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ひみつ
譲ってください♡! 

天保銭 1977年~ 編集・発行 天保通寶研究会(天保堂:瓜生有伸)
11号、31~35号、60号以降
状態不問(記事が読めればOK) 1冊800円以上で購入します!
   
以下は収集誌に掲載されている記事からの転載(勝手な応援記事)です。
例会日や会場に変更がある場合もございますので事前にご確認ください!

八厘会(天保仙人が主催する古銭会)
天保通寶の研究を中心に、各種泉談が満載の会です。
例会日:原則として8月・12月を除く毎月第4土曜日
時間 :14:00~
会場 :新橋駅前ビル1号館9F会議室
会費 :500円(高校生以下無料)
電話 :090-4173-7728(事務局)
 
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WWW を検索 このサイトを検索
 
貨幣そうだ!「貨幣」を読もう!
貨幣誌は戦前の東洋貨幣協会時代から続く、現存する最も古く、かつ権威ある貨幣収集愛好家団体です。貨幣収集趣味が衰退している昨今、生で勉強できる貴重な研究会場であるとともに、情報収集することもできる交流の場でもあると思います。かくいう私、会費は払ったものの、例会には参加したこともなく、果たして正式会員であるかどうかも分からない幽霊です。まあ、今でもこの情報誌が送られてくるから会員なんでしょうね。
日本の貨幣収集界が底辺を広げてもっと盛り上がってもらいたいので、その気のある方、私のように地方在住で仕事の関係で参加できない方も、情報収集アイテムとしてご参加・ご活用ください。
入会申し込み先
〒164-0001 東京都中野区中野5-52-15 2F251
日本貨幣協会事務局 野崎茂雄(野崎コイン) ☎03-3389-5958
郵便振替00110-0-8563 日本貨幣協会 

※年会費は5000円だったと思います。この記事は勝手な応援広告なので必ずお問い合わせください。
 
江戸民具街道 古銭へのいざない 
大分貨幣研究会創立55周年記念泉譜
B5版 洋装袋とじ製本88P 77拓図 頒布予定価格3500円
55周年という伝統を誇る大分貨幣研究会の記念泉譜です。収集8月号において頒布に関する記事が掲載される予定です。従いましてこの記事は予告記事ですので、詳細については変更があるかもしれません。

※お世話になっておりますので私も拓本を採って送るつもりですっかり忘れていました。大変申し訳なく思います。この記事はせめての罪滅ぼしです。
文久永宝周遊会1
B5版 洋装製本250P 240拓図 頒布予定価格6500円
私も会員の末席に名を連ねておりますが文久の細分類は未だにど素人級です。ときどきなんとなく気に入ったものを集めている程度なので、恥ずかしいったらありゃしない。
この泉譜はその研究会に出品された240枚の珍品奇品が一堂に会したマニア必見の記念泉譜です。

※正式な販売に関する記事は収集8月号(7月20日頃)に掲載される予定です。
 

銀座コインオークション  カタログ作成中 お問い合わせ 03-3573-1960 

2018年 11月 3日 (土・祝) 9:00~
会場:帝国ホテル 東京 鶴・雅の間(3階)
 
10月12日 【ラムスデンブラウン】
ネットの中で変わり者を発見。天保通寶當五十・・・銀座試鋳と伝えられる品で現存二品の大珍品です。ただし、そんなものがネットに転がっているはずもなく、その精巧な贋作です。この風貌には見覚えがありました。平成20年の春の古銭会において旭龍童氏が保有していたものとほぼ同じものなのです。独特の赤みを帯びた銅質・・・ラムスデン特有の色・・・私はラムスデンブラウンと呼んでいます。木型母銭から生まれたことを主張するような独特の波打つ地肌はなかなかの味で、当時天保仙人様がこの品を見て「うわ~」と、感嘆していたことを記憶しています。本物は黒味を帯びた灰白褐色のようで、地肌は仙台天保に似た松葉でつついたような魚子肌だそうですから、やはり贋作なんですけど、由緒ある?贋作なのです。
 
10月11日 【余興的購入】
ネットオークションでは連敗といいながら、最近こんなものに手を出してます。大してほしくなくても手を出してしまう・・・これを世間では依存症というのでしょう。
上段は元文期の藤沢吉田島銭の縮字・・・ただし、おそらく阿仁銅山系の写しですね。(加護山錢)大和文庫の即売で2500円でした。たしか入札では7000円ぐらいで出ていてそれなりに魅力的でしたが、価格的には無理・・・即売の方がお買い得?という訳で衝動購入しました。銅色は純赤です。なお、この銭には製作の劣る次鋳銭がたくさんありますので、密鋳かどうかは製作や銅質を見て判定をします。これは純赤銅色で制作的にも分かりやすい例です。
2番目は四国のKさんが出していた変な寛永通寶。偏輪になっていてかなりの厚肉です。手にした瞬間改造母の名称が頭をよぎりましたが、やはりこれはやすり掛け上のミスで後天的な加工ものではないと思います。要は仕上げの時の角棒が鋳バリなどで中央部にうまく通らなかったからで、本来なら不良品としてはねられるところ、肉厚だったこともあって世に出たものではないかと思うのです。こんなものをお金を出して喜んで集める奴は変態です。邪道ですから良い子は真似しないように。
さて、一分銀の跳ね分に悪戯応札していたら、格安で落ちてしまいました。たぶん市場価格の3分の1程度です。収集にはあまり興味はなく喜ぶべきか悲しむべきか・・・責任払いをしました。文字が跳ねる書体は好きなので本能的にクリックしてしまいました。どなたか欲しい方はいませんか?
最後は南部古泉研究会が平成4年に会員の新築祝いに作成した江刺錢の拓泉集。10ページにも満たない資料的拓本集ですけど当時の東北の重鎮がからんでいる私的古泉資料です。江刺の一文錢はかなりの貴重品ですから、資料としては面白いのです。熱くなって落としてしまいましたが、本当に薄い資料です。でも入手できなかったらもやもやしていたと思います。明日から極寒のモンゴル行き・・・まだ準備終わっていません。鉄人も今月モンゴルに行くそうで、不思議な縁を感じます。
 
10月8日 【楽しい文久】
ネットオークションでは連戦連敗続きですけど画像だけは拝借して楽しんでます。画像上段は、関西のSさんが雑銭中から掘り出した直永です。郭の周囲が削られているので拡大画像の時は狭穿のものかと思いましたが改めて見ると違いますね。直永の削字なんですけど、削字お約束の寶冠の跳ねが削られる癖がありません。また、永点が丸く進点永気味になるのも面白い。寶が進むのがものすごく目立つので、やはり直永削字離郭とすべきなんでしょうけど譜外品ですね。
ネットに出たら高騰間違いなしじゃないかしら。
中段は正統派の直永です。やや郭が削られているので強いて言えばこれこそ狭穿でしょう。
下段は広郭、深字、狭久の理想の品です。これは美しいです。
 
9月29日 【補正してみました】
揚足寶の背景の布を取り除き、多少色調も補正してみました。この色の方が原品に近い感じですが、実物はもう少し黒味が強い感じ。スキャナーは黒い発色の古銭は苦手で陰影がうまく現れません。また、天保銭は肉厚なので銭の影が全体に写り込んでしまいます。背景に緑色のタオルを使用しているのは実は影隠しなのです。現在は補正で影を消す技術を習得したのでこのような画像も撮れるようになりましたが、以前はその技術がなかったための苦肉の策でした。こうして見ると揚足寶は短足寶ではなく、背異反足寶の次鋳銭といった方が当たっている気がします。一方でどうみても短足寶からの変化に見えるもの(平成15年の銀座コインの出品物)もあります。謎ですね。
 
9月28日 【珍品??】
ネットで徘徊して変な書体の文久が目に留まった。深字手の短久・・・これぐらいは不勉強の私でも簡単にわかります。でもって寶足が極端に右寄りで、よろめいているみたい。面白いなこいつ・・・まるで歌舞伎の役者が片足けんけんで大見栄を切っているようなつんのめり方(妄想です)で、前足が長く後ろ足が上がってアンバランスで完全に離れています。本当走りだしそうです。あれれ、こんな目立つ書体あったけな・・・と思いながら「よし、泉譜を見ずに応札してやろう」と悪戯心。ところが誰も追従なし。かくして分類名は深字手短久離足寶 評価(十)。なんと雑銭中の雑銭でした。でも雑銭の中にこんな個性的なものがあるのが楽しいですね。
 
9月27日 【水戸揚足寶がやってきた!】
長径48.3㎜ 短径32.6㎜ 銭文径39.3㎜ 重量19.2g 
9月中旬に風邪をひき、2度医者にかかったものの一向に改善せず、本日もう一度医者通い。CT撮って血液採って日本の医療費を無駄に使ってます。結果は軽い肺炎ですけど抗生剤も出たのでこんどこそ治ることに期待したい。ついでに尿管結石の卵も2ケ見つかりましたが、こいつはまだしばらくは大丈夫でしょうかね?
そんな青色吐息の私にヤフオクから繰り上げ当選のお知らせが・・・。先日の水戸揚足寶らしきものの上位落札者が辞退したらしく、私にまで権利が回ってきたらしい。価格を上げるだけ上げて逃げるなんてとんでもない奴らだと、腹を立てながらも喜んで応札責任をとらせて頂きました。(しめしめ・・・)
届いた品を見るとヤフーの画像とは異なり薄肉ですすけて真っ黒で垢抜けません。ありゃりゃ、これは正字濶縁の焼け伸びかしら・・・なんてドキドキしながら調べましたが、結論から言うと水戸揚足寶に間違いないと思います。ただ、状態はいまいちで、まるで火中品みたいに見えてしまいます。(画像よりもう少し黒い感じ。)天保仙人様の所蔵品(超A級美品)の画像があったので重ねてみましたが、内径や文字の輪画はほぼ整合しました。落札価格も安かったのですけど、それでも今年一番の出費です。しかし、仙人様の揚足寶のクオリティの高さには舌を巻いてしまいます。揚足寶は画像を含めて過去に4~5枚見たことがあるのですが、未使用の色を残している品はこの1枚だけで、あとは文字がつぶれ状態が悪いもの、黒ずんだものばかりでした。仙人様も自慢されておりましたのでおそらくこの揚足寶は日本一の美品でしょう。
揚足寶は水戸短足寶と間違えて売られていることが過去にもあったそうで本当によく似ていますが極端に濶縁縮字です。推定ですけど短足寶の覆輪延展改造母銭によるいわゆる次鋳銭なのかもしれません。掘り出しのポイントは背の花押と(とくに)濶縁ぷりですね。郭と穿も本座に比べるとかなり小さい・・・規格外なのです。寶前足は画像ではあがっているように見えますけど私の入手品は実物を見てもあまりピンときません。ですから、画像で確認できまで内心ドキドキでした。揚足寶は藩鋳銭の中では最難獲品だと思っていました今回の入手はラッキーだったと思います。
 
 
9月22日 【絶不調】
一週間ほど前から風邪をひきこじらせここ数日は息も絶え絶えなのですけど休まず動き回っています。咳、痰がひどく呼吸が苦しくてだるくてしょうがないのですけど働いています。こういうときこそ古銭が一番効くはずなのですけど、オークションを観察できなくて負けつづき。負のスパイラルに入っています。昨日も気になっていたものを逃してしまいました。琉球の中字なんですけど色が変ですし、何より広郭が見事なんですね。肥郭気味の中字は時折見かけますけどこれほどはっきりしているものは初見です。真鍮色が不思議で磨かれているのかもしれませんが、興味津々でした。仕事が終わってすぐに寝込んでいるうちに終わってました、残念。
 
9月17日 【水戸揚足寶】
昨夜、注目のオークションが終わってしまった。終了価格85779円。追いかけきれませんでした・・・この小心者めが!出品名は水戸短足寶大濶縁・縮形・・・しかし、賢明なる古銭馬鹿どもはこいつの価値をかぎ取ったみたいです。正式名称は水戸揚足寶。名称にこだわるとつい見逃してしまう雑銭中の大珍品です。寶前足が極端に上がる癖があるとされますが、この品を見る限りそうではありません。出品者が間違えたように短足寶にそっくりで、濶縁縮径になります。短足寶を改造して写したものじゃないかと私は思うのです。ただし、保前点が細く、後点がわずかにあがること、通点は横打ちにならないこと、短足寶のように文字が離輪しないこと等が異なり、背の花押はひげが短いいわゆる背異の形状になります。濶縁と言えば仙台大濶縁や離郭濶縁が有名ですけど勝るとも劣らない大珍品なのですよ・・・これは。目立たないので古銭屋の店頭での掘り出しもたまにあるそうなんですけど、何せ数が少ないのです。ああ、つまんない。
 
9月10日 【金餅】
江戸時代の貨幣制度は複雑で交換レートも頻繁に変わりました。そのため両替商が繁盛し、そろばんや和算という数学も発達したとか。両替商はバラバラの豆板銀などを計量して包みにして両替商の保証の元流通させます。それが包み銀で、同様に小判や分朱金銀、丁銀なども包んだとか。小判などはその包みの形状から餅と呼ばれたそうですけど・・・。
さて、画像の品はネットで高騰している包み。ぱっと見ればわかるのですけど両替商のものではありません。古い紙で包んだものであり紙そのものの時代はありそうですけど果たして中身が古いかはわかりません。後ろの大きな包みは四角形でそんな貨幣はファンタジー以外考えられないし文面には「~子様」の文字が見えるので手紙のようですし、もっともらしいけどハンコが胡散臭くもあります。夢はあるけど私には突っ込んでゆく勇気がありません。本物ならば大儲けですけどね・・・。
 
9月2日 【開元通寶】
開元通寶は唐開国の621年に鋳造が開始され、良質であったことからか以降300年にわたって流通した穴銭です。玄宗時代の開元の治が有名でこの時代に鋳造されたとよく勘違いされていますが、元号の開元がはじまるのは713年ですから銭名と元号は関係ないどころか、その読み方も当初は「開通元寶」であったのではないかとも言われています。流通期間が長かったのは日本の寛永通寶も同様で、こちらは先に元号があり、元号をそのままに流通していったもの。一方で開元通寶は開通元寶ではじまり、途中で開元の元号が現れたことにより開元通寶の読み方になったのではないか・・・だから、和同開珎はこれをまねたので時計周りに文字が配置されているのだという説もあるのです。さて、私は開元通寶収集は素人ですけど嫌いな方ではなく、穴銭初心者の頃背の紋様の異なるものをずいぶん集めたものです。ただ、良い文献があまりなく、小川青寶樓師の開元通寶泉譜や貨銭開元補遺ぐらいしか私には思い当たりません。先日、大和文庫さんの即売品を見ていてこの開元通寶に目が釘付けになりました。素朴、朴訥、枯れている・・・可愛い!
書体は尨字背俯月というもので、位付けは6位なのでちょっと少ないものですが、大珍品というほどでもありません。ただ、文字の崩れっぷりが見事で通頭なんぞあんぐり口を空けているようで愉快極まりない書体です。思わず衝動買いしてしまうところでしたが危ない危ない。実は開元通寶には苦い思い出がありまして、その昔「隷書背月」という珍品が手元にありましたが、何を思ったのかとんでもなく安く売却してしまいました。この珍品、その後は出会うことすらかないません。同じく安く売ってしまった「康煕通寶背台大様」とならび忘れられない一品なのです。(康煕通寶背台大様は島屋文クラスの珍品だと思います。)
 
9月1日 【紅い幻足寛】
白い寛永に続いて赤い寛永登場。でもって応札していました。このクラスの珍品はなかなか複数入手することはないのですが、幻足寛だけは例外でなぜか3枚保持しています・・・が、完璧と言える満足なものにはなかなか出会えないのです。幻足寛は浅字の傾向が強く、発色も良くないものが多いのです。画像の品は珍しく赤く発色していて小焼けかなあと思いながらも発色が自然で食指が動いてしまいました。負けましたけど・・・。
※幻足寛という格好いい源氏名の存在が大きいですね。島屋文、蛇の目、淋手などと並ぶ源氏名の傑作です。この名前がなかったらこれほど人気は出ない品なのかもしれません。 
 
8月29日 【白銅の魔力】
赤い天保銭も大好きなんですけど、白い寛永銭も負けず劣らず大好きなんですね。画像は享保期仙台石ノ真紀銭の異書低寛の純白銅銭です。輪に小欠があるものの実物はすこぶるの美銭。新寛永銭でこいつを見つけたら絶対に自慢できます。新寛永の収集を始めようと思ったら絶対に1枚は入手したいものです。すでに何枚か保有しているのですが私はふらふらと引き寄せられてしまいます。なお、仙台銭の白銅は磁性があるのが普通です。
 
長郭手覆輪赤銅質
長径48.9㎜ 短径32.5㎜ 銭文径40.9㎜ 重量20.5g
不知天保通寶分類譜 下巻 P118の25 覆輪跛寶
英泉天保通寶研究分類譜 No.1172 覆輪面存痕
8月23日 【赤銅天保祭り】
なかなか入手できなかったものが、一つのことをきっかけに堰を切ったように連続入手できることがあります。私の場合不知長郭手の赤銅色のものになかなか巡り合えない日々が続いたのですけど、ここのところその希少品?が立て続けに入手できています。もっとも赤黄色と赤銅色の区別は微妙なところですので、最近その判断基準が甘くなってきたのかもしれません。
さて、この長郭手ですけど書体にはまったく加刀のない品ながら立派な覆輪銭です。そして立派な赤茶色。これだけで十分ですね。なお、不知天保通寶分類譜下巻のP118の25の原品なのですけど、名称はなぜか覆輪跛寶。不知天保通寶分類譜は拓本の印象から名称を決めたと思われるものがありこれもその一つ。実物は跛寶ではありません。
英泉天保通寶研究分類譜1172原品でもあります。名称は覆輪面存痕ですけど、これもその痕跡は極めて微弱。困りました。
 
8月22日 【変わり者2題】
3枚の不知銭の組み物として出ていた広郭手です。誰も応札がなく安価落札でしたが、2枚は本座と薩摩でした。目的はこの1枚で、面狭穿背広穿であり、面側に鋳バリが残る面背逆製です。入手ルートは異なりますが7月14日の記事にある長郭手と見比べて頂ければわかるように穿の雰囲気は同じですね。銅質や砂目は異なりますが極印に類似性があり、やはり時代の降った品であると思います。真鍮銭の系統とはいえ面背逆製は貴重。なお、このタイプの極印は一部の浄法寺銭にときおり見られるタイプであり、この事実をもってこれを浄法寺銭と断定することはできないものの、時代背景的には同じものじゃないかと思う次第。真鍮銭とは言え時代がある程度あり色味は落ち着いています。(でも真鍮銭ですね。)
長径48.1㎜ 短径31.5㎜
銭文径41.1㎜ 重量18.8g
銭文径が本座に近い・・・母銭から直接写されたものかもしれません。あるいは焼け伸びかしら?面背逆製の概念が収集界に広まったのはそれほど古くはないのでコレクターを狙って作った面背逆製とは考え難いのですけど・・・。
つづいては堂々たる琉球通寶の広郭。その昔はこの書体をなぜか中字広郭と教わったのですけど、どうみたって大字ですよね。背の當百の大きさが小さいから・・・という理由だったような気もしますが今となっては良く分かりません。広郭は大ぶりのものが多いのですけど、この品は肉厚が2.8~3.1㎜ほどあって重量が30gを超えています。
長径50.2㎜ 短径33.4㎜
重量30.5g
琉球はもともと大きいものが多いのですけどさすがに巨大さを感じます。中字の重さの記録は29.7g(天保仙人様蔵)でしたが、それをわずかに上回りました。だからどうしたと言われればそれまでですけど。
 
8月21日 【踏潰俯頭通母銭】
ヤフオクに出ていて話題になった品です。お盆の頃から出ていて、きれいだったので一応応札していたんですけど大変なことになっていたとは先ほどまで気が付いていませんでした。月曜日まで出張しており、知らぬが華と言いますか、知っていても手も足も出なかったと思います。改めて見てもきれいですし何より29.27㎜という外径は巨大。母銭と考えるのが妥当でしたね。目が節穴の私は全然気が付いていませんでしたが、欲しいけど俯頭通は美銭を持っているからと自分に言い聞かせてあきらめていました。かなわぬ夢でしたが良い品ですね。皆さんよく観察されていて感心します。
私所有の俯頭通は雑銭の会の工藤会長から譲り受けたもの(外径28.6㎜)があり、その他にも28.8㎜大ぶり銭が1枚アルバムに確認できました。他にもたしか横浜古泉研究会で購入した美銭が1枚あったはずなのですがアルバム内に確認できません。密鋳4文錢は大好物なので目につくと購入してしまう病気にかかっておりますが、最近は全く整理を怠っておりまして、分類名さえつけず机の上にほったらかしにしているものが山ほどあります。
未整理4文銭はおそらく百枚以上あると思います。これを細分類するだけで半年ぐらいは遊べそうなのですけど、目が悪くなってから面倒くさくなり先送りしております。HPの画像を大きくして再整理をする作業もまたさぼっております。こちらも4文銭や安南寛永に手を付けなければならないのですけど・・・。
 
長郭手覆輪刔輪深淵赤銅質(當上刔輪)
長径48.1㎜ 短径32.2㎜ 銭文径40.5㎜ 重量20.9g
長郭手覆輪刔輪深淵白銅質(昨年入手したもの)
長径48.6㎜ 短径32.5㎜ 銭文径40.5㎜ 重量22.1g
元禄期十万坪錢濶縁小目寶白銅母銭
8月20日 【紅白二種】
ヤフオクに出ていた長郭手です。熱くなって追いかけてしまいましたが本日到着しました。色の赤い長郭手は意外に少ないので最近かなり意識して集めています。内輪に歪みがある覆輪刔輪銭であり、當上の刔輪はかなり強烈です。湯圧が低いのか通寶の文字は陰起文気味に歪んでいます・・・と、ここまでは出品画像から判断できましたが、実物でないと判らないことがあります。それは地の傾斜が側面の輪に向かって面背とも碁石のように丸くつけられていること。これってもしかして深淵の手じゃないかしら。それにしては砂目や銅質が全然違う・・・と思いながら観察を続けると共通点がいくつも見られます。(中段は参考までに昨年入手したものを掲示。)とくに寶王がわずかに貝画から離れて尓前点に半玉気味に連なる点や大き目の極印の形状などは酷似しています。一方で相違点もかなりあるので結論はまだ出せませんが、深淵は製作や銅質が異なるものがあるということは判明しているので、これも変化のひとつかもしれません。なお、寶下が大きくえぐれていますが部分刔輪ではなく、気泡破裂が原因の鋳不足だと思われます。
さて、最下段は出張帰りの東京都内において購入してしまった寛永通寶の母銭。新橋のウィンダムさんに立ち寄りましたが、あいにく名古屋のイベント会場に商品を送付した後でお店にめぼしい品が全くありませんでした。そこで「はるじ堂」さんに足を向けたのですが、お店の名前が「トキヤ」に変わっていました。トキヤさんも新橋にあるお店でしたがお店の権利を譲渡してもらったようなのです。この寛永銭は白銅の色調が美しかったのであいさつ代わりに購入。十万坪銭の濶縁小目寶でしょうけど、磨輪されていてとても濶縁には見えませんよね。背郭は不完全ですけど銅質、仕上げから見ても間違いのない母銭です。本当はお店に島屋直寶が置いてあってなかなかの品でしたがさすがに手が出ませんでした。
※なんとなくですが、天保銭は仙台石ノ巻銭に共通性を感じます。皆様はいかがでしょうか?
※はるじ堂さんはどこへ行ったのかしら?廃業かなあ?ご存知の方は教えてください。
※島屋直寶の背に小さな星があるものを今まで3枚ぐらい見ています。いずれも細字の美銭でした。兄弟銭だと思うのですけど遭遇確率がずいぶん高いので不思議に思っています。これについてご存知の方いますか?
 
 
8月18日 【古寛永斜寶=松本銭の謎】
古寛永銭の斜寶が松本銭とされたのは意外に古く、三上香哉師は貨幣90号にその説を掲載しており、昭和泉譜にも斜寶を松本銭として掲載しています。(その根拠は江戸時代の研究家珍貨堂芳川維賢の説を取り入れたものらしい。)何より「松本市史」において「今井家文書」なる鋳銭にかかわる資料が紹介されているのです。今井家(今井勘右衛門)は鋳銭の請負人であり、その今井家から1991年、松本市に対し、その古文書とともに枝銭が松本市に対して寄贈され、現在は松本市指定の重要文化財になっています。
ところが、斜寶=松本銭説に異を唱えたのが小川青寶樓師で、「松本銭の鋳造時期は寛永14年(1637年)と古いのに、錫母銭が残されているのはおかしい。斜寶は錫母銭の技術が確立したもっと後の時代の承応・明暦(1652~1658年)の頃の作である。」と自身の寛永通寶銭譜において自説を発表しいます。(青寶樓師は当初は太細類を、後に力永類を松本銭としました。)実は三上香哉師も斜寶=松本銭に対して懐疑的であったそうなのです。ただ、現物資料の説得力は絶大で、私は斜寶=松本銭説を完全に信じ切っていました。
そうしたところ「古泉24号:東亜貨幣協会」に天泉堂後藤良則氏が寄稿した一文に興味ある記述がありました。
・・・(前略)・・・先日某例会において今井家の子孫が東京におられ、そこに鋳放し銭が所蔵されており、写真で見るとほぼ斜寶に間違いない、とのお話があった・・・(中略)・・・
「寛永通寶銭譜編集当時、松本市史に斜寶鋳放し銭の図が載っていた。念のため昭和30年頃、松本市史を編纂された八十二銀行役員の吉田氏に質問したところ、息子さんの吉田邵三氏よりお返事があり、”松本市史編纂当時、今井家文書があり鋳銭の事実が確定しているのに銭図がないのでは良くないと銭を探され、当時たまたま入手された鋳放し銭を掲載したものである。従って松本市史掲載の鋳放し銭は今井家に伝わったものではなく、その出所は不明のものである”との事であった」(小川青寶樓の談話)・・・(中略)・・・さて、いちおう泉友を通して松本市史掲載の原品と今回発見(注:今井氏が例会において所蔵していた品)の原品との照合をお願いしたところ、ほぼ同一品に間違いないとのことなので、将来の研究家の方々のために以上のことを書いてみました。(以下略)
さてさて、この記述が真相ならば、今井家文書と斜寶の枝銭は全く関係のない組み合わせ品であることになります。古寛永の枝銭なんて言う代物は私は見たことがない貴重品。だからこそ斜寶=松本銭説を補強するには十分な資料だと思ったのですけどわからなくなりました。今となっては真相は闇の中。この寄稿文が正しいかもわかりません。
同じような問題としては「天保通寶の岡藩」に関する資料があり、こちらも実は小川青寶樓師がかかわっているのですけど、現代の古泉界においては銭種分類(痩字通寶=岡藩天保)としては半ば否定されています。 
→ 松本のたから
承応・明暦(1652~1658年)の頃の作ということであれば、残された記録から推定されるのは斜寶は長崎もしくは建仁寺になります。(あるいは大阪もあり得るか)小川青寶樓師は建仁寺ではないかと推定しています。
 
8月15日 【大和文庫の長郭手】
天保通寶の記事が続きますがご容赦を・・・。大和文庫で「小頭通 曲足宝」の名前で出ていた品ですけど、名称の再考が必要ですね。秋田小様ばりの見事な赤銅色の鋳写銭で文字への加刀や修飾はまったくありません。郭内の段差が大きく、中見切による製作だと思われます。通寶の前にかすかに鋳筋のような段差が走り、鋳造の際の鋳割れの痕跡かもしれません。長郭手に秋田加護山写しが存在していたとすれば、きっとこんな感じなんでしょうね。
不知長郭手赤銅細縁小様
長径48.0㎜ 短径31.5㎜ 銭文径40.9㎜ 重量19.6g
 
8月14日 【プチ掘り出し】
正真正銘のB級不知銭です。ネットオークションで1000円で出ていまして、「手替わり」の名称でしたが雰囲気は変色した本座銭ですね。文字の加刀はほとんど見られません。 どうして私が応札したかというと①穿内の仕上げに違和感を感じたことに加え②郭周囲に加刀が見られ四出風に郭の角が変形していること③背輪下部の鋳不足(多分異物による鋳抜け、本座にはあまり見られない)等が気になったから。1000円ですから宝くじを買う感覚ですね。実物は輪際に小刔輪が見られ、ほんの少し寶足が長くなっているように見える鋳写で穿内はいわゆるべったりやすりになっています。だからどうした・・・という品ですけど、安物買いの成功としては4月25日の記録を大幅に上回りました。この手の掘り出しは妙にうれしいからやめられません。
不知長郭手鋳写
長径48.8㎜ 短径32.3㎜ 銭文径41.1㎜ 重量21.0g
 
8月13日 【覆輪陰起文の長郭手】
超A級天保の後で恐縮ですけどB級不知銭です。画像では磨かれたように見えますけどそうではなく、全体的に白銅質で、しかも湯圧不足全開の風貌。文字も細く加工されており何ともみすぼらしい不知銭ですけど、覆輪もありしかも異極印(破損した極印)と来ていますのでそれなりに楽しめます。
長径48.9㎜ 短径32.2㎜ 
銭文径40.5㎜ 重量21.0g
 
8月12日 【彫母銭】
制作日記6月15日のお化けの画像が届きました。入手された方は天保通寶だけでなく貨幣収集界では有名なYさん。
長径52.7㎜ 短径35.6㎜ 重量28.0g。計測の誤差が出やすいので参考地ながら内径も46㎜ほどあるそうです。地金は(よく見られる母銭ほどに)赤くはないものの、帯黄の赤色で、いわゆる唐金より軟質の金属のようです。鋳物にあるような細かな気泡が見られない緻密な作りで、Yさんは色々な方の意見を聞いた結果この品を南部大字の彫母銭と断定されたそうです。私もこの意見には納得。でもって瞬間風速で私もこの品を競りましたのでこの品物の10分の1ぐらいは私のもの気分です。この彫母は月舘八百八の作になるものに違いはなく、郷土史家の新渡戸仙岳の記述が正しければこの彫母は「外川目座に鋳銭方法を学びに行った後の第一期後期の鋳銭によるものであり、これから錫母→大様銅母→濶縁大様の通用銭となるはずなのです。普通なら大様銭は最も初鋳としたいのですが、新渡戸の記述によると最初の頃は鋳造~仕上げ方法が分からず、試行錯誤の末に火にあぶるような工程を取り入れたため砂目がつぶれ変色の激しいみすぼらしいものばかりだったそうで、砂目がしっかり出て側面の角が立つような美銭は外川目座見学の後に会得した技術によるもののようです。大字の彫母は実は木型じゃないかという説もありましたが、今回の発見によりこの説は否定されることになり、逆に銅山手が木型原母によるものの可能性が高まることになりました。Yさんにしてもこのような大型の天保銭を手にすること滅多になく、50.5㎜を超えるのは仙台大濶縁と曳尾鋳ざらい母しかないって・・・おいおい、ものすごいものをさりげなく出してきています。画像下段は掲載の都合で画像の左側をカットしてありますが、比較用の仙台大濶縁(2枚)です。このクラスのものを複数持っている方なんて過去の時代を含めても何人も存在しいませんよ。まあ、この彫母銭から私の大様銭が生まれたと考えるとなんだか楽しくなってきます。Yさんも私の大様銭のことを名品と言ってくださいました。この彫母には比べるべくもない品ですが光栄ですね。ありがとうございました。
2017年の制作日記関連記事 
→ 10月9日  【工藤会長の銅山手】 → 10月14日 【南部盛岡藩天保の考察】
→ 10月21日 【新渡戸仙岳の著述を読み直して】 → 11月27日 【南部藩鋳銭の謎】
→ 12月13日 【簗川天保】
 
No.6141 安政期小字背一直波
NO.6189 秋田小様(3回写し型:穿内仕上げ)
長径47.1㎜ 短径30.8㎜ 銭文径39.6㎜ 重量19.0g
No.6191 不知長郭手覆輪小様
長径48.1㎜ 短径31.7㎜ 銭文径40.3㎜ 重量20.6g
8月2日 【CCFの収穫】
帰宅すると書信館出版社から郵便物が届いていました。火曜日に請求があり振り込んだばかりなのでものすごく迅速な処理で驚きました。
さて、今回のCCFですけど、下見はできなかったのでカタログの写真だけで判断しています。したがって高級品は回避。残念ながらカタログ画像のトリミング技術がやや雑で、天保通寶などは明らかにいびつ。本当の形が分かりません。想像をたくましくして品定めをしました。
安政小字背一直波は穴埋めありというフレーズがとても不安。しかし、このため誰も応札に来ないだろうと予測して最低価格で応札。ただし、最低価格も超強気でしたので、果たしてよかったのか?実物はかなりの美銭ながら通下を上手に穴埋めしてあります。言われなければ気が付かない技術レベルです。穿内やすり、周囲はろくろ仕上げの品で納得の品。
秋田小様は2品出ていました。一品は秋田の村上師の旧蔵品であり、もう一品は無名・・・ただし、穿内仕上げという文字が妙に気になるし、No.6188より美銭であることに賭けました。(実はNo.6188も村上師の泉譜には穿内ヤスリと書いてあります。)到着した品は予測通りの美銭。しかも村上師の手書き札付き。札には10-1 10-3という謎の符号と逆玉寶の記述もありますが意味不明。天保通寶研究分類譜には掲載がないので、これは収集2016年1~3月に掲載された60枚余りの秋田小様のどれかに違いないとにらんだところ、師は分類番号を振っていました。それによるとこれは2016年2月号No12原品のようです。逆玉の意味は王の末画左側に鋳だまりがあり、玉店の位置が逆になっているからとの事。分類としてはあまり意味ないかな。この品は濶縁であるが故、長径が47㎜をわずかに超えています。もしかすると母銭かもというわずかな期待がありましたがやはり通用銭でしょう。秋田は濶縁より磨輪されて小さくなった方が人気があり、46㎜台のNo.6188は7万円の落札。(高すぎます!)一方それよりずっと美銭のこいつは4万円余り。(絶対にお買い得です!)しかも、こいつは銭文径が小さいタイプで非常に好ましいのです。2017年12月17日の制作日記のように画像を半切りにして重ねると3回写しと見事に内径が重なります。両品とも濶縁なので、今回の入手品の方がわずかに径が大きい。秋田小様の細分類は本来は内径差で行うべきなのではと思うのですけど、どうしても長径に目が行ってしまいがちなのです。46㎜台と47㎜台ではその差が0.1㎜でも評価が全然違ってしまう・・・でもただの磨輪の差でしょう?ここまで差をつけるのはおかしいし、銭文径が同じなら本来は濶縁の方が価値あるのですけどね。磨輪の方が価値がある・・・秋田小様はそんな特殊な天保通寶なのです。
不知長郭手覆輪小様は覆輪縮径の名前で出ていました。縮形の定義は(瓜生氏の不知天保通寶分類譜では)長径47㎜台なんですけど、計測の結果は48.1㎜・・・残念。それでも銭文径の40.3㎜はなかなか立派な数字で覆輪銭の再写しと分かる風貌ですし、落札価格も奮発して12000円ですから全く文句が言えませんね。こうやってみると径の小さな天保銭は横太り形でなかなか可愛いもので飽きませんね。病気が進行してます
 
8月1日 【CCF報告】
今年もCCFには行けませんでしたが、オークション郵便入札では何品か落ちたようです。毎年この時期はイベントが目白押しでして、CCFには参加できない状況なのですが幸か不幸か台風が来襲したため行事が中止になり、奇跡的に参加が可能になりかけました。しかし・・・普段は自転車通学の子供の送迎を妻から仰せつかり、「はい」以外の返事ができませんでした。
さて、CCFオークションのねらい目商品は何かというと・・・
No.6141 安政小字背刔輪一直波(ただし、穴埋めあり)
No.6189 秋田小様
No.6190 不知長郭手小様十字極印
No.6191 不知長郭手覆輪縮径
No.6195 不知細郭手刔輪・・・でした。
穴うめがあるのは残念ですけど、安政小字背刔輪一直波は本命の1枚。何せ私は見たことがないのです。好奇心=煩悩は何にも勝るのです。こんなものにこんなお金を出して買ってはいけません。皆さん心してください。
秋田小様は何となく好きでほぼ最低価格で応札していました。不知銭も安く落ちたらいいなで応札。
本当は玉塚天保の2枚も興味がありましたし、薩摩小字などもいいなと思っていましたが予算の関係で自粛。白銅の広郭も興味津々でしたがこればかりは実物を見ないとわかりません。落札価格(27000円)を見るとかなり高額だったので郵便入札では勝ち目はなしでした。
その結果、6141番、6189番、6191番の入手がかないました。たぶん台風の影響があったのだと思います。ほとんどが無競争です。ただ・・・消費税と手数料が加わると結構良い価格になってしまってますね。
 
 
7月31日 【変わった色の秋田広郭】
最近入手した秋田広郭です。変わった色という表記に惹かれてえいやっで落としてしまいました。たしかに薩摩広郭のような色合いですけど軽く磨かれたような色合いでもあります。溺愛によって愛でられまくってしまったのかもしれませんね。秋田広郭は赤~褐色のものが多く、純黄色のものは貴重だそうです。この色は多くはないと思いますが果たしてどうなのかは地元の収集家に聞いてみないとわかりません。
 
7月30日 【気になる文久】
ネット観察をしていて心に引っかかった1枚。私は名前だけ文久永寶周遊会に属していますが、文久永寶については探求心とか真理の求道心などと言いうものの持ちあわせはなくて、好奇心だけで首を突っ込んでいます。しかし、この画像の品には私の妖怪アンテナは激しく反応しました。ぼってりして妖艶な郭、肩幅が狭いのにふくよかな文、久字第2画のくびれ(上ぞり)、よちよち歩き出しそうな寶・・・しかも久字の頭が郭に食い込んでいるではないか!こりゃ面白いと手を出したのですけどもっと強力な研究者たちが応札しているようでして・・・。深字の本体系なんだと思うのですけどあまり見たことがありませんね、こんな書体。はじめは勁久系統かと思ったくらい悩ましい品です。本当に良く分からない。深字の濶字広郭とでも言いたい品です。どなたか分類を教えてください。
 
長郭手刔輪背上郭抜け
長径48.9㎜ 短径31.9㎜ 
銭文径41.2㎜ 重量19.1g
7月26日 【粗造刔輪】
ネットで長郭手天上刔輪の名前で出ていたもの。実物をひと目見た瞬間「あちゃ~、こりゃあ真鍮の写しだ!」と感じました。その証拠に肉眼では側面極印が確認できません。地の部分はひっかき傷だらけですし、見れば見るほど汚い。諦め気分でルーペで観察したら「あれ、意外にまとも・・・・青銅質で真鍮銭じゃないぞ」ひっかき傷に見えたのは鋳ざらい痕跡でした。と、いうことでご機嫌が戻りました。ただし、天上刔輪はたしかにありますが、それほど強くなく、深い溝状になっています。銭文径を計ろうとするとノギスの先端がこの溝にはまってしまい気を付けないと大き目の数値が出てしまいます。面郭はかなり長郭になっていて背郭上部は欠損、右側も細く残るだけです。
とはいえ、やはり薄汚い不知銭ですね。昨日のものと大違いなのですけど、これはこれで私は大好きなので・・・。
※台風襲来のせいでイベント(夏祭り)が中止になってしまいました。一転、CCFに参加の可能性が膨らんだのですけど、イベントの後始末が大変なこと(大赤字)になりそうな気配。それに電車が止まる可能性もあって微妙ですね。
※色変わりの秋田広横郭も入手しましたが軽く磨かれた感じ。こいつも微妙。
 
長径48.5㎜ 短径31.8㎜ 銭文径39.9㎜ 重量19.9g
長径48.9㎜ 短径32.3㎜ 銭文径40.1㎜ 重量20.0g
長径49.1㎜、短径32.6㎜、銭文径39.9㎜、重量23.9g
長径49.5㎜ 短径32.85㎜ 銭文径40.40㎜ 重量21.8g
長径49.15㎜ 短径32.15㎜ 銭文径40.55㎜ 重量19.3g
長径49.35㎜ 短径32.55㎜ 銭文径40.55㎜ 重量19.6g
7月25日 【美制張足寶ギャラリー】
最上段①はヤフオクで2万円で出ていた張足寶です。覆輪刔輪の不知銭なのですけど、通用銭には覆輪や刔輪の痕跡がほとんど残されていません。これは通用銭を改造した母銭から直接鋳造したのではなく、きちんとした母銭をつくりそこから写しています。ただし、銭径、銭文径に著しい差異があるため、通用母銭がたくさん存在すると考えられます。また、写しを重ねているため銭文径は40.7㎜未満になるのが普通で、逆に銭文径41㎜以上の張足寶があったらかなり貴重かもしれません。私の場合も41㎜以上の張足寶は1枚だけで、それは長径が49.7㎜もある巨大な張足寶です。とはいえ現段階ではサンプル数が少なくて決定的なことはまだ言えないというのが本音です。秋田の村上師はこの張足寶に興味を持ち、大量に保有しておられました。
①と②は鋳肌や銅質製作から見てもほとんど同じ。若干②の方が大ぶりで寶後足の湾曲が目立つくらい。このタイプは張足寶の代表格で、細郭手にも同じ製作の品があると古くから言われています。ちなみに②はウィンダムで5月に買ってしまった品。制作日記にも載せてあります。なお、この2枚は寶前足の付け根貝底に欠損がないタイプです。
③は若干銅質が白っぽい上にやや肌の練れがないのですけど製作は非常によく、同炉と考えるのが自然じゃないかと最近思っています。こちらは寶貝の底に欠損があり、(この特徴から長反足寶の系統とする考え方もあります。)寶貝がわずかに細く、下すぼみ気味になります。この特徴が著しいものを當百銭カタログでは通寶小字としていて、私もそれにあやかっていますが、とりわけ別名称にする必要もないのかもしれません。③は銭文径が小さいのに銭径は大きくなかなか個性的な雰囲気になっています。
④はさらに白銅質で大ぶりな品。迫力という意味では満点な品です。理屈的にはこの品を写すと③のようなものができる可能性があるのです。
⑤は強刔輪になっていて面背とも細縁になります。長張足寶の名前もあるのですが、実際にはあまり変わらない気もします。張足寶は寶足にばかり目が行きがちですけど「天と輪のに注目すべき」なんですね。このタイプの張足寶を見つけたら逃すな・・・が私の心得。秋田の故、村上師はあまりこの点に着目してなかったようなのが研究分類譜の並びから伺い取れます。強刔輪の張足寶の存在は全体の2割以下だと思われます。。尓の形も違うので同炉なのかどうかは分かりません。
⑥は張足寶の基準というべき品。張足寶は面背の砥ぎ仕上げがしっかりしていて文字がしっかり鋳出されているものが多いのですけど、これは母銭本来の繊細な雰囲気が残されています。
この品は當百銭カタログの原品であり、この世に存在するもっとも有名な張足寶であるといっても過言ではない品です。実物は画像以上に美しいとだけ申し上げておきましょう。
張足寶は製作や銅質などの統一感からかなり有力な藩の作だと思われます。穴銭カタログ日本では琉球の小字狭足寶の作風が似ることから薩摩ではないかとの大胆な推測がなされていますが、う~ん・・・という感じです。その昔、会津の旧家からというふれこみで、短貝寶や濶縁がヤフオクに数十枚も放出されたことがありましたが、その中に1枚だけ張足寶の母銭が混じっていたのが印象的でした。(2011年6月3~11日制作日記参照)張足寶が会津だったら話が早いのですけど、どう考えてもありえない。謎ですね。

張足寶あるある
①銭文径は40.7㎜以下がほとんど。41㎜以上と40㎜を切るものは貴重です。
②銅色はやや赤みのある黄色~白黄色。赤いものはないと思う。
③覆輪の痕跡は通用銭には見られない。
④面背とも研ぎがよく仕上げはきれい。特に背濶縁、肥郭気味のものが良くある。
⑤銭径はバラバラ。
⑥尓前点は小点になりがちで後点は大きい。
⑦天上の強刔輪の品は少ない。
⑧砂目は細かく地肌はとてもなめらか。側面もきれいに仕上げられている。
⑨崩壊の底、寶前足の付け根に欠損のあるものがあり、長反足寶につながる品と言われています。
⑩銭文径が小さく、狭貝寶気味のものを通寶小字とすることがあるようです。
 
7月20日 【遒勁大様も出た!】
超有名品である遒勁ですけど、今まで何度かヤフオクに出たことがあります。私所有の遒勁もその1枚なのですけど、今回はかなりの大ぶり銭。(画像は見やすいように加工はしてあります。)遒勁は大きさにかなりばらつきがあり、鋳造の時に何回も写しを重ねたことが予測されます。その長径は48㎜台のものが多く、意外に寸詰まり。一方短径は33㎜を超えているものが多くずんぐりむっくりなのです。さて、画像で見る限りこの遒勁は隣の曳尾よりずいぶん大きい。魚眼レンズ効果があったにしろ少なくとも長径は曳尾と同サイズ以上です。ほかの天保銭の画像と比較しても大きいことが伺われ、どうやらこれは遒勁の大様であることはほぼ間違いないところ。となるとオークションは当然加熱。私はあっという間に振り切られ、30万円超過で着地した模様です。
遒勁は贋作が多いことでも知られます。過去のオークションでもかなり贋作が本物として売られていますのでご注意を!私は実物を見せて頂いたことはないのですが銀座古銭堂作など噂の超絶贋作もあるそうです。この色味は贋作者が再現しやすい色なのです。とはいえ、これは大丈夫そう。多分名品なんでしょうね。画像送ってください!
 
7月19日 【島屋文小頭通が出た!】
ヤフオク72枚組の寛永銭の中にさりげなく島屋文小頭通があったそうです。千葉のOさんからご連絡がありましたが、老眼の進みが激しい私は知らなかったです。
実は落札されたSさんからも連絡を頂戴しました。画像では焼けが入っているような変色があり、ひょっとしてヒビもという雰囲気なのですが、まずまずの佳品だったようです。そうなると落札価格の9万円はお買い得だったということなのでしょう。虎穴に入らずんば虎児を得ず・・・私にはできませんね。
 
長径47.7㎜ 短径31.8㎜ 銭文径40.7㎜ 重量26.2g
7月17日 【細郭手縮形厚肉美制】
何の変哲もないように見える細郭手です。実は琉球通寶の出品者と同じで手作りの霧箱入り。古銭への愛着が感じられて嬉しいですね。厚肉の名に恥じず手にしたときに分厚さとずっしりとした重さを感じる作りです。重量は私の計測では26.2gでしたが、長径が47.7㎜しかないのでものすごく重量感を感じます。肉厚は2.5~3.0㎜ですけど、側面の仕上げが角が立っているような感じなのでものすごく手にした違和感があります。ついでに異極印です。すなわち、この品は不知細郭手縮形厚肉美制異極印という訳なのですけど、覆輪刔輪もないしなまじ製作がきれいなので画像上は本座とほとんど変わりません。だから不人気でしたが、私はしめしめ・・・と思った次第。
 
7月15日 【よろめいた一分銀】
安政一分銀です。古金銀は全くの専門外なのですけど、穴銭収集に行き詰った時にこちらに乗り換えようか正直なところ迷った時期もありました。だって書体変化は多いし、見た目はきれいだし、安政一分銀なら単価も激安。この画像の一分銀はネットに出ていたのですが、思いっきりズレていて面白いので応札していました。少し前なら見向きもされないような欠陥一分銀なのですけど、最近はこういったものも面白がる輩が私以外にも沢山いるようでして・・・落札価格は6万円を超えてしまいました。いくらなんでも・・・・と思うのですけど、コレクターの心理は分からないものですね。まあ、私の場合、穴銭のエラー銭をありがたがって集めているぐらいですから、コレクターの心理の一端は理解しているつもりですけど・・・馬鹿ですねぇ~病気ですよ!家族に怒られますよ!
早く目を覚ましなさい!・・・嗚呼・・・もう、手遅れです。
 
不知長郭手縮形異極印面背逆製
長径47.8㎜ 短径31.9㎜ 銭文径40.8㎜ 重量18.3g
   
 参考)浄法寺銅山手の極印
7月14日 【面背逆製の天保通寶】
入札誌下町の出品物でした。拓図を見てもしかしてと思いこれだけに絞って応札。勝算があったわけではありませんが、結果良しでした。面背逆製については2015年の制作日記にまるでシリーズ物のように書き込みがあり、1月19、20日と4月14日に実物画像もあります。実は私が存在を確認した面背逆製(面背逆仕上げではありません)の天保通寶は細郭手2枚、真鍮製の後鋳長郭手が1枚だけなのです。
実物は十字型の変形極印が打たれています。制作や銅質は異なるもののこの極印はある種の浄法寺銭にそっくりなのです。右下に浄法寺の極印画像も並べて掲示しますので比べてみてください。ただし、重ねて申しますが銅質や製作は浄法寺とは異なりますし、この手の極印はときどき見かけますので・・・。
銅質は明和期の當4文銭の色に近い雰囲気があり、砂目が粗いので多分に絵銭的でもあります。したがって製作年代は案外降るのかもしれません。ただし、そうだとしても面背逆製として意図的にコレクターを狙った贋作ではないと思いますし、むしろきちんと通用を狙ったつくりのような気もします。
見切線(表裏の型の合わせ目)は面側に偏っていますが、型ずれが激しく穿内に段差があり、それを修正したように見えます。そのため、厳密にいうと面背逆製というより、中見切製法(厚みの中央で型を合わせる製法。中見切は型ずれのとき、大きな段差ができてしまい修正が利かないので、通常は片見切製法で鋳造します。)で鋳造をしていて、面側が極端に浅くなってしまった作のように見えます。したがって面側から見える大きな鋳バリは実は段差で、穿内やすりは銭座のお約束通り背側から入っています。ついでにいうとかなりの縮形で、長径は47.8㎜しかありません。
 
7月11日 【琉球通寶小字狭足寶】
こちらも何気なく落としてしまった琉球通寶の小字。特別に欲しかったわけではなく、最近負けつづきなのでどうせ落ちないだろうと高をくくっての応札でした。前のコレクターはこの琉球がお気に入りだったと見えて、専用の桐箱(多分小判用のものを改造した?)に入れて鑑賞したようです。そういえば私も母親のアクセサリーの空き箱を改造して家で見つけた安政一分銀と東京オリンピック1000円銀貨を飾っていたっけ・・・と、思い出します。(同じく桐箱に入っていた中字まで落としてしまったのは老眼のなせる業といいますか罪と言いますか。)
この小字、明らかに刔輪が入っています。したがって鋳造時期については薩英戦争で鋳銭所が焼かれた後なんじゃないかと思うのですけど実際はどうなんでしょうか?
書風は中字に近似して通辵が前のめりで用の第一画の下部がほとんどない状態で辵に接します。中字とは銭文径で0.7㎜ぐらい違うのであるいはそれらからの鋳写・・・と推定してみましたが、文字全体の大きさがあまりにも違うので無理がある気がします。一方で覆輪刔輪技法が使われているのはほぼ間違いない所なので、戦前の貨幣誌では不知長郭手長反足寶を天保の琉球同座銭として紹介しているほど。また、賛否両論はありますが元方泉處の石川氏は刔輪技法の見られる長足寶の不知銭類を薩摩藩銭と推定して位置付けています。
とにかく琉球は桐極印の存在と言いこの刔輪技法の存在と言い謎が多いのです。果たしてどのような経緯でこの小字が生まれたのか、そしてどの書体を写したのか・・・謎が一杯なのです。
 
7月9日 【2018CCFオークション】
CCFの夏がやってきました。今年は日本コインオークションとの共催関係を強くしたようで、カタログはいつものB5版からA4版に切り替わっています。出品数も過去最高じゃないかしら。そういえば外国コインがメインの日本コインオークションのカタログがここ1、2年なぜか届くので不思議に思っていたのですけど、CCFとの共催関係で名簿が渡ったのだと鈍い私は今さっき気が付きました。何せ私はこのオークションで過去に奇天手だの尨字塞頭通だのとんでもない高額品を落としていますから。ただ、残念なことに開催日は行事の日とドンピシャで絶対にいけません。今年も郵便入札ですけどドラマは起きるでしょうか?
私事ながら歯の治療ですでに奇天手が買えるほど支払っています。今年は厳しいですね。
※応札していた覚えのない品物を落札してしまいました。たぶんスマホをいじっていてボタンを押してしまったものと思われます。琉球通寶なんですけどこういった失敗は金額以上に痛いし、ドキドキしてしまいます。(奇天手のときも尨字のときもまさかね・・・なんて思いながら最低価格応札して痛い目に遭っています。)
 
 
7月2日 【半朱濶縁】
ヤフオクで目に留まった半朱。見るからに怪しく、ヒビまで入っていそうな顔。しかし重量は33.4gとしっかりあります。半朱は近代贋作が多いので要注意なのですけど、この製作は素朴。あきらかに写しで覆輪にも見えます。良し、買ってやろうと意気込みましたが、終了間際に35,000円にまで高騰。さすがにそこまで根性がありません。サ極印が打たれているので密鋳ではないようですけど、風貌は密鋳みたい。何なのでしょうか?結果はどうなんでしょうか?
 
外径28.28㎜ 内径21.21㎜ 重量4.9g
外径28.00㎜ 内径21.18㎜ 重量3.64㎜
7月1日 【母銭二題】
関西のSさんからのご投稿。(ありがとうございます。)上段は3Kgの穴銭の中から出現した1枚だそうで、一見すると仰寶の母銭風ですけど通頭が天狗寛永のように大きいですね。それに鋳肌が違います。これは水戸濶字背ト刮去の母銭という珍品です。
下段はヤフオクで安政小字母銭で出ていたものだそうです。安政小字は文政期の母銭を流用して鋳造した可能性が高く、現物の比定ができないと図会にあります。それにこの母銭は背の輪にテーパーがあり明らかに鉄銭の母。
当初は万延鉄銭の磨輪母じゃないですかと回答してしまいましたが、万延の鉄母は側面にやすりがきっちりあり、こういったござ擦れ加工はしない厚肉のもの。となるとS氏のおっしゃる密鋳の鉄母というのが有力かも。きれいなのは文政の母からの流用じゃないかしら。あと、竹田四郎氏の新寛永拓影集に「万延小字に稀に薄肉小様のものが存在する。」とあります。いづみ会譜においてはこれは密鋳であるとしているようなので断定はできませんけど、密鋳か否かの結論はさておき、この品もその類の品ではないかと思う次第。いずれにしても貴重な品だと思います。
 
6月27日 【細郭手厚肉】
平日の東京出張はウィンダムさんに寄るのが習慣になってきてしまってます。欲しいものはさしてなくても何かを買わないと損をした気分になるので、結局は損をするという図式。古銭中毒です。さて、今日はどうしようかと考え、手にした重さが気になって拉致して連れ帰って来てしまいました。拉致被害者はたぶん私のほうなんでしょう。この天保、母銭の鋳ざらい痕跡が残っているタイプ。寶足はわずかに伸びているようにも感じますが刔輪というほどでもなく、さして覆輪でもない。手に取ってみると雰囲気はありますけどB級不知銭ですね。重量は25.4gありますので小さい割に手にずっしりきます。
長径48.2㎜ 短径31.9㎜ 
銭文径40.5㎜ 重量25.3㎜。
 
6月25日 【奇天が出た!】
仙台広郭濶縁・福岡離郭母・秋田細郭母・薩摩小字・張点保嵌郭・・・これはかつてネットに雑銭として出たもの。ネットオークションには時々化け物が現れます。ときには100万円を超えることも珍しくありません。そして、昨今化け物の記録を更新する品が現れました。奇天です。書体、大きさ、希少度、風格とも天保通寶の不知銭の中の王者にふさわしい。奇天、奇天手、張点保、張点保嵌郭を全部揃えたらコレクターとしてもう死んでもいいぐらい凄いのです。
それが組み物の中にひょっこり現れたと言います。私はサッカーに気をとられ、歯の治療に金をとられ、全く無警戒でした。女神に後ろ髪がありません。奇天は元方泉處が所蔵していた1枚・・・大川天顕堂旧蔵品で、佐倉の博物館に入らなかった唯一の品・・・しか民間にないと言われています。噂ではもう1枚あるかもしれないと言われていたのですが、今回の品が果たしてその噂の品なのか、はたまた新たな発見なのかはわかりません。いえ、まだ真贋すらわかりません。しかし夢のある話です。昨年、張天保嵌郭が出たとき頑張っておけば良かったかなあと思いながらも、歯医者への支払いがまだ重くのしかかる今日この頃です。
 
6月24日 【大観手大世】
琉球銭の分類について詳しく書かれている文献はほとんどありません。手替わりなどほとんど見たことがない・・・というのが私のレベル。しかしあるんですね手替わりが。方泉處2号には古田修久氏による琉球穿の細分類が掲載されています。それによると世高通寶が5種、金圓通寶が5種、大世通寶がなんと24種!これは恐れ入りました。大世や世高の多くは明銭の永楽通寶を土台にして、永楽の文字を削り「大世」「世高」の文字を嵌め込んだものです。
古田氏によると、削った母銭の上に鉛などの柔らかい金属を流し込んでから文字を削り出す手法と、砂型の異直接文字を書き込む手法(へら押し)が考えられるそうです。作業効率からすると置き換える文字が少ない方が良いわけで、つまり母銭には永楽通寶を使うより大定通寶や大観通寶を使った方が大の字が生かせるから効率がいいわけです。しかし、この大定通寶や大観通寶を使用した大世通寶は超珍品なわけでしてネット雀たちは皆さんピーチクパーチクうるさいこと・・・大騒ぎになりました。私も大観手や大定手の大世は見たことがありません。したがって真贋についてはあえて書きませんが古田氏曰く「書体は1つしかない」そうです。皆様、泉譜でご確認ください。(泉譜があればの話ですけど・・・求めやすい所では穴銭カタログ日本に大世は12種類掲載されています。)
 
6月23日 【中国からのお便り】
こちらは中国は江蘇省瀋陽からTさんのお便り画像。(ありがとうございます。)3年間にわたり一生懸命集めた寛永銭の中からの収穫物。それも一部です。今回は葛巻銭類のコレクションを送ってくれました。日本以外の地でこういった渋い穴銭を集めるのは結構大変だと思います。
葛巻銭は幕末に九戸郡葛巻村付近で密鋳された鉄銭で、小型で肉厚なのが特徴。舌千や見寛、目寛が有名ですけど、他にも通用銭を改造した密鋳銭はいろいろあるようです。
沢山画像を頂きましたが、この画像が一番ですね。左上から時計回りに①舌千無背母銭②見寛母銭③見寛母銭④水永母銭⑤見寛母銭⑥見寛母銭
この中ではやはり④の水永母銭が光っています。この密鋳銭は存在そのものが地味であまり知られていませんがこうやって画像を見るのも難しいぐらい存在をみません。高津銭接郭を写した改造銭と言われています。私もかつては所持していましたが放出してしまってから出会っていません。市場価格では測れない希少品です。その他にも沢山画像を頂戴しましたが、本日はここまで・・・。
 
6月20日 【貨幣の文化史】
久々に休日を家で過ごしています。雨ですから庭いじりも散歩もできません。それに休日とはいえ、昼過ぎから仕事があります・・・これでは休日とは言えないのかもしれませんが、私にとっては気分は休日なのです。本棚を眺めていて瀬戸浩平氏の貨幣の文化史という古本を手に取り流し読みを始めました。古銭関係の本は一時期躍起になって集めていましたのですが、読むたびに新鮮な気持ちになれるのは、年を追うごとに記憶力が欠落しているせいでしょうか。
瀬戸浩平氏について私はほとんど存じ上げません。たしか、ボナンザに連載小説を書かれていましたし、古銭関連の入門書「古銭 その収集と鑑賞」も執筆されていますので、1950~70年代を代表する古銭界の重鎮であったのは間違いないところ。ボナンザ創刊2号に写真と記事があり、「良い意味で貨幣界の異端児」であると書かれています。つまり金融や歴史経済にも詳しい多彩な研究家なんですね。
その瀬戸氏の著作から・・・
銭(ぜに)の読み方は銭(せん)からの変化ではなく、銭(ぜに)から銭(せん)になった!
日本の古語に(ん)の発音表記はなく、例えば女は(おみな)、難波は(なにわ)と表記してそのように読んでいた。したがって、銭(ぜに)は日本に来た段階で銭(ぜに)と読まれ、銭(せん)の方の読み方の方が後で生まれた。つまり銭(ぜに)は我が国特有の古音だった。
※これは私の感想ですけど、漢音の読みはおそらく銭(せん)ですから、言葉を輸入した日本で(ん)の表記がなかったとしたら(せに)としたと思います。難波の表記も(なには)だと思います。漢音表記が銭(せん)であったのは錢のことを泉と書くことから伺えます。ただ、古代日本人が(ん)の表記を持ってなかったとしても(ん)の音までを持っていなかったというのは、いささか信じがたい。(あ)と(ん)の音は赤ちゃんでも発音できるもっとも簡単な発音ですから。もし、古代日本に(ん)の音がなかったとしたら「和同開珎」は(わどうかいち
)とは絶対読めないはず。「わどうかいほう派」の私としては愉快なのですけど、案の定瀬戸氏も「わどうかいほう派」でした。説に疑問を感じながらも思わず親近感も感じてしまいました。
なお、私は「わどうかいほう派」でありますが、日本語の音表記については日本人は意味優先で、文字の形や音にさほどこだわっていないと考えています。日本を(にほん)(にっぽん)と読み「銭」を「泉」とも書く日本人・・・自由でいい加減なのです。
江戸堀川銀札
元和3年、大阪で江戸堀川を造成した時、その事業費用を賄うために紙幣が発行されたそうで、これを江戸堀川銀七分札というそうです。縦五寸九分、横一寸七分で表面に額面と布袋の図、銀札の文字が、裏面には「摂津大阪江戸堀川銀札、万民用之永代重宝也」という記述と、桔梗屋五郎右衛門と紀伊国屋藤左衛門の名前と印があったそうです。これだけ詳しい記録が残っているのはかつて収集界に存在したからでその昔は大阪方面で1枚だけ確認されていたとか。今は行方不明です。
1618年頃に発行されたこのお札、当時日本最古の札とされていました。今出てきたら古札収集家が熱狂するでしょうね。
※現在では山田羽書(1610年頃)が日本最古の札であるとされています。江戸堀川は私札ながら、現在の札に近い感覚ですけど、山田羽書は金銀預り手形のようなもの。当時は伊勢参りのために東西から訪れる人が多く、金使いの関東と銀使いの関西が交わる地。旅行者にとっても重い金銀を持ち歩くよりは都合がよかったのかも。山田羽書は私札でありながら明治時代まで流通した、金銀兌換紙幣であったようです。
寶永通寶が不人気だった理由
通常銭の3枚分の重さ程度しかないのに10文だから・・・という理由だけではなく、当時は96勘定(銭96枚で100文の扱い)であったがため、銭挿しと寶永通寶10枚を交換すると4文の損になってしまうので、非常に扱いづらいというのが隠れた理由。また、その原料の中に陶器のかけらが混ぜられているという風聞も生じてしまったそうです。
寛永背十の使われ方
背十銅銭は母銭式ですが、これは百文挿しの両端にだけ通したものと言われている。
※背仙がが銭挿しの端に結ばれたものというのは有名なこと。制作日記において背十や島屋文についても同じだろうと推定していましたが、記述としてみるのは初めてです。(以前に読んだ時には気が付かなかった。)ただし、絶対的な証拠はないようです。
耳白錢新説
銭の縁が広いからという言葉がなまったという説は眉唾。耳とは側面を意味したので、銭挿しにまじったたとき、この銭は、色が明るく黄色いのですぐに見分けられたのでこう呼称されたのではないか・・・とのこと。
※面白い説です。

瀬戸氏の著作はいわゆる貨幣学(ヌミスマチック)というべきもので、当時の世情が分かり面白いです。一方瀬戸氏自身もボナンザ誌上で「まちがいもたくさんあってはずかしい」と述べているように、全てを鵜呑みにはできないのですけど、感心する話も随所に見られます。私もそうですが古銭の好きな人は空想することが大好きな方が多いようです。仮説を立ててときには妄信してしまい、大真面目に間違ったことを述べてしまうこともありますので・・・。
 
6月18日 【寛文様?】
南部藩の天保銭の陰で密やかに沸騰していた1枚です。「安南二十一波写安南寛永不明品」のタイトルでした。かなり摩耗していますが、どうやら寛文様のようです。郭内の仕上げと永フ先端が長く跳ねあがって違和感があるのですけど鋳造品ですから・・・。ただ、真贋は分かりません。安南寛永と言われればその通りのような風貌なのですが、もともと寛文様はそんな銅色なのです。実は私が所有している寛文様は、ボナンザの表紙や矢部倉吉著「古銭と紙幣」さらには方泉處の表紙を飾ったもの。記憶に間違いがなければ桂寶こと倉田屋田中桂治を経由していると思います。つまり古銭界で存在しているもっとも有名な寛文様のひとつなんですけど、明和期に近いどろんとした青黄色い銅質。薄っぺらくはありませんが安南寛永と言われればそうかなあと思ってしまうかも・・・。
 
6月15日 【化け物登場】
この天保銭の落札価格はなんと182万9000円です。画像から長径は52.4㎜、短径35.1㎜、重量28.0gという堂々たる姿。私の所有している最大様が長径49.9㎜、短径33.6㎜、重量21.3gですから長径で2.5㎜も大きい。となるとこれは南部大字の原母(彫母?)クラスということになります。南部大字は月舘(関川)八百八が母銭を作成したと伝えられています。これが本当に原母(彫母)なら大発見です。無理を承知で一度だけ応札していましたが落札結果の10分の1以下でしたので問題外。ただ、側面の台形型の縦やすりというのがちょっと気に入らない。でも私に語る権利はありません。入手された方、画像送ってくれないかしら。
なんだろう、この側面処理。母銭の常識から外れている。心がざらつきます。面背が素晴らしいだけに不思議な気がします。
2016年9月8日の記事に南部小字の参考品があります。
その時の記事情報・・・(中略)平成21年9月に、郷土史家・古銭収集研究家の栃内元衛氏が発表されている、浄法寺の小林家で発見された「浄法寺山内柏木天保母銭」(と同系統のもの)の可能性があるそうで、地金が黄銅質であることもドンピシャだそうです。これは藩が山内に貸し出した「山内用母銭」なんだそうです。(後略)
 
不知長郭手強覆輪異極印(面背覆輪存痕)
長径49.4㎜ 短径32.1㎜ 銭文径41.2㎜ 重量21.3g
6月8日 【粗造覆輪の長郭手】
この天保銭、ネットオークションで遊んでいて熱くなって落としてしまいました。画像では真鍮銭風に見えたのですけど、そうではありませんでした。(背穿内の処理やいびつな銭形が真鍮銭風)出品名では長郭手覆輪大濶縁でしたが、実は秋田の故村上師の所蔵品で、その名称は背覆輪存痕。(英泉 天保通寶研究分類譜第4巻No.1165)ただし、村上師直筆のタグには長郭手異極印・覆輪面存痕とあります。こうして拡大してみると覆輪痕跡は面背ともに「らしきもの」が見られますがやはり面の覆輪痕跡が目立ちます。極印は破損しているらしく変形ながら形は良く分かりません。
とにかく銭形がものすごくいびつです。歪形としたいのですけど、それほどでもないかしら?鋳肌が非常に粗く見えるのはおそらく鋳砂が粘土質で粘着性が高かったのではないでしょうか?
粗造と記しましたが、製作が雑というよりそこそこ丁寧なんだけど技術がなくて下手という感じで鋳肌や銅質はどことなく草点保風です。このような天保通寶については好き嫌いが分かれるところなんでしょうけど、私は好きなんですね。だから困ります。同タイプのものがあるかと思ったのですが意外に少なく、しいて言えば4月17日のものに似ていますが背の鋳肌と郭の処理が全く異なりますね。価値はともかくこいつはある意味でめっけものかもしれません。長郭手の草点保があるとすればこんな感じじゃないかしら。
※改めて草点保を観察しましたが、草点保の方が断然製作がきれいだし、砂目も極印違いますね。反省。
 
6月6日 【利光教授の掘り出し物】
故、利光三津夫(りこうみつお:1927~2009年)氏は慶應義塾大学の法学部教授にして、日本貨幣協会の会長をも務めた人物です。「古貨幣夜話」は昭和58年(1983年)に慶應通信(株)から出版されていますので、教科書とともに学生生協に並べられていたものと思われます。何故そんなことを書くのかというと実は利光教授が教鞭をとられていた大学は私の母校でもありました。ただし、私と利光教授とは学部が異なりましたし、出版は卒業後のことでしたので、残念ながらこの作品を在学中に読むことはありませんでした。利光教授とは平成20年の江戸コインオークションの控室でお会いしています。大柄な、上品な身なりの方が杖を突きながらゆっくり入場して来たのです。私は教授とは面識がなかったので座ったまま談笑していたところ、天保仙人様が血相を変えて「利光教授だ、すぐに席をゆずりなさい」と小声で伝えて下さったことを覚えています。利光教授は古代法の律が専門の教授で、それが縁なのか古銭収集をされていたようなのですが、とくにジャンルにこだわることなく興味があるものを片っ端から求める「何でも屋」・・・ゼネラルコレクターでもありました。
そんな利光教授が銀座のコイン店で、一三六の刻印が打たれたロシア銀貨に出会います。漢字の刻印が気に入って購入・・・さすが、何でも屋です。その後、しばらくこの洋銀貨教授のコレクションの中で眠り続けるのですが、1976年のボナンザ6号に弥永芳子氏が寄稿した研究論文によって、この謎の銀貨の正体が明らかになります。諸外国の圧力を受け、幕府は安政6年(1859年)に函館も開港することになったのですが、流入する銀貨の大きさや品位がまちまちで、流通上不便極まりなかったのです。そこで函館奉行所は独自の判断で、外国銀貨を計量し、重量を打刻。二十五両までの包み銀として奉行所の信用で通用させようとしたそうなのです。しかし、品位や重さが違う外国銀貨の計測は困難を極め、結局9月末に始まったこの作業は20日あまりで打ちきりになったということなのです。
その後、同年11月になり長崎及び函館で、対象をメキシコ8リアル銀に限定して「改三分」の刻印を打ったものが作られました。この「改三分定印銀」は収集界で超珍品とされ、100万円単位の取引が行われています。(贋作が多いのでも有名です。)一方で、日本初の函館の刻印打ち洋銀については未だに評価が定まらない・・・どころか存在そのものが知られていません。皆様、古い外国銀貨があったら、漢字刻印がないか調べてみてください。
なお、収集界で確認されている函館刻印銀は以下の通りです。
ロシア25カペーク銀貨(一三六:1匁3分6厘)×2枚
アメリカ50セント銀貨(三二五・三三二)
メキシコ8リアル銀貨(七二:7匁2分)
フランスルイ18世銀貨(六六:6匁6分)
 
6月2日 【白銅の土佐額輪・曳尾・琉球通寶】
額輪・琉球の記事を書いていて、いくつか思い出したことがあります。今から10年ぐらい前、たしか雑銭の会の席で見せられた1枚の薄肉の白銅天保・・・不知銭なのかもしれませんがつくりは完全に土佐額輪でした。見せて下さったのは東北のKさんだったようにも思うのですが画像も明確記録も見つかりません。記事の痕跡を探しましたが2013年の6月6日の記事にわずかにその点に触れているだけでした。今となっては撮影していなかったのが悔やまれます。
それからずいぶん時間が経ちますが、いまだに類品は見ていません。ただ、月間天保銭の古い記事の中に額輪に白銅銭があるとの記事があるようなので、いつかの再会を夢見ています。
それと探しているのが琉球通寶の白銅銭と曳尾の純白銅銭。琉球については「天保泉譜」にこうあります。「色 普通黄褐、中には深黄、赫褐又は黒褐で稀に白のものがある。」ただし、これは今もって出現すら聞いたことのない幻。琉球の白銅は天保仙人様も知らないそうですから眉唾品かもしれません。可能性があるとしたら広郭で、広郭にはやや青白い銅質や白黄色のものが時々ありますから・・・。
曳尾については天保泉譜に拓本も掲載され「曳尾白銅(五) 色純白、肌極めて密滑、質精錬作一層良。字画整い肌滑らか。」と具体的にあります。位付けの5位は琉球の小字とか進二天あたりと同じですからもっと見かけても良いのですけど、未だに会えていません。純白銅と書いてあるからには雪のように真っ白に違いないと思っています。
代表的な白銅天保アラカルト
長郭手天上刔輪 長郭手宏足寶 長郭手覆輪  方字極薄肉 
 
5月31日 【琉球通寶124文通用の誤り】
私は古文書を読む能力はないので、余り偉そうなことは言えないのですが、HPを作成している過程で貨幣史に公然と書かれている間違いをときどき発見してしまうことがあります。例えば・・・
①×丁銀鋳造の際には熱湯を満たした木箱に、溶解した銀を流し込む。
 ◎丁銀鋳造の際には鋳砂を満たした木箱に、溶解した銀(=湯)を流し込む。
解説)熱湯に溶解した金属を入れると爆発します。これは溶解した金属のことを湯と呼ぶことを知らない学者が誤って解釈したもの。最近の古銭書にもまだこの解説が書かれています。(この話は天保仙人様より教えて頂きました。)
②△厭勝銭(ようしょうせん)
 〇厭勝銭(えんしょうせん)
解説)厭勝銭の読みは日本で最も古い一般収集家向け古銭書のひとつ、古今和漢古銭之図文手鑑(寶銭図鑑)において雁金屋庄兵衛(寶銭鑑一)がふった誤読のルビが現代に伝わったものです。もっとも当時は「厭」の読みが確立して無かった可能性があり、庄兵衛は中国風の発音(yensheng)を表音記しただけかもしれません。

さて、今回は「琉球通寶124文通用の誤り」を挙げたいと思います。これは天保堂瓜生有伸師の天保通寶銭の研究や當百銭カタログにも記載がありますが、鉱山史・貨幣史を専門とする歴史学者の小葉田淳(こばたあつし)氏が昭和50年頃の著作の中で
「鋳造された琉球通寶は1枚124文で、はじめ金一両が銭9貫文(9000文)の相場と指定されたが、文久3年春頃しばらく8貫文の相場とされたという。」・・・と記述しているのが原典のようです。(史窓第33号 薩摩藩の琉球通寶と三井店:京都女子大学史学会)私は原本を拝見しておりませんが、琉球通寶銭図譜の巻末の文献資料に写しが掲載されているのです。Wikipediaにも124文の記述があり、これでは日本中の貨幣マニアがこの見解に染まってしまう・・・と危惧しております。
これについてなぜ私が誤りだと考えているのか・・・それはごく自然な考えから。
額面100円と書いてあるお金で124円のものを売れと店主に迫ったところで、普通は売ってくれないでしょう?いくら薩摩藩が強権だとしてもあり得ないし、まして琉球通寶桐極印は他国との交易通貨として使用された経緯があります。銭相場で額面を下回ることはあっても上回ることはあり得ないのです。
私も腑に落ちないながらも琉球通寶124文説を長らく信じていました。この考えを改めたのは新貨両替に当たって増し分(ましぶ)という慣習があったことを知ってからです。例えば品質の良い小判を品質の悪い小判に交換するとしたら・・・1対1の交換比率では、退蔵されてなかなか進みませんよね。そこで両替商等に対して交換比率に色を付ける・・・これが増し分です。この増し分の記述が実は分かりにくい・・・さらに銭相場の変動が頻繁にある、そこに誤認が生まれるのです。実は今回、小葉田氏の記述中にもいくつか矛盾を見つけました。

それではWikipediaの「琉球通宝」を見てください。琉球通寶(當百)が鋳造された翌年の文久3年の銭相場が出ています。「当時の銭相場は金一両=6700文前後」とあります一般銭の銭相場が金一両=6700文で琉球が金一両=9000文・・・あれれ、普通にこの文を不通に解釈すると琉球の方が安い交換相場になっていますよね。これはいったいどういうことなのでしょうか?
実はこれは増し分を含む交換レートを表しているのです。
つまり、小葉田氏は
「金一両を交換すると増し分を加えて琉球通寶銭9貫文になる」と言いたかったのだと思いますが、それが「琉球通寶一両分は銭9貫文の価値」との誤解を生んだと思われます。あるいは小葉田氏自身が純粋に誤解した可能性もあります。
「金一両=銭6750文=琉球通寶9000文」と仮定すれば、琉球通寶1枚は銭75文で1枚交換できます。25文のまるもうけ!琉球通寶124文説はどうもこのあたりから来ているのではないでしょうか。
(注1)
それにこれらはあくまでも交換レートであって流通価値そのものではないのです。

文久3年7月に薩英戦争が勃発。銭相場はさらに乱高下しています。天保通寶はこの頃80文で通用していたという記述をあちこちで見ます。銭80文が天保通寶1枚だとしたら、銭100文は天保通寶1.25枚です。つまり銭400文=天保通寶5枚ということになりますので、琉球と天保を同価値になります・・・でもさすがに気が引けるので、琉球通寶は天保通寶より少し大きく立派にした。この頃に半朱をつくったのも銭相場に左右されないようにするための工作とも考えられます。

なお、半朱を248文で通用させたというのも眉唾ですけど、これには少し根拠がありそう。琉球の初登場時期と半朱の初登場時期は微妙に異なります。文久2年~3年の間に銭相場は大きく動きました。「金一両=琉球8000文」になってから半朱は登場(文久3年9月の布達あり)していますので1両の32分の1の価値の半朱はちょうど錢250文相当になります。
これでは全くの等価交換になってしまうので(推定ながら)「金一両=銭〇〇文=琉球8000文」という間に入る数値があったと思われます。鋳造原材料を得るために半朱も銭100文(当時は96勘定なので実質96文)あたり24文の増し分を付けて交換をしたと仮定すれば・・・天保通寶や琉球當百2枚でも増し分をつけて交換したかは定かではありませんが・・・額面価値比較では「半朱=琉球2枚」になります。ただし、何度も申しますが、これは交換レートであって流通価値ではありません。(この後、通貨の乱高下はさらに進み、銭の地金相場化は進みます。これらの変化はごく短期間で進行していて面白いのですが、複雑すぎて私も理解できていません。)

以上が私の考えた説です。推定考察が中心で学術的根拠は希薄なので信じる信じないのもあなた次第。でも、かなり自信があります。
結論:琉球通寶の額面はあくまでも100文。天保通寶と同価値で通用させることを目的とした。また。半朱はあくまでも半朱で通用させようとした。琉球124文、半朱248文というのは異なる時期の交換レートを含んだもので、これが貨幣価値だと考えるのは誤認。(ただし、思惑通りの価値では流通しなかったと思われます。むしろ増し分相当額を値引いた額が流通価値に近くなっていったと思われます。)
(注1)琉球通寶の交換レートは錢挿し(100文相当)に対し24文の増し分をつけて行った。当時は96勘定ですから銭挿し4本で96文の得となり、実質もう100文増えるので琉球通寶5枚と交換。もしくは交換所に銭100文を持ってゆくと、琉球1枚と24文をつけて交換してくれる。(領民は儲かったと思い大喜びです。)だから琉球100文は増し分を加えて124文になる。おおかたこんなところでしょう。
 
5月29日 【接郭=土佐藩説】
侍古銭会のたじさんから上記について鋭い質問がございました。接郭=土佐藩説は明確に文献に記載されているわけではなかったと思います。どちらかというと自然発生的なものかもしれません。
佐野英山師が四国の堀見甘泉堂の土佐通寶コレクションを銭幣館に納めたのが昭和17年頃(1942年)の話で、その中に額輪の母銭が複数含まれていたそうですが、これらが土佐藩銭であると広く認識されるまでにはまだ相当時間がかかります。天保泉譜(勢陽譜:1956年頃)の時代においてもまだ土佐額輪の名称は浸透せず、南部民鋳とされていました。また、接郭広郭の名称で土佐額輪が水戸接郭銭の中に納まっています。やがて1975年に小川青寶僂師によって天保銭図譜が刊行されてやっと、土佐藩銭=額輪が定着し、接郭と分離されるようになりました。ところが天保銭図譜の中に額輪刔輪とされた拓図があり、これが水戸接郭と極めて紛らわしいのです。小川青寶僂師の弟子筋にあたる天保堂瓜生有伸師が天保通寶銭分類譜という頒布会方式の泉譜を出版していますが、その第4回の配本を見ても接郭にしか見えない図がいくつもあります。実は額輪の中には私が本体と呼称している細字で極印の小さなタイプのものと、製作が粗く極印がやや大きく肥字になる系統が混在しています。(近年、この肥字になるタイプを再び南部民鋳に戻す動きがあります。)この本体系が額輪刔輪の系統であり接郭にとても似ているのです。(私の認識です。)
ところでその昔は土佐藩藩銭と言えば「額輪」ではなく「平通」が充てられていました。それを小川師は新たに発表した泉譜で萩藩に移したので、古泉界は賛否両論がひしめき合う形になったようです。収集誌上には1979年、後藤良則氏が小川師の新分類に疑問を投げかけるとともに水戸大字こそ、書体的に土佐通寶に近似していて土佐鋳の可能性がある・・・と記述しています。同時に接郭も額輪と近似した手法なのであるいは・・・という示唆もあったと思いますので、ここらあたりが、接郭=土佐藩説のはじまりかもしれません。なお、制作日記の中には随所に土佐額輪が出てきていますが、参考になるとしたら2010年8月22日、2012年10月1日、2013年5月29日、2015年3月26日あたりをお読みください。また改造銭物産展もお読みいただければ幸いです。(私もいろいろ書いてはいますがすっかり内容を忘れてしまっていました。)
※額輪本体と接郭の極印は全く異なります。額輪は小さな極印が深く打ち込まれます。接郭は真ん中の葉の大きな桐極印です。砂目も違うので別座でしょうね・・・やはり。なお、額輪肥字はよく見かけますが、額輪の本体は評価以上に少ないのではないでしょうか?
 
5月25日 【琉球通寶の桐極印】
天保仙人様が発表した「天保通寶段位制度(仙人への道)」によれば、6段認定は琉球通寶の大字小字の桐極印各3種ということですけど、これはなかなか難しいミッションです。現在の私の桐極印保有状況は「大字狭貝寶×1」「大字平尾球×1」「小字×2」と、ミッション半ばなのです。この後に入手の可能性があるとすれば「小字狭足寶」ぐらいで、あとは財力不足もさることながら出会うことも難しい品ばかりです。だいたい、桐極印にどんな書体があるのかも良く理解していなかったので調べなおしました。ところが多くの泉譜が、存在することを説明文には挙げているものの銭種が明らかでなかったり評価が書いていなかったりと様々。「琉球通宝銭図譜」にも評価はなく、唯一「当百銭カタログ」に市場価格の記載がありました。

桐極印の存在確認
小字・・・・・・存在する。(当百銭カタログ評価:8万円)
小字狭足寶・・・存在する。(当百銭カタログ評価:15万円)
大字狭貝寶・・・存在する。(当百銭カタログ評価:10万円)
大字平尾球・・・存在する。(当百銭カタログ評価:15万円)
大字短尾球・・・存在する。(当百銭カタログ評価:18万円)
広郭・・・・・・存在する。(当百銭カタログ評価:25万円)
大字大頭通・・・未見。
大字宏足寶・・・未見。
大字小足寶・・・未見。本品の存在そのものが絶希。
中字・・・・・・未見。多分存在しない。

当時のカタログ評価はかなり高く、現在の市場での価格はおそらくこの60~70%ぐらいだと思います。存在が少ないことは分かっていても、地味なので価格反映がしづらいのが一因のようです。要はそこまで熱心に収集する人が少ないのだと思います。私が過去に出会った数からすると小字の本体が最も多く、次いで意外にも大字平尾球が多く、大字狭貝寶や小字狭足寶が同じぐらい、広郭は画像で見たことがあるだけで大字短尾球は存在そのものが少ないので出現の噂も聞いていません。
根拠のない存在数予測ですが・・・
小字>大字狭貝寶>小字狭足寶>大字平尾球>大字短尾球>広郭
じゃないかなあと漠然と思います。大字狭貝寶と小字狭足寶、大字平尾球の順序は本音は謎。
広郭はサ極印なら中字に次いで存在が多いのですけど、桐極印は本当に稀のようです。
桐極印については①天保通寶との打ち間違え説②初期銭説③交易用のもの説 などがありますが私は③の交易用だと考えています。琉球は地方通貨と考えられていますが、実際には広島藩との交易決済に琉球通寶を使用した記録が残されているようです。桐極印の琉球は製作が良いことになっていますが、中でも小字の桐極印の製作は群を抜いて良い気がします。琉球の書体別の鋳造順については未だ詳らかになっていませんが、この桐極印の存在が何かのヒントにならないか考えていますが・・・う~ん、難しい。
 
①昭和泉譜 (称)繊字狭穿
②坂井氏蔵 27.15×20.65×20.55㎜
銭径×面至輪径×背至輪径㎜(以下同じ)
③坂井氏蔵 27.25×20.50×20.50㎜ 
④大谷氏蔵 26.90㎜(銭径)
⑤河谷氏蔵 27.30×20.60×20.50㎜
5月23日【文久永寶直永手細字仰寶】
文久永宝周遊会は九州の坂井氏、および坂本氏を中心に活動されている文久永寶探求グループで、その研究熱心なことには全く頭が下がります。さて、収集6月郷の記事は直永手細字仰寶という新種というべき銭種の紹介です。
細字系の書体で寶字が仰ぐ珍品に細字長寶があります。数年前、その細字長寶に似たもので細字狭冠寶なるものが発表されまして、そのとき偶然私の記憶に残っていた品がドンピシャその品だったわけなのです。(2014年3月8日制作日記)また、直永の分類のおりに現物を送付したこともあり、どうも私も会員ということになっているのですけど、熱心さのレベルが全く異なり、幽霊会員の状態で情報だけを頂いております・・・すみません。

直永手細字仰寶の特徴
「文」前足が長い
「久」俯頭気味で第一画が少し長い
「永」俯頭永で仰フ永
「寶」仰寶で寶足は長寶ほど長くない
この記述の特徴だけでは「細字垂足寶」や「細字跛寶」となかなか区別がつかないと思います。参考として「美星倶楽部」をご覧ください。

さて、収集記事を拝見して感じたことがありました。拓図のサイズがバラバラなんですね。①の昭和泉譜は印刷物からの転載なのでまだしも、実際には大きさで5%前後の大小がありました。したがって個々の転載した拓本は内径で大きさをほぼ統一してあります。一番わかりやすいのは収集誌上で拓本5(⑤図)でして、元稿では面背の大きさがまるで異なっています。印刷による画像のゆがみはときとして真実をゆがめます。瓜生氏の刊行物の銭径表示があまり信用できないことは以前にも書きましたが、印刷だから仕方がないのか、それとも意図的だったのか、あるいは拓本からサイズ計測をしていたのかは今となっては分かりません。
古銭は0.1㎜の微差を感じ取るような世界ですのでこの点は気を付けて頂きたいものです。

ところで昭和泉譜の拓影を見ると②~⑤がものすごく広穿に見えてしまいます。(実際は広郭な分狭穿のようです。)
これと同じ品が文久泉譜、文久永宝分類譜、文久永宝分類抄に載っていないことに気づき、さらに同じ書体のものを探し求め発見するなど、常人の域を超えた超人としか言えません。だいたい、上記の全ての銭譜を所有している人物がこの世に何人いるのでしょうか?文久永宝分類抄などは泉譜として刊行されたものではなく、増尾富房氏の「銭貨」に1979年から81年にかけて連載された記事なのです。(会瀬浜太郎氏著)

坂井氏の藏品は2万枚・・・私は6~700枚ぐらいでしょうからスケールが違いすぎます。しかも多くが貰い物であり未整理品です。この変種はどうも保有していないと思いますのですけど、探せばまだ何かが出てくるのかもしれません。ここのところ文久はご無沙汰しておりますのでそろそろ探求を再開するべきなのかもしれません。でも難しいから気が重いなあ・・・。

※拓図は内径の大きさをほぼ統一しています。収集6月号からの複写転載ですので、歪みがあるかもしれませんがご容赦ください。
 
5月21日【桐極印の琉球小字】
ネットオークションに出ていた琉球通寶の小字です。通字に鋳不足小欠はありますがなかなかの美銭に見えました。また、極印は桐極印に見えましたので少し色を付けて応札・・・どうせ逆転されるはずと思いきや4万円未満で落ちた!これは予想外にして予定外。歯医者に支払うべきお金が古銭に化けた!届いた品は間違いなく桐極印。喜ぶべきなのかしら?小字桐極印はこれで2枚目になりました。
 
長径48.9㎜ 短径32.3㎜ 銭文径40.1㎜ 重量20.0g 
5月18日【覆輪張足寶】
以前も書きましたが張足寶にはいろいろなサイズや変化があります。秋田の故、村上師がそうであったように、私も気になって重品覚悟で集めるようになってしまいました。この品は出張帰りに新橋のウィンダムさんにおいて購入したもの。価格設定はかなり強気でしたが濶縁ぶりが気に入って買ってしまいました。おそらく2016年の2月8日の記事の品のものと同系統のようです。張足寶には寶貝の底、前足の付け根に近い場所に欠損があるものが多いのですが、こいつにはその特徴がありません。また、背の濶縁ぶりは見事です。わずかながら天上にも意図的な刔輪痕跡があり、寶足もちょっぴり長くなる張足寶なのです。
 
5月17日【面子銭】
中国のRさんから頂戴した画像です。友人の所有物だそうですけどなかなか楽しい絵銭ですね。新寛永の絵銭はどちらかというと新作のお土産品的なものが多数見られるのですけど、これは使用した雰囲気もばっちりあり、純粋な玩具としての絵銭です。時代はさほど古くはないと思いますがいわゆる実用玩具としての味がありますね。厚みもあるし重量感も十分です。たくさん遊ばれたのでしょう。傷がありますがそれも良い風景です。
※最近悪質なフィッシングが増えてきています。私もやられましたし、実は仕事場のHPも最近改ざん被害に遭いました。うかつに投稿記事のリンクはさわれません。困った世の中になりました。シュミランさん大丈夫かしら?
 
古寛永長門銭星文様削辵手本銭 外径25.25㎜ 平成古寛永銭譜No.1149原品
5月16日【星文様手本銭】
四国の寛仙堂師は古寛永の権威です。現役の収集家の内、古寛永について泉譜をもっともよく発行している人物であり、同じ四国の谷師と双璧だと思うのです。古寛永の長門手本銭についてはこの両氏の所有になっているものが多いと思います。一方で古寛永の収集家は絶滅が危惧されるほど少ないのでこれらの貴重な資料が将来も残されるか否かはとても不安なところ。一方で私も人生の後半に差し掛かっておりますので近い将来を考えると財政的にも古寛永を買い支えるのは難しい・・・でも興味は尽きないから困ります。
長門の手本銭は俯永様・麗書・裕字・勁文・奇永は良く見かけます。異永は目立つので手本錢としては人気がありますが、入手不可能なほど少ないものではありません。一方、これら以外の手本銭は大家の収集箱にしっかり収まっているのでしょう。太細様・正字様・星文様・広永様はめったに市場に出てきません。寛仙堂師の放出はある意味最後のチャンスなのかもしれないという思いもあり、記念に1枚だけ入手を計りました。もちろん、平成古寛永銭譜の1149番原品でもあります。本品は辵の折頭が加刀で切断されています。古寛永は見分けが難しく、正字様と星文様の違いが分かりづらい。基本は正字様はもじがやや郭寄りであり、星文様はやや輪寄りなのです。いわゆる寄郭と離郭との差なんですけど非常に難しい。じっと書体を眺め続けているとなんとなく印象が違うことに気が付く・・・かもしれません。頑張ってください。
 
長門銭星文様 塞頭通 24.51㎜
長門銭星文様 削頭通 24.67㎜
長門銭星文様 幻頭通 24.5㎜
長門銭星文様 削頭通 大様母銭26.05㎜
5月14日【憧れの長門銭】
ヤフオクに注目の古寛永が多数出品されていました。星文様の長門銭です。古寛永長門銭と言えばその独特の書体や白い銅質等から根強い人気があります。星文様はありそうでなかなか手に入らない品種でありまして、なかでも手本銭類と通頭に変化のある類は市場で見かけることもめったにありません。古寛永は収集人口が少ないので、将来的な譲渡がかなり難しそうなので、(歯の治療でお金もないし)今躍起になって集めるのは自粛すべきだと思っていても、集めてる人が少ないからこそチャンスだという悪魔のささやき(幻聴)が聞こえてしまいふらふらと魅入られて応札。しかし、私以外にも幻聴が聞こえる方が多数いらっしゃるようでした。
星文様の通頭の変化と言ってもわずかですし、よく見れば本当につまらないものなんですけど、この類の源氏名(あだ名)三兄弟の知名度は抜群なのです。
私は通頭が塞がっている塞頭通だけは所有していますが、ネットの品は泉譜原品ですし白銅質の色合いと背の形成が美しいので欲しかった。でもみるみる高騰してしまいました。
削頭通は塞がった通頭を道具で無理やり開いたもの。拡大すると加刀の痕跡がはっきりわかります。
そして幻頭通は類品中の超有名品にして難獲品。画像の品は地肌が波打って非常に美しい。実はこいつだけは絶対落としてやろうと観察していたのですがあれよあれよという間に2万円を超えてしまいました。皆さん、幻聴が聞こえすぎているのではないでしょうか?
最下段は削頭通の大様母銭。名品中の名品です。さすがに高額品なので今の私には欲しくてもおいそれと手を出せる相手ではありません。幻聴をかき消しましたね・・・こいつは目の保養です。
結局、大騒ぎして収穫は星文手削辵の手本銭が一枚だけ。分相応の結果ですが、星文手の手本銭は1枚は欲しかったので一応満足です。これで長門銭の手本銭は広永様以外の基本書体がすべて揃ったと思います。(異永・奇永・麗書・裕字・正字様・俯永様・太細様・星文様)
ところで、秋田のOさんが再出品していた不知長郭手は競り負けていました。17000円で出ていたときは不落で、値下げ再出品。なんと10000円。これならもらい!と思いましたが、ふたを開けてみれば2万円超過。なんだよ~。もちろん負けました。
 
5月12日【大珍品!半朱濶縁?!いえ、贋作です。】
琉球通寶の半朱にはあまり手替わりがありません。側面の仕上げが砥石で滑らかに仕上げられたものとロクロ仕上げの条痕が残るものがせいぜいですけど、天保通寶と類似カタログには濶縁(評価:少)と密鋳(評価:15000~20000)が掲載されていますが、果たして本物をご覧になった方はいかほどいらっしゃるのか?かくいう私も仙人様から拝見したことがあるだけなのです。(2015年7月17日制作日記参照)
琉球通寶の半朱は琉球国に限り通用と思われていますが、実際には薩摩本国でもかなり流通しています。
薩摩藩の役人は経済政策に疎かったようで、琉球通寶を領地内通貨として無秩序に発行してしまったため、通貨がだぶつきその結果超インフレが発生してしまいました。物価が上がり諸民が苦しむだけでなく、自国産物が高額になるため他国との交易にも支障が生じます。売れないのに値段が高い・・・これは困ります。藩札などを大量発行する場合、発行数量に合わせて金銀などの通貨を回収(引き換え)して、通貨流通量をある程度コントロールするべきなのです。
本来は地方通貨であるべき琉球通寶ですが、一部の国との間では(決済通貨不足を補うため)交易決済通貨として使用されたようです。隣接地の細川領八代・水俣近辺において半朱の密鋳銭がつくられたのはこれが背景のようです。
さて、4月23日に(おそらく中国製)の)半朱を紹介しましたが、ここに掲載するのはそれとは別系統の物と思われます。濶縁縮字になり、文字も肥大していますが、広郭にはさほどなってなくおそらく覆輪写しによる贋作です。天保仙人様からかつて分譲して頂いたもので単独で見るとほぼ確実に騙されそうな品です。本物との差は極印がないことと、少し軽く、表面がやや滑らかになっているぐらい。側面などの製作はほぼ完ぺきで古い技術を忠実に再現しています。やっかいなことに極印をあと打ちしたものも存在するようですので、半朱の濶縁や密鋳銭についてはよほど自信がないと手が出せません。(仙人様曰く古い時代に作られた写しらしい)
半朱や琉球通寶はどちらかと言えば地味な古銭なのですが、贋作は最も多い方だと思いますのでご注意ください。
贋作
外径42.7㎜
重量29.8g
砥石仕上げ
極印なし
本物
外径43.0㎜
重量33.4g
ロクロ仕上げ
サ極印有
 
5月11日【島屋直寶が出た!】
島屋直寶をついに選り出しました。もちろん私じゃありません。関西のSさんです。ヤフオクで購入した約3Kgの雑銭の中から発見したそうです。薄めの銭体ながら画像以上の超美形だそうです。外径25.67㎜ 内径20.56㎜ 重量2.94g・・・あるところにはあるのですね。島屋文などはドラム缶1本分撰銭をしても見つからないと言います。Sさんはどれぐらい探したのでしょうか?たぶんトン単位じゃないかしら?そうでないとしたら強運です。おめでとうございます!
 
5月10日【不思議な宏足寶】
秋田の某氏の出品物です。寶後足が曲折して全然宏足寶らしく見えませんが、強刔輪で大振りで何より花押の変形に共通点が見られるタイプ。すなわち、花押の一番長いひげが上に跳ね上がり、袋の下の角がポツリと破れるのです。全体に細縁で天上の刔輪が強烈です。私は類品を持っているのと歯科受診で大散財が確定しているので自粛・・・あんまりしていないかな?しかし、インプラントは高い。すでに奇天手が買えるだけの支払いをしています。
このクラスの品はもう少し盛り上がるかと思いきや不落が続きました。皆さんもっと興味を持ちましょう。
 
5月9日【仿鋳改造母】
中国のRさんから投稿が来ました。おそらく私のHPを翻訳ソフトを使ってお読みになられているのでしょう。中国語特有の簡体字でメールが来るのですけど、まだまだ誤訳が多くて良く分からないことも多いのですけど、日本の古銭が大好きなのは良く分かります。知識もついてきて時々ハッとする掘り出しもされてます。上段がRさんが発見した品。厚肉小様の品だそうでおそらく密鋳の背千(無背?)母なのでしょう。郭内のやすり掛けが強烈ですし、磨輪も強いので葛巻あたりの鉄銭の母なのかも。粗末なつくりですけど愛嬌がありますね。
下段はオークションネットで画像があまりにもキュートだったので格安応札してしまい落ちた舌千無背の母銭。鉄銭ははほとんど守備範囲外なのですけど・・・。こうして並べてみると下段は濶縁で全く系統が違うようにも見えます。上段はたしかに背千の書体の流れ・・・舌千無背は通の位置が下がり明和期亀戸銭小様降通がモデルとも言われているようです。ただし、いずれも肉厚小様で最終目的は鉄銭の密鋳ですから・・・。
【おまけ画像:幻足寛2枚】
左は昔オークションで落札してしまった品。右は大和文庫で落札してしまった品。後者は四国のKさんの出品物です。こうして並べると2枚が全く遜色ない品であることが分かるでしょう?
幻足寛は大型銭のわりにいまひとつ製作の良いものが少ない気がするのですけど、2枚とも母銭のように細字でしっかりしています。しかし残念ながら両方とも通用銭です。右の鋳放しは通用銭と分かっていて購入したので納得なんですけど、左の品は母銭だと信じていただけにショックは大きく、入手して以来アルバムに入れっぱなしでした。当初は歯科技工士の道具での加工を疑ったのですが、面文や背には一切手が加わっていません。このたび、新寛永の部の再編集のため久々に眺めたのですけど通用銭としてはものすごくきれいな品なのです。地肌の砂目も美しく残っていて側面も自然。郭内のやすり目だけが気になるのですけど、初鋳の極美通用銭ということならそれなりの価値はあります。ただし支払った金額は母銭としてのもの。3枚分は支払ってしまいました。反省!
 
5月7日【HP改造進捗状況】
新寛永の部の改造に取り掛かってほぼ3ヶ月・・・なんとか一文銭の部が85%ぐらい完成しました。85%というのは今の私の力からするとほぼ完成に近いとお考えください。行方不明だった輪十二ツ打ちと千鳥は無事発見。丸屋の大様は未だに発見できず。残りの15%が実に面倒なのでぼちぼちになると思います。高津銭の母銭関係は誰かに譲ってしまったので所在不明。安南寛永は未整理品が沢山あって事態の収拾不能かもしれません。これでは永久に完成しないかもしれません。
※一時期、スマホなどからのアクセスができなくなっておりました。設定エラーでしたので修正させて頂いております。ご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。
 
5月5日 【粗造細郭手を逃す!】
見ての通り粗造の品です。ネットに出ていましたがたぶんあまり人気がないだろうと高をくくっていました。油断すると眠くなります。
ウサギと亀のウサギです(見た目とは違います。)・・・亀じゃなくちゃいけないのですけどつい、うとうとと・・・気が付いたら10分前に終わってました。細郭手でこのような色の粗造はあまり見かけたことがありませんでした。こういう顔のやつも私は好きなのです。いびつだし素朴だし・・・でも、応札できなきゃ手も足も出ませんでした。合掌・・・。

 
5月3日【紛失と発見2】
元文期日光銭の撮影をしていて日光千鳥1枚が行方不明になっていることに気づきました。2年間ぐらい机の上にあったはずなのですけど・・・その後どうしたかとんと思い出せません。探していたら通下片千鳥の異形を発見。さらに白目類に混じって右の画像の品を再発見。こいつは数年前に雑銭の中から選り出したもの。わかりますか?元禄期亀戸銭の厚肉抱寛の白銅銭です。泉譜類には未発表のもの。色は白目にそっくりで純白とまではいかないもののいい味しています。多分ものすごく貴重品だと思います。千鳥は見つかりませんでしたけど、まあいいか。
 
5月2日【紛失と発見】
新寛永の再編集をしていて、大変なものが無くなっているのに気が付いてしまった。元文期十万坪銭の輪十二ツ打ちです。これは大和文庫に即売に出たとき初日の朝一番に駆け付け購入したもの。多分ゴールデンウィーク中だったと思います。穴銭入門と刻印位置が全く符合しますので兄弟ひょっとして原品かもしれません。おかげで仕事に出かける前の作業が手につかなくなり、いらいらした気持ちで職場へ・・・休日出勤です。帰宅して家探し開始。盗まれない限り無くなるはずもなくどこかにあるはずなのだけど見つからない。大方、撮影に使用したか誰かに見せるためにアルバムから出したのだと思います。
格闘すること小一時間。全く別のアルバムから出てきました。ついでにアルバムから外したまま放置してあった天保銭を大量に発見。藩鋳銭が中心なので、整理途中に力尽きまとめておいたものだと思います。その数27枚!貴重なところでは秋田細郭の色変わり(画像)、琉球広郭や平尾球2枚、長郭打ちの玉塚天保、中郭2枚、薩摩広郭極薄肉銭2枚など。机の上もきれいになりましたし、少し儲かった気分です。
 
長郭手鋳写破冠寶(No.650) 長郭手鋳写細字細縁(No.651)
長径48.5㎜ 短径31.8㎜
銭文径41.0㎜
 重量21.4g
長径48.2㎜ 短径31.7㎜
銭文径41.0㎜
 重量21.2g
4月25日【頑張れB級不知銭】
オークションネットの落札品が届きました。画像の天保は要下見品ということで人気がほとんどなかったようですけど、私にとってはありがたいこと。映像だけが頼りの応札ですけど、安いので間違っても痛くない?
No.650は長径が小さいのに輪幅が広いので覆輪写しであることは容易に判断できましたが特徴は希薄ですね。覆輪と名乗るのにはギリギリだし・・・加刀も寶冠、寶足に微妙に見られるぐらい。本座そっくりでもろB級です。
No.651は不知銭としては画像では前者よりは分かりやすいものの、実物では前者以上に見分け困難です。画像では文字全体が細い・・・とくに保点の細さが目立ちます。そして何より刔輪による背の細縁ぶりが目立ちます。その他にも寶の前足が浮き気味だったり、當のツの中央縦画が短かったりと微妙な変化が随所にあるのですけど決定打がなくやはりB級どまりかな。
2枚がほぼ同じ規格ながら、正反対な技法で作られているので並べると違いが分かりますね。まあ、落札価格が1600円と2500円ですからこれなら掘り出し物と言って良いでしょう?その他、寛永銭と合わせて1万円ちょっとのお買い物でした。古銭購入はやはりこうでなくちゃと思いたいのですけどね・・・。
※寛永銭の購入品はNo.614舌千無背母銭(こいつは可愛い顔をしていました。)5500円、No.630明和四年銭の中様広貝寶(石川淳・穴カタ日本原品)1200円・・・こいつは通用銭としてはかなりの美品です。
 
4月24日【サイトクラッシュ!】
新寛永通寶分類譜の画像差し替えはかなり進みました・・・一方でソフトに対する負荷はかなり高くなったようで一昨日から3回もサイトの自己崩壊現象が生じています。このHPは(HP初心者用の)HPビルダーで作成しています。それもクラシックモードなのです。今さら作り替えるのは難儀なので、古いモードの最新版?で作成していますが、サイト(特に制作日記)が大きくなり過ぎたため処理が追い付かない瞬間があるのです。その結果、突然の自己崩壊現象が生じるようなのです。幸い、データそのものは残されますし、復旧方法について調べがついている(内部データの初期化で対応可・こんな機能があるとは知らなかった・・・)ので何とかなるのですけど、転送設定などをきちんとメモしていなかったら・・・そのメモの所在をきちんと把握していなかったら・・・即OUTの状況です。
画像の品は最近入手した江刺正字写です。輪側面がやや台形になっていますので浄法寺的な雰囲気もありますが、鋳肌や銅色はまさしく江刺そのもの。細分類を調べると江刺正字浮点冠(正字A)でした。(→江刺銭の細分類研究:秋田貨幣研究会)
このいびつさ、製作の野性味と素朴なところがたまりません。変ですかね?
 
 
4月23日【半朱?】
中国のRさんから頂戴した画像です。タイトルは琉球大字?でした。私の第一勘は普通の半朱・・・でもよく見れば琉球の2文字が扁平に見えます。よくよく見れば王偏の左右にある2本の縦画がわずかに長く見えます。Rさん曰く・・・王が縦長、通用が縦長の意味がようやく理解できました。側面にはお約束通りサ極印が打たれているそうです。琉球の文字が扁平な理由は画像を見やすい大きさまでに縮小して初めてわかりました・・・面広郭になっているのです。半朱に広郭のものは存在しますがここまでのもの(まして面の書体に影響を及ぼすもの)はありません。実によくできていますが贋作と判断しました。実は精巧な琉球半朱の贋作が出回っているらしいとの噂をかねてから小耳にはさんでおりましたが、ひょっとしてこれがその実物なのかもしれません。違和感に気づいたRさんの目は確かですね。あっぱれです。
 
4月22日【不旧手は難しいです!】
寛永泉譜の再編集ですけど、ようやく不旧手までたどりつきましたが、これがなかなか肉眼での区別が難しい。だいたい不旧手の類は特殊なものを除いてたくさん集めようなんて気が起こらない。だって見栄えが悪いのですから。雑銭箱の中にはたくさんあるのでしょうけど見直す気もほぼなし。なので撮影に耐える美品がない・・・と思っていたら、Kさんから頂戴していたデータがありました。ついでにパラパラ動画も付けてみました。実はKさんからスマホ対応パラパラのプログラムを頂戴していたのですけど、私の使用しているソフトとの相性が悪いのか、それとも私の理解力不足なのかうまくゆきませんで諦めていました。残念ながらスマホ完全対応とはいきませんけど、パソコン画面上の比較は良く分かります。
こうしてみると進永、退永の名前はともかく退永小通の名前はおかしいですね。だって、絶対退永にはなってませんから。もし、名前を変えてよいというのなら「進永小通」か「進永退頭通」あたりが分かりやすいのではないかしら。
進永 退永 退永小通
 
4月21日【美しい会津濶縁離足寶】
会津濶縁は私の好きな銭種でして目にしたらつい手を伸ばしてしまいます。濶縁離足寶はその中でも最高の品。昨年だけで2枚入手、気が付いたら7枚ぐらい保有しています。
欲しい欲しい病状態なのですけど、ネットに出た右の品は赤の発色が抜群で「こいつは欲しい」と病気が頭をもたげます。トップを走っていましたが外出時間とも重なっていたため帰宅するまで結果は分かりませんでした。結果は負け。まあ、欲張りすぎはいけませんね。でもきれいですねこの色。

 
不知長郭手強覆輪
長径49.2mm 短径32.5mm 銭文径41.1mm 重量20.2g 

踏潰銭俯柱永
4月17日【つれづれなるままに】
四国のKさんから分譲いただいた長郭手です。書体に変化はほとんどありませんが、覆輪が見事です。面側はやや浅字でやや粗い砂目が残りますが背側は本座銭のように滑らか。わずかに輪際に加刀痕跡が確認できますが、刔輪というほどではありません。高額なインプラントを入れなければならないというのにこんなものをまた購入してしまう・・・私は馬鹿です。
下段はやはり何となく購入してしまった踏潰銭です。密鋳銭好きなのでこういったいびつな風貌・・・好きですね。同じものも何枚か持っているので絶対的に欲しいわけではないのですけどきれいだな・・・と思いパソコンのクリックボタンを押してしまう・・・馬鹿です。直径28.7㎜とのことでしたが、あくまでも最大径。踏潰銭はいびつなものが多くこちらの平均径は28.4㎜程度でした。

※ウィルス問題はほぼ解決しましたが、受信設定を厳しくしたために、普通メールでも迷惑メールに振り分けられる確率がかなり上昇しました。そのため、気が付かないうちにサーバーから削除されているメールがあるかもしれませんがお許しください。
※寛永通寶の撮影を再開しましたが大変です。困ったのは行方不明品があること。昨日は丸屋銭の大様銭が見つかりません。記録上は直径25.85㎜もあるのですけど、見た目ではほとんどわからないので雑銭の中にほうりこんでしまった可能性が大きいのです。
 
4月16日【文銭の白銅銭】
久々に寛永通寶の拡大画像掲載・再編集をしました。撮影が面倒で億劫でなかなかやる気がわかなかったのですけど、重い腰を上げました。今日の作業でようやく文銭の縮字と退点文までを終えました。ああ、疲れた。久々に文銭の白銅銭を眺めましたが思った以上に良い感じがします。ただ、スキャナーの性能から色合いはいまひとつしっくりでません。それでも縮字の白銅はまあまあ良い感じです。白銅質としてはたぶん最高レベルに近いものだと思います。
退点文の白銅は、昔のスキャナーでは赤みが増して写ってしまったのですけど、現在の機種では色彩は少しまともになりましたが、それでもかなり黒く映ってます。
実物は鉄色に近いグレー。実のところ一時は薬品着色を疑っていましたが・・・う~ん、わからなくなってきました。
 
4月13日【離郭濶縁爪百大様】
ネットに出ていた離隔の濶縁です。鉄人が落札されたようで投稿いただきました。驚いたことに背の百の横引きが水平で先端に爪のある爪百(正百)でした。しかもサイズが長径49.44㎜、短径33.28㎜、内径44.07㎜とすこぶる大きい。改造銭物産展に私の数少ない手持ち品の計測値が掲載してありますが、このサイズは濶縁系では規格外の大きさなのです。奇しくも離郭濶縁銭に規格外の大様の存在の可能性を離郭のページで示唆していましたが、こうして表れるとは思いませんでした。離郭の鋳造は通用銭に覆輪をして写しを重ねる手法でこのやり方は内径に1度写し、再写し、再々写しのように違いが生まれます。秋田の小様に内径・銭文径が色々あるのと同じです。離郭濶縁を内径銭文径が最も縮んだものと定義するならば、これは離郭の爪百の中濶縁ということになりますけどしっかり輪幅もあるようですので濶縁の大様としても良さげな雰囲気です。このあたりの見解は人によって異なるのかもしれませんが、皆様いかがでしょうか?
 
長郭手覆輪天上強刔輪肥郭肥尾天
長径48.2㎜ 短径32.7㎜ 銭文径40.2㎜ 重量17.6g
4月11日【初見品】
落札品が届きました。不知銭はなんでもありで、ありそうで類品は見当たりません。長径は標準銭より1㎜は短いのに短径はむしろ大きいずんぐりむっくり形。天上は刔輪が強く、部分刔輪といって良さそうなレベル。もちろん寶足も長い。覆輪は十分で背不整輪覆輪存痕でもあります。天尾が短く太く保の前点が細くなる癖があります。通尾も先端が陰起してたぶん拓には出ない。大点尓寶の小様銭に似ていますが、一致はしません。はじめ薩摩の小字に雰囲気が似ていると感じたのは、文字幅はそのままに寸詰まりの銭文だからでしょう。強いて言えば勢陽譜176の削尾天に似ているかなあ。製作的には細郭手に見られる、肥字の類(連玉尓)に鋳ざらいの様子や銅質が似ているかも。
 
4月10日【気になったものですから・・・】
ヤフオクで頑張ってしまった不知銭。予想上限価格の1.5倍ほどになってしまいました。良く見かける長足寶と、少々異なる点がいくつかあり、スイッチが入ってしまいました。
目立つ点は以下の通り
①覆輪刔輪の特徴が顕著、特に天上や當上の刔輪が目立つ。(天上部分刔輪?)
②いわゆる長足寶で宏足寶気味に見えること。
③文字が肥字で肥足天、書体が縦に寸詰まりでなんとなく旧薩摩小字風。
④郭の幅が広く嵌郭に見えること。
実は④の理由が気になって仕方がなかったのです。出品者のO氏とは先日八厘会で偶然お会いしました。出品価格がやや強気だったので、何かがあるのではと勘ぐってしまいました。まあ、何もないことも良くあるのですけど、それは覚悟の上。
不知長郭手の嵌郭については昔から加賀千代作の噂が絶えません。あそこまで加工する必要性があまり感じられないからなのです。一方でさりげない嵌郭は確実に存在します。
制作日記2014年9月13~14日、7月21日 2013年3月21日の記事をご覧ください。改めて過去記事を読むと張天保嵌郭とか斜珎嵌郭なんて大珍品も出現していたみたいです。
 
4月9日【勇文の夢】
雑銭掲示板をご覧の方はご存知でしょうが、68式ヲヤジ氏の入手した勇文の画像を頂戴しました。長径48.12㎜、短径32.88㎜、長径が小さく感じますが勇文の標準的な大きさです。不知天保通寶分類譜の拓とは符合しなかったそうでしたが、私の画像・・・天保仙人様の持ち物との特徴点が複数発見されたそうです。まさに執念ですね。そういわれてみると内輪の微妙な歪みも似ています。実物は長期間水中に没していたような風貌だそうで、鉄錆の沈着が強烈なようです。
この手の贋作の場合、古色をつけるため硫黄や火にあぶる加工をするケースが見られ、そのようなものは肌がただれていることが多いのですけど、この品についてはそういった類ではなさそうです。側面も無極印ですし、出どころも九州方面・・・かなり信憑性があると思います。
真贋については皆様の判断にお任せしますが、少なくとも特徴の合致は非常に大きく、私はこの品はOKであると判断します。
夢買いがかなったのではと考える次第です。皆様はどうお考えでしょうか?
※重量は少々重く23.5gあるそうです。
 
4月4日 【オークション】
ネットオークションに太平手、永楽手、魚尾寶、狭穿大字などの古寛永の大珍品がずらりと出ています。正直真贋などわからないのですが太平手などはなかなかの雰囲気ですね。とりあえず画像を収集して買った気になっています。一方、オークションネットですけど仙台広郭が良い顔をしています。どこかで見たものだと思ったらHさんの所有物でした。(夏の古銭会のページに画像掲載あり)
子供が高校に入るし、固定資産税も車検代も払わなければならないし、この春はちょっと自重気味です。ウィルスにやられたパソコンも買い替え寸前にまで追い込まれました。3月31日に再活性化していると書きましたが、その後に残ったファイル全ての駆除が完了。一時は迷惑メール(リターンメール)が日に1000通に達する勢いで、アカウント乗っ取りかと思いました。ウィルスはセキュリティソフトをかいくぐって内部に埋め込まれたと見られ、しかもパスワード保護までされていましたが、片っ端から検査して駆除した結果、ようやく攻撃がやみました。埋め込まれた(削除)ファイルは300以上に及び、アーカイブメールなど複数の隠しフォルダーに分散して潜んでいました。自己増殖型だったのかもしれません。非表示のフォルダーはなかなか見つけられませんでした。
問題発生から解決までほぼ1ケ月かかりましたし、今後も被害が出ないとも限りません。オークションストアから私のIDで不審な買い物の発注がされたというメールが届いたこともありましたが、そのメールもフェイクだったようです。(クリックしたら増殖)こういった輩は厳罰に処してほしいものです。
 
3月31日 【薩摩広郭厚肉】
なんてことのない薩摩広郭です。細分類に熱狂される方もいらっしゃると思いますが、私はあまりこだわりません。ただ、この天保通寶重さが30.7g(私の秤による計測)あります。厚みは3~3.2㎜とややムラがあります。仙人様曰く薩摩広郭は2.2㎜以下か3.2㎜以上を狙え。以前の入手品の記録が肉厚3.3~3.4㎜、重量30.7g。残念ながら肉厚の面で新記録はなりませんでしたが、やはり30g超はひとつのステイタスです。この品が肉厚で今一歩なのは全体に浅字だからだと思います。肉厚にはムラがあるのでこういった製作比較には不向きで私は重量計測の方が向いていると考えます。(例えば秋田広郭で肉厚3.2㎜のものがありますが、重量は24g台です。)比較的肉厚の天保が多いのが薩摩と福岡。福岡は28g台までは確認できました。(薩摩広郭は32g)
後鋳の可能性がある広郭手で30,6g、浄法寺系の長郭写で31.8gです。(浄法寺の鋳バリの沢山ある銅山手は意外に軽く24g台)琉球通寶でも30g超えはまだ見ていません。今回は1万円の上限値を入れてほったらかしていたらきちんとその上限値で落ちました。(やられた!?)こうなってしまった背景には先月の八厘会でIさんから肉厚の長郭手を見せられたことがまだ尾を引いているからのようです。しばらくこの病気は続くかもしれません。治療方法は厚肉の天保銭にまみれること。Iさん何とかしてくれませんか?
※収束状態だったメール攻撃が再活性化しています。一方でパスワード保護ファイルは駆除完了しました。
 
3月26日 【ウィルス駆除】
パソコンが感染したようで、毎日600通ものリターンメールやら偽装メールが大挙して押し寄せていました。リターンメールは自動削除処理をして、必要時以外は回線を遮断するようにしていましたが、根本の修復ができないままでしたのでアドレス変更、パソコンの買い替えもやむなしと思っていました。
もちろん、ウィルスチェックはこまめに行いプロバイダーにおいてもウィルス遮断をしていたのですけど・・・。
市販のウィルスソフトでは内部に入り込んだ「パスワード保護されたファイル」に対するチェックがされず(スルーされ)、いざ発見しても削除の際にパスワードを聞かれるため駆除が難しい場合があります。
実は怪しいファイルの存在場所は数日前に気が付いていたのですが、そのときはパスワードブロックに遭ってうまくゆきませんでしたが、昨日一部の削除に成功。それにより迷惑メールの発信機能がそがれたようで迷惑メールが届かなくなりました。そして先ほど残りの問題箇所の削除がほぼ終わり、もう一度ウィルスチェックをすれば問題はひとまず終結します。ただ、アドレス帳などの情報は流出してしまったと思います。
二次被害が起きるようなら、やはりパソコンの買い替えやアドレス変更が必要かもしれません。
今回は大量の迷惑メールとともに「パスワード保護されたファイル」がパソコン内に異常増殖していたことが察知できたので対策をとれましたけど、一時は絶望的な気持ちでした。もしかすると皆様のところにも私が原因の迷惑メールが届いていたかもしれません。
今回のウィルスはファイル共有ソフトを内部に仕込むタイプ。それにより乗っ取りや情報収集をされた可能性があります。二次被害が起きないことを祈ります。
さて、画像の品は明和期の小字の面背逆製です。エラー銭ですけど見栄えはしないもの。これで明和期當四文銭の面背逆製は正字、俯永、小字の三種が揃いました。おそらくこの三種をそろえたマニアは日本に何人もいないのでは?続いての目標は大頭通、離用通ですけど、これは生涯をかけても無理かもしれません。どなたかお持ちの方はいらっしゃいますか?
 
3月24日 【さくらコインショーへ】
奇跡的に休みが取れて、東京交通会館へ・・・。とはいえ本日のタイムリミットはお昼過ぎまで。5時までに戻らなければならないミッションがありますので、八厘会への出席は無理でした。(ごめんなさい。)
さくらコインショーの反対側では奇観本の展示会が行われていました。マニア層の年代は同じようなものなんですが、なにやら隣が華やかに見えます。それに対して、古銭切手の会場はどこかあか抜けない気がします。これは業者の意識の問題でもあり、かつ私たちマニアの問題でもあるのかもしれません。
本日会場で見かけたもの・・・遒勁、反玉寶、仙台長足寶、薩摩小字、容弱、狭足寶、長郭手覆輪・・・その他不知銭いろいろ。寛永銭はゆっくり見る時間がありませんでした。中でも目を惹いたのは薩摩小字。地肌に抜群に味があり私が過去に出会った薩摩小字の中でも光っています。どろんとした風貌の品が多い中できりりと引き締まったその面側は私が知る限り最高クラス。しかも価格は20万円・・・即決と言いたいのですが、前の蔵主はこれを装身具に加工してしまったらしいのです。そのため背部に痛々しい傷が深~く刻まれてしまっています。何たる愚行!それでも風格があってあまりに美しかったので何度もお店に行って最後は記念写真撮影までしてしまいました。(危ない客です。)つい最近、車検で20万もかかってしまいましたので自重しましたが、そうでなければ危なかった?背の傷がなければ・・・。惜しい!実に惜しい!
とはいえ、何もしないで帰るのはつまらないので、記念品として長郭手を購入。こちらも傷物ながら、鋳造時の鋳不足と背のズレなので私的にはOKの品。覆輪と寶足付近の刔輪の強い小様銭です。薩摩小字とは比べるべくもない品ですがこれでがまん、がまん。
不知長郭手覆輪刔輪陰起文小様 長径48.2㎜ 短径31.5㎜ 銭文径40.2㎜ 重量17.8g
背のズレ著しく、穿内はその修正のためにべったりやすり。はっきりした覆輪と寶足付近の輪に強い加刀痕跡が見受けられます。一瞬、貼り合わせ風に見え、斜珎じゃないかと期待してしまいます。郭上部は完全に鋳不足、湯圧不足で全体的に陰起文になっています。背の輪の太細が可愛い。覆輪の痕跡も見えます。
 
【宏足寶の前駆銭】
入札誌下町で久々の落札。早い話無駄遣いなんですけど妙にうれしいから困ります。さてこの不知銭、明らかに銭文径が縮み寶足が長くなります。しかしながら張足寶とまでは言えず、当然宏足寶でもない。よく見ると寶前足が浮いて離足寶気味になっています。強いて言えば離足寶手としたものに近いものの銅質・製作は宏足寶縮字としたものに似ています。特徴はあるけどどっちつかず。かなり個性はあるけど中途半端。黒っぽくて小さいから見栄えもしない。覆輪刔輪だろうけどほぼ目立ちません。異極印だろうけど良く分からない。強いて名付ければ刔輪長足寶小様かなあ。
長径48.2㎜ 短径31.7㎜
銭文径40.5㎜ 重量19.3g
 
3月16日 【文源郷:寛永通宝コレクション母銭図録】
ネットで購入した十万坪手次鋳母銭が届きました。3月12日の記事にあるように文源郷氏はものすごく几帳面な方だと推定されます。お会いしたことは一度だけ・・・それでもその完璧を追求するような姿勢、眼光、没頭ぶりを全身から醸し出していた・・・とは、同じマニアの嗅覚がかぎ取りました。そして今回の品物もまあ、なんときれいに包装されていること。そして古銭の台紙がパーフェクトなつくりなのです。あまりに美しいので暫く見入ってしまいました。いえ、魅入られたといった方が適切だと思います。台紙には裏表の表紙があり裏面には古銭の脱着方法・・・という解説図があるのです。つまりこの母銭図録はこのままで保管・鑑賞できる美術品なのです。一方で私はこの古銭本体さえ未だに見ていない。(開けない限り見えない。)と、いうわけでまた私は困ってしまいました。以前も文源郷氏からこのような品を購入したのですが、いまだに封があけられません。今回も何回か中を見ようと考えてみたのですが、恐れ多くて包装のビニール袋でさえ破けないのです。古銭を購入して封さえ開けられない・・・実は文源郷氏の品ではいつもこれに悩み、いまだに3品ほどが届いたときそのままになっています。私も病気ですね。

 
3月13日 【古寛永仙台大永小通】
平成古寛永銭譜の原品画像です。(ネットから拝借しました。)類似品が昭和18年の貨幣に掲載されており、高田細字の写しとか、魚尾寶の写しじゃないかとの論が記されています。(嶋田尚泉堂出品)寛仙堂氏は仙台大永との類似性から仙台銭に分類しています。これは奇品館のNo.58原品で平成18年の収集の誌上入札に出品されたものです。拓本だけだと安南寛永のように見えてしまい突っ込んで行くことができませんでした。ス穴が多くありいかにも鋳写仿鋳の雰囲気・・・皆様いかがですか?
 
3月12日 【十万坪手次鋳母の発見】
文源郷氏の販売物だと思います。「十万坪手銅母銭※新発見の次鋳母です。」の売り文句についふらふらと・・・。いけませんね~。未見品、原品、旧蔵品・・・なんて飾り言葉にころりと行ってしまう。何たる弱い理性なんでしょうか。次鋳なんて分類名称を新寛永銭の中に広めたのは新寛永通寶図会にほぼ間違いないでしょう。その図会にも穴カタ日本にも十万坪手次鋳の通用銭の評価はあっても母銭の評価がありません。ただ、評価から見ると少なくとも通用銭の存在はたぶん次鋳のほうが多そうです。それなのに母銭が未見ということはどういう訳なんでしょうか?私は母銭コレクターではないので全くその理由が分からないのですけど・・・もしかすると所有者が単純に気が付いていないだけなのかもしれません。だいたい、収集歴がかなり古くなってきた私でさえ、初めて見る品に年がら年中会うのです。また、この世界は重箱の隅をつついて、ほんのちょっとの違いを大騒ぎするのが好きなのです。じゃなきゃ、私がこんなHPをつくっているはずがない。集めても集めても終わりがないのです。
とは言いながら未見品入手はとても気持ちが良いので・・・やめられませんね。こんなもの発見した文源郷様・・・たいしたものです。
※背に朱書があってかなり古い収集品みたいです。それにしても札の文字の几帳面なこと・・・私には書けません。
 
3月11日 【米国産遒勁】
掲示板に投稿のあったマイクさんの遒勁です。アメリカのオークションに出た・・・てことはどういうことなんでしょうね。ほかの出品物も見たかったです。なかなかこれだけ単独で出現するということはありません。
長径48㎜ 短径33㎜ 重量17.7g
私の唯一の所有の品は以下のサイズです。
長径48.4㎜ 短径33.45㎜ 重量18.3g
遒勁は本当にいろいろなサイズがありますが、私が見たものは48㎜台のものが多かった気がします。つまり長径はそんなに大きくないのです。面郭も横広になります。一方、短径は短径は33㎜越えで非常にアンバランス。極印は非常にオーソドックスで葉脈がきれいに弧を描き太細がありません。強いて言えば薩摩の極印に似ています。遒勁は鋳だまりが多い特徴がありますので、マイクさんの品はむしろきれいなほうかもしれません。もちろん本物間違いなしですね。掘り出し物、黄金の一発が出ましたね。
 
覆輪強刔輪宏足寶(短頭天)細字大様
長径49.9㎜ 短径32.9㎜ 銭文径41.1㎜ 重量19.9g
天保仙人蔵 覆輪強刔輪宏足寶細字(短頭天・覆輪存痕)
背輪左側(郭上辺当たりの高さ)の瑕が上のものと同じですね。
これぞ宏足寶タイプ 
長径49.8㎜ 短径33.0㎜ 銭文径41.2㎜ 重量26.4g 
3月6日 【宏足寶3態】
八厘会の日にウィンダムさんに立ち寄ったのですが、当日はあいにくイベント出店中らしくお店はお休み。店に到着するまで私は「新しい品物はきっとそんなにないだろうけど、でもたくさんあったらどうしようかな」・・・なんて一人楽しく妄想していましたが見事に空振り。そんなもやついた気持ちが残っていたところ再び東京出張のチャンスが・・・。会議は午後4時に虎ノ門だから、ちょっと早く行けばと思ったのですけど、所用をこなしていたらギリギリに・・・新橋に着いたのが3時20分・・・さすがに無理とあきらめてそのまま仕事。ところが会議は6時前に終わりました・・・で飛び込みました。
何もないだろうなあ・・・と思いながらショーウィンドウの中を見るといきなり反玉寶が目に飛び込んできました。店長のAさんが、笑いながら何枚か不知銭を並べ始めました。いやあ~行ってみるものですね。
しかし困った。欲しいものが複数ある。値段を聞くとそれなりの良い価格。細郭手の覆輪にするか、長郭手の足の長いのにするか、白銅質の出来の悪いの(かなりの陰起文)にするか・・・さんざん悩みました。
個人的には白銅が一番好みなんですけど、ちょっと高いかな・・・細郭は大きいし面白いけどよくあるタイプかな・・・足の長いのは多分一番希少だけど同じタイプ持ってるしな・・・さんざん迷い、一度は白銅に決めかけたんですけど、思い直して重品覚悟で足の長いのにチェンジしました。
自宅で再検証したところ・・・不知銭は全く同じものはめったにないものでして類似品は所有していたものの、計測値などが全く違いました。神様ありがとう!
実はこれとほぼ同じタイプのものは天保仙人様宅でも夏の古銭会の際に撮影しておりまして・・・中段の画像がそうです。銭文径が一回り小さかったので私は覆輪強刔輪宏足寶(縮字)と名付けていました。一方で宏足寶には違いないものの文字が細く、(下段のものほど)迫力もないのでいまひとつ宏足寶らしくありませんね。宏足寶には肥字で文字も銭径も大きなものがふさわしく感じるのです。
ところがです。今回の品の計測値は信じられないぐらい大きい。厚肉じゃないので店頭では大きさはあまり感じられなかった。店長は白銅の長郭手の小ささを強調していましたが、白銅天保が小さいのではなく比較していたこいつが馬鹿でかかったことに改めて気づきました。仙人様のものよりひとまわり大きい。制作系統は同じみたいですけど・・・下段の大型タイプとは明らかに違う。ちなみに不知天保通寶分類譜中に
(覆輪強刔輪)長宏足寶として掲載されている下巻143Pの35番と、上中段の品はほぼ合致しています。(泉譜原品かもしれませんね。)仙人様の所有物を宏足寶(縮字)としていましたが、今回の品は決して縮字ではありませんので名称そのものも再考する必要がありそうです。かといえ長宏足寶とするには今ひとつピンときませんので、とりあえず宏足寶細字としてみました。
ところで店長のAさんは「このタイプの品は通用の右側、輪の近くの地に必ず凹みがあると言っていました。そうなんだ・・・と思いながらうなづいていましたが、仙人様の所蔵品の画像にもなんとなくそれらしき痕跡が見えます・・・今度確認しようと思います。
※東京に出る際に停めた大きなオフィスビルの地下駐車場は午後7時でメインの入口が閉められるようになっていたみたいでした。サブの入り口は外階段を登った2階にあり、看板もほとんどなく、しかも駐車場の入口エレベーターは無表示の防火扉の内側にある・・・これじゃわからない。守衛さんがいたから見つかりましたけど焦りました。でも考えてみれば少し離れた場所ながら車専用の出口から入れば早かった・・・。
 
3月3日 【スパムメールに悩む】
アドレスを公開した直後から不審なメールやサイト攻撃を受けてきましたが、今回はもしかすると私のパソコンが感染源もしくは情報流出源かもしれません。私自身のアドレスでメールを発信した形で未着信通知メールが大量に届くようになりました。以前は私のアドレスそのもので私に届くという手口があったのですが、その変形技のようです。最近は某カード会社の名前を語るフィッシングメールが時々届くようになっていますので、ひょっとしたら何かに引っかかったのかもしれません。ウィルスチェックでは検出されませんが、内部でブロックされている可能性もあります。迷惑が広がるようでしたらアドレス変更しないといけないかもしれません。クッキーを読みこまれたのはほぼ間違いないところだと思いますけど・・・
 
2月28日 【大分貨幣研究会創立55周年記念大分大会】
風邪にたたられて3日目、月末なので仕事にはちょこっと出ていますがまだふらふらします。今日も3時半までで早退。仕事はたまる一方です。自宅に帰ると大分の坂井氏から手紙が届いていました。その中にこの案内がありました。
日時 平成30年6月23日(土)~24日(日)
会場 別府市青山町5番73号 豊泉荘 ☎0977-23-4281
会費 Aコース 宿泊・懇親会・写真代・大会参加費共 27000円(うち予約金5000円)
   Bコース 懇親会・写真代・大会参加費共 22000円(うち予約金5000円)
   cコース 大会のみ 11000円
〆切 5月21日
郵便振替 01950-1-62586 大分貨幣研究会
申込先 大分市日吉町5番4号 豊榮機工(株)内 大分貨幣研究会 坂井博文 ☎097-551-1334
    夜間☎097-552-0019 携帯090-1369-9912
記念泉譜 送料込3500円
→ 詳しくはここをクリック
 
2月27日 【踏潰小字写】
風邪をこじらせ2日連続で早退・・・社員にうつしてはいけないので自宅で持ち帰り仕事となりました。夕方になりぐったりしていたら、このオークションが残っていることを忘れていました。まあ、ものすごく高騰してましたから負けて納得です。このいびつな感じはいいですね。細分類は東北のSさんの研究が役に立ちますが、私は今一つわかっていません。だから欲しかったなあ。体調が悪くなってしまいます。
→ 踏潰銭分類考
 
2月24日 【八厘会に行ってきました!】
数日前・・・携帯電話を見るとあらら・・・メールが。私は普段携帯メールをあまり見ないので見落としていたのですけど、なんとかなりそうな日程。と、いうより天邪鬼の私は忙しくなると無性に趣味に走りたくなる性分なのです。
前日準備はあまりできず当日の早朝に資料を作成して慌てて車に乗り込みました。千葉の某駅の周辺で駐車場を探したのですがあいにくどこも満車。えーい、いったれ!・・・で高速に乗ってそのまま一路新橋へ。幸い道路は空いていて予定よりかなり早く新橋に到着できました。八厘会は2年ぶりぐらいかしら?なじみの顔がたくさんありました。
侍古銭会のたじさんも・・・。そこに私に挨拶に来てくれた方が・・・秋田のOさんでした。ネットで私がかなりお世話になっている方でした。
当日の勉強会は土佐額輪です。天保銭の額輪の意味を知っていますか?寛永銭と実は違うのですよ・・・という仙人様の問いかけに対して?????・・・輪が銭文より高い額縁状のことじゃないのか???。仙人様の説明では・・・土佐額輪は決して銭文が輪より低いことを意味していないそうなのです。額輪の母銭が発見されたとき、その母銭には覆輪の増幅痕跡がしっかり残っていて、輪そのものに段差があったから・・・それを額縁に見立てて額輪とした・・・ということなのです。したがって土佐額輪は母銭の特徴であって、通用銭の特徴ではなく、この命名は母銭発見後のもののようなのです。知らなかったなあ。
ちなみに額輪の母銭は高知の堀見家(甘泉堂)から土佐通寶などと一緒にまとまって出現。取り扱ったのは佐野英山で、佐野が東京の大川鉄雄氏のところに額輪母銭を持ち込んだところ「これで全部ですか?」「いえ、大阪で10枚ほど売ってまいりました。」「では、全部買い戻してきてください。」・・・いやはや、豪胆な方です。
額輪には細字のものと太字のものがあり、別座ではないかというのが仙人の論。私もこの説には賛同します。(→改造銭物産展)以前額輪は本座広郭通用銭の改造銭だと思っていましたが、原品を拝見する限り新規母銭のようにしか見えません。郭の増幅部分や額輪部分が全く自然で、段差はあっても継ぎ目がわからないのです。つまり段差は鋳造痕跡に過ぎないようなのです。額輪母の銭文径は41.2㎜前後のようなのでものすごく不思議。どうしてこのようなつくりになったのか、また、水戸接郭との類似性など、未解明部分が誠に多いのです。
私の展示品のテーマは「大と小」。盛岡大字の最大様、銅山手の大様から薄肉末鋳、美制小様のもの、秋田小様の細縁大字と最小様、不知長郭手の最小様類などなど。ちょっと欲張りすぎて消化不良気味でした。
私が言いたかったのは・・・
盛岡大字は初出の方が後出の山内鋳造より銭径は小さく製作も悪いのですけど、銅質や銭文径は安定しています。一方、銅山手は銭文径や銅質がばらばら・・・これは新渡戸仙岳の証言・・・銅山手は山内座がさ入れを受け、母銭などが廃棄された後に慌てて作ったものである傍証になります。
秋田小様の細縁大字は本座の1回写し、秋田小様の最小様は4回写し・・・これは並べてみると文字の大きさも全く違うことが分かります。最小様の長郭手はとにかく小さい。こんな小さい不知銭はまずありませんよ・・・と、まあ、早く言えば自慢したかったのですね。これらは秋田のOさんからの分譲品です。
今回は間に合わなかったので盆回し品を用意できませんでしたが、たじさんに細郭手容弱を直接分譲させていただきました。これで交通費(駐車場代+高速代)が浮きました!古銭会はやはり楽しいですね。
※実は帰宅後体調が絶不調に。エレベーターに乗り合わせたご婦人が風邪を召されていたようで、私の顔に向かって大くしゃみ・・・どうももらっちゃったみたいです。飲み過ぎかしら?
※会場で見せて頂いたお化け・・・Ⅰさんが何気なく見せて下さった赤銅質の不知長郭手・・・厚さがなんと3.2㎜、推定で30gはありそうです。うらやましいですね。あんな不知銭私も欲しいですね・
 
2月23日 【雑銭掲示板より】
撮影した画像を探していて、掲示板に投稿したまま忘れかけていたものを再発見しました。古銭の世界ではどちらかと言えば大ぶりで製作の良いものが称揚されるのですけど、その真逆(裏街道)を行く3枚です。銭文径はみな40㎜を下回っています。類似カタログでは「再写し・・・銭文径は40ミリ以下である。」とあっさり書かれており、評価も12000~10000円とありますが、マニアに言わせてもらえばこんな評価じゃ困ります。銭文径40㎜以下は覆輪の再写しか再々写しであり、通常の再写しでは40㎜は切らないというのが私の見解です。
類似カタログの再写しは拓図から見てもかなり小さい。天上に部分刔輪もあり、かなり珍しい品。背輪の形が似ているので中央の品と兄弟銭かもしれません。
長郭手 覆輪縮形宏足寶
(縮字)
長郭手 刔輪縮形削貝寶
(最小様)
長郭手 覆輪縮形
長径47.45㎜ 短径31.7㎜
銭文径39.3㎜ 重量22.2g
長径46.8㎜ 短径31.2㎜
銭文径39.9㎜ 重量16.2g
長径47.9㎜ 短径31.75㎜
銭文径39.9㎜ 重量17.6g
 
江戸民具街道
古銭へのいざない
おもしろ体験博物館 江戸民具街道
ここは過去と未来をつなぐ歴史街道!
2月20日 【江戸民具街道】
青七さんご紹介のサイトです。驚いたことに私のサイトを活用されていました。役に立てていただきありがとうございます。
私も郷土史やら地名などを調べるのが好きでして、若かりし頃、市民教養講座などにも引っ張り出されましたが聴講客はみなさん郷土史研究家ばかりで大いに焦ったことも・・・今となっては懐かしくも恥ずかしい思い出です。
侍古銭会
こちらは侍古銭会のサイト。
バナーをリニューアルしたそうです。
 
2月17日 【面背逆製の書体】
面背逆製はマニアしか集めません。とても醜いのですけど数は少ない。この面背逆製は文政小字の名前で出ていましたが、俯永じゃないかと思い応札していました。通字はどうみても小字風、永寶は俯永風・・・う~ん、わからない。皆様どう思いますか?
 
2月16日 【仿鋳・密鋳・不知の違い】
”ぼうちゅう”の仿の文字はブラウザによっては表現できない文字です。パーツ構成は「イ+方」なのですが、表現がうまくできないので”傍”や”彷”の文字を充てている方もときおり見ます。
この件について、先日侍古銭会のたじさんから仿鋳・密鋳・不知の違いについて問い合わせが来ましたので、受け売りの知ったか知識を披露してしまいました。実は私のパソコンも当初は仿鋳という言葉に対応できず、密鋳という言葉を充てていました。現代の古泉界においては仿鋳より密鋳が表現の主流になりつつあるようで、これまたワープロ文化の影響なのかもしれません。
そもそも”仿”の字は”真似をする”という意味なので、模倣の”倣”と兄弟関係なのです。つまり仿鋳銭とは「模倣鋳造をした銭」という意味なのです。つまり仿鋳=倣鋳でも良いのかもしれません。そして、これは贋金を意味します。
密鋳は秘密裏に鋳造するお金・・・密造銭=違法に作ったお金の意味・・・ですのでこれも贋金。したがって、表現方法は違うものの結果的には同じ意味です。ちなみに密鋳は盗鋳とか潜鋳、私鋳などと表現することもあります。
一方、不知はいわれの分からない品の意味。多くは密鋳(つまり私鋳)なんですけど、公鋳でありながらどこで作った品かわからないケースもあります。
例えば古寛永はほとんど鋳造場所がわからないのです。古泉家が推定で「称、〇〇銭」という名称を付けているだけで実はほとんどがどこで作ったのかわからない不知銭と言っても過言ではありません。製作が似ている品を集めて仮の銭籍と名称を付けているにすぎません。でもあまりに不知なものが多いので、製作の似ているものを集めグループ化して、分類上どこに属してよいのかわからないものだけを不知銭としています。ですから不知銭と言っても降寶や延尾永、あるいは初期不知銭の狭穿、志津麿大字などは公鋳で間違いないと思われます。したがって不知=密鋳では必ずしもありません。不知銭は別名で未勘銭(みかんせん)と言います。未勘とは「いまだかんがえざる」とも読むので・・・わからない・・・という意味です。島屋文の島屋も素性が分からないという「しまもの=邪なもの(よこしまなもの)=怪しいもの」から来たと言われています。
ところで「仿鋳」を「倣鋳」と現代風に表現を変えたら「ほうちゅう」と濁らず読んでしまいそうですね。
実は仿も「ほう・ぼう」と読めるので「仿鋳」はもともと「ほうちゅう」と読まれていた可能性があります。日本語には連濁という不規則変化があります。濁りのない文字が別な漢字と連結することで濁音化するのです。野(の)+菊(きく)=野菊(のぎく)が一例です。私たちは習慣的・感覚的にこれを覚えて違和感なく使用していますが、外国人にとっては理解できない変化みたいです。
仿鋳が「ほうちゅう」であったと仮定すると、「東北仿鋳」のように熟語がつながると「とうほくぼうちゅう」に変化します。一定の規則はあるのですが、語の意味や発音の調子なども影響しますし、説明のつかない変化例もあります。よく言えば臨機応変、悪く言えばいい加減・・・これが折衷文化の日本語なのです。
最近、仕事で外国人に日本語を教えているので、日本語の不規則表現を改めて発見しています。(主語省略や二重否定も実に多い!)
細字が「さいじ」なのか「ほそじ」なのか、「大字」が「たいじ」なのか「だいじ」なのか、「深字」が「ふかじ」なのか「しんじ」なのか・・・現在の正解が将来も正解なのかは分かりませんね。皆様も正解を考えてみてください。

※古銭語的には前者が有力。世間一般的には後者が正解。最近はどっちもOK・・・ただし、「たいじ」は急速に衰退していますし、おそらく数年後には後者の方が優勢になっていると思います。
 
 長径48.8㎜ 短径32.5㎜ 銭文径40.8㎜重量21.0g
【パーフェクト!】
削頭天が届きました。余りの美しさに息をのみましたね。この類は砂目を感じられないし、面と背のデザインが細郭長郭で違うし、銅色もいろいろあるので、なんとなく人工的な感じを受けていたのですけどこいつは文句なし。私が見た品ではHさんの持ち物が自然できれいかな・・・と思っていましたがこいつは別格でしたね。秋田の村上師が発見したという郭の左辺やや上部から伸びるかすかなラインも画像に写っています。刔輪もきっちりありますし、鋳ざらい痕跡のある独特の鋳肌もばっちりです。芸術品ですね。ただあまりにきれいすぎて郭内の貼り合わせの痕跡観察はできませんでした。
 
2月11日 【伏見手破寛 いづみ会譜原品】
先月号の駿河に伏見手破寛が出ていましたがあれは「穴銭入門 新寛永通宝の部:静岡いづみ会編」の原品でした。皆様気が付いておられましたか?
大きくて立派な破寛冠でしたし、朱書きも見えましたのでもしやと思い確認したところ背の鋳だまりなどがぴったり符合しています・・・ドンピシャでした。
私にしてはかなり良い値をつけて、もらったつもりでおりましたがやはり気が付いた強者(患者?)がいらっしゃったようです。本日、残念ながら不落のメールが到着しました。思惑通りにはいきませんね。
伏見手の破寛はなかなか出会うことができず、四国のKさんからお譲り戴いたもののほかにもう一枚がアルバムに入っていますが、いずれもヒビ入りだったと思います。
いづみ会譜原品の寛永銭は自慢できる品なので何としても欲しかったというのが本音でした。いづみ会譜原品の品と言えば数年前に秋田寛永の純白銅母銭が出たことがありましたっけ・・・あれは良かった!それ以来ですね。(ほかにも出ていたのかもしれませんが気が付かなかった。)
このクラスの美銭は皆さん食指が動くようで競争がかなり激しいようです。私もいづみ会譜原品の寛永銭はたしか安南寛永ぐらいしか保有しておりません。収集家としてのステータス向上のための品としてもぜひ欲しい所なのですが、なかなか運とお金が続かないようでして・・・。入手された方・・・おめでとうございます。要らなくなったら是非お譲り下さい。
 
2月10日 【削頭天】
細郭手削頭天の名称(天保通寶と類似貨幣カタログによる)でヤフオクに出品されていました。すこぶる美品なので重品覚悟で落としに行きました。削頭天の名前はあるもののその特徴は個体差もあってさほど目立ちません。最大の特徴は面側が細郭、背が長郭側からかたどられていること。いわゆる「ハイブリット」型の不知銭なのです。初めてこのタイプの不知銭をネットで見たときは状態が悪いにもかかわらず大興奮してしまいました。その後わりと見かける機会の多くなった不知銭ですが、それぞれ雰囲気が異なります。昨年10月12日の制作日記にも登場しています。背の花押の尻が持ち上がる雰囲気がいかにも長郭手なのですけどわかりますか?
加刀方法などは個体により微差があるようですけど、多くに見られる特徴を羅列します。
①天の第一画に加刀があり、少し短くうねる傾向があります。(画像の品にはあまりその特徴がありません。)
②面細郭、背長郭の書体。(既述の通りです。)
③砂目がほとんどなくやや滑らかな鋳肌、鋳ざらい痕跡が見られることも多いようです。
④輪際にわずかに刔輪のような加刀が見られます。
⑤通頭が少し長く反り返る癖があります。また、花押の右底のカーブに加刀が見られるものが散見されます。
⑥貼り合わせ技法(中見切)でつくられているため、郭内に段差が見られるものが多い。
⑦銅質はやや真鍮質気味のものが多い。
製作的にやや新しさを感じることもありますので、あるいは企画ものかとも疑った時期もあります。ただ、この品は画像で見る限り不自然さはありません。背郭上辺に加刀があり反郭気味になっているのもみどころ。ただしすべてに共通する特徴ではありません。総じて細縁気味の品が多いのですが、この品は輪幅がしっかりあります・・・やはり個体差が大きいみたいです。
 
2月6日 【新寛永譜改造中】
仕事が忙しくなってきた中、新寛永譜の再構築に着手しています。撮影編集が大変でして遅々として進みませんが画像が少しずつ大きなものに変わってゆく様がお分かりになると思います。目が悪くなってきて小さな画像では辛いので前からやらなくてはと思っていたのですが、ようやく重い腰を上げることになりました。レンタルサーバーを変更した結果、容量オーバーを以前ほど気にしないでよくなったのも大きいですね。なにせ200MBほども容量がありますから・・・。当初はHP無料枠の10MBで始めましたから20倍の大きさになったわけです。容量枠を気にしていたころは画像を小さくしたり、不用記事を削減したりと大変でした。さて、これから5月までは仕事が本格的に忙しくなりそうです。更新もまばらになるかもしれませんがお許しを・・・。
画像は元文期不知銭とされる細字跳足寶の大様銭・・・旧称:鳥取小字で青譜や昭和泉譜、竹四郎譜では元文十万坪銭としています。書体的には額輪縮寶に酷似しています。最近撮影していてあまりに立派で、母銭のように見えてきましたが、どう見ても仕上げは通用銭。気になってきたので気分転換の意味もあってここにあげます。どうです、立派でしょう。

※ところで・・・千葉のKさんから「スマホ対応画像に関する専門的なアドバイス」を頂戴しましたが、知識不足の私にはさっぱり解読ができません。(ごめんなさい。)エクセルマクロ(ビジュアルベーシック)はある程度理解して自由記述もできますけどHTMLの知識は付け焼刃以下でして、専門用語すらわからない素人ですので、もうしばしお時間をくださいを・・・。(このHPはソフトの機能を使って編集しているだけで、ソース編集はほとんどしておりませんので。)
 
2月1日 【短尾通?】
ネットで出ていた覆輪刔輪の天保銭ですけど、よねさんが落札されたようです。雑銭掲示板に投稿がありましたが、こちらでも紹介します。私は夜のお散歩をしていてさぼってしまいまして、送られてきたこの画像で逃した魚の大きさを知りました。短尾通という名でしたが、通尾端がぴょこんと跳ねて見えますが、類似カタログにある短尾通とは天上の刔輪が違うので別ものですね。銭径はどうも48㎜を切る(長径47.9mm 短径31.6mm  )ようです。背の形成からなんとなく深淵のような雰囲気が感じられるのですけど、どうなんでしょうか?背郭上部に見える筋も気になります・・・まるで嵌郭の痕跡のような・・・。しかも村上譜、不知天保通寶分類譜の原品です。とにかくすばらしい、入手おめでとうございます!
 
1月27日 【寛文様は母銭だった!】
関西のSさんから昨年報告を頂戴した寛文様・・・有識者の方からおそらく母銭だろうとのお墨付きを得たそうで・・・これは春から縁起が良いお話です。おめでとうございます。
外径27.32㎜ 内径19.3~4㎜ 重量5.53g

※現在HP、寛永銭の部の画像リニューアル中です。ものすごく時間がかかります。まる1日かかって1Pぐらいしか進みません。
 
1月24日 【長郭手最小様】
先日報告した長郭手が届きました。計測結果は 長径46.8㎜ 短径31.2㎜ 銭文径39.9㎜ 重量16.2g でした。
47㎜を切る長郭手は不知天保通寶分類譜では1枚だけ、英泉譜にも掲載例はなく最小様と言っても過言ではないと思います。銭文径からみて覆輪銭の2回写しを磨輪したものに該当します。推定3回写しの長郭手(銭文径39.3㎜)に比べればほんの少し文字が大きい。それでも面側にはしっかり刔輪の痕跡があり、さらに寶貝は明らかな加刀が見られ、削貝寶になっています。すなわち、貝の二引きが斜めに仰ぎ、貝第一画が完全に分断・・・というより貝画が横に真っ二つです。面白い不知銭ですね。
 
1月22日 【エアポケット】
新寛永銭はある程度基本銭を集め終わった気になっていたのですが、伏見手の次鋳は所持していませんでした。あららら・・・見落とし、エアポケットですね。
ネットで見かけてあれっと思ってしまいました。伏見手の次鋳なんてあったっけ・・・ありますよね、Kさんから破冠寛の報告を受けていたぐらいですから。ぼおっとみていて次鋳は破冠寛だけのような気になっていたんだと思います。内径は19.4㎜・・・新寛永図会にある通りでした。
 
不知長郭手最小様1月21日 【縮形天保最小様】
新年早々心ざわつくものが出ました。不知長郭手 小様軽量銭の名前で出品されたその品は長径46.9㎜ 短径31.1㎜ 肉厚2.0㎜ 重量16.0g 銭文径41.3㎜とのこと。(出品者からの情報)
48㎜を切るものを銭径縮小銭としたのは不知天保通寶分類譜。その定義に当てはめても47㎜を切るのは異常なのです。(不知天保通寶分類譜には46.8㎜の長郭手が1枚だけ掲載あり。)画像を見る限り摩耗もなく、純粋な縮形でありながらここまで小さく軽いものははじめてです。これで色が赤ければ秋田小様の長郭手なのですけどね。ただ、質問に答えて下さった銭文径41.3㎜ではバランスが悪すぎます。ここまで小さいと銭文径は41㎜を切らなければおかしいのです。計測違いか???・・・不安がよぎります。そこでちょっと画像を加工。画像に定規が映っていたので元画像の目盛りの位置をずらしてみました。さらに銭文径の位置にも画像を切り取って貼り付け。すると長径は間違いなく47㎜前後しかなく、銭文径も40㎜前後のようです。これで安心。少し奮発してしまいましたが、到着が楽しみになりました。
 
1月20日 【新寛永譜改造開始】
以前からやろうと思っていた新寛永通寶の部の改造に対に着手しました。いやあ~めちゃめちゃ大変です。穴の細道の編集と同時進行なのでめげそうですけど、どうにか寛文期亀戸銭の正字部分・・・それもたった1Pだけができました。画像を多きくするため撮りなおしが大変なのです。今年いっぱいかかりそうです。
右の仰寶は今年初入手の寛永銭。背のズレと輪の旋辺のようなぐるぐるの筋条痕が気になって買ってしまいました。
※子供がインフルエンザになるやらでここのところ大変でした。
 
 
1月17日 【穴の細道の編集方針変更】
当初は初心者向けの分類講座にしてゆこうと、上限金額3000円程度で抑えるようにも考えたのですが・・・つまらないのでやめました。もともとの穴の細道は脚光を浴びなかった中国穴銭の手替わりを紹介したもので、源氏名や隠れた珍品の存在を広めて古銭ブームを盛り上げました。私も手替わり珍品、源氏名銭の紹介の路線で行きます。
 
1月15日 【レッツパラパラ3】
スマホで閲覧の方はあいかわらず非対応ですみませんが・・・パラパラ画像の試作品です。既存画像を拡大したので粒子が粗くなってまた申し訳ないのですけど・・・新寛永銭の中でもっとも見分け困難な「寛保期高津善小字と小字降寶」の比較画像です。
※基本画像は降寶、カーソルを持ってゆくと小字に切り替わります。降寶の方が黒っぽく映っています。
寛:全体の大きさ(小字の方が大きい)
永:永の位置(降寶は右寄り)
通:通頭と通用の大きさ(小字の方が大きい)
寶:寶の大きさ、足の付け根形状
元:足の長さ、高さ
穿:大きさ

降寶といってもわずかで、むしろ寶の大きさの違いの方が目立つかも。また、降寶の方がわずかに狭穿のようですけど肉眼では判別困難かも。通の大きさは思ったより変わらないけど、通頭はすごく小さい。わかりやすいのは背の元の前足の長さかしら。降寶は小頭通、退永、長足元です。
高津銭小字 高津銭小字降寶-背
 
伏見銭-面 1月13日 【レッツパラパラ2】
第2弾のパラパラ(スマホの方はすみません非対応です。)
今回は伏見銭の母銭比較。正字と平永を比較してみたものです。
寛:冠点の大きさ、見爪の長さ、跳ねの角度
永:点の角度、ノの角度
通:辵の形状、辵点の角度
寶:寶貝の大きさ、尓の後点の大きさ

半切り画像で内径を比較したり、半透過画像を重ね合わせて比較したこともありますが、ロールオーバー効果(+残像効果)で比較するとは斬新です。文銭などは基本銭種を全部やってみたいぐらいですけど、画像の調整処理の手間が大変ですね。それにしても、マニアはこんな微細な違いを見つけているなとつくづく思いますね。
※資料提供は千葉県のKさんです。

 
寛文期亀戸銭繊字-面
1月12日 【レッツパラパラ】
昨年、Kさんから頂戴したファイル資料ですけど、見事に編集されておりまして感心しきりです。HPの専門知識をお持ちのようでして、いろいろな技術を駆使しておられます。なかでもこのパラパラ画像は秀逸!ここに再現してみました。画像にマウスを合わせてみてください。繊字狭文と繊字小文とが瞬時に入れ替わります。どうですか2枚の微細な違いがわかりますか?
寛:冠前垂れの角度、後足の形状
永:点の角度
通:通頭の大きさと角度、辵点と辵頭の爪
寶:寶貝の大きさ(幅)、寶足のバランス

同じように見えても違いますね。これで練習すれば細字流文手を見分けることも可能になるはずです。これは画像切り替えの技術より、画像位置を正確に合わせることの方が難しい。さすがKさんです。(以下つづく)
※パラパラ画像はパソコンでしか見られませんでした。(スマホ非対応)
 
長郭手刔輪短尾通(深淵系)
長径48.6㎜ 短径32.3㎜ 銭文径40.6㎜ 重量19.2g 
1月11日 【長郭手短尾通?】
大和文庫の即売品に目がとまりました。短尾通か・・・たしか當百銭カタログの名は覆輪刔輪大点尓寶だったなあ・・・と、値段を見ると16000円!!これなら良いと、飛びついてしまいました。この類はすでに2枚サイズ違いを保有しており、3匹目のドジョウを掬いに行ったわけでして、まあ、スケベ根性ですね・・・カタログ価格6~8万円ですから。
届いた品を観察すると・・・保の柱は長い・・・OK 覆輪刔輪・・・OK 通尾短い・・・OK やや赤い銅質・・・OK 穿内べったりやすり・・・OK と、順調。ところが、尓の後点があまり大きくないし、天上の刔輪がほとんどありません。これ・・・NG!共通点は見られるものの、これは別物です。面背の地が傾斜をつけて輪の方まで彫られています。さらに良く見るとわずかに離貝寶・・・どうやら深淵の系統のようです。
 
1月6日 【穴の細道:新寛永版2】
制作日記に原稿を書いてゆこうかと思いましたが、けっこう内容が多くなり大変になりそうです。いやあ、めんどくさいことを宣言してしまったと今さら後悔しています。と、いうわけで作りかけの状態ですが記事公開します。おそらく完成には半年ぐらいかかると思います。気長にお付き合いください。
→ 穴の細道 新寛永編
 
1月8日 【投稿天保銭劇場】
年末から今年にかけて侍古銭会のたじさん、よねさん、それから千葉県のKさんなどから各種投稿を頂戴しておりましたが、忙しさにかまけてなかなか公開できませんでした。今回はまず侍古銭会のお二方の「作品」からご紹介します。
まずはたじさんから・・・
なじみの骨董屋さんから購入した長郭手と本座中郭。名称は私が勝手につけた仮称です。覆輪は赤茶の銅質ですけど雰囲気的には張足寶のある種を思い出すものですね。これは面白い。中郭もいい感じです。さらには骨董屋さんから蕎麦をごちそうになったり、別のお店から購入した雑銭のおまけでもらったのが旧50円・・・それが昭和35年だそうで・・・できすぎですね。
つづいてはよねさん。
どうもウィンダムさんあたりで見つけた宝の山らしい。たじさんとは異なる系統の覆輪の長郭手、削字と背の輪際のグリグリ感のすごい刔輪の長郭手、さらに刔輪が強くまるで覆輪のタガが外れたような細縁の長郭手、刔輪で寶足が伸び、削字で通頭の大きく見える細郭手・・・いやあ、みごとです。
 
長郭手覆輪(張足寶系) 本座中郭
長郭手覆輪 長郭手刔輪削字
長郭手刔輪小点通細縁 細郭手刔輪大頭通
 
1月5日 【穴の細道:新寛永版】
穴銭マニアを増やさないとこの趣味は絶滅しそうですから、そのための記事を書こうと思います。いずれは特集ページ化しますがその下書きだとお思い下さい。さて、私が何で穴銭にのめり込んだか・・・きっかけは経済的理由(安い)なんですけど、その安物の雑銭の中にロマンを見つけたからなんですね。「銭形平次」や「水戸黄門」がこれを使ったかもしれない。それによく見ればいろんな種類があるぞ。と、まあこんな具合。はじめは背に文字があるものから拾い、初めて掘り出したのが「千木永」でした。その異様な書体に驚き、店の親父さんに見せたら褒めてくれたんですね。それからはもう夢中です。
ところが穴銭の参考書がめちゃくちゃ難しいし、それに寛永銭の場合たいてい「寛文期亀戸銭」からはじまっています。そしてその細分類が難しすぎて見分けがつかない。初心者には無理なんですね。文銭はもう少し実力がついてからにしましょう。

①最初は背に文字のあるものから拾いましょう。これが一番わかりやすいからです。
面側の書体は分類ができれば分類するに越したことはありませんが、細分類は後回しでOK。
②集めるにあたってはきれいな(手の加わっていない)ものだけを集めるのが鉄則です。
③初心者の内は1枚の穴銭にかけるお金は3000円以内にしましょう。


このルールを守りながら収集を始めます。(以下次号)
 
1月3日 【年賀状ギャラリー2018】
今年も年賀状が次々に届いています。私は理由あって年賀状を大量に出していた時期がありましたが、最近はメールも増えて、賀状も半分にほどに減りました。それでも年賀状は一大イベントです。そんな中に古銭関係のはがきがちらほらと・・・。

①福寿海山・・・幕末の水戸藩の試鋳貨と言われています。真におめでたい名称ですね。
②仙台絵銭 恵比寿大黒・・・これまたおめでたい図柄。今年もお宝ザクザク大漁といきたいですねぇ。
③伏見銭正字母銭・・・プログラミングの得意なKさん、寛永銭にはまっています。お手紙ありがとうございました。
④仙台通寶中様(背増郭)・・・背の増郭の痕跡も明瞭な仙台母銭。初見品だそうです。
⑤不知長郭手張足寶・・・生拓本を貼付してくださいました。足長天保は本当に楽しいですね。
⑥乹元大寶短元・・・鳳凰山氏のお気に入り、なんでも昭和泉譜原品だそうです。ひれ伏して見よ!
⑦(番外編)ツキノワグマの親子写真・・・東北のSさん、今年2回も遭遇したそうです。さすが東北。
最近野生動物の増加がすごいですね。今の住居は比較的大きな団地内の一戸建てなのですけどキジ、狸、イノシシはうじゃうじゃいます。最近野生のリスも見ました。一度しか遭遇したことはありませんが軽トラほどもある大きな角を持った鹿も山にはいますし、猿もたくさんいるそうです。八丈島にしかいないはずのキョンも大増殖中で、目下市を北上中だそうです。驚いたことに狐の目撃談も聞きました。実害もありましてスズメバチに巨大な巣をつくられて昨年は2度も業者による駆除をしましたし、イノシシに掘り返された庭はまるで爆撃されたようになりました。人口はそこそこあって団地なので人口密度はものすごく高いのですけど周りが山なんですね。

私の古銭賀状には「盛岡大字(最大様)」を採用。見栄えが良いのが採用理由でした。妻には「こんなもの出して馬鹿じゃないの」と呆れられております。
仙台通寶中様(磨輪)
※背郭に増郭痕がある(初見)
ツキノワグマの親子
①四国 O氏
②東北 H氏
③関東 K氏
④東北 T氏
⑤関東 T氏
⑥中京 J氏
⑦東北 S氏
 

 
1月1日 【あけましておめでとうございます!】
2018年になりました。このHPは2004年からつくりはじめているので14年ですね。とりあえず20年を目指しましょうかね。つくりはじめたころは40歳そこそこ(業界では若手?)でしたが、すでに磯野波平の年齢を凌駕しており、おじいちゃん世代に足を突っ込み始めております。スポンサーの東芝も青色吐息ですね。趣味も変遷しており、最近はウォーキングが忙しくなり、作業ウェイトもシフトしています。
さて、昨年は酉年にちなんで外国銀貨を掲示しましたが・・・考えてみると鳥のデザインのコインはあっても犬のデザインなどというものはほとんど聞いたことがありません。考えた挙句、右の不知銭を載せてみました・・・わかります?
不知長郭手尨字塞頭通・・・尨=むくいぬ・・・です。
ワープロで「むくいぬ」と打って変換ボタンを押してみてください。「尨犬」と変換されるのでこれは常用されている漢字???なのです。
この書体を見てムクイヌを思い出した・・・いえ、ムクイヌを見てきっとこの天保銭を思い出したのでしょう・・・考えた人は絶対病気だと思います。
※寶の尓の形が独特ですね。やはり耳の垂れた尨犬みたい???(昨年は4匹子猫を拾ってしまいましたし、家でも2匹飼っていますので、私は犬より猫に縁があるようです。)
 
 
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