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29.刻印銭(上棟銭)・その他の類 江戸時代寛永年間~明治、大正期頃 
輪十や丸一など正規に流通された刻印銭がある一方で、私的な記念物として刻印を打たれた寛永銭が存在します。その多くが上棟式のときの撒き銭で、なかには諏訪大社の上棟銭のように歴史的な素性がほぼはっきりしているものもありますが、ほとんどが規模の小さい個人的な記念銭です。
その他にも銭全体を金銀でメッキした鍍金(銀)銭・鍍白銭や、お遊びでつくったと思われる戯作(加工)銭などを紹介します。
 
【諏訪大社上棟銭の類】

上棟銭 春宮 諏訪大社             【評価 5】
文政年間(1820年代)に諏訪大社の春宮改築の際の上棟銭。この手の刻印銭は贋造が容易なため注意が必要です。春宮、秋宮、春一~春四、秋一~秋四までの贋造刻印銭が最近市中に出回っており、私もひっかかりました。贋造銭は打刻が新しく、深く打たれています。掲示品は磨かれていて、時代の確認ができませんが刻印は多分間違いないと思います。ご参考までに・・・。

上棟銭 春宮 諏訪大社(横打)        【評価 5】
インターネットで格安入手したもの。刻印は背文を避けて横打ちになっています。刻印の形状や感じは悪くありません。春宮刻印は郭の上下に縦打ちになるものが多いようですが、これは背文があったために横打ちに改められたものでしょう。。
上棟銭 秋宮 諏訪大社             【評価 5】
天保7年(1836年)の秋宮改築上棟式の際の撒き銭と言われます。こちらは刻印も古く間違いのないものだと思います。私は見たことがありませんが、秋宮に刻印縦打ちはあるのでしょうか?
上棟銭 上鳥居逆打 諏訪大社       【評価 5】
明治25年の上社一の銅鳥居上棟時の撒き銭と思われます。作者は鮎沢弥三郎という方だといわれています。小さめの文字刻印が古寛永に上下逆に打刻されています。

上棟銭 上石鳥居 諏訪大社           【評価 5】
明治32年上社の石の鳥居の上棟式に撒かれたものと推定されています。これも鮎沢氏によって作成されたと考えられます。

上棟銭 上石鳥居 諏訪大社        【評価 5】
刻印位置が上掲のものと異なります。また、上の字の刻印が小さくなっています。刻印位置にとくに明確な決まりはないようです。
上棟銭 上鳥居 諏訪大社         【評価 5】
明治25年の上社一の銅鳥居上棟時の撒き銭と思っていましたが、上記刻印との類似性があり、32年のものかもしれません。諏訪コインクラブ発行資料にはこの刻印タイプの掲載ではありません。あるいは諏訪大社のものではないのかもしれません。

上棟銭 上鳥居逆打 諏訪大社         【評価 5】
上の掲示品と同じものですが、刻印が上下逆さまに打たれています。

上棟銭 上石鳥居?逆打 諏訪大社     【評価 5】
鳥居刻印が郭上にずれていてよく判りません。刻印のタイプはいくつかあるのか、これは上の文字が小さいタイプです。刻印の位置も異なります。
 
【日荷堂上棟銭の類】
日荷堂(来賓用鍍銀銭)【評価 3】
日荷堂は台東区谷中の延寿寺(開山1656年)にあり、1755年に日荷上人の像を身延山から移し安置したことからこの名で呼ばれている古刹です。足の神様の異名もあります。
この上棟銭は彰義隊の戦いによって焼失し、仮堂となっていた日荷堂を再建する途上の明治43年10月10日の上棟式のときに配られたもので、四文銭は来賓用のおみやげとして50枚くらいしかつくられなかったそうです。鍍銀のためにか明和期には見られないヤスリ加工痕跡が表面、輪側に観察できます。
(奇品館のNo.65)
日荷堂(一般客用撒き銭) 【評価 4】
四文銭に比べて一文銭は鍍銀されずに撒き銭されたので1000枚以上作られたそうですが、四文銭のように記念品的な扱いでもないし、諏訪大社のように信仰的意味合いの強い撒き銭でもないので製作数は多くともそれほど意識して残されなかったのかもしれません。原品はインターネットで入手しましたが、焼けて歪んで汚いこと・・・それでも貴重なんですよこれ。
評価は私の主観。由緒がはっきりしていて、カタログにも記載されておりなにより少ないものには間違いないのですが過熱は禁物ですね。
 
 
上棟銭:輪刻印銭の類
上棟銭のいろいろ                                                        【評価 3~8】
棟上式のときに撒かれたもの各種です。やっきになって収集すべきものではありませんが、楽しいものもけっこうありますね。
 
輪刻印銭 十×4
輪刻印銭 十×2
輪刻印銭 イ  輪刻印銭 梵字
         
輪刻印銭 上?×8
輪刻印銭 是
輪刻印銭 寿
輪刻印銭 葉?×2
         
輪刻印銭 瓢箪×2 輪刻印銭 千あるいは子 輪刻印銭 小槌×2
         
輪刻印銭 旭堂 輪刻印銭 吉野?×2 輪刻印銭 割菱×2 輪刻印銭 面:輪十×4 背:〇
      方泉處1993年4号の掲載原品
是刻印銭 参州是字山寺院・・・すなわち三河国の国(現在の愛知県岡崎市)にある是字寺(ぜのじでら)こと龍海院の寺院改築の際の上棟祝賀銭という説があるそうですから結構由来は古そうです。是の字は家康公の祖父である、松平清康公が左手に是の文字を握る吉夢を見たことから。是の文字は「日・下・人」からなり、天下取りの吉兆とされたからです。なお、龍海院は岡崎の他に群馬県前橋市内にもあり、こちらも是字寺と呼ばれ、岡崎の別院とされていますので、この刻印銭はあるいは北関東出身ということも考えられます。
旭堂刻印銭 長野県長野市の南西部にある安茂里地区のかつて木曽義仲の居城のあった地は木曽殿屋敷と呼ばれています。その一角に朝日氏邸と呼ばれている屋敷跡があり、俗に朝日城址と呼ばれています。そこに建てた木曽義仲の堂(おそらく祭祀の祠)の上棟式の祝賀銭であるという説があるそうです。(芝軒今井麻須美氏の調査)
これについては遺構そのものが失われており、今となっては完璧な証明は難しいと思われます。
 
輪刻印銭 松葉? 輪刻印銭 大?×3
 
鍍赤刻印銭(背吉)
おそらく神社か何かの上棟銭でしょう。おめでたい刻印銭です。なお、土台になっているのは力永低寛削辵という少し珍しい古寛永です。
 輪刻印銭 保(鍍銀)
 
輪刻印 桐
輪刻印 桜
 
大阪人情門?
輪刻印銭 廣奥?釜?
 
鳥居?×4
方泉處1993年
4号の掲載原品
宝珠・米・太陽?
方泉處1993年
4号の掲載原品
 
丸十字に十字切れ込み 宝珠?×3
 
南無阿弥陀仏
古寛永太細の背輪に南無阿弥陀仏の彫刻があるもの。手擦れで肌がつるつる。面輪も意図的に磨輪されているようです。意味不明の記号(宝珠?数珠?女陰?)もある。
輪刻印銭 五
刻印銭 井×2 (長門銭太細様に加刻 刻印銭 宝珠×6
島屋無背輪刻印銭
刻印内容は不明です。土台は貴重な島屋無背です。
 
輪刻印銭 竹?×5
輪刻印銭 星×4
輪刻印銭 ◎×4 輪刻印銭 〇×4 輪刻印銭 上
輪刻印銭 吉?×3 輪刻印銭 桜×8 
〇刻印は・・・
刻印銭に〇印らしきものはかなり見られます。最近、これらの多くは宝珠を表しているではないかと思い始めています。
方泉處1993年4号の掲載原品
 
輪刻印銭 米字刻印風 面:米×4 背:米×4
明和期の短尾寛に米字風の刻印を丁寧に面背に合わせ打っています。原品は手ずれ感のある伝世品らしく、刻印による輪の歪みを丁寧にやすりで修正してあります。これはいったい何を意味するのでしょうか?この作は下掲の刻印銭に通じるものがあります。
 
輪刻印銭 軍配? 輪刻印銭 葵 発 祭? 
同じ刻印が天保銭に打たれているものをインターネットオークションで見た事があります。
 
輪刻印銭 木?×5
 
輪刻印銭 
面:菊花×4 背:◎×16

非常に手の込んだ上棟銭。文政小字の輪に多数の刻印を打刻したもの。輪の歪みを後からやすり掛けし、磨輪修正している。あるいは南部藩の米字刻印銭、輪星刻印銭の贋造のつもりか?
刻印銭 子安燕?
不明の印ですけどきちんと打たれていることから形状に何か意味があると必死に考えました。左右の向きは異なっていますが、半円は必ずUの字状に置かれています。じっと見ていたら燕マークに見えてきました。燕と言えば安産のお守り、燕の子安貝という言葉がかぐや姫の物語にも出てきます。
したがってこれは安産のお守りだあ・・・と勝手に考えてみました。
 
 
【鍍金銭の類】
鍍金銭 鍍銀銭 伝:祝鋳 四分一金銭      【評価 9~?】
 金、鍍銀の類は雑銭の中からよく見つかります。
伝:四分一金銭は前の蔵主がそう名づけ、銀の小箱に保管していたもの。少し重いので分厚く金が塗られているか、あるいは低位金で鋳造したのかもしれません。

         
称:三州屋寛永  
<解説>
『三州屋銭』は幕末南部の豪商・三州屋が、自らの威勢を誇るため、寛永銭に鍍金や朱漆を施して街中で撒いたものとされています(個人の記念銭に相当)。盛岡から矢巾に掛けて、雑銭中から散見されます。一般の上棟銭より丁寧な彩色になっているのが特長。
(練馬雑銭の会 公開盆回し 解説から引用)
阿弥陀三尊梵字鍍金銀銭   【評価 5】
輪に阿弥陀三尊と呼ばれる3種の梵字(至勢菩薩・阿弥陀如来・観世音菩薩)が刻まれ、さらに鍍金・銀されています。鍍銀は相当古いものらしく、磁性があります。昔の銀は鉄分を完全に除去できなかったため、磁 性を残すものが多く、これがまた古いことの証明にもなっています。
梵字は左から至勢菩薩(サク:知の仏)・阿弥陀如来(キリーク:西方の極楽浄土を持つ光の仏)・観世音菩薩(サ:慈悲の仏)であり、阿弥陀如来信仰(浄土宗系)を示したもの。刻印銭でありながら神仏絵銭でもあります。
※下は徳川菩提寺の伝通院(小石川)にある石塔の拓本。
仙台銀銭と考えられるもの
練馬雑銭の会会長から送られてきた画像。仙台銀銭には必ずある特徴があるそうです。(ここでは記述できません。悪しからず。)
この銭にはその特徴がちゃんと残されており、四文銭ながら仙台銀銭ということになるようです。ジャンルとしては通用銭ではなく絵銭やメダル的なものですがとても興味深い存在です。
鍍銀もしくは銀鋳  
大正9年の貨幣17号誌に右のような記事があるのを見つけました。
だからといって左の品を過大評価することはできませんが、可能性としてはあるわけですね・・・。

※仙台銀銭ではありませんでした。残念。
 
上棟か戯作かあるいは
贋造のどれかです。
 
 
 
雨乞い銭の類
雨乞い銭(面背)
雨乞い銭(背のみ) 【評価 9】
雨乞い銭は、銭貨の面背あるいは背のみに筋を刻んで降水を祈願するもので、面のみのものを見ません。掲示品は筋の入り方の極端なものを2つ並べてみました。
面のみの雨乞い銭?
一般的な雨乞い銭のルールと異なるものを入手。ただ、傷の入れ方が不均一で雨乞い銭ではないかもしれません。あるいは無知なる者の仕業か?ただし、雨乞い銭のルールについては私も無知です。
戯作銭の類
戯作銭 和同珍開輪三太
戯作銭 寛大通寶 戯作銭 重文斜穿 無紋寛永
戯作銭にしてはとても手の込んでいる作品です。仙台絵銭の贋作のつもりなのでしょうか?絵銭ならそれなりに評価できますが・・・。 これは洒落ですね。こうありたいものです。 加島銭の重文+斜穿です。贋造にしてもやりすぎでしょう。 小梅手あたりの銭文を強引に削ったもの。母銭に改造する途中?
 
加工銭  創作絵銭 トークン    
テーマパーク三日月村内通用の代用貨幣。  
戯作でしょうね。キーホルダー代わり? お守り?時代は明治以降。  
 
模造銭寛永
東南アジアのお土産品。日本で島銭に化けることもあるので注意。黄色味の少ない硬い真鍮質。
 
 
【その他の類】
焼けのび銭 火中変色 金糞 磨輪もしくは改造母 密鋳銭
火事などによって銭形がのびたもの。薄肉で書体もだらしなくなる。 火事による還元焼成で純銅が表面に現れ赤く変色したもの。 製造ミスのごみ。あるいは罹災品 ちょっとやりすぎの感のある磨輪。あるいは密鋳用の母銭か? 鋳写しによる昔の贋造銭。これは阿仁系のものかもしれない。
鋳放し湯道残り?
古寛永背大錯笵 背凸鋳筋 改造母銭(元文期日光銭正字)
仕上げが雑で湯道が残っているもの。 古寛永沓谷銭です。面白いので番外で掲示します。 錯笵の一種ですがここまで盛り上がっているのは面白い。 元文期日光銭正字の内郭、外輪にやすりが掛けられています。銭面も砥石仕上げがあるようで、密鋳銭の母銭だと思います。 
 
改造母銭(明和期俯永)
これも密鋳銭の改造母銭です。型抜けを良くするために内郭、外輪に丁寧にやすりが掛けられています。
     
鉛銭
昭和銭譜では東北地方の私鋳銭とされています。真贋は不明ですが前所有者は非常に大事にしていたようです。ただし、とても状態は悪くみすぼらしい鐚銭です。
 
 
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