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23.寛保期 足尾銭 寛保元年(1741年)下野国安蘇郡足尾村 鋳造
この銭貨は足尾鉱山救済のために鋳造されたとされ、背に足の一字が鋳出されています。文字変化はあまりありませんが、銭径の大小がかなり見られます。
 
【寛保期 足尾銭の類】
大字背足(最大様)     【評価 7】
文字大きく、寛尾が郭の右端近くまで延びる。寶貝の幅も広く寶足の踏ん張りも広い。銭径の差も大きく掲示品は最大様である。24㎜以上はかなり少ない。
(外径24.15㎜)
大字背足                 【評価 10】
文字大きく、寛尾が郭の右端近くまで延びる。掲示の品でも大きいほうで、小さく磨輪されたものもある。
小字背足                 【評価 10】
文字が小さいだけでなく、銭径もひとまわり小さい。寛尾の位置に注意。郭のかなり内側に納まる。銭径の大小もかなり見られる。
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足尾銭類の拡大図
大字の寛尾は郭の幅一杯に広がります。また永フ画は仰フ永になります。小字は寛尾が大字ほど広がらない他に、やや昂通気味で、狭貝寶です。
大字背足 小字背足
 
 
24.明和期 亀戸銭 明和2年(1765年) 江戸葛飾郡亀戸村鋳造鋳造 
この銭貨は発掘調査によって鋳造地が確定しています。書体はペン書体に近い明朝体でデザイン性の強いものです。銅質は鉄分が多く混入されているらしく、黄白色でかなり磁性が強く、ときには鉄錆が浮いていることさえあります。

書体、制作によって
大様、中様、小様に中分類されます。
 
 
【明和期 亀戸銭の類】 
大様                   【評価 5】
非常に整ったペン書体である。銭径大きく、狭穿ぶりも目立つ。永柱、寛尾の跳ねは垂直になる。
大様狭足寛                     【評価 5】
寛の後足がわずかに短い。また、寛尾の跳ねはやや内向きで、永柱がわずかに俯す。
中様                   【評価 7】
サイズがひとまわり小さくなる。また、中央の穴(穿)が広くなる。
中様広貝寶                【評価 7】
寶貝がわずかに幅が広い。永の跳ねがやや横向きで長い。
小様昂通                       【評価 10】
サイズがさらにひとまわり小さい。
小様降通                 【評価 10】
通字の位置が低くなる。通字のしんにょう下辺の角度の微妙な差異に注目。降辵であり、辵頭の位置が低い。
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明和期亀戸銭類の拡大図
大様 中様 小様昂通
大様
外径は23.0㎜前後

中様
外径は22.5㎜前後

小様
外径は21.5㎜前後
大様狭足寛 中様広貝寶 小様降通
参考)亀戸小様銅稟議銭  【評価 大珍】

存在自体をあまり知られていない珍品です。明和期亀戸銭(四年銭)を鋳造するにあたって銅質の配合状況を確認するために試験的に鋳造されたものと言われています。一見出来の悪い磨輪母銭に思えてしまいますが、銅質が白銅質です。見た目はとても貧相ですが珍銭度は間違いなく超Aクラスでしょう。

(平成17年銀座コインオークションカタログより)
 
 
25.明和期 長崎銭 明和4年(1767年)肥前国長崎浦上渕掛り稲佐郷 鋳造 
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この銭貨は書体が一手です。銅に大量の鉄が混ぜられているらしく磁性がとても強く鋳肌も粗いものがほとんどです。美銭に乏しくかなり粗雑なものも見受けられます。 
【明和期 長崎銭の類】
背長(母銭)        【評価 1】
一般に背長は粗末な銭が多いのですが、さすがに母銭はしっかりしています。とはいえこの母銭は寛字に傷があるために廃棄された母銭の可能性があります。
背長                     【評価 10】
制作が荒く、文字が明瞭に鋳出されているものは貴重である.
掲示品は背輪が上方にずれ、輪のずれあとが残る錯笵銭である。
背長面背逆製                    【評価 6】
母銭を砂型に置くときに表裏を逆に置いてしまったため、このようなものが出来上がる。穿の大きさも面より背のほうが大きくなる。面背逆製は製造管理がずさんな銭座ほど多く見られる。ただし、多い・・・と言っても存在は非常に珍しいものである。見た目が悪いため評価は低くなってしまうのが残念。
無背? 刮去?
長崎銭には背の文字がはっきりしないものがときおり見かけられ、刮去あるいは無背では・・・と思われるものも存在するそうです。
左の画像は雑銭の会の新・お宝掲示板に発表されていたものです。
 
錯笵銭 背三輪写り
製作は間違いなく本炉銭。すさまじいほどの大錯笵です。おそらく鋳造中に砂笵が崩れたためでしょう。
長崎銭には稀にこんなものも出現するようです。

※本音を言うと後世の作品だと思います。出来過ぎです。
 
  
明和期鋳銭事業の謎

すでに元文期後半からは鉄銭が鋳銭の中心になっています。さらに明和期にも鋳銭は継続されましたが、従来の民間請負方式から金座の差配方式に改められています。(銀座は四文銭を差配。)
ところで不思議なことに鉄の鋳銭が主流になっていたこの時代に、銅銭が大量に投入されています。亀戸銭と長崎銭、佐渡銭です。

このうち長崎銭は貿易用という名目になっていますが、相当量が国内に還流しています。佐渡銭は僻地であり、銭不足が深刻であったことからの鋳銭です。一方で、亀戸銭の用途、目的が判りません。貿易決済用ということも考えられますが、無背であるので国内流通を意識したとも言えます。実際の国内存在量はけっして少なくはありません。
あるいは鉄銭と銅銭が別の相場立てとなり鉄銭の大量鋳造によって混乱(鉄銭相場の暴落と銅銭相場の暴騰と退蔵の進行)していた市場を操作する必要があったのかもしれません。とにかく非常に謎の多い鋳銭事業です。

追記:時代背景としての推定
当時、金が海外流出していたのは有名ですが、銅銭も同じ様に差益を生む商材として大量に海外流出しはじめていました。したがって国内の小額決済用の銭が不足して銅銭相場が上昇する現象が起きていたようです。鉄銭全盛期に銅銭が鋳造された背景には銭不足に対応する施策とともに、銅銭デフレ対策の意味もあったと思います。また、銅銭の相場が上昇するということは鋳造コスト的に見合うようになるという意味もあります。さらに銅鋳銭事業の休止期があったため原料確保が容易になった可能性や銅に鉄などの不純物を混ぜることによって原料節約が可能になったこと(試験的な意味を含む)なども要因としても考えられます。
 
 
26.密鋳銭の類 幕末~明治期 出羽国北秋田郡加護山 鋳造 
加護山銭は古くは阿仁銭と呼ばれ、その独特の赤い銅色と粗いやすり目が特徴です。阿仁とは赤土の意味がありますので、鉱山の土の色とこの赤い銅色にも呼称の意味が重ねられているような気がします。
柔らかい銅質のため嵌郭(かんかく)という穿内を金属で補強する技法が用いられることが多く、輪側のやすり目が粗く銭体が歪んでしまっているものも見受けられます。寛文期亀戸銭の背を刮去したものをベースにするものがほとんどですが、正字や他銭座のものを利用したものも散見されます。

浄法寺銭は独特の仕上げ、金質が特徴です。一文銭の存在は最近まで私は知りませんでした。
※このコーナーは当初、加護山銭しか想定していなかったのですが、浄法寺や江刺などが発表されていますので、タイトルを改めました。
 
【密鋳 加護山(阿仁)銭の類】
細字嵌郭                       【評価 5】
やすりがけ作業の際に穿が歪むことを防止するために、金属で郭内を補強したためにやや不自然に広郭になる。その傾向は背によく現れている。掲示品は嵌郭の様子が非常によく分かる作である。
細字嵌郭長点尓                   【評価 5】
寶尓の後点が長くなるもの。加護山銭の3分の1ほどがこのタイプになるということだが、明瞭なものは少ないと思う。
細字                          【評価 4】
面側に嵌郭の痕跡が見受けられないもの。
繊字狭文様                 【評価 3】
繊字狭文を写したもの。文字が細く寶尓の中柱が横引きに接する。辵頭は丸く無爪である。意外に少ないと思う。

正字様                   【評価 3】
寛文期亀戸銭の正字を写したもの。中字様などもあると思うが、はっきり判別できるものは少ない。掲示品は寛冠、寛尾、永字から間違いなく正字であると判断できる。

正字様嵌郭                       【評価 3】
寛文期亀戸銭の正字を写したもの。掲示品は面側が広郭になり嵌郭と判断できる。
不旧手藤沢銭写        【評価 3】
砂目、やすり目、輪側面の仕上げなどほぼ同炉と思われるもの。少ないと思います。
元文期藤沢・吉田島銭縮字写         【評価 ?】
銅質は加護山そのものであるが薄肉で確証は持てない。
短尾寛二十一波写?
加護山銭には四文銭の写しもわずかながら存在する。この銭は輪縦やすりで意外にしっかりしたつくりである。ただし、加護山に四文なし・・・という研究者もいるようだ。→ 密鋳四文銭 タイプ別研究
左:秋田銭写 右:不旧手写 (練馬雑銭の会盆回しより画像借用)
加護山系の密鋳銭だと推定されていますが出品者も断定はしていません。ご参考までに・・・。

※浄法寺か江刺か?
亀戸銭写分類ポイント 方泉處1993年創刊号より引用
※細字(繊字)小文様は発見されていません。存在することを仮定して記述されています。
 
 
【密鋳 浄法寺銭の類】
浄法寺背ナ文        【評価 ?】
阿部伊佐雄氏の浄法寺鋳放銭集の原品に寛冠、背左下の鋳だまりや輪の形状がほぼ一致。平成19年の江戸コインオークションに登場した品物。ただ、幕末の浄法寺で果たして一文銭を鋳造したかという点については採算面からは多少疑問は残ると思う。
※この泡を吹いた容貌は近代浄法寺との噂もあり、ほぼ確定だと思われます。
→ 当四文銭の類 浄法寺銭
 
 
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