戻る     進む  
 
4.元文期十万坪銭 元文4年(1739年) 江戸深川十万坪村 鋳造推定

この銭座については、銅銭と同じ母銭から鉄銭を鋳造しています。したがって銭文書体については銅銭を参考にするのが良いと思います。鉄銭の鋳造は元文4年からと言われています。
銅銭として存在する書体のうち
【虎の尾寛・輪十鋳込】には鉄銭がありません。輪十鋳込は初期銭ですから、鉄銭がないのは理解できますが、虎の尾寛の本体銭に鉄銭がないのはどういう理由なのでしょうか?しかも虎の尾寛の銅色は褐色〜赤銅色〜白銅銭までと非常にバラエティに富んでいます。存在量から見ても、虎の尾寛が長期に渡って大量に制作されたことは間違いありません。この書体が十万坪であるという確証は見当たらないため、鋳地について再考察が必要なのかもしれません。
背十については制作から鉄銭鋳造期頃が疑われ、密鋳鉄銭の存在もあるようなのですが、正式な鉄通用銭の存在が認められないため、銅銭の部への掲載とします。
虎の尾寛小字

※詳細については銅銭の部をご覧下さい。

虎の尾寛の鉄銭については、存在数の少なさから正炉鋳造されてはいないのではという意見もあります。掲示品は密鋳銭として入札に登場したものです。
(オークション・ネットの古銭入札誌(二)より)
虎の尾寛小字
ネットオークションで拾い買い2000円也。多分、密鋳銭だと思いますが、その割りに制作はしっかりしています。
含二水永

※詳細については銅銭の部をご覧下さい。

(オークション・ネットの古銭入札誌(二)より)
輪十後打(正打)
輪十の刻印が輪右肩にあるものです。書体は元文期十万坪銭と同じです、永字の左右画の食い違いが著しい特徴を持っています。
輪十後打(場替:通下)
鉄銭の場合は場替わりの存在は銅銭より多いようです。もちろん寶下、寶上などもあり、二ツ打やさらにその場替も存在します。
輪十後打(場替:寶下)
輪十一つ打ちの場合、寶下打ちが一番少ないようです。
輪十後打(寶上打)
輪十の刻印が輪左肩にあるものです。存在はやや少ない方です。
(オークション・ネットの古銭入札誌(二)より)
無印

※詳細については銅銭の部をご覧下さい。
 
 
5.元文期小梅銭・小梅手 元文4年(1739年) 江戸本所小梅村 鋳造推定

書体は銅銭と同じです。こちらも銅銭の書体と同じですが、【狭穿背小】の鉄銭は存在していません。詳細は銅銭の部でご確認下さい。
広穿背小
銅銭も存在するのですが、風貌から見て鉄銭らしいがっしりした形状です。書体などについては銅銭と変化はありません。

※詳細については銅銭の部をご覧下さい。
広穿背狭小
背小の右側の点が小さく柱に寄り気味です。永ノ画が長く、通、寶字とも大きく降寶になります。

※詳細については銅銭の部をご覧下さい。
小梅手
銅銭については寛永銭の中でもトップクラスの珍品ですが鉄通用銭は少ないながらも見かける機会が少しあります。銅銭はごく試験的に鋳造されたもので、やはり鉄銭が主体のものなのでしょう。書体の癖は背小類とほぼ同じで、同炉であろうことは疑いの余地がありません。無背で寶後足が跳ねます。
 
 
6.元文期加島銭 元文4年(1739年)摂津国西成郡上中島加島村 鋳造推定

書体は銅銭と非常によく似ていますが、新しく鉄銭用に企画されたものと思われます。書体は一手のようです。
大字
銅銭に比べれば確かに少し大字なのかもしれませんが、この名称はちょっと・・・という気がしますね。厚肉で濶縁大様の立派な鉄銭が多いようです。細字大様とすれば良いと思うのですがね・・・。細字で輪幅が広く、書体は細くこじんまりしている割りに立派な銭容です。
大字(母銭)
一般に加島の母銭は帯白黄色とも淡黄色とも言われていますが、掲示品は赤味の勝る黄褐色です。
この時期の鉄銭としてはたしかに大きく立派です。
小字(母銭)
銅母銭が存在すると言われる小字。なるほどこれがあるから上図は大字になるのか・・・と改めて感心。
存在についてふれられている銭譜もありますが、拓があったのは新寛永泉志だけで、これはいわば幻の寛永通寶になっています。大字より広穿、磨輪小様。永頭長く、ノ画が短く見えます。原品はいずこにあるのでしょうかね?

(新寛永泉志より借拓)
 
 
7.元文期押上銭 元文4年(1739年) 江戸本所押上村 鋳造推定

永字フ画に跳ねのある独特の書体で、その存在を自己主張しています。柳島鋳造という説もありますが、押上村の鋳造地付近に柳島村飛地があったことからの説らしいようです。書体、制作から背川との類似性を指摘されており、銭籍については確定的なものとは言えないかもしれませんが、とりあえず旧説に従うことにします。
大字(母銭)
白銅色が美しい母銭です。秋田銭のように永フ画が跳ね上がるのが特徴で小王寶になるものもあるようで、そちらのほうが希少です。母銭の色は黄褐色から白黄色ですが、この品物はとくに白味が強いもの。

(平成16年銀座コインオークションカタログより)
大字小王寶(母銭)
寶王画が縮小し、尓が画から離れます。また、広貝寶で、後足がはっきり跳ねます。寛冠は小さくなり永字のノ画は長く平永気味になります。評価はあまりされていませんが、存在はかなり珍しいようです。

(オークションネットの古銭入札誌6より)
小字(母銭)
たしかに小字です。寶足が情けない形状です。通用銭は意外に少ないようです。

(平成16年銀座コインオークションカタログより)
小字大様(未仕立母銭)
初鋳大様で濶縁広郭狭穿になります。通常の押上小字は24o以下なのですがこれは直径が24.6o以上あります。非常に地味な存在ですが珍しいのではないでしょうか?
少なくとも図会、手引き、入門、青譜の拓図より大きく、泉志の拓図にも勝るとも劣らないサイズです。

※本来は鉄銭母は収集対象外にしていたのですが、大きさを見て思わず購入してしまいました。名品に化ける存在だと思います。
 
 
8.元文期小名木川銭 元文5年(1740年) 江戸深川小名木川 鋳造推定

このグループについては背や輪に鋳造地を表す刻印があるために状態さえ良ければ比較的分類は容易です。ただし、通用銭においては刻印が不明瞭なものも多いと思われますので、小梅手類との差異に注意が必要かもしれません。
背川
雰囲気的には元文期十万坪銭の背十に似ています。押し湯が強く母銭的なのですが、背郭や仕上げは通用銭の域を超えていません。淡黄色の銅質はどう見ても鉄銭系のものですね。おそらく見本銭のようなものなのではないでしょうか?

(平成15年銀座コインオークションカタログより)
輪片川(母銭)
輪に川字刻印が鋳込まれているもの。書風は元文期小梅手の系統に酷似しています。刻印は浅く、通用銭では不鮮明なものが多いようです。

(平成14年銀座コインオークションカタログより)
輪両川(母銭)
寶上に後打ちで刻印を追加したもの。刻印の向きは色々あるようです。刻印を後打ちにしたのは鋳込刻印が不鮮明だったことからのようです。

(平成14年銀座コインオークションカタログより)
輪並川
片川、両川とは異なり文字が大きくなり、その文細縁になります。輪の刻印は両方とも後打ちになっています。以下、細縁大字タイプの銭貨が続きます。

※平凡で目立たない銭ですが、評価以上に存在は少ないかもしれません。
輪筋違川(母銭)
細縁大字で寶上、通下に刻印が後打ちされています。輪川後打では存在が最多のものです。刻印位置を変更したのは両川との区別のためではないでしょうか?

(平成14年銀座コインオークションカタログより)
輪逆筋違川
通上、寶下に刻印が打たれたもの。存在が稀であるため、エラー銭の類では・・・と推定されています。ただ、何らかの意図を持って作成された可能性も否定できません。掲示品は図会原品です。

(平成17年銀座コインオークションカタログより)
画像未収 無印
刻印のないもの。これも新寛永通寶図会ではエラー銭の可能性の指摘を受けています。したがって存在はかなり少ないようです。
長爪寛片川
垢抜けない銭貨ではありますが母子とも非常に貴重な銭貨です。寛字が仰ぎ、その第5画が長くなります。また、永柱下半分がうねるために俯永気味に見えます。ノ画の爪や永点の跳ねも長く大きくなります。川刻印は寛寶間の輪に後打ちされています。

※掲示の画像は撰銭の達人のK氏からのご投稿です。これも撰り出されたそうです。すごいですねぇ・・・。
 
 
戻る 次のページへ