恐れ入りました。

・不知長郭手 貼り合わせ手縮形
穿内に明確な段差のある長郭手です。貼り合わせ手は削頭天と斜尓離貝寳を除いて無名品ばかりで銭譜に記載がなく、本品に関してもイマイチ特徴を把握しきれていません。類品を探しているのですがこれに近い品をご存知ないでしょうか?刻印は○の中に木。
長径47.45mm
短径31.30㎜
銭文径40.60mm

※貼り合わせは「面細郭に背長郭の書体」というのが相場で、2枚の銭を面背で貼り合わせたようだ・・・が由来。名品の斜珎は貼り合わせというより「中見切り」と呼ぶのが本来は正しく、鋳型の合わせ目が厚みの中間にあるのが特徴です。
この製法の最大の欠点は型ずれを起こした際に、修正が効きづらいこと。画像の品は面背がほぼ正しくおさまっているのに段差が残るぐらいですから、もう少しずれたら修正不能ですね。刻印〇木もこの鋳肌も見たような気がしますが、私のHPのヘビー観察者のTさんが見いだせないのなら、私は持っていないのでしょう。皆さんもお探しください。なお、中見切りの天保銭は数は多くないものの時々見かけますよ。数が多くない理由はロスが多く歩留まりが悪いからだと思います。

・広郭手水戸背異様痩通2品
明らかに水戸背異とは製作の異なるグレー品です。側面角に鋳ばりの様なでっぱりがある事、地と文字がボコボコに変形し歪むにも関わらず輪は一切歪まない事、色は久留米銭に近い赤褐色と背異には見かけない濁った黄土色をしている事、そして2枚とも側面仕上げが同じ事。まるで砂で揉み洗いしたような細かい不規則な傷があらゆる方向に向いてついています。これ何だと思いますか?
ご意見をお寄せください。
赤)長径48.85mm
  短径32.45㎜
  銭文径41.00mm
黄)長径48.40mm
  短径31.90
  銭文径41.05mm

※背異と久留米って明らかに製作が異なりますよね。文字周囲の彫り込みもあまりないような・・・でもなんとなく近似点もある。幕末ですから製作は安定しなかったんでしょうけど謎です。これを不知にするか、背異にするかは微妙だなあ。側面の極印が見たいです。
なお、背異替、正字濶縁などの石持ち桐極印類は最近の説では久留米に固まりつつあるようですけど、深字大様銭の存在などまだ良く分からないことも多いです。

 
3月17日【常連のお目こぼし】
本日は投稿画像から。最近はネットの競争が激しくて、天保通寶ので物が少ないのですが、なかには多くのウォッチャーの目をかいくぐり抜けた地味ながら可愛い奴がいるようで・・・
はじめは関東のHさんから。平凡な顔ですけど立派な鋳写の不知銭です。背のずれ方が可愛い。左は縮形で背が郭抜けですね。右の背の偏輪ぶりも良いですね。
左:長径47.5mm 短径31.0mm
  銭文径40.2mm 重量21.65g
右:長径48.3mm 短径31.7mm
  銭文径40.1mm 重量20.00g
けっして派手なものではないのですけど、このようなものを拾えた時には市場価値以上にうれしいものです。ネットウォッチャーの常連・猛者どもも欺いたその素朴さが素敵です。

下段は中国の和泉斎さんから頂戴した画像です。中国の方ながら和泉斎を名乗るなど気合が入っていますね。その投稿品が一目醜い・・・ごつごつした岩のような無骨な一文銭です。
お世辞にもきれいとは言えないのですけど、これはこれで貴重な経済遺産なのです。

密鋳鉄銭の母銭なのですけどこれは通用鉄銭から写して銅母銭としたものだと思われます。
密鋳鉄銭の母銭は藩鋳のものよりどうしても見劣りします。このクラスの母銭なら5000円もしないと思いますが、個人的には好きですね。仙台銭の写しが最多だと思われますが中には別座を写したものも存在します。

下段の久ニの写しは特に珍しいでしょう。穴銭入門での評価は8位(12~14000円ぐらいか?)と低いのですけど、評価以上に入手は難しいのです。

密鋳の一文銭系は一部の品を除いてあまり人気はないのですけど、奥が深いのですよ。
 
3月15日【紅白揃い踏み】
大和文庫の寛永銭で久々に大きな買い物をしてしまいました。寛文期亀戸銭の中字背文の白銅母銭です。出品段階の画像である程度白いことは予測がついていましたが、実物を見てその白さに驚きました。繊字系で時おり白く抜けているものは見かけますが、それ以上に白く純白と言っても過言ではありません。昨今は刀剣ブームと聞きますが、日本刀の刃にも似た妖しい輝きに満ちています。ここまで白いのは、関西のSさんの正字背文・・・いや、それ以上でしょう。色彩の補正がほぼなくてこの色ですから。
偶然なんでしょうけどかなり錫の配合比が高いと思います。この母銭に私は5万円払いました。母銭コレクターではないんですけどこれは手に取ってみたかった。計測は傷つけたくないのでオンボロのプラスチックノギスで測っていますから、誤差はお許しください。
外径25.3㎜ 内径20.5㎜ 重量4.2g

さて、もう一枚は加護山鋳という触れ込みの座寛。座寛の加護山写しは見たことがなかったので失敗覚悟のうえで突っ込んでゆきました。到着した品は安南寛永と思うようなミニサイズでしかもペラペラの薄さ。ひと目、磨輪の進んだ火中銭を思い浮かべました。銅質はともかく砂目、やすり目は残念ながら加護山ではありません。大失敗の文字が脳裏をかすめましたが、内径は確かに小さく、写しのサイズなのです。はたして座寛に次鋳ってあったかしら・・・火中品ではありませんようにと思いながらコレクションの仲間に加えることにしました。鐚銭のイメージがあると鋳写しは肉薄軽量のイメージなんですけど、幕末の東北写しはどちらかといえば肉厚のものが多いのです。東北には密鋳鉄銭の文化があるからで、鋳造技術的には肉薄で小さな銭を鋳造するのはとてつもなく難しいはずです。また、密鋳とばれないようにそこまで貧相なものは普通は作らないはずなのですが、幕末の東北は何があってもおかしくないかもしれません。しかし、重量1.2gなんて貧相にもほどがあります。果たしてこれは密鋳なんでしょうか?
外径18.8㎜ 内径16.6㎜ 重量1.2g
 
 

3月14日【細郭手異極印】
なんだろう、不思議な細郭手です。銭文径が本座と同じで書体も同じ。銅質は本座と異なり黒く、重量も重い。穿内やすりは面背から入れられていて中央部で山形に仕上げられています。つまりこれは本座では断じてありません。極印は太い十文字に花序が二つ付いた形の変形桐です。画像では贋作品の不規則桐極印のように写っていますが、この天保通寶はまじめなつくり。細郭手には銭文径のほとんど変わらないものが存在するのですけど、これはまさにその典型です。母銭の横流しがあったという噂話はありますが本当なのかもしれません。
長径49.05㎜ 短径32.6㎜
銭文径41.2㎜ 重量23.9g
 
3月13日【阿仁銭かもしれない・・・】
密鋳銅一文銭は良く分かっていないことが多く、数も少ないのであまり検証していませんでした。そもそも、密鋳銅一文銭が少ないのは、採算性と必要性の問題があったからで、採算が採れなければ作る意味はなく、市場での必要性がなければ危険を冒してまで挑む必要はありません。天保通寶や四文銭に比べれば採算性の劣る密鋳銅一文銭はなんとなく天保通寶や四文銭密鋳のおまけ的存在で作られていたと考えられていました。
寛永通寶の公式一文銅銭は明和期を最期に幕末まで100年間途絶しています。それはつまり銅一文銭の採算がそれ以降にとれなくなったことを意味しているのですが、しかし、幕末~明治期に銅一文銭の交換レートが俄然有利になった瞬間があったらしく、その頃に阿仁銭をはじめとして多くの密鋳座(密鋳の鉄銭座や天保銭座)によって一文銭が作られたと私考しています。
なお、本日も加護山銭でなく、阿仁銭と呼ばせてください。

➊古寛永水戸湾柱永写
ざらざら感のあまりないどろんとした雰囲気ですけど背はいい感じ。ただし、側面は丸く仕上げられていて阿仁とは言い難い。

➋古寛永斜寶写
上記のもの以上に赤い。銭径や文字は縮小していて完全な写し。こちらも側面は摩耗していて丸いのでいまいち。Aさんの仰る東北写しでしょうね。
古寛永の写しは肉厚で比較的立派な大きさのものがありますので、幕末ではなく寛永通寶が出たての頃の密鋳かもしれません。古寛永の写しは多くありません。

❸高津銭写(赤銅)
とてもきれいな赤銅銭。雰囲気で阿仁銭としていましたが輪は丸く阿仁の仕上げではありません。東北密鋳ですね。

❹高津銭写
赤黒く薄い感じ。砂目も異なるので阿仁ではないと判断しています。このタイプは東北密鋳でよく見かけると思います。

➎四ツ寶銭広永写(郭抜け斜穿)
やや黄色い銅質で砂目がだめ。輪の雰囲気はありますが阿仁の系統ではありません。穿は歪んでいます。

➏藤沢・吉田島縮字写
すごく良い感じ。肉厚もあり背の雰囲気も良いもののざらざら感が足りない。人によっては阿仁銭にするかもしれません。

➐藤沢・吉田島縮字写背夷縵小様
砂目や銅質から阿仁銭間違いなしだと思っていましたが・・・輪を子細に観察していたところ縦やすり目を発見してしまいました。

➑藤沢・吉田島縮字写
上のものと非常に作りは似ています。輪の様子は微妙。どちらにでも取れます。こいつの判定はその人次第ですね。ただ、上の銭を含め阿仁銭だっていうこともあり得るので判断は難しいです。

❾鹿島銭細字写
すすで真っ黒に見えますが、銅質砂目は合格です。唯一輪の仕上げに縦方向の目が混じるので阿仁銭には認定できませんでした。前の所有者は阿仁銭と判断していて、私もその分類名で購入していました。

❿阿仁銭の鹿島銭細字写
色合いはかなり異なるように見えますが、前掲示銭と良く似ています。こちらは間違いなく阿仁銭で良いつくりです。

⓫十万坪写
こちらも阿仁銭の触れ込みで購入しましたが、輪にテーパーがかすかに感じられ違うかもしれないと思いはじめました。好みが分かれるところですけど・・・。銅質も少し堅いしざらつきも少ないしやっぱり違うかなあ。

⓬亀戸狭穿写
3月12日の製作日記記事にある亀戸狭穿と比較してみて頂きたい。地が黒く染まっているものの雰囲気は瓜二つです。砂目なんかもものすごく良い感じ。私の中では90%以上阿仁銭で良いと思っていますが、側面が丸みを帯びているんです。
摩耗ってやつなのかもしれませんけど、特徴がその分失せています。絶対に阿仁銭かというとそうでもない・・・自信がない。

判断は難しいですね。➐以降は輪の摩耗が強いので断定ができないといったところです。評価についても人それぞれでしょうね。言えることは絶対に間違いないという品は少ないということ。そのような品は10000円以上提示されても食らいつくべきです。そして・・・同じ価格で売ろうとしても絶対売れるもんじゃない・・・それでも集めてしまうあなたはもう病気です。

※病気の私は密鋳一文もせっせと拾い、購入もしています。やっと50枚近くになりましたがなかなか増えない上に見栄えが悪くて・・・。
 
3月12日【阿仁銭】
Aさんとの携帯メールのやり取りの中で阿仁銭という言葉が飛び交いました。阿仁という言葉は古い寛永銭コレクターなら即座に反応する言葉。今でこそ加護山の名称が一般的になってきましたが、私は今でも阿仁の名称をつい使ってしまうのです。Aさんもそうだったのだと思うと少しうれしくなります。「阿仁とは阿仁銅山のことであり、鋳造地の加護山ではない」というのが加護山派の意見でしょうけど、阿仁の語源は赤土のこと・・・つまり、赤土のような赤色をした銭と考えれば現在でもあながち間違いではないのです。(阿仁派の意見です。と、いうわけで今日は阿仁銭と呼ばせてください。)
Aさんによると阿仁銭は戦前では珍品だったそうで、その後に大量に出現して今に至るようなのですけど・・・あれ、大量見聞録かなんかにあったかもしれないな・・・。そのAさん、阿仁は側面を見ればすぐ分かるといいます。おそらくAさんは側面のやすり形状で阿仁かそうでない東北密鋳かを分けているみたい。私?・・・あまり気にしてなかったですね、雰囲気と勢いだけです。
横やすりが多いようですけど、もっとたくさん見る必要があります。(古泉界の習いでやすり目としましたが、実際には砥石や磨き砂での磨き仕上げのようです。阿仁銭の側面は砥石仕上げだと思います。)手仕上げであろうと思っていたのですが・・・よく見ると
側面は予測以上に平らに仕上げてあるものが散見されます。輪の砥ぎの方向は面背に平行です。ただし、条痕ははっきりしません。
阿仁銭が作られた時代は鉄銭全盛であったこと、当時、当地の鉄銭の母の仕上げから見て、側面はろくろで銭を回転させながら砥石等で仕上げたであろうことが予測されました。それは掲載画像➊のように穿がずれて偏輪になったものが存在することから推定したのですが・・・一方で❹のようにどことなくいびつなものも多いことからやはり手仕上げじゃないかと思いなおしました。条痕もほとんどないですし・・・。
阿仁銭は摩耗しているものも多く、側面仕上げがはっきりしないものもありますので、側面だけで確定判断するのは難しいかもしれませんが、判断のための良い材料になりそうです。側面仕上に対する皆様のご意見お聞かせください。
それ以外の判断は
ざらざらの砂目・・・秋田は鋳砂に恵まれなかった
赤い銅質
③穿の仕上げを無理やり角棒か何かを通して鋳バリを折り曲げて除去しようとしたもの(画像➊)が散見されること
等が特徴でしょう。ただし、①は摩耗で失われますし、②は銅質も保存や配合次第でずいぶん変わります。鉛分の多いものは灰白~灰黒色になったり、金紅色ともいえる丹銅色が一部に見えるものも存在します。(画像➋❸)
③については背側に飛び出した鋳バリが郭に押し付けられたようにへばりついているものがあります。通常、目処抜きと呼ばれるこの工程は、専用の角やすりで鋳ばりを除去した後に角棒に挿すのですが、阿仁銭は最初に角錐状の角棒を強く打ち込んだように思えるのです。秋田天保の小様にも面側から角棒を叩き込んで鋳ばりを除去したようなもの・・・銭全体が凹形に歪んでいるものが散見されるのです。銅質と言い嵌郭の技法と言い秋田小様と阿仁銭は同じ職人がかかわっているように思えます。

見事な偏輪銭。背には鋳ばりが飛び出した後に押しつぶされたようにへばりついています。見た目は悪いものの製作面での良いサンプルです。
次鋳母銭と思われるもの。銅質は黒く、一般の通用銭とは異なる感じ。穿の仕上げも丁寧です。
英泉還暦記念泉譜に掲載された含鉛銭。村上師遺愛品。これを愛せるとは・・・・。
図絵原品の繊字狭文無背の鋳写母銭。新寛永通寶図絵には通用銭として掲載されていますが一回り大きい上に穿内の仕上げが異なります。
繊字の改造母・・・阿仁銭のものじゃないとは思いますけど、こんなものがあってもおかしくありません。参考までに。
藤沢銭の阿仁写し。小ぶりですけど100%阿仁の風貌を持つ美銭です。以降は文銭以外の珍しい写しが並びます。
亀戸狭穿写。新寛永通寶図会・北海道と東北の貨幣・英泉還暦記念泉譜など各泉譜を飾った原品です。
小梅銭狭穿背小写。第28回みちのく合同古銭大会研究発表資料原品で菅原直登師の遺愛品。
 
3月6日【美しき白銅母】
大和文庫の入札に出ていた白銅の中字母銭です。画像の美しさに目が釘付け。涎が止まらなくなってしまいました。正字縮文が出ていたは我慢できたのですが、こいつには参りました。しかし、出品価格は通常母銭の3倍以上。気弱な私にはおいそれと手が出せる品じゃありません。悩んだ挙句、最低価格に色を少し加えて突進してしまいました。欲しいのにお金を払うことに躊躇している矛盾した人格が自分の中いる。人格崩壊しそうです。果たして結果はいかに。
 
3月2日【ジャンピングインディアン】
侍古銭会のタジさんとメールやり取りをして話題になりましたが、このコインのことを知っている方の多くは昭和40年代に始まったコインブーム体験者じゃないかしら。アルバムの中を探して再発見しました。メキシコオリンピックの公式記念貨幣なのですけどインディアンの足元の五輪の輪の左右が少し高く描かれていて、インディアンが中央の輪を蹴ってジャンプしているように見えるためこのように呼ばれています。製造上のエラーではなく、いわゆるデザイン上のエラー貨幣で、問題になって多くが流通前に回収されたため700万枚の発行数のうち50万枚だけがこのデザインのようです。穴銭に比べて50万枚という数字はとてつもなく多いのですけど、近代銭としてはやはり少ないのでプレミアムがついているとかいないとか。ネットで見ると怪しいレプリカものもありそうなのでご注意を。このクラスの手替わりは本来ならば1~2万円ぐらいしてもおかしくない気がするんですけどね・・・。
画像のコインは「コイン利殖入門」という本に刺激を受けて中学生時代にお年玉をはたいて千葉のお店「大宝堂」で買い求めました。当時でも5000円以上したと思います。夢を買いましたが利殖には今一つならなかったようで。
ほぼ同じ頃(多分その1年前)に同じお店で購入した不知天保通寶の俯頭通は店主が自慢げに金庫から出して見せてくれた品で、これは掘り出し物でした。お年玉をしこたま?ためて持っていたので「いくらぐらいするのですか?」と聞いたところ、手持ち金オーバーの12000円と言われました。お年玉について少し話していたので、からかわれたのかもしれません。しかし、諦めきれなかった私は、一度お店を出ると数キロ先にお店を構えていたオジサンのところに(徒歩で)年始の挨拶とばかりお年玉の無心に伺ったのです。諦めて帰ったとばかり思っていたコイン店主は約1時間後に再び現れた私に目を丸くしながらもしょうがないなあと、俯頭通を譲ってくださいました。(男だねぇ~)その結果、食事代も帰宅のためのバス代をも使い果たして、すっからかんになったほろ苦い思い出があります。
 
2月21日享保期佐渡広佐面背逆製
佐渡銭は面背逆性が比較的見つかるといいますが、私自身は寛保期の鉄銭座銅銭の1枚しか保有していませんでした。別に躍起になって集めるほどのものではありませんが、新しいものを見ると欲しくなる・・・これはコレクターの病気です。見た目に美しいわけではなく、いや、むしろ醜く、将来誰にも見向きもされないだろうなあと思いながら私だけの花園のハーレムで楽しむ変態です。

 
長郭手宏足寶薄肉小様(贋作) 
2月17日【違和感ある品々】
詳しくは雑銭掲示板に投稿してありますが、稲陽舎様でも手に追えないと称した品。彼が手に負えないのなら私が手に負えるわけがありません。
贋作として判断しましたが決定的な何かがあるわけではありません。鋳造技術的なものを含めバランスが悪いのです。近年中国で作られている品の進化形だと思いますけど汚し方が非常にうまくなりました。鋳物で砂目もありますが鉄粉か何かを表面に焼き付けているように見えます。薄くて銭文径が大きいのは焼き仕上げのためかもしれません。
長径47.9㎜! 短径31.0㎜! 
銭文径41.7㎜! 重量15.6g!

寛文期亀戸銭正字背文初鋳超大型母銭 外径25.9㎜! 内径20.7㎜ 
モトさんが昨年投稿してくださった寛文期亀戸銭正字背文超大型銭です。Aさんの鑑定により初鋳の母銭にまちがいないとのこと。画像ではわかりませんが銅質も少し違うようで白味が強い(白銅質系)ようです。文銭の母銭鑑定は難しくこんなに大きくても単独画像で見てしまうと通用銭のきれいなものとあまりかわりません。母銭としての役目を終えて通用銭に格下げされて流通に回されるときに面砥ぎされて文字を太くして母銭として再利用されないよう配慮されているからかもしれません。しかし、25.9㎜は巨大ですよ。
密鋳古寛永斜寶写赤銅銭 外径23.9㎜! 4.8g! 


稲陽舎さんから頂いた品。火中品ではなく銅色からして赤い。阿仁・加護山系の銅色です。なにより小ぶりで可憐です。斜寶は24㎜以上がほとんどなのですが小さく撰文縮小しています。特に肉厚というわけではないのに重さもしっかりあります。これはこの密鋳銭の鉛含有量が多いことに他なりません。好事家しか集めてないでしょうけど古寛永の密鋳銭はかなり少ないのです。
 
酔人のひとりごと
モトさんの25.9㎜の文銭はAさんが絶賛していました。画像をもう一度見たいとリクエスト中です。
東北のTさんの「千」の古銭箱にリンクを貼りました。なお、古銭関係リンクにも同じく東北のEさんのブログ「岩手関係の貨幣のお話です」とともにリンクされました。侍古銭会が表紙を一新したとか・・・。
 
明和期正字面背逆製 
明和期俯永面背逆製 
明和期小字面背逆製
明和期當4文銭の面背逆製3種
みんな見事な円穿です。3種集めるのにとても時間がかかりました。費用はさして掛かっていませんがお金をかけても集めるのがとても難しい錯笵です。見た目が醜悪なものの多い面背逆製のなかでは、比較的美銭ぞろいです。

余談ながら・・・
上記の画像を撮るため、コインアルバムの中を捜索しました。ところが小字の面背逆製がどうしても見つからない。昨日の夜は見つからず、今朝は6時前から大捜索。出勤時間が迫っても見つからず半分あきらめかけていたら、作業机脇の資料の山からひょっこり出てきました。3年前ぐらいから放置されていたみたい。とはいえ見つかってホッとしました。
2月13日【面背逆製はなぜ円穿?】
面背逆製は穴銭では比較的有名なエラー(錯笵)ですけど、その発見と発表は意外に新しく、昭和50年代後半頃に南部古泉研究会の例会で、故川村庄太郎氏が「佐渡明和背佐には面背が逆になっているものがある」と言って紹介したのが最初ではないかとのこと。銭譜では、昭和61年発行の穴銭堂の新寛永泉志の佐渡明和背佐小様の項に「別に通用銭から伝鋳されたと思われる末鋳品もあり、面背逆のものは希少。」という記述(拓図はなし)があるのがはじめてのようです。(東北のS氏談)
それまでは出来の悪い屑銭だったものが急に価値を持った瞬間です。私も穴銭入門新寛永の部の佐渡の項に面背逆製が紹介されていて、なんだろうと思っていたところ、収集誌上に記事が掲載されていたこともあり、誌上入札にも出たので興味本位でぼちぼち集め始めました。
面背逆製は鋳型に母銭を置く際に面背を逆置してしまったことが原因で発生します。これがエラー銭であると言うことは、銭の鋳造工程を熟知していないと理解できません。
通用銭を鋳造する際には、踏みしめられた背側の鋳型の上に母銭を置き、その上からきめの細かい化粧砂をふるいます。そして鋳砂をかぶせるのです。したがって面側が細部までくっきり鋳出され、背側はやや浅く、あまく出ます。母銭鋳造の場合は、はじめ板の上に母銭が並べられ面側の型採りがされた後に、型がひっくり返されて板が外され、化粧砂がふるわれてから鋳砂がかぶせられ踏み固められます。通用銭と母銭は工程が異なります。したがって面背逆製は通用銭のみに生じるエラーなのです。
母銭の穿や輪側面には傾斜(テーパー)がつけられています。その本来の目的は型抜けを良くするためだったり、鋳ばりを除去しやすくする目的だったりしますが、面背逆製はこれが鋳造上の障害になります。母銭が裏返しに置かれてしまうため、穿の上空は「ひさし状」に背側の郭が張り出します。そのため上からふるわれたサラサラの化粧砂は穿の中央部目がけてひらひらと堆積してゆきます。その上から鋳砂をかぶせられてもひさしが邪魔をして鋳砂が郭内に広がりませんし、固めることもできません。かくして鋳型はきれいにかたどられず、面側の郭の部分・・・とくに角部分に空洞ができます。この空洞部分に溶解した銅が流れ込むので分厚い鋳バリになり、円穿になるのです。輪側もテーパーにより鋳バリが生じやすいのですけど、穿よりは修正がしやすい・・・というより、あまりにもひどいと流通できないので、廃棄処理されます。かくして面背逆製は円穿が多いのです。円穿をみつけたら、面背逆製を疑え・・・これが合言葉です。
なお、面背逆製は銭種によって出現頻度はだいぶ違います。最多はおそらく明和期長崎銭、次いで文政期小字でしょう。佐渡銭は多いと言われる割には銭種が分散していてあまり出会いません。手抜きの多い元文期以降の不旧手類は多いと思います。貴重なのは古寛永、文銭、明和期11波、天保銭。探してみてください。明和期銭は小字、俯永、正字は発見しました。大頭通と離用通を見つけたいです。
価値的には好きものの世界で、むしろ雑銭の方がプレミアムが付きます。私は佐渡鉄銭座銅銭の面背逆製を持っていますが、売る場合は通用美品の評価以下になってしまうかもしれません。タジさんの離郭の面背逆製など、現存一品の大珍品エラーなんですけど誰も手を出さなかった。離郭濶縁より入手は100倍難しいけど、悲しいことに価値は5分の1も行かないかも。(こんなもの集めている人はほぼいないと思っていたのですが、意外なところに潜んでいます。)寛永銭の収集大家のⅠ原師が熱心に集めていたのには驚きました。記事を書いていて無性に面背逆製が欲しくなり高いと思いながらネット応札・・・ひとりで盛り上がって自滅・・・確実に損をしています・・・馬鹿の極みです。
※天保泉譜原品と全く同じ細郭手が出ていますね。郭下部のふくらみが特徴的な極細字覆輪銭です。1月22日の品ですね。これは良い品です。
 
2月8日【のんびりやりませう】
萩天保に関する収集の記事が1998年の8月号であると稲陽舎さんから聞き、先ほど意を決して古本の山に挑みました。年号ごとにはおおよそまとまっているので簡単に見つかると思いきや、あらら8月号だけがないときたもんです。捜すと見つからないもの、忘れた頃に出てくるだろうとあきらめて机の上を片づけていたらひょっこり出てきました。こんなものです。現在の私の机の周辺は資料の山に囲まれ、未整理の古銭が裸で転がっています。やる気がないったらありゃしないです。一応現役で仕事に追い立てられていますので、暇ではありませんが、いざ暇ができても気力がきっと出てこない。今は仕事も山づみ・消化不良で現実逃避したくてしょうがないのです。古銭はもちろん、山歩きもそのひとつなんだろうなあ。ただし、整理は面倒ですし現実に引き戻されてしまうから後回し。
稲陽舎さんは仕事で沖縄出張でしょうか?いいなあ・・・彼のことだから中山通寶など拾ってくるんじゃないかしら。
掲示板は自由なこと、自慢話を書き込んでかまわないと思っています。私は全く古銭と関係ない話まで書いてますし・・・。(節度が必要かしら?)脱線はほどほどに。
ところで雑銭掲示板は個人的なお礼の書き込みなどはしなくても良しとしませんか。SNSをやりすぎると返信をすぐしないと落ち着かない・・・なんて症状を呈している方(私?)もいらっしゃいますが、当掲示板に限ってはその気遣いは「なし」でも良いことにしましょう。返信の無限連鎖を生じさせます。返信はきまま、お礼返信は無用・・・これがお気軽でいいです。でも投稿がないのはつまらないし、しょっちゅう確認してしまう・・・私も中毒ですね。(だからこの記事にも反応しないでくださいね。)
なお、人間ですから投稿には間違いも思い込みもあります。初心者投稿もあると思います。それもOK。みなさん大人の対応でお願いしますね。敷居は低く投稿情報は多い方がやはり楽しいのです。

※半分仕事で日本語を教えていると以前書きましたが、今はほぼ毎日1.5時間~3時間教えています。その分仕事が押します。大変なのですが良い息抜きでもあります。みんな素直で可愛い。私があと〇〇歳若かったら・・・。あと半年で日本語検定N3に合格できなかったり、4年以内に日本語で受験する国家資格を取得できないと強制帰国が待っていますから彼女らも必死です。日本人の若者はこの試練を受ける根性はたぶんないでしょう。鎖国に近い日本の制度は過酷すぎます。
私の同級生のバカタレは30年前に未亡人の魔性に溺れ、家に入りびたり大手企業を飛び出して陶芸家になりました。その後なぜか縁起絵師という芸術家モドキになってお土産グッズで大成功して海外に逃避。台湾で日本語学校講師になり超若い教え子(しかも超絶美女)と一緒になって日本に戻ってきました。うらやましいぞ。死んでしまえ!(酔ってます)
※海外の日本語講師は日本語が喋れれば現地言葉がほとんど分からなくてもできるのです。私はフィリピン人とモンゴル人に教えていますが、英語・タガログ語・ヴィサヤ語・モンゴル語はしゃべれない。生徒側がしゃべれる。中には4言語あやつる猛者もいます。
 
2月7日【投稿+3】
最上段のみすぼらしい(失礼!)福岡離郭は見覚えがある方も多いと思います。画像の投稿者は侍古銭会のタジさん。ネットで見かけたとき、面側の郭に漆喰のような白っぽいものが付着しているように見えたので気にはなっていましたが、状態も悪いしスルーしていましたが、どうやら鋳張りが面に側に寄っているようなので、面背逆製のつくりになっているようなのです。ヤスリは基本ルール通り背側から面に向かって入っているようで・・・こうなってしまった理由は通常の面背逆製と異なるかもしれませんが・・・やはり面背逆製と認定しても良いような気がしますがいかがでしょうか?
タジさんありがとうございました。

続いてはオークションネットで私が落とした不知長郭手覆輪強刔輪宏足寶です。
当百銭カタログNo263(覆輪強刔輪・宏足寶)、不知天保通寶分類譜・下巻P158No14(覆輪強刔輪宏足寶)原品なので、しっかりしたものなんですけど、拡大画像で見るとどうも宏足寶に見えません。で、さらに拡大してみましたがやはり、寶足は鋳走りによる変化で、輪から浮いているのです。肉眼と画像で全然雰囲気が違ってしまう好例ですね。刔輪はかなり強烈なので宏足寶になる過渡期銭であることは間違いないと思います。地の部分はやや粗く、画像上は魚子地肌風ですけど鋳造技術的にはかなりの上作です。
長径49.3㎜ 短径32.8㎜ 
銭文径41.1㎜ 重量21.4g
新しく買ったデジタルノギスがあっという間に電池切れになってしまいました。したがって元のプラスチックノギスで測りましたので誤差はあるかもしれません。日本製の方が電池切れの心配はないですね。

同じくオークションネットで落とした不知細郭手覆輪刮頭天。
天保泉譜No244原品、大川天顕堂旧蔵というプレミアム付き。刮頭天というより繊字と言いたくなるほど全ての文字が細いのです。鋳走りかもしれませんが寶足もしっかり長い。天保泉譜に書かれているように通頭付近の郭の膨れも確認できますが、これは観察する限り偶然の変化かもしれませんね。今回、天保泉譜原品・大川師旧蔵品がどうしても欲しくなり、片手ほどの価格を付けてしまい私としては少々無茶をしてしまいました。
長径49.2㎜ 短径32.5㎜ 
銭文径40.6㎜ 重量18.6g

さて、最後の1枚は新寛永通寶の元禄期亀戸銭の厚肉の背大錯笵。材質製作的には全く問題ない品なのですが、先にも書いたように錯笵銭としてはきれいすぎるところがあるのが気になります。割り込んで写ったように見える寛永の輪は、元の輪の上に乗っかっているように見える・・・つまりより深く押し付けられた・・・一方で中央の郭は錯笵部分の上にきちんと出ています。あれれ・・・こんなことあり得るのかと思って、しばらく首をひねってしまいましたが・・・一応あり得ました・・・けど、押しつけの反作用で鋳砂の乱れが発生してなくこんなにくっきりと、しかもきれいに姿が出るのはやはり考え難い気がします。そうなると企画ものとか後作という言葉が頭をよぎります。
観察した結果、言えることはこれは戯作の可能性はあるものの贋作ではありえないこと。それはさんざん錯笵と寛永通寶を追い求め見てきた(ついでに妖しい物を掴みかなりだまされたと思っている)私だからこそ断言できます。(説得力ないなあ・・・。)やはり、ふいご祭りのときに銭座で作られたものかもしれません。
したがって錯笵銭としては一級品ですけど、だからどうしたと言われればそれまでですね。
 


2月6日【玉石混交佐渡銭図鑑】
雑銭掲示板に掲載した関西のS様の正徳期佐渡銭は残念ながら古い写しであるとの意見が多いようでした。
佐渡の寛永銭はかなりの長期にわたって鋳造されたようでバラエティ豊かですが、中には素性のよく分からないものも含まれています。以下は私が集めた画像ですけど、大きさ(倍率)、色調などはバラバラですのでその点はお含みおきを・・・。

❶正徳期佐渡銭背佐(母銭)喜寶寛永銭譜より
私たちが良く見る正徳期の背佐の母銭の拓本。比較用画像です。この書体を目に焼き付けておいてください。

❷正徳期佐渡銭大字背佐(母銭)喜寶寛永銭譜より
通用銭はないと言われている大字背佐は超希少品。ものすごく繊細な文字でいかにも稟議銭です。
なお、喜寶譜は写真銭譜であり、陰影をはっきりさせるためかなりコントラスト補正をしています。推定になりますがこの画像は実物より色彩が白く出ている可能性があります。全体的に大きいだけでなく寶の後足の長さ、あとは寛冠、寶冠の大きさに違いがあります。

❸正徳期佐渡銭大字背佐(母銭)
平成13年のオークションネットに出現した大字背佐渡母銭。上の物と雰囲気はだいぶ異なりますがこれもいい感じです。実はこの品は通常の正徳期背佐母銭として出品されたもの。このことに気が付いたのはわずかに2名だけで、しかもお互いに知り合いだったので譲り合いで落札。この違いに気が付くのはもう達人のレベルです。

❹正徳期佐渡銭大字背佐(彫母銭)
オークションには出ていませんが上掲の物と出現場所は同じで、親子関係にあることは納得できます。七雄泉師がこれを見出し収集誌上に発表されました。つまり正徳期佐渡銭大字背佐の母銭と彫母を所有していたコレクターがいらっしゃったのです。寛通間にある赤い朱のマークは三上香哉師あたりの印かしら。彫母は芸術品的なもので、同じものは二つと存在しません。昔は伊勢神宮などに銭座から奉納されたそうで、賽銭箱から発見された彫母、試鋳銭の逸話は時々耳にします。

❺享保期佐渡銭超大型母銭(稟議銭)
2014年のヤフオクに出現した養真亭旧蔵の佐渡御用銭と言うべき品。寛永銭研究会で明治30年に発表された原品です。直径28.2㎜もあります。養真亭 馬島杏雨は会津に生まれた漢方医であり、書道家としてもかなり有名です。古銭収集暦は古く、東京古泉会では一時期会長も務めてるほどの人物。この品については賛否両論あり、寛永堂の傑作とする噂もありますが、非常に良い雰囲気の品です。寶永通寶の母銭に通じる作風です。

❻伝、寛永堂作寛永通寶背跳文(母銭)
寛永堂作という噂がありますが、通用銭は黄色い銅質と赤い銅質のものがあり、寛永堂にしてはちょっと落ちる気がします。こちらも有名で新撰寛永泉志には堂々記載されているほどです。
 
2月4日【オークションネット最後の入札誌】
最後ということでそれなりに気合を入れて臨ませていただきましたが・・・結果は9戦3勝6敗でした。加護山銭が全滅だったのは意外でした。右は収集していた画像です。(数字は出品番号)

❶退点文玉点文(0181)
新寛永通寶図会原品。図会原品というだけで心が躍ってしまいます。入手ならず。この変態的な文の変形を見たかった品です。

❷元禄期荻原銭厚肉錯笵(0185)
完全なものには魔が宿る・・・ふいご祭りの際に錯笵をあえて作ったと言う説があります。これはその品かもしれません。母銭落下もしくは再押し付けによる錯笵で、反作用による鋳砂の盛り上がりにより輪が凹んでいるように見えます。これは落札できました。
※原品には落下したときの鋳砂の乱れが確認できませんでした。凸凹感がほとんどなく落下後に成形し直しているように見えるのです。これは意図的なものかもしれません。(贋作ではありませんが、非常に丁寧なつくりに思えます。)

❸加護山銭細字狭文様2枚組(0206)
これは評価以上に少ない品なんです。2枚組で、銭径も違うので魅力的です。がつがつ行こうと最初は考えていたのですが、なぜか心にブレーキがかかってしまいました。

❹加護山銭正字様2枚組(0208)
こちらも2枚組。なかなか貴重な組み物でした。正字と中字の見分けは難しい。私は寛尾の方向、辵の細さと寶尓の点の開き、寶足などで見ていますが、正直自信ありません。内径で見るのが早いかもしれません。入手ならず。

❺加護山銭中字様(0209)
中字とはっきりわかる品は少ない気がします。パッとしないのですけど押さえておきたい。入手ならず。

❻加護山銭中字様嵌郭(0210)
と、ありましたが、正字様嵌郭でまちがいありません。しかも母銭様です。皆さん気が付いていたと思います。改めて画像を見るとものすごく魅力的に見えます。これは欲しかったです。

❼加護山銭小梅手仰寛写(0211)
加護山銭かどうかは実物を見なければわからないのですけど、一文密鋳は少ないのです。最後の最後で高額応札ができなくなって案の定負けました。

❽不知長郭手覆輪強刔輪宏足寶(0239)
とありましたが、さして宏足寶とは言えず本来は覆輪強刔輪が正しい気がします。当百銭カタログNo263(覆輪強刔輪・宏足寶)、不知天保通寶分類譜・下巻P158No14(覆輪強刔輪宏足寶)原品。泉譜原品は押さえたい。天上の刔輪が強いのが決め手ですね。これは落手。2つの泉譜とも宏足寶の名がついています。私の目がおかしいのかなあ。
※原品が届きました。肉眼ではたしかに宏足寶に見えます。ただし、ルーペで見ると先端が分離していて宏足寶になりきれていないのです。宏足寶のなりそこね、一歩手前の品です。

❾不知細郭手覆輪刮頭天(0240)
天保泉譜No244原品、大川天顕堂旧蔵。天保泉譜原品の大川師旧蔵というだけで価値倍増です。細字で通頭上の郭が膨れます。天の二引きが短いと言いますがさして目立ちません。この原品は何としても欲しかったので、ちょっと気合を入れてしまいました。落手。
※浅字ながら非常に丁寧なつくり。文字は細く加工されています。
1月22日の関西のSさん投稿の品・・・まったく同じです。ご確認ください。このことを記述するのを全く忘れていました。

オークションネットのY様には大変お世話になりました。また、私の活動拠点がなくなってしまう気がして非常に寂しいです。ありがとうございました。
 
1月29日【ヨネさんの天保・禄生禄さんの寛永】
侍古銭会のヨネさんから久しぶりにメールを頂戴しました。最近、雑銭掲示板が萩藩の天保銭の話題で盛り上がっていますが、ヨネさんはもともと萩銭マニアなので興味深く見て頂いているようです。ヨネさんもまた天保仙人様影響で天保通寶にのめり込んでいるようで・・クラスター化してますね。
そんなヨネさん藩鋳銭の母銭がどうしても欲しくなって、一念発起して水戸正字背異の母銭を購入されたそうです。未使用色が輝かしく見えますね。
背異は本座によく似ていますけど、シークレットマークのように花押の一番上のひげが短く、袋の下端が丸くなっています。また、通寶の文字も微妙に変化しています。
こういう品を一度購入するとこれと並べる品が欲しくなって・・・財布のひもが緩くなるんですよ・・・ヨネさん。
下段は禄生禄さん投稿の寛永通寶。いびつでぱっとしない背久・・・と、思いきやこれは鋳写の背久母なんですね。位置づけ的には密鋳の背千のようなもの。常陸太田は今の茨城・・・一応関東なのですけど、東北文化が流入していたのか、それとも東北で写されたのか定かではありませんが、不思議な品です。
 
1月27日【進ニ天・縮通曳尾?】
萩の天保銭は本当に不思議です。書体の個性派ぶりは傑出していて、密鋳銭であることを隠そうとしていないのか、自己主張の強いこと、鋳ざらいによる文字変化が激しいことこの上ありません。一方で方字の文字変化はかなり少なく、萩に転籍になった平通などはほぼ一手しかありません。稲陽さんが掲示板に示したように贋作の噂の絶えない鋳ざらい母の存在もあり謎も多いのです。
そんな萩銭に泉譜にもほとんど紹介されていない一品もの?が存在します。拓図は省略しましたが、類似貨幣カタログに掲載されている進二天奇書は銭径も大きく、方字強刔輪大様といったところ。私の記憶が正しければこれは宮島の古道具屋辺りで掘り出された逸話があったような気がします。
拓図上段は英泉天保通寶研究分類譜に掲載されている進二天刔輪削字。同書の隣に掲載されている進二天刔輪大様より強烈な刔輪で別種にしか見えません。
中段は東北のTさん所有の同じ系列と思われる進二天刔。やはり強刔輪で通尾が跳ねます。ただしこちらは寶足が完全に離輪します。天は明らかに進二天。保字は扁平でこれも進二天の特徴です。ところが・・・花押の形が進二天とは明らかに異なります。扁平で嘴部分が長いのです。天保仙人様にレクチャーを受けた方は進二天と縮通の見分けは花押がポイントと聞いているはず。これには困りました。良く見るとこちらは村上師のものと背の當百の形状も異なります。
そして稲陽舎さんの縮通???。もしかするとかつてお見せいただいていて、私がこの品の価値に気が付かなかっただけなのかもしれませんが・・・いやあ、絶品です。進二天と系統は同じかもしれませんが進二天じゃない。保もこじんまりまとまっている。ただ、背は同じ系統。通尾も跳ねています。ひょっとしたら萩の天保は盛岡銅山と同じく面背が別々につくられた・しかも木型だったのでは・・・なんて妄想が生まれてしまいます。
これらは進二天強刔輪、縮通跳通とすべきか、萩銭らしく進二天刔輪曳尾、縮通曳尾でも良いかも・・・欲しくなってきました。類品お持ちの方はいませんか?

※稲陽舎様のご指摘で2015年12月5日の記事で東北のN様からご投稿いただいていた縮通隔輪が全く同じ系統であるとのこと。恥ずかしながらすっかり失念していました。N様大変失礼いたしました。
 
長郭手刔輪細縁(侍古銭会タジ様蔵)  
不知天保通寶分類譜P127-2 新訂天保銭図譜121図 天保銭事典 
英泉天保通寶研究分類譜1289番 長径48.33㎜ 短径31.76㎜
長郭手刔輪細縁(68式ヲヤジ様蔵)  
長径48.26㎜ 短径31.78㎜ 銭文径41.2~3㎜ 
長郭手刔輪細縁(浩泉丸蔵)
長径48.2㎜ 短径31.8㎜ 銭文径41.1㎜ 重量17.7g 
長郭手覆輪強刔輪直足寶深淵(浩泉丸蔵)
不知天保通寶分類譜下巻P109左図、166P‐40原品
長径48.5㎜ 短径32.4㎜ 銭文径40.4㎜ 重量19.0g 
最後の一枚は銭文径の縮小したもの。今までの品は一度写しでしたけど、これは2度写しにしてこの細縁です。上記の銭以上に文字変形も強く、覆輪は一応されたのだと思いますがそれ以上に刔輪が強烈なのです。こいつは確か入札誌銀座で発見して本気で落としに行ったもの。面の刔輪もさることながら、背の當上の刔輪も強烈です。改めて調べていて気が付いたのですが、この品は不知天保通寶分類譜のP166Pの覆輪強刔輪の代表銭として拓図が載っていたんですね。拓が変形していて最初は気が付かなかったのですけど、決め手は鋳だまりの位置と輪の形状と花押の陰起。なかでも面輪右の小欠が決定打でした。
1月24日【強刔輪細縁の長郭手】
掲示板が盛り上がっていますが、管理者として少し参入。タジさんの天保銭が各種泉譜を飾った品であることが明らかになりました。
関西のTさん、実によく見ています。私は新訂天保銭図譜の現品はたぶん保有していないと思います。(おそらく勢陽譜原品もないんじゃないかしら。)
この刔輪細縁銭の類ですけど、覆輪がはっきりしている類に比べて少し地味な存在なのですけど、実は数がとても少ないのです。天保通寶の密鋳は、見つかれば死罪ですから命がけ。したがってバレないことが第一です。そのためには銭径が小さくては贋金とすぐばれるのでダメ。写しによるサイズダウンの回避・・・覆輪の理由はここにあります。
しかし、刔輪だけの存在理由はほぼない。ですからここにあげている細縁類は覆輪の後に強烈な刔輪をしたことによる細縁のはずなのです。刔輪の理由については天保堂瓜生師の鋳走り・鋳づまりの修正説に対して、私は輪の成形過程・・・穿の偏りのごまかし等もあると思っています。詳しくは覆輪刔輪マニアックワールドに記述してありますのでご一読ください。
この細縁銭類はまるで覆輪のタガが外れたように輪が細い・・・あるいは本当に覆輪が外れたのかもしれません。すなわちこれらは元母銭で、周囲の覆輪は紙でつくられた・・・なる考えもあります。(2014年8月18日制作日記参照)当時は紙の覆輪は水に弱いとやや懐疑的でしたけど、ニカワでがっちり固めれば結構使える気もします。まあ、それが本当か否かは別にしてここにあげた品々は、なされた覆輪以上に強烈な刔輪がされた品・・・あるいは覆輪前または磨輪成形のし過ぎかもしれませんが・・・存在そのものが少ないことは間違いないところです。
2枚目の品は68式ヲヤジのご投稿。赤銅質が珍しく、かつ寶前足がわずかにくの字に湾曲する癖があります。天上の刔輪はガリガリとかなり強烈です。この天上の刔輪がこれらの類の見どころなのです。1回写しの銭文径にもかかわらずこの強烈な刔輪・・・たしかにこれに紙で覆輪すれば宏足寶の母銭になるかもしれませんね。銅色が変わっている分、不知銭らしい雰囲気があります。
3枚目は私の蔵品。寶足は直線的にすっと伸びていてさわやかですね~。(そう感じるのは私だけ?)銅色は淡褐色で文字変化は寶足以外は目立ちません。銅質も異なり、背の當上の刔輪がわずかに強いので、関西のTさんがご指摘の兄弟銭ではないと思いますが、つくりは非常に似ています。これでがつんと覆輪がされていたら目立つのですが、細縁だとどうも貧相で市場に出てもピンとこない方は多いと思いますが、こんな覆輪を感じない強刔輪銭は少ないのですよ・・・覚えておいてください。天上の刔輪・・・強烈でしょう?見慣れてないと悪戯で輪を削って小さくなったものにしか見えないかもしれません。この品は東北のNさんからお譲りいただいたものだったんじゃないでしょうか。間違っていたらごめんなさい。

 
1月22日【投稿細郭手】
関西のSさんからの初投稿の2枚の細郭手。上段は不知細郭手覆輪刮頭天。長径49.05㎜ 短径32.63㎜ 銭文径40.70㎜ 重量21.17g。この画像を見てピンときた方は天保銭のマニアでしょう。勢陽譜No.244にその拓本があります。(原品ではありませんけど・・・。)郭下部のふくらみがものすごく特徴的です。刮頭天の名前はありますが、この特徴は少し弱い気がします。孕み郭(はらみかく)とか膨滴郭とか命名すべきかな?背の百の横引き末端爪が大きいですね。
もう一枚は張足寶とのことですが、撮影角度のせいかあまり足が長く見えません。ただ、面はものすごく深字。背の花押の下部の輪が太いのも目立ちます。當上の刔輪もほんの少し強いですね。極印はとても似ています。もしかすると同炉なのじゃないかと思うほどです。
長径48.95㎜ 短径32.36㎜ 銭文径40.44㎜ 重量21.96g

ついでにもう一枚。
先ほどネットで落札した密鋳亀戸狭穿写しの一文銭。
思ったより価格は伸びませんでしたから、私にとっては幸いでした。出品者は関東のⅠさん。良い目利きです。これは明らかに加護山銭。私の蔵品はヒビ入りですけど、秋田の村上師がこよなく愛し各種泉譜を飾った有名銭なのです。文銭系以外の加護山写しは本当に珍品で、私、ヒビ入りなのにかつて1万円も払ってしまいました。個人的にはマ頭通背仙クラスかそれ以上の珍銭だと思っています。
 
1月13日【初収穫】
今年初の獲物は高かった。例によって応札してほったらかしにしておいたら1万円を超えていました。馬鹿です。でも、とても不細工でかわいい顔をしています。永字が横広でフ画が水平なので俯永なんでしょうけど通頭は離用通みたいです。また、郭の仕上げが妙にきれいで、違うと思いますが鉄銭の母みたいに見えるから。鉄母は何でもありなんでしょうけど、こんな母銭じゃ銭文は読めないでしょう。まあ、道楽ですね。
雑銭掲示板にも記載しましたがセキュリティ向上のためURL変更を考えています。
目下のところ、
httphttpになるだけの変更にしたいと考えていますが時期等も未定です。10年近く愛用しているパソコンそのものの引っ越しも検討中なのです。ある日突然引っ越すかもしれませんので念のため雑銭掲示板のURLをメモしておいてください。

引っ越しによって
①セキュリティが向上して安全なサイトとしての認証が高まります。また、URL蘭の「セキュリティ保護なし」という表示が消えます。
②検索に格段に引っ掛かりやすくなります。
③手間暇とお金がちょっとかかるようになるのが困りどころ。

【閑話休題】

英語もほとんどできないくせにここ10年、外国人に日本語を教えています。すると日本語表現の難しさを時々発見します。最近見つけた例・・・

例文
1.私は水
だけ買えない。 2.私は水しか買えない。 3.私は水さえ買えない。

問題 上記例文1~3それぞれについて以下の質問に答えなさい。
Q1.私は水が買えますか?
Q2.私は水以外のものは買えますか?

正解
A1.1.買えない。2.買える。 3.買えない。
A2.1.買える。 2.買えない。3.買えない。


1.私は水だけ買えない。  2.私は水しか買えない。 3.私は水さえ買えない。
1.I can't buy only water 2.I can only buy water 3.I can't even buy water 翻訳はGoogleです。
2はI can't buy other than waterr と教えたほうが分かりやすいかもしれません。

日本人だとすらすら答えられますが、外国人には難解でとくに「しか」の理解は難しい。買えないと言っているのに買えているのはおかしいですよね。ですから外国人に「私は君しか愛していない。」なんて告白すると「私のこと嫌い。」と勘違いされます。古銭愛好関係者は一切関係ないと思いますがご注意ください。

似た事例では以下のものがあります。
1.私は目が
かすんで良く見えない。
2.私は良く目が
かすんで見える。

結果は両方ともよく見えない。
1.I have blurred eyes and can't see well
2.I often look blurry
 翻訳はGoogleです。
簡単な日本語なのに実に難解です。どうです、日本語って難しいでしょう。今は英語がしゃべれないモンゴル人にも教えています。もちろん私はモンゴル語はわからない。日本語を簡単な日本語で教える。相手が優秀なので何とかなっていますがそれでも四苦八苦しています。本業が何かわからなくなってきています。

 
1月12日【魚子地肌】
雑銭掲示板で地肌の魚子(ななこ)仕上げについて話題になっていました。魚子地と言えば仙台銭が有名で、よく「松葉をつついたよう」と表現されますが、実際には凹状の穴の集合体ではなく凸の重なりの集合体で、ところどころ気泡の抜け穴がある程度。もちろん、これは私が観察した数少ない個体からの印象ですから例外があるのかもしれませんが、果たしてどうなんでしょうか?
一方、仙台寛永銭の母銭が1月9日の制作日記に掲載されていますが、こちらはなんとなく凹に見えます。
そもそも魚子地は金属加工の技術からきた言葉で、表面が圏円(凹の半球)状の鏨を丹念に打ち込んで魚卵を並べたように仕上げる工法。イメージはカズノコの粒々ですね。魚子地と並んで有名なのは梨地(なしじ:梨子地とも言う)ですけど、こちらは蒔絵・漆芸から来たもので、漆塗りの上に金や銀の細かい粉を撒いて定着させ、その上から仕上げ漆を塗ったもの。魚子地と同じようなものですけど、イメージとしてはさらに細かいですね。古銭用語じゃなくてもしかして使っているのは私だけかもしれません。
技法の由来からしても、魚子地は凹ではなくて凸、ですから「松葉をつついたよう」という表現はちょっとおかしいのですが、結構独り歩きしてくれています。
いかにも妖しい仙台もどき不知銭を拝見したことがありますが、それは見事な松葉でつついた凹の連続でした。(しかも丁寧に反郭気味になっています。)あの肌は砂目では絶対に再現不能で、母銭の肌を釘状のもので叩いていったとしか考えられません。金属は叩けば反作用で周囲が盛り上がります。したがって地肌はクレータ状になりますから美しくない。まるでおろし金みたいでした。職人の美学に反しますね。仙台天保は魚子地肌だけではなく、深い鋳ざらい痕跡が有名です。魚子地加工するぐらいなら鋳ざらい痕跡を修正するのが職人魂じゃないですかな・・・と思います。ですから仙台大濶縁のようなお化け銭はともかく、仙台長足寶の魚子地肌は、職人の加工じゃなくて粒子の粗い砂目から生まれたものなんじゃないのかな・・・と、思っていました。

もし、密鋳天保に全く同じパターンの地肌模様のものがあるとすれば、それはきっと母から伝鋳されたしかないですよね。仙台天保も大様から小様が生まれたのは間違いないところですから、伝鋳はありえたと思いますが果たして地肌の細かい模様まで通用銭レベルで正確に再現できるのかしら?鋳ざらい痕跡が出るならあるのかなあ。
仙台寛永銭の砂目を調べたことはないのですが果たしてどうなんでしょうか?恥ずかしながら私は母銭コレクターではないので仙台の四文母銭をじっくり観察したことも求めたこともありません。お持ちの方お教えください。なお、以上は、私の印象から考えた勝手な考察ですから皆さん深く考えないでくださいね。酔っぱらってますし・・・。
 
 
1月11日【クレイグさんから】
米国のクレイグ氏からメールが届きました。天王寺屋長兵衛の化蝶類集の研究発表を海外誌に投稿している強者です。おまけで横浜光仙会誌(1912年10月)に掲載された安南の贋銀の拓本画像を頂戴しました。もっとも、これがラムスデン本人が作ったかどうかまではわからないそうです。なお、彼の投稿記事は3月に掲載されるようです。
 
1月9日【海外投稿者】

Dear Walter

The image of the old coins you sent is a coin for making cast iron coins and is called Bosen.The smaller one is a 1-mon coin made in Edo Kosuge from 1859.The larger one is a 4-mon coin made in Sendai around 1866.The letter "thousand" written on the back side represents the place name of Sendai.


kosenmaru

※昨年もご投稿いただきましたが、今回は母銭の画像でした。海外からのお便りはウィルスが怖いのでくれぐれもご用心ください。
画像は小菅の薄肉と仙台銭の削頭千ですね。
 
1月8日【オークションネット最後の入札誌】
オークションネット様からメールが届きました。昨年末に送られたそうなのですけど、私には届いていませんでしたので、再送信はありがたかったです。すでに活動を休止されていたと思っていましたが、今回が最後の入札誌になるとのこと。記念応札というわけで下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式です。ひとつ当たればうれしくて全部当たれば号泣です。大変お世話になりましたのですけど、バナー削除をはやまってしまいました。したがって表紙、雑銭掲示版、製作日記にと大々的に告知させていただきました。
 
1月6日【がんちゃんのサイトが消えた!】
いったいいつからなんだろうか。がんちゃんこと寺山巌様のサイト・・・電脳古銭譜がネット上から消えてしまいました。インターネット上のマニア向けサイトとしては草分け的な存在で、大久保さんの雑銭記と並び私にとっては師匠格のネット泉譜でした。雑銭記は2006年に休止宣言が出されその後に姿を消してしまっていますので、電脳古銭譜は戦友のような存在でした。HPの更新を続けることはけっこう大変で、電脳古銭譜ほどサイズが大きいと管理は大変だったと思います。維持・更新には情熱を注ぎ込み続けるだけの気力と好奇心が必要ですから、高齢者割合の多いこの世界は体力面、経済面共に維持するのは一苦労だったと思います。そのため維持管理の大変なHPから手軽なツィッターなどのblog系に移行される方も多いようです。
今回、私のHPにリンクさせて頂いていた(勝手にリンクをしている)サイトを改めて調べると、「楽龍堂」さん「日本と軍票」さんのリンクが切れていました。また、「貨幣博物館天狗館」さんは長期休館中、「NUMISMATIC ROOM」さんもつながるのになぜか表示がほとんど出現しません。「オークションネット」さんはサイトは残っていますが活動そのものが休止状態です。過去に閉鎖したサイトでは「方泉處」「(練馬)雑銭の会」「日高見文化研究会」「雑銭記」「銭の蔵」「私の藩札収集研究」などが思い出され、継続の難しさを感じます。
入札誌も廃刊はよくあることで私にとっては「穴銭」の廃刊は実に痛かった。私を含め絶滅危惧種なんだなあ・・・とつくづく思います。と、いうわけで今残っているサイトのバナーを勝手に作って応援リンクを貼りました。古銭業界に隆盛あれ!
 
1月5日【年賀状ギャラリー】
静かに2021年がはじまりましたが、感染爆発でまもなく千葉も戒厳令状態になるみたいです。私の地域はもともと医療崩壊瀬戸際でしたからしかたありません。せめて賀状で目を楽しませてもらいましょう。
四国のO様の小名木川背川母銭は私あこがれの品です。ただし、これについては昔から贋作が多いと噂されているので、私は絶対の自信がない限り手を出さないと決めています。無論、O様の背川はすばらしいです。これ、島屋文より得難い珍銭だと思っています。
湧泉堂様の古寛永は仙台の跛寶昴通であることは間違いありませんが、この方が普通の拓本を送ってくるはずはないとにらんでおります。書体は肥尾永で濶縁で銭径が大きいことはすぐにわかりました。でもまだ何かありそう、手本銭クラスの特別な母銭かな?まさか、彫母・・・背が違いますね。なんだろう???
天保仙人様は水戸背異の天上三ツ星という変化球で来てくださいました。実際には向かって左側にはひとつ星、中央にはふたつ星、右側にはみつ星があるそうで偶然のものではなく何か意図的なものではないかとのこと。三ツ星は「太陽・月・星」「神・男・女」「前世・現世・来世」等の意味があるそうで・・・深いですね~ホシみっつです。
東北のH様は丑年にちなんで吉田の牛曳。馬の絵銭は多いのですけど牛の図柄はこれぐらいでしょうか。そういえば東北は震災10年目になりますね。早いものです。でも、まだ復興は半ばですね。原発被害に遭った友人も頑張っていますが・・・。
金幣塔様は鐚銭の大珍銭の一天聖大字。しかも本邦鐚銭図譜の現品ときたもんです。この変態的な書体・・・寶なんか宇宙人みたいです。こいつは天下一の奇銭、改造鐚の王様です。
鳳凰山様・・・最近は執筆関連でも頑張ってらっしゃってます。恵比寿大黒の二神銭・・・私はよく分からないのですけど、時代的には新しいものなのかもしれませんが、神様の表情に稚味、雅味があってほっこりします。これは鳳凰山様のお人柄でしょうか。その法力をもって病魔退散をぜひともお願いします。(ついでに泉運萬来!)
禄生禄様と健仙童様はメールで頂戴したもの。
禄生禄様の洪武通寶は郭内がきれいに処理されていて郭抜けの鐚の母銭みたいです。材質も九州じゃないかとのことですけど、私にはよくわからないので皆様教えてください。このHP・・・世界につながっているんですね。
健仙童様はアメリカバイソンの5¢玉。年賀状もいただいています。幅広く古銭にのめり込んでおられるようで・・・すばらしい。彼は持ち前の人なつこさでいろいろな方の懐に飛び込み、どん欲に収集に努めています。これは一種の才能で私にはまねができません。その才能と情熱を仕事と彼女に向けることができれば・・・。でも、それができないから世の中は難しいのですね。わかっちゃいるけどやめられない世界です。(合掌)
七時雨山様は毎年大自然の写真を送って下さるのですけど、今年はお花畑の写真です。私も地元の野山を歩き回っておりますが東北の山とはやはり自然のスケールが違います。千葉は高い山はないし、夏は暑いし、ヒルとか虻だらけで荒れています。間伐をして休耕田を元に戻せば見事な里山になるのですけどねぇ。
最後に・・・掲載できなかったのでお詫びを・・・それは仙台のN様。
賀状は届いたのですが、配達事故で拓本部分がむしり取られてしまい、切れ端しか確認できませんでした。ごめんなさい。
私、賀状管理がいい加減で出し忘れている方いらっしゃると思いますがお許しください。

近況:外国人への専門日本語教育は現在4人、フィリピン娘3人に、モンゴル娘1人が加わりました。明日は休日返上で特訓日です。これは密です。

※跛寶は25.44㎜(内径20.27㎜)の初鋳大様白銅母で、(所持する)未使用母(25.03㎜、20.15㎜)、使用母(24.93㎜、20.14㎜)にも(伝鋳されたと思われる)大様白銅母の鋳ざらい痕跡が残っています・・・とのこと。(ご本人より)
いわゆる新寛永では錫母のような存在でもある母銭の母銭。古寛永は写しが良く行われたので、これからも通用銭が直接作られたのかもしれませんが、それにしても、材質が違うと言うことはそれなりに意識されて作られていた特別製の母銭ということでしょう。
四国O様 背川母銭 湧泉堂様 跛寶昴通大様白銅母 天保仙人様 水戸正字背異 天上三ツ星
鳳凰山様 恵比寿大黒銭
七時雨山様 早池峰山お花畑
東北H様 吉田牛曳 金幣塔様 一天聖大字
禄生禄様 洪武通寶改造鐚母銭   健仙童様 米国5¢
 
1月1日【あけましておめでとうございます!】
新年あけましておめでとうございます。めでたさも中くらいなりお正月・・・といいますか、首都圏はどうも中の下くらいのスタートになりそうです。
今年こそ、病魔退散といきたいですね。というわけで「アマビエ」さんのご登場です。古銭病についてはまだしばらく楽しみたいところですけど。
 
 
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