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30.明和期 21波 の類 明和5年(1768年)江戸深川千田新田 鋳造
本品以下に掲示するものは全て当四文になります。元文金銀が安定して長期流通してしまったため、銀座の職務が減り、銀座から幕府への未納銀が増大したため、幕末に財政再建を目的に銀座が幕府に許諾を得て行った鋳銭事業です。窮状を打開すべく行った事業でしたが、鉄銭が不評だったため黄金色をしたこの4文銭は、すんなりと民間に受け入れられたといいます。これらの銭貨は鋳造直後の黄金色の輝きを失うと青みがかった黄色を呈するので、一般に青銭と呼ばれています。その最初期のものが背に21の波をもつものです。
 
 
【明和期 21波】 
明和期長尾寛       【評価 3】
文字が深彫りで寛尾が高く跳ねる。最初期のものと思われ、型抜けが悪く、歩留まりが悪かったために短尾寛に作り変えられたといわれる。存在は非常に少ない。
短尾寛より文字が大きく、とくに長通、長寶ぶりが目立つ。寶足が郭のわずかに下に位置するのが分かりやすい。永フ画も長い。長尾寛肥字という大珍品が存在するが、実見の機会もないほどの貴重品。
明和期長尾寛肥字   【評価 大珍】

明和期長尾寛肥字といえば四文銭の中の白眉の品。文字が太く、素朴で大きく、寶前足が跳ね上がる。母銭の存在は複数知られているようだが通用銭はほとんど見つかっていないようだ。掲示品はその通用銭で落札価格は160万円!。
(平成17年銀座コインオークションカタログより)
明和期短尾寛       【評価 10】
長尾寛の方抜けを良くするために、文字を浅彫りに変更したもの。寛尾の跳ねが短くなるだけでなく低寛でわずかに小字に変化している。事業認可が明和4年だったために4年銭の別名がある。
※、鋳だまりによって長尾寛風に見えるものや、短尾寛を長尾寛に改造した
【なんちゃって長尾寛】がありますので、分類にはその他の特長にも気を配りましょう。
明和期短尾寛背錯笵(重波)         【評価 9】
これは錯笵銭である。背波がずれて2本ずつに見える。改良したとはいえ、失敗も多かったようである。
明和期短尾寛(大様銭)            【評価 7】
掲示のものの外径は28.2o。輪幅がわずかに広いだけであるが少ない大きさ。通常のものは27o台後半。
※この手のものは焼け伸びの可能性もあると思います。内径計測をして内径が大きかったり穿が広がっているようでしたら焼け伸びを疑いましょう。新寛永通宝カタログには外径29o、内径21.2〜21.4oのものが『錫母から試験的に鋳た』珍銭といして掲載されていますがかなり怪しい。
短尾寛方冠寶通用銭の発見
退点文の超大型銭を掘り出した I氏からの投稿画像です。
なんだ、明和短尾寛かぁ・・・と思いきや、なんと短尾寛方冠寶の通用式ではないかとのこと。
こんな微妙な違いに良く気がついたと思います。見つけた方も言っておりましたが、案外探せば見つかる品なのかもしれません。比較画像を並べて改めて新発見ではないかと思うしだいです。
重量については所有者に確認中ですので、今しばらくお待ちを・・・。

→ 秘宝館へのリンク
比較検討(明和短尾寛母銭との画像比較)
寛字:ほぼ変わらないが、わずかに寛前垂れが長い。
永字:フ画が大きく柱に近くなる。永点の位置は正しく永頭上にある。
通字:用画の跳ねが左斜め方向で、中柱に接しない。
寶字:後垂れが方折して長い。王画大きい。尓の点が下開きになる。
その他
面背ともやや深字で広郭、寶字はわずかに郭上辺から降る。
外径:27.70o
 内径:20.55o 外径は変わらないが、内径が0.5o以上広い。
※皆様のご判断をお聞きしたい品です。通常の短尾寛とは明らかに異なります。これは新発見でしょう。
→ 横浜古泉研究会 と 収集2007年3月号掲載記事
 
 
31.明和期 11波 の類 明和6年(1769年)江戸深川千田新田 鋳造 
21波の製造時不良を減らすため、背の波の数を減らして企画されたのが以下の銭貨です。鋳造開始が明和6年であったために別名6年銭と呼ばれています。これらの書体が後の文政期、安政期へと引き継がれてゆきます。
 
【明和期 11波:基本銭分類】 
明和期大字(通用銭)  【評価 大珍】
方泉處コレクションの顔的な存在だったもので唯一無二、現存一品の大珍品。状態も最高で、この品物は関西方面で発見されたものとのこと。平成17年の銀座コインオークションに母子で出品され、母銭500万円、掲示の子銭が520万円で落札されています。
小字に似ているが文字が大きい。とくに永字の左右の払いが長く、寶貝が大きい。背波の角度が小字とは異なる。(→小字参照)

(平成17年銀座コインオークションカタログより)
明和期小字        【評価 10】
永のすその広がり広くなる。短寶である。大字に似るが、背の波の位置が違う。
すなわち左最上部の波が小字は郭の角から、大字は郭の上辺からでている。そのため大字は波の角度が立つ。明和大字は実見もできない大珍品である。
← 文政大字の背面
明和期正字        【評価 10】
永字の左右の払いが短い。面背ともやや広郭気味になる。通字が上がり、郭の上辺とほぼ並ぶため左右の文字バランスが悪い。永フ画の先端位置が輪から大きく離れるのにも注目。
明和期俯永      【評価 10】
永柱が傾き、類品中もっとも文字が大きい。通頭が小さく寶字が輪側に偏り、寶点が寶冠をつらぬく。寶足が揃わず全体位置も進んでバランスが悪い。しんにょうの頭も短く急角度で俯す。存在は最多であり、小変化も多い。
明和期俯永面背刔輪   【評価 大珍】
面背が刔輪されたもの。あまりの希少性から、存在について疑いがもたれるほどのもの。
背の刔輪が著しく目立つ。

※画像は『私の藩札収集研究』の渡邉氏からご提供頂いた物です。(感謝)
→ 私の藩札収集研究
→ 秘宝館
明和期大頭通       【評価 9】
通頭も大きいが、永字が狭長なのが何より目立つ。俯頭永狭フ永大頭通。
永頭、永フ画が左下がりである。離用通に似るが背の波の形状が異なる。
明和期小頭通      【評価 大珍】
これも俯頭永になるが、珍銭である。名称の通り通頭が小さくなる。通字は大頭通に類似するが、寛冠、寶尓が大きく、永く画の柱とのが接合ポイントが上方にある。永尾も長く、輪に軽く接する。こちらは離用通に似ている。寛冠の右側に必ず凹みがある。
掲示品はオークションに出品されたもので、書体的な矛盾はないが、輪側がきれいに仕上げされており、通用銭とは異なった何か特別な品物という違和感を覚える。
明和期離用通      【評価 5】
通用がしんにょうから離れる特徴から離用通と称するが背の下部の波が横広の形状になることを見たほうが分類しやすい。これも俯頭永であり、大頭通でもある。面背が刔輪された大珍品が存在する。

明和期離用通面刔輪背削波【評価 大珍】
穴カタ原品の由緒正しき名品で、極細の繊細な文字。これ以上ない極美品で、北海道で石川さんから何気なく手渡され拝見したもののあまりの美しさに絶句してしまった記憶があります。そのときは北海道の大コレクターが持参した母銭も拝見したのですが、まさか親子そろって見られるとは思いませんでした。私のおねだりを聞き入れて下さい分譲して戴きました。寛文様と並び由緒正しき名品として誇れる逸品です。
 
 
幻の寛永通寶 明和期離用通面刔輪背削波
【評価 大珍】
九州のH氏からの投稿画像です。微細変化といえばそれまでですが、とにかく少ない。文政期のものはわずかに目に触れる機会はあるのですが、明和期については私は一度しか実見していません。面背とも文字や波がわずかに輪から離れます。市場価格は50万円以上でしょうが、その価格以上に手に入らないと思います。
マニア垂涎の品であることは間違いなし!私も欲しい!
→ 秘宝館
【評価 大珍】
こちらは『私の藩札収集研究』の渡邉氏からご提供頂いた画像です。所有者は北海道のコレクター。私の記憶が正しければ収集に発見の経緯が掲載されたことがあったように思いますが定かではありません。(雑銭箱の中から見つけた?)
震えるほどの美銭にして超々珍銭です。価値は計り知れません。
 
 
明和期短尾寛方冠寶通用銭の関連記事特集
【横浜古泉研究会 穴銭第89号から】
通用銭比較してみると細縁大字であることが目立ちます。私には永字の形状の違いが分かりやすいポイント。背波もかなり大きくて違いがありますね。
 
収集2007年3月号より転載
 
 
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