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穴の細道 新寛永編
【はじめに・・・】
穴銭の収集をする若者はほとんどいません。と、いうより古銭を収集する趣味そのものが(古銭販売店という職業も)絶滅寸前なのですよね。これはなんとかしなければいけません。収集界の後継育成をしてこなかった私どもにも責任がある・・・というわけでこのコーナーを始めました。
「穴の細道」は故、呑泉こと安達岸生氏がボナンザ誌上に連載していた人気コーナーのタイトルで、東洋穴銭のピックアップすべき銭種を紹介してゆくもの。絶対的な珍品から少し頑張れば手に入れることができるようなものまで幅広く紹介していて、読み物としてとても面白く、何より著者自身の古銭愛を感じる名著なのです。
と、いうわけでその名にあやかりながらひとりでも多く収集人口を増やすよう頑張りたいと思います。
 
【収集を始める方々へ】
穴銭の本当の価値が分かるまで、経済的には無理をしないでください。
安くてもきれいなものから集めること・・・それが収集が長持ちするこつです。それでも目玉になるものが欲しくなったら・・・そのときは財布の中身と相談しながら購入してください。
おすすめは・・・集めるだけではなく、
自分なりの展示の工夫をしましょう。コインフォルダーに書き込むだけでなく、手製の説明文を添付するのも良し・・・私はそうやって集めていました。眺めていてきれいなのは楽しいですよ。また、泉譜などで専門用語の勉強も忘れずに・・・。
→ 古銭用語の基礎知識
INDEX
その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7 その8 その9 その10
その11 その12 その13 その14 その15 その16 その17 その18 その19 その20
その21 その22                 
 
【その1 背に文字のある寛永銭】
背に文字のある新寛永は以下の通りです。
「文」「元」「長」「足」「小」「佐」「仙」「一」「十」
入手しやすさを考えて並べてみました。細かい種別を考えなければ「佐」ぐらいまでは雑銭から簡単に拾えます。「仙」と「一」は相当運が良くなければ出てこないし、「十」は出てきたなんてことは聞いたことがない。ここらへんは入札かネット、古銭店できれいなものを購入した方が良いと思います。
背文違いをそろえるのは収集の第一歩。よく見ると書体違いがかなりあることに気づくと思いますが、まずは一通りそろえることを目標としてみてください。細分類はそれからでも良いと思います。
なお、あえて除外しましたが背
「川」という絶対的な珍品もありますが、これは初心の内は絶対手を出さないように。贋作がとんでもなくたくさんありますから。
 
「文」 寛文期亀戸銭
正字背文 【評価 10】
愛称は文銭。新寛永で最も数が多く、製作も良く、そして最も細分類が難しい一群です。銭径の大きなものが多く、島屋文と呼ばれる絶対王者の大珍品もありますが、これは別項で紹介します。
したがって書体分類はあとまわしにして気に入ったきれいなもの、大きなものから集めましょう。背の文字は作り始められた年号を表している(寛文)と言われています。
主な書体:正字 中字 深字 退点文 細字 縮字 繊字 島屋文 
「元」 寛保期高津銭
細字背元(白銅母銭) 【評価 3】
大阪の高津(こうづ)で鋳造された小さな寛永銭。背の文字は鋳造が始まった年号(元文6年=寛保元年)を表しているといわれています。小字降寶を除き比較的存在が多いので、集めやすい雑銭です。集めるときは大きいサイズのきれいなものをねらいましょう。一般通用銭の評価は9~10位。小字降寶については別項で説明します。

主な書体:細字 中字(接郭寶 狭通 狭通背肥元) 小字(小字 降寶) 
「長」 明和期長崎銭 
背長(廃棄母銭) 【評価 1】
明和期に長崎で鋳造された銅銭です。元文期以降につくられた鉄銭が不人気で、銭相場が荒れたためその調整役として投入されたと私は考えてます。
書体はひとつだけで入手は簡単ですけど、きれいなものはかなり少ないと思います。通用銭の評価は
9~10位です。

主な書体:背長 
「足」 寛保期足尾銭
大字背足 【評価 10】
寛保期に栃木県の足尾鉱山で鋳造された銅銭。高津銭と同時期につくられたので、小さなものが多いのでサイズの大きくきれいなものを入手しましょう。永字の第3画(フ画)が極端な右肩下がりの大字と水平に近い小字の2種があります。
主な書体:大字 小字  
「小」 元文期小梅銭
狭穿背小(跳小) 【評価 9】
鉄銭への移行期に現れた寛永銭です。狭穿のものと広穿のものがあり、広穿には鉄銭も存在します。
主な書体:狭穿背小 広穿背小 広穿背狭小
「佐」 佐渡銭の類の類 
享保期背佐(縮佐) 【評価 9】
佐渡ヶ島における鋳造で、かなり長い期間鋳造されたために時代によって様々な書体が存在します。また無背もあるのでややこしい。細分類は後回しにして、まずは集めることから着手しましょう。全てを集めるとかなりバラエティに富んだコレクションになります。鋳造期にもよりますが一般通用銭には評価9位~3位クラスまであります。
主な書体:正徳期背佐 享保期背佐(官鋳 民鋳) 元文期背佐 明和期背佐 
「仙」 仙台石ノ巻銭の類  
重揮通背仙 【評価 6】
背仙あたりはかなり難獲品になります。書体は3つだけですが雑銭からすべて拾い出すことは不可能かもしれません。これは通の辵の折れが多い重揮通の書体。(無背あり)このほかに仙字の末画が跳ねるコ頭通背跳仙(評価5位)、マ頭通になるマ頭通背仙があります。
とくにマ頭通背仙は、初心者にとってあこがれの存在でそう。これについては別項で紹介します。
主な書体:マ頭通背仙 重揮通背仙 コ頭通背跳仙 
「一」 元文期一ノ瀬銭  
低寛背一 【評価 4】
元文期に和歌山の紀伊一ノ瀬でつくられたといわれてます。背に一の文字をおくものと比較的存在する無背のものがありますが、はじめは分かりやすい一の文字があるものから入手しましょう。ただし、背仙の寛永銭よりも存在は少ないと思います。低寛背一は寛足が低い他に、寛冠の前垂れが垂直になり、寶冠はあまり傾きません。高寛類は別項で紹介しますが珍銭です。 
主な書体:低寛背一 高寛背一 
「十」 元文期十万坪錢 
背十 【評価 2】
すべて母銭式のつくりで精巧です。。いづみ会の新寛永入門には内郭に仕上げのあるものを見ないとありますが、画像の品には仕上げがあります。また、この品はやや白銅質気味です。書体変化はありません。存在はやや多いので、金銭的に余裕があるのなら狙って下さい。
主な書体:背十 
【穴の寄り道:文銭の細分類】・・・初心の方は読み飛ばしてください。
文銭の細分類は難しいものの、ちょっとしたこつがあるのです。それは背文の形。例外はありますが正字は文の第1画と2画が密着します。中字はなよなよして離点文になります。深字は第2画が太くて堂々としています。(本体と小文は例外)退点文はその名前の通り。細字は文字が大きく交叉部に切れがあります。繊字類は面文が極細のように背文もごく細くなります。縮字は足長です。この基本を覚えておくと分類が楽になります。ただし・・・例外がたくさんありますので、だから難しいのです。
島屋文については次項以降で説明します。
 
正字(接点文) 中字(離点文) 深字(太一文) 退点文
細字(切れ文) 繊字(極細文) 縮字(高足文) 島屋文
→ 文銭入門講座 基礎の基礎
→ 寛文期亀戸銭 【基本銭分類】
【その2 阿仁銭:明治期加護山錢】
穴の細道は”あいうえお順”になっていたので、新寛永通寶だったら何になるだろうと考え、ぱっと浮かんだのがこの名称です。(穴の細道はアクス銭・・・阿克蘇銭でした。)ただし、現在は”阿仁銭”の名称はほぼ使用されなくなっており”加護山錢”の名称の方が一般的かもしれません。鋳造地は加護山であり阿仁はあくまでも鉱山の名前であるということなのですが・・・実は”阿仁”は”赤い土”の別称で全国各地で広く使用されていたのです。つまり阿仁銭とは”赤土のような色の銭”という名称でもあり、いにしえの方々が付けた愛称・・・源氏名でもあるのです。そんなわけで”阿仁銭”の名称は捨てがたいと考えているのは私だけでしょうか?これらは幕末から明治にかけて、秋田の加護山で鋳造された一群の密鋳寛永銭で、地金の色は赤茶色です。寛文期亀戸銭細字背文の背の文字を削った改造母銭から作られたものが多いのですけど、正字や中字、繊字などからの写しや、ごく少ないものの他座からの写しも存在します。
細字写嵌郭 【評価 7】
加護山戦のほとんどは寛文期亀戸銭の細字背文を改造し、無背にしたもの。阿仁鉱山の銅は鉛成分が高く柔らかいので、仕上げの時に銭が歪みやすい欠点がありました。そのため郭をあらかじめ補強したのが嵌郭です。画像の寛永銭ぐらいはっきりわかる嵌郭は貴重です。
繊字写(母銭) 【評価 稀】
加護山戦の中に繊字背文を写したものがわずかに存在します。正字や中字もありますが見分けはなかなか難しい。その点繊字は分かりやすい。とはいえ熱意と運がないとこれは見つかりません。画像の品は元方泉處に収蔵されていた原品(図会原品)で、入手後に改造母銭であると私が判断したもの。(通用銭は評価4~3程度。)
不旧手藤沢銭写 【評価 2】
他座を写したものはさらに貴重。画像のようなきれいな不旧手藤沢写しの入手は至難です。一方で見栄えがしないので雑銭からの掘り出しも可能なのです。このざらざら肌と赤い色を忘れないでください。評価は低めにしてありますが存在はとんでもなく少ないものです。
 
【その3 入文の文銭と欠叉文の文銭:寛文期亀戸銭】
文銭には小さな変化がたくさんあるのですけど、その中に文が”入”の 形に見えるように変化したものがあります。入文は特別珍しい品ではないのですが、昔から存在が知られている有名な源氏名銭です。削字変化なので正字以外にも各書体に存在していて、中には珍銭も存在します。欠叉文は縮字背文に見られる変化で入文とは逆に”人”の形見えるもの。こちらは正字入文よりは数が少なく、雑銭から選り出すのはちょっと大変ですが比較的美銭が多いのがうれしい品です。
正字背入文 【評価 9】
背の文が”入”の形に削られたもの。数多く存在するものですけど、源氏名の入門編には欠かせない品です。画像の品は入文短フ永と言われる代表的な品。入文は細字、中字、繊字、縮字、深字小文、退点文など色々な書体に存在します。
縮字背欠叉文 【評価 5】
こちらは文の第4画先端が削られ”人”文のようになっています。こちらも有名な変化で、文銭コレクターの必須アイテムです。
 
【その4 輪十字極印の寛永銭:元文期十万坪錢】
輪をよく観察すると極印のあるものが見つかります。公式な極印は元文期十万坪錢のみ。あとは上棟錢や輪の疵ですのでほぼ無視してOK。十万坪の極印は十の形ですけど、形状や打たれた位置の違いもあり、複数打ちも稀に存在します。
まずは基本錢の2種を完集しましょう。場替は自信がついてからで十分です。
輪十鋳込 【評価 8】
輪に小ぶりの十の極印がきれいに鋳込まれています。永字の左右の食い違いの激しい書体です。十の極印は銅母銭の前の段階から鋳込まれていますので位置や形状はほぼ一手です。比較的制作の良い美銭が多いと思います。
輪十後打 【評価 9】
少し大きめの十の極印が打ち込まれています。書体は鋳込と同じ。極印は銅母銭の段階で打たれていますので、極印を打った歪みは残されていませんが、打たれる位置や極印の大きさにはばらつきがあります。なお、画像の品の永尾の右脇の輪にある凹みは極印ではなく、傷です。
【穴の寄り道:輪十後打の場替(ばがわり)と二ツ打】
輪十の後打にはいろいろな形状のものが見られます。通常は通上に打たれていますが、寛側や通側に偏ったもの、通字横や寛字上にあるもの、通下、永下、寶横、寶上のもの、さらに二ツ打のものに加えその場替まで存在するなど、組み合わせは無限大なのですけど・・・極印銭は簡単に贋造できるからやっかいなのです。500円もしない雑銭が、極印を打てば数万円になるのならおいしい仕事。実際にこの類の贋作銭は寛永銭中では最多といって良い状況です。唯一の鑑定方法は極印は母銭の段階で打たれているということを根拠に見分けます。贋作は通用銭に直接打つので、極印痕跡が新しく、背側や側面に疵や歪みが残りやすいのです。
とはいえ鑑定は困難を極めますので、初心の内は絶対手を出さない方が賢明です。
輪十後打通下 【評価 1】
極印が通下に打たれているもの。この品は某古銭店の店頭で見つけたもの。いわゆる店頭掘り出しの品です。極印の打たれ方も自然です。
輪十後打場替寛上 【評価 少】
新寛永通寶図会にほぼ同じ形状のものが掲載されてます。後打と言っても母銭に打ったわけですから兄弟銭が存在します。一方、贋作は通用銭に直接打つわけですから同じものはないし、背側に傷や歪みができやすい。兄弟銭がある品の方が安心できるのです。画像の品は寶上に近い場替の珍しい品。
輪十後打二ツ打 【評価 稀】
こちらは二ツ打。いづみ会の穴銭入門にある古拓本母銭との兄弟銭。大した根拠にはならないものの安心材料にはなります。絶対的な珍品であるからこそ贋作もものすごく多いと思います。そのため輪十場替や二ツ打の市場評価はかなり低迷気味です。
 
【その5 島屋文の寛永通寶:寛文期亀戸銭】
初心の方には縁のない品なので、当初は無視しようと考えたのですけど・・・泉譜の冒頭を飾る品でもあるし、新寛永収集を志す者にとっては憧れの品であること、それにかつての「穴の細道」の主旨からしてこれは外せません。
入手には資力以上に出会いの運もあると心得ましょう。高額な品だけに贋作も存在しますのでご注意ください。全体的に大きくて製作も良く、いかにも特別なお金といった雰囲気です。
 
島屋文細縁(母銭) 【評価 大珍】
(平成17年銀座コインオークションカタログより)
島屋文小頭通細縁  【評価 大珍】
【絶対王者・島屋文】
文銭の花形、絶対王者といって良い品です。特徴は通の用が仰ぎ(ふんぞり返り)寶字は俯す(左に傾く)こと。製作が格段に良いのに加えて、何せ数が少ない。
基本的な書体は「島屋文」と「島屋文小頭通」の2つだけですけど、背文の第一画が長い「島屋文細縁」という超絶稀品が昔から知られていて、そこに「島屋文小頭通細縁」の発見もあって、近年は細分化も進んでいます。
市場価格は15万円以上。細縁は50~100万円ぐらいの価値があります。
そうなると何とか雑銭から見つけられないかと色めき立ちますけどそんなに簡単な話ではないのです。なにせドラム缶一杯の寛永銭を調べても出てこないと言われているのです。(白状すると私は島屋無背さえ雑銭から拾い出したことがありません。)
島屋・・・という名称も「誰が作ったかわからない」ということなので、ミステリアスなことも影響して絶大な人気を誇ります。たしかにこのような大珍品を1枚でも持てたら収集が楽しくなりますよね。
なお、どうしても欲しい方は以下に示す「島屋無背」と言われる背文のないものからお買い求めください。
島屋無背    【評価 3】 島屋文の背文がないもの。無背の出現は延寶期とされ、少し時代が降ると言われています。背文がないだけでなかなか立派な寛永銭です。島屋文の入手をあせらず、状態の良い島屋無背で勉強するのもよろしいかと・・・。15000円も出せば買えます。
 
 
【その6 マ頭通背仙の寛永通寶:享保期仙台石ノ巻銭】
背仙の寛永銭は無背の寛永銭の挿しの両端に結び付けられ、仙台産であることを示した「識別札」的なものであったという記録が残されています。背仙が少ない理由がこれでわかります。無背と有背が混在する寛永銭には有背が極端に少ないものがあり、背一と無背、島屋文と島屋無背との関係も同じ理由ではないかと考えています。(背十もひょっとしたら・・・)
マ頭通背仙はただでさえ少ない背仙の中でも別格に少ないもの。とはいえ15000円ぐらい出せば購入がかなう品です。後は運のみ。昔から少なかった特別な銭なので雑銭からはまず見つかりません。
マ頭通背仙 【評価 3】
なかなかの珍銭です。背に仙の文字があり通頭がマ状になっているのが最大の特徴。ごく初期のものと言われています。風格ある書体で端正なのですが、背の文字がつぶれ気味のものが多いのが玉に傷。お金を出すならなるべくきれいなものを選びましょう。これあたりを保有していると、収集家としては自信が持てます。
 
【その7 小字降寶背元の寛永通寶:寛保期高津錢】
寛保期高津銭はどちらかというと雑銭ですけど中にはちょっと少ないものもあります。それが小字降寶といわれるもの。ただし、この見分けは新寛永通寶の中でも最も難しい部類に入ります。それだけに掘り出しも期待できる品なのですけど・・・。
普通品の小字降寶通用銭は4000円ぐらいで買えるのですが、
23㎜後半クラスの大様は本当に少ない。まして大型の母銭は幻の品です。小字との微細な違いは下の拡大画像で比較してください 
小字背元降寶(大様母銭) 【評価 珍】
小字よりさらに文字が小さい。降寶の名前はついていますが、降寶というより小寶です。この母銭の外径は23.4㎜で、いづみ会の穴銭入門でいう「特別に大きな母銭」に該当します。非常に珍しい存在であることは言うまでもありません。
小字背元降寶(大様通用銭) 【評価 3】
小字降寶は銭径にばらつきがあり、時々大きなものがみられます。22.5㎜以上は少なく、市場価値は通常のものに比べてぐんと跳ね上がります。
小字背元降寶(大様母銭) 小字背元(母銭) 小字との比較
降寶は文字が全体に小さく、中央の穴(穿)も狭い。寶字は縦に短い分下がって見えるが、寶足の位置はほぼ同じです。
通頭の横幅が狭く、通用が小さく、永柱が右寄りに退くこと、元の足が長いことなどの方が特徴的です。肉眼では背元が一番わかりやすいかも。
左:小字降寶(母銭) 右:小字(母銭) カーソルをあてると画像が切り替わります。
 
【その8 高寛背一と高寛無背の寛永通寶:元文期一ノ瀬銭】
低寛背一でさえ少ないのですけど、その手替わりに高寛という書体があります。寛の足が高い(長い)だけでなく、書体全体に違いがあるのですが、とにかく少ない。高寛無背でさえかなりの珍品です。ましてや高寛背一の存在は島屋文クラスの少なさなので、入手は運次第・・・お金に余裕があり美銭ならすぐに入手しないと次に会う機会はないかも・・・そんな新寛永銭です。 
高寛背一 【評価 稀】
別格の珍銭なので初心のうちは収集対象外だと思ってください。(市場価格10万円以上)島屋文は少ないけれど売り物に時々出会えますが、高寛背一のきれいなものにはめったなことでは会えません。寛の足が高いのが名称の由来。
その他に寛の冠の前垂れが開くこと、寶の冠が傾くことなどの差があります。
高寛無背 【評価 3】
背一の無いものですけど、これとてとても少ないのです。なんら見栄えのしない新寛永銭ですけど、背一が入手できない間はこれで我慢。市場価格的には10000~20000円ほどします。
 
【その9 千木永の寛永通寶:元文期藤沢古田島銭】
正直雑銭の類で少し頑張れば簡単に入手できます。しかし、この寛永銭を見つけたときの衝撃は今でも忘れられません。なんだ、この永の字の形は・・・そして古銭店の親父さんから、これが「千木永」ということを聞き出しました。さらにこの名称は「源氏名」というあだ名のようなものであることも・・・。
源氏名のある寛永銭はそれだけ印象的で人気があるということです。私はこれで寛永通寶収集に夢中になりました。そんな記念銭です。
異永(千木永) 【評価 8】
小さくて可憐な新寛永銭です。ひとめ永字が万歳をしているように見えます。鰹木(かつおぎ)とも言い、神社の屋根飾りのことです。千木永という名前は源氏名で、正式名称は「異永」・・・でも「千木永」の名前の方がしっくりきます。この寛永銭は今から40年以上前に選り出した現物です。
小さいけど文字の抜けの良いものが多いと思います。
 
【その10 蛇の目の寛永通寶:元文期伏見銭】
独特な書体の多い寛永銭の中でも、マ頭通で文字全体が左に傾く癖のある寛永銭の一群があります。それを筆者の名前にちなんで不旧手と言います。現代では通頭は「マ」の形状が当たり前ですが、寛永銭の世界では「コ」の形状が主流・・・マ頭通は異端児なのです。中でもこの不旧手の一群は長期間にわたって各所で作られたようです。長崎屋不旧の書と伝わるこの一連の寛永銭は、十文錢の寶永通寶出現とほぼ時を同じくして世に現れたと思われますが、その多くが見栄えのしない雑銭中の雑銭です。
しかし、そんな不遇の中であってもこの蛇の目はかなり有名な寛永銭です。いったい何のためにこのような背大濶縁のつくりにしたのか意味は分かりませんが、ひとめ特異なつくりであることが分かります。蛇の目とは蛇の目傘の紋様からきているのは分かりますが、童謡の「雨々ふれふれ」がもしなかったら・・・知らない世代がほとんどじゃないでしょうか?
正式名称は陰目寛背大濶縁。寛の目が凹状になって拓本に出づらいので陰目寛と呼ばれていますが、この特徴はわかりづらい。まあ、それでもこれだけ背側が目立てば迷うことはありませんね。雑銭からの掘り出しはあまり望めませんが、市場にはよく出てきますので数はけっこう残っていると思います。市場価格は美銭で15000~12000円ぐらいでしょう。
陰目寛背大濶縁(蛇の目) 【評価 1】
新寛永の有名品です。背の輪の幅がここまで極端に広いのはこの種をおいて他にはありません。蛇の目という名称は、蛇の目傘の模様からきているもので、愛称としてはぴったりです。小様のものが多いと聞きます。
 
【その11 抬頭永の伏見手:元文期伏見手】
不旧手の中で鋳造地などが謎に包まれている銭種にこの伏見手があります。伏見手・・・という名称でわかるように、前出の伏見銭と同じ癖・・・通用の左肩に空きがある癖・・・があるのですけど、製作は立派で安定していますし銭径も大きいので別物だと思います。
最大の特徴は永の頭が潜望鏡のように高く伸びていること。これを「蛇が鎌首をもたげている風」と見て、抬頭永(たいとうえい)と称せられるのですが、なぜかこの名は源氏名として定着していません。抬頭永と言うと古寛永の岡山錢の俯永に有名なものがあるのですが、新寛永で抬頭永と言えばこの伏見手をおいて他はありません。したがって私はこの愛称を広めるがため、この銭種をここに紹介します。
伏見手 【評価 5】
製作は安定して良く、銭径も不旧手類にしては大きいほうです。最大の特徴は永の頭が蛇の鎌首をもたげるように伸びあがっていること。これを抬頭永と言います。
書体はこの一手のみですけど、手替わりで寛冠に切れがある破寛という有名銭があり、また次鋳銭も存在します。
 
【その12 額輪の呼子銭:享保期難波錢】
呼子銭という言葉をご存知だろうか?永の文字のフ画の先端が跳ねた寛永銭の愛称で、これが「おいでおいで」と銭を招くと言われて縁起銭として愛されたんだそうです。新寛永の難波錢と古寛永の坂本銭がそれに該当するのですが、はらいの方が跳ねる秋田銭は呼子銭とは言われません。(末画の跳ねはきっと「バイバイ」だとされたのではないのでしょうか?)
さて、難波錢はどちらかと言えば雑銭なのですが、その中にひときわ変わった製作の寛永銭が存在します。それがこの額輪。輪が額縁のように高く、文字が低くなります。拓本に採ろうと思っても文字がはっきり出ない寛永銭なのです。額輪の名前は他の古銭にも付けられていますがここまでのものはありません。不知銭の珍銭の膳所額輪も天保銭の土佐額輪も形無しなのです。とにかく目立ちますので拾うのは容易ですけど、数はちょっと少ない品です。しかし、未使用の母銭は市場に数が残っていますし、とにかくきれいですからはじめて購入するのならおすすめです。お財布に入れておけばお金がたまること間違いなし。
 
額輪 【評価 6】
輪が額縁のように高く、文字面が低い特異なつくりです。はじめて雑銭からこいつを見つけたときは興奮しました。修学旅行の時立ち寄った京都産寧坂(三年坂)にあった古銭屋で買ったのもこの銭です。つくりはしっかりしているのですけど通用銭の美銭は案外少ないと思います。画像の品は通用銭ながら銅質が母銭に似た超美銭です。
額輪(母銭) 【評価 1】
はじめて母銭を買うのなら難波額輪はおすすめです。入手しやすく美銭が多く、製作も変わっていますから。どうです、白銅質でまるで芸術品みたいでしょう?コストパフォーマンス、満足度も高いですよ。
 
【その13 天狗寛永とその仲間たち:寛文期亀戸銭】
偶然から生まれた失敗銭が後世になりこんなにもてはやされるようになるとは、誰もが思わなかったと思います。
私の記憶が正しければこの銭は収集誌上に九州の大谷氏の随筆的な文章で「真夏の世の夢」とか言ったタイトルでちらっと出てきたのではないでしょうか?(記憶違いであったらごめんなさい。)そのときは変な鋳だまりの寛永銭だと思ったのですけど、その後「天狗」の源氏名を得るとあれよあれよという間に大出世し、文銭コレクターの必須アイテム的な存在になってしまいました。
存在はかなり少ないのですが、掘り出し例をときどき聞きますので島屋文ほどではないと思います。でも、市場価格はかなり突っ走っています。鋳だまりですよ・・・これ!
 
正字背勁文
(異頭通:天狗寛永)
【評価 少】
鋳だまりによる変化なのですが、母銭が存在するようで必ず同じところにポイントになる変化があります。
① 通頭の大きな鋳だまり 天狗の鼻
② 寛後方の鋳だまり(星)
③ 寶上輪際の鋳だまり(星)
④ 寶下の輪に接する小さな鋳だまり(星)
⑤ 背文の第4画がかぎづめ状ではっきり下から入る勁文

はじめは鋳だまり変化の面白いものでしかなかったと思うのですけど、源氏名がぴったりしていたためか人気、知名度が一気に上がりました。なお、寶上、寶下のポイントが同じ勁文入文(下掲:評価3)や勁文異頭通手(天狗手:評価7位)なるものも存在します。
正字背勁文入文 【評価 3】
正字勁文であり、入文になったもの。入文は文の交差上部が削られて入の文字に見えるもの。寶上、寶下の鋳だまりの位置が天狗寛永と同一になり、元になった母型が一緒であることが分かります。目立たない手替わりですけど、かなり少ない変化です。天狗の仲間だということが判明し、評価も見直された感があります。
 
【その14 白目中字と小字の寛永銭:元文期平野新田銭(白目)】
寛永銭にはときおり妙に色白のものが存在します。配合材料の混ざりムラによるものなんでしょうけど、意図的に白銅に作ったと思われるものもあります。その中でも白目と呼ばれる一群のものは白銅質なのが当たり前という、白銅好きの収集家にとってはたまらない寛永銭なのです。とはいえ少なくとも鋳造から250年以上経過していますので変色も多々あると思います。
平野新田錢の中には大字・中字・小字と十万坪手と言われる書体が存在します。このうち大字は収集対象外の別格の希少品。また、十万坪手は白銅質ではあるものの製作などから別物だと思います。個人的には白目の中字と大字は関東ではなく、西国の出身だと思っています。この銭の銅色は九州の銅の色なのです。そういった謎もあって私はこの白目銭が大好きで、選り出した時は無性にうれしいのです。ただし、めったに出ないですけど。
白目中字 【評価 6】
永フ画が永柱から離れる決して上手だとは言えない癖のある書体と、百円玉に似た白銀色の銅色。おそらく、鋳造した直後は純白色だったと思います。入手するときは磨かれてないもので、色白の美人を探すこと・・・きれいなものを入手すればきっと病みつきになると思いますよ。
白目小字 【評価 5】
寛の前足がぴょんと上に跳ね上がります。銅色は同じ。書体も制作も独特・・・といったところ。雑銭の中からはめったに出てきません。通字のしんにょう(辵)の形が独特です。この形と銅色を覚えていれば拾えます。
白目中字写改造母銭 【評価 少】
これは参考掲載とお考えください。白目の密鋳改造母銭です。葛巻あたりの母銭だと思います。存在絶希少。
 
【その15 千鳥の寛永銭:元文期日光銭】
天狗寛永の項でも述べましたが偶然の変化が後世もてはやされることが寛永通寶収集の世界ではときどきあります。エラー銭的変化なのですけど、母銭と呼ばれる元になる型に生じたエラーである場合は、鋳造の最終段階に偶然生じたエラーと異なり同じエラーのものがいくつも生み出されることになります。これらを古銭業界では手替わりというのですけど、なかには意図的なんじゃないかと思われるものも多々あり、この日光銭の千鳥も偶然にしては派手過ぎる母銭からのエラーだと思います。
千鳥は水鳥の千鳥のこと、世界では60種類もいるそうですが、おそらくコチドリをモチーフにして生まれた連続模様を日本では千鳥紋様と呼んでおり、千鳥はそれを意識した名づけだと思われます。
日光銭は独特の含二水永のデザイン的な書体。千鳥以外にもいくつかの鋳だまり紋様のパターンが見られ、片千鳥とか凹千鳥と名付けられ称揚されています。
千鳥 【評価 少】
通下、寶上に鋳だまりがあるのを対の千鳥と見たてて名付けられたと思います。一定の形のものが称揚されていますが、細かい変化は色々あります。銭形の小さいものが多いと思われます。
片千鳥 【評価 4】
通下に鋳だまりがあるもの。形はいろいろあるものの、いくつかのパターンのものが広く知られています。
凹千鳥 【評価 2】
千鳥は凸の変化ですけどこちらは凹の変化。日光銭にはこのような変化も見られます。画像の品は通下と寶上に加え通上と寶下にも凹みがあります。(新寛永通寶図会原品)
 
【その16 幻足寛の寛永銭:正徳期四ツ宝銭】
名称の由来は寛足の付け根が凹み気味で、拓本に写らないため。幻の足の寛永銭とはものすごく心をくすぐるネーミングです。なんでも鑑定団でも「まぼろしの一品」のコーナーがあったように、どうも私ぐらいの昭和世代は「まぼろし」にとても弱いようです。「まぼろし探偵」の世代ではないのですけど・・・。
四ツ宝銭はみすぼらしい薄小銭が多いのですけど、この幻足寛だけは大きく別格です。ある意味、初期の特別なものじゃないかとも考えられるのです。と、いうのも幻足寛には正徳御用銭とも言われる特別な銭(おそらく稟議銭の類)が存在するからです。
宝永期丸屋銭という名前が記録上にあり、どの銭が該当するかは不明なのですけどあるいはこの銭が該当するのかもしれません。
 
幻足寛(半仕上げ銭) 【評価 稀】
幻足寛の特徴は画像ではあまりはっきりしませんが、文字細くかなり立派なお金です。書体的には寛文期亀戸銭や享保期石ノ巻銭の異書に似た雰囲気です。左の品は欠損はあるものの最大径26㎜もある大きな寛永銭です。(最小径25ミリ)鋳バリが大きくて削り切れなかったものと見ています。
 
【その17 不旧手折二様:(俗称)享保御用銭】
これまた謎多き不思議な寛永銭です。不旧手と言えばどちらかと言えば粗雑で銭径の小さなものが中心なのですけど、その中に外径が25㎜を超える大型のものが存在します。それがこの折二様と呼ばれる一群です。御用銭の俗称の由来は不明なのですが、宮内庁御用達と同じで、この場合は将軍家の行事(将軍家の日光東照宮詣出)に際しての記念銭・恩賞銭の類ではないかとも言われています。(ただし、享保期にその行事が行われていたかは不明。)ただ、不旧手の大型銭は製作がやや劣るため、御用銭の名前は不適切であるとして折二様の名前を冠されています。折二様とは二文銭の意味で、その昔、斧で大きな銭を真っ二つにして使用したという逸話から・・・銀銭ならともかく銅銭でそんなものはないと思うのですが・・・当時の都市伝説ですね。
この折二様、大型のものから小型のものまで存在し、製作も母銭仕様で郭内にテーパーがあるものからあきらかに通用銭の作りのもの、銅質も白銅質と黄銅質のものまであります。一般的なものは比較的存在するようですが、外径26mm以上が普通なので見栄えがありますので人気は絶大。コレクターならぜひ1枚は欲しい品だと思います。
折二様大様 外径27.1㎜
【評価 珍】
郭内にテーパーこそないものの、母銭仕立てと思われる大型銭。ただし、内径は普通銭に比べて特に大きいわけではありません。あるいは小様の母銭なのかもしれません。
折二様   外径26.65㎜ 【評価 少】
普通タイプながらやや大ぶりの品。銅色は白銅質から褐色まで様々です。
折二様小様   外径25.2㎜ 【評価 珍】
小様タイプの品。存在は非常に珍しい。普通タイプの品に比べて内径、銭径ともに小さい。存在は超希少で、私はこの品以外1品しか市場で見たことがない。普通銭を磨輪した変造品がたくさんありますので購入には注意が必要です。
 
【その18 白銅と大様黄銅の異書:享保期仙台石ノ巻銭】
異書とはずいぶん大雑把な名付けです。むしろ書体的にはおとなしい方で、大量に存在し、大きさや制作も様々なことから長期にわたって作られたと考えられます。元文期という説もありますが、黄銅質の大様もあるところからもっと時代は遡るべきだと考え、享保期推定は妥当だと考えます。書体の共通特徴は通のしんにょう(辵)の末画が短く、その折り返しのところにカギ爪があること。どちらかと言えば大量に存在する寛永銭なのですけど、銅替わりの品があり少ないものです。
黄銅銭は初期のものと思われ、母銭と見間違えるほど立派で大きいのです。注意していれば拾える品ながら、製作の違いを見るうえでも貴重なサンプルです。白銅銭は原材料の配合ムラから生まれたものとも考えられますが、磁性を帯びるものもあることから黄銅のものとは逆に末期の混乱期に濫造されたものかもしれません。白銅色にはかなり程度差がありますが、純白のものはかなり希少です。
 
異書長通白銅銭 【評価 3】
異書長通の書体で白銅のもの。純白に近いものほど評価は高くなります。永のノ画打ち込みの爪は大きいがノ画そのものは短い。通しんにょう末尾は途切れるように短いのは異書共通の特徴です。
異書低寛白銅銭 【評価 3】
低寛は永のノ画打ち込みが長いのが特徴です。通用は長く郭幅いっぱいになります。
異書大字白銅銭 【評価 2】
やはり長通になります。寛目、通用、寶貝が大きい。永のノ画は短い。白くなるのは鉄分の影響があるようで磁性が強いものが多いと思います。また、銭径の大小もあります。
異書短通斜寶大様銭 【評価 7】
通用が短くなる書体の短通に25㎜に迫る黄銅の製作の良い品が散見されます。画像の品は直径が25㎜であり、背郭の仕上げもすこぶる良く、母銭としてもよさそうな品なのですが、郭の仕上げが今ひとつで判断が難しく、私は大様銭としています。雑銭からも拾える品ですけどできれば25㎜超えの品を狙いたいものです。白銅銭も存在しますが超希少で位付けは1以上です。
異書短通進冠大様銭 【評価 7】
こちらは直径が25.2㎜あります。文字も繊細で母銭サイズとも言えますが表面のやすり目が気に入らないので大様銭としました。人によってはこれを母銭としてしまうかもしれません。進冠とは寛冠が左に飛び出す形態で正しくは進冠寛ですね。
 
【その19 淋手の寛永通寶:元文期和歌山銭】
元文期和歌山銭はその独特の風貌と元文期にしては大きめな銭形が特徴です。書体は狭穿大字と広穿小字に大別されますが、広穿小字の系統で銭形がさらに小さく貧相なものが存在し、その昔は寛内跳と名付けられていました。
ところがこの貧弱者はかなりの希少品で、いつしか「淋手」という愛称が与えられて絶大な人気を誇るようになりました。
淋手 【評価 珍】
もともとは広穿小字の系統ながら薄肉軽量。寛が極端な内跳ねになります。状態の良い品が少なく、画像の品は輪に小欠損はありますが通用銭としてはほぼ最高の状態だと思います。
広穿小字離頭通(参考掲示) 【評価 8】
広穿小字の代表的な書体のものを参考掲示しました。淋手との大きさの差を見てください。
 
【その20 膳所額輪とその仲間:元文期不知銭】
元文期不知銭とされる仲間に膳所銭とされる文字の小さな一群があります。額輪とは輪が銭文面より高く拓本によく出ない様から名付けられたもの。いわゆる輪額縁なのですけど、文字が小さいうえに拓本に出づらいだけあって地味なことこの上ない。ただ、存在数の別格に少なく、通用銭と母銭の存在数があまり変わらないと言いますか、母銭式の製作のものが多いのではないかと個人的には思っています。なお、細字跳足寶は銅質・筆法などが額輪縮寶に近似しています。(青譜や昭和銭譜などは元文期唐金錢とし、十万坪錢に編入されています。)決して入手が難しいものではありませんが元文期不知銭の中ではちょっと少ないもの。掲示の美制大様の品はなかなか入手できない品です。
額輪(母銭) 【評価 少】
旧称は膳所額輪。細字で小字になる寛永銭。加島銭の類と異なり通の辵の折頭は結ばない(玉状にならない)で尖ります。文字はさらに細く小さい。額輪というのは輪が高く銭文面が低い様を表しますが、ほとんど見分けがつかない程度です。母銭と通用銭の数があまり変わらないのでは・・・と思うぐらい通用銭も少ない。
額輪縮寶(母銭) 【評価 珍】
旧称は膳所額輪縮寶。さらに細字になります。寛目が小さくわずかに高足寛です。縮寶の名称の通り小寶で、とくに寶貝が小さいのが目立ちます。額輪とは銅質が異なり別炉だと言われています。こちらも前銭以上に母子ともに少ない珍銭です。
細字跳足寶(大様) 【評価 7】
十万坪錢とされたこともありますが、今は不知銭扱いです。額輪縮寶以上に小字になり、とくに寛目が小さく高足寛ぶりも増します。寶後足がはっきり跳ねますので見分けがつきます。画像の品ぐらいの大様銭はなかなか入手はできないと思います。
 
【その21 Tha寛・座寛・ZAKAN:元禄期四ツ宝銭】
四ツ宝銭は一般的には宝永期(宝永5年:1708年)の鋳造開始とされていましたが、近年の発掘調査で1707年(宝永4年)以前に一定量が流通していたことが確実されています。東大構内における発掘調査ではその出土品は1703年(元禄16年)以前に埋没したものであると推定されています。つまり四ツ宝銭は元禄期から宝永期にかけての鋳造の可能性が高いのです。
そんな四ツ宝銭はほとんど雑銭扱いされていますがよく見るとなかなかキュートな顔のものも存在します。そのひとつが座寛。この書体一度見れば忘れられない書体で、名は体を表すという言葉がぴったりのもの。雑銭中の雑銭ながら、風貌が可憐で特異なのでちょっと気になる品です。この銭は千葉のKさんが大好きと申しておりました。
目寛は葛巻において基金救済の名目で密鋳された鉄銭で、座寛の鋳写し改造母銭が元になっています。鋳写されることで分厚く小さくなっていますが、座寛の特徴がそのまま残っています。もともと座寛という名前そのものが源氏名なのですけど、改造母銭に変身した後は名前も目寛に変わっています。
座寛 【評価 9】
座寛は四ツ宝銭とされていますが、富士山の宝永火口噴火による埋没遺跡唐の出土例はなく、宝永4年以降の鋳造なのかもしれません。名前の通り寛字が座り込んだような窮屈な形。四ツ宝銭に含まれる割合はおおよそ4%弱だと思われます。(全寛永銭中では0.5%弱:方泉處19号山口正豊氏の調査結果)したがって雑銭とはいえ評価以上に少ない品でもあります。
目寛(母銭) 【評価 3】
座寛の鋳写改造母銭。もともとは「めかん」という呼称だったのですけど、「もくかん」と読ませる泉署も多くみられます。本家座寛より分厚く、一回り以上小さくなっています。郭内にはやすり掛けがしっかりあります。状態の良いものはほとんどありませんが、歴史的資料としてはなかなか楽しい品です。
 
【その22 俯永背細郭の寛永通寶:元文期小梅手俯永】
俯永(母銭) 【評価 稀】
俯永には俯柱永と俯頭永がありますが、これは完全な俯頭永です。文字は極細ですし、どちらかと言えばおとなしくて目立ちません。ところがこれがすこぶる少ないのです。
ただ、俯頭永になる細字の寛永通寶は他にもたくさんあります。ポイントは永字が扁平でかつ背郭が極細になること。このポイントを押さえれば掘り出しも夢でないかも・・・。