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古銭用語の基礎知識
 
「はじめに・・・」
ここに記述する内容は、私個人が古銭用語として勝手に理解していた内容を含みます。したがって読み方や意味内容について錯誤があると思います。また、困ったこと書籍によって微妙に発音が違います。日本語のあいまいなところがもたらしたものなのでしょうが、統一性がなくて困る場合があります。その点をご理解の上でご覧下さい。
 
 
書体変化と表記、表現(永字を基本として)
昂水 永字の左右の画が上に位置すること。
コウスイ
昂永 文字が上に位置すること。
あがる
コウエイ
仰永 文字が右に傾くこと。
あおぐ
ギョウエイ
     
進永 文字が左に寄ること。
すすむ
シンエイ
正永(標準)
退永 文字が右に寄ること。
しりぞく
タイエイ
     
俯永 文字が左に傾くこと。
ふす
フエイ
降永 文字が下に位置すること。
くだる
コウエイ
降水 永字の左右の画が下に位置すること。
コウスイ
     
洽水 永字のフ画が反対側のノ画とほぼ同じ高さで接する。
ゴウスイ
千木永 永字の左右の画が柱を中心にX状に配置される。仰フ永になるのが普通。
チギエイ
草点永 永字の点が草書体で跳ねる。またはくびれる。
ソウテンエイ
 
巨字   大字   中字   小字 縮字 文字の大きさ表現例 
       
 
基本部位に関する説明
内径(ないけい)
輪の内側の長さのこと。これに対し直径のことは外径という。計測に際しては表面に近い部分を2方向以上から調べることが望ましい。
外径(がいけい)
銭体の直径のこと。
郭(かく)
中央の穴の周りの盛り上がった部分。幅広いと広郭(こうかく)、狭いと細郭(さいかく)という。

穿(せん)
銭中央の穴のこと。穴が広いことを広穿(こうせん)、狭いことを狭穿(きょうせん)という。

  輪(りん)
銭の外側にあるリング状の部分。輪が立体的に部位を表現するのに対し、平面的に部位を捉えて縁(えん)と表現されることがある。幅が広いと濶縁(かつえん)狭いと細縁(さいえん)という。
   母銭(ぼせん)
通用銭を作成するための型をとるためのもの。種銭(たね銭)ともいう。古寛永の場合は通用銭の出来の良いものを加工して作成したものが多いが、新寛永になると彫母銭→錫母銭→銅母銭のように、同じ規格品を大量生産する工夫がされた。型抜けを良くするための加工をしてあるだけでなく、鋳縮み対策のためにわずかに大きめに作られている。掲示は古寛永御蔵銭正字母銭。 
   
 
天保通寶銭の部位名称

長径(ちょうけい)
縦方向の寸法。

短径(たんけい)
横方向の寸法。

銭文径(せんぶんけい)
天の第一郭上辺から寶貝の底画外側までの長さ。

花押(かおう)
「かきはん」とも言う。金座の責任者、後藤光次のサイン。
 
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対義表現一覧表 
文字の大きさ 
  文字の太さ
 
  文字の力感
 文字の丈
退 文字の位置
 
  文字の長さ
  垂画の長さ
彫の深さ
  文字の幅
  文字位置関係
文字の方向
文字の傾き
輪の幅
穿 穿の幅
郭の幅
  肉の厚さ
  加工方法
  字画のつながり
  反る方向

「不思議の国の古銭用語」

その昔、日本人は文字を持っていませんでした。そこで、中国の文字を借用したのです。そのため、日本漢字には日本言語由来の訓読みと中国由来の音読みが生まれました。例えば中国漢字の『山:サン』・・・という漢字には日本の言語の『やま』という発音が加わり意味が割り当てられました。
ところで古銭用語は同じ文字や発音によるまぎれを避けるため、しばしば音訓を使い分けたり、文字を変えることが見られます。
とくに穴銭においては、書体・銭の特徴=その銭種の固有分類名となる傾向があるため、同じ音や文字の表現を避ける意識が強く働くと考えられます。極端な例が最近収集誌上でY氏が発表した 「広文:ひろぶん」 で、これによって 「広文」 は 「こうぶん」 と 「ひろぶん」 というという2通りの読みが生まれてしまいました。(高文と同じ音になるのを避けている。)
一方で、古銭界では同じ漢字は同じ音に読みをそろえる傾向もあります。
例えば 「細字」 は世間一般的には 「ほそじ」 と発音するのですが、古銭用語ではなぜか 「さいじ」 が標準発音になっています。これは、細縁や細郭に読みをあわせたと考えられます。一方の 「大」 の読みは迷走し、 「大字」 「大様」 は 「たいじ」 「たいよう」 が古銭語としては正解なのですが、「大字」 が 「だいじ」 と呼ばれるようになり 「たいじ」 「たいよう」 「だいじ」 「だいよう」 とも一応認められるようになっています。
「深・浅」はなぜか徹底して訓読みの「ふか・あさ」。こちらは意地になったように「しん・せん」の発音は使わないのが不思議です。(最近、使用例が少しずつ増えてきました。)
さらに、少し洒落て同じ音の別の漢字を使ったり、語調を合わせて読みを変えたり文字を省略したり入れ替えたり・・・中には当時の大家が間違えた誤読がそのまま定着してしまったものもあると思います。
私のHPもそうですが、読み方や命名・表現については提唱者による表現の自由度・変化の余地がこの業界には残っています。
あとは周囲がこれを認めるか否かなのです。古銭用語って本当に難しい。
「同じ発音の紛らわしい文字」
例:昂寛・降寛・広寛・宏寛・高寛(読みはすべてコウカン)
昂(文字位置上がる) 降(文字位置降る) 広(文字幅広い) 宏(文字幅広い) 高(寛足が高い) 
例:長足寶・張足寶・跳足寶(読みはすべてチョウソクホウ)
長(寶足が長い) 張(寶足が弓張り状) 跳(寶足が跳ねている)
※津藩銭の広波と降波は音読みではともに「こうは」なので「ひろなみ」と「くだりなみ」に読み替えられています。狭波は「きょうは」なので違和感がすごくあります。

「読み揃え」
細字(サイジ) 細縁・細郭など他の用語と発音をそろえたと考えられる。ホソジの読みは日本語としては正しくても古銭語としては誤りとされます。

「同音文字置換」
泉号(センゴウ) 銭から置き換え洒落たもの。(静岡いづみ会は泉=銭から洒落て名づけられた。)
泉(セン)を銭(セン)に置き換えたのは中国。複雑な同音文字を簡単にするため置き換えしたとも考えられる。

「同意文字置換」
跋永(バツエイ) 跳永(チョウエイ) → 永字が跳ねる
宏(コウ) 広(コウ) → どちらも広いという意味


「語調変え」

進十當 → 十進當 (ジュットウシン → ジュッシントウ) 
反王寶 → 反玉寶 (ハンオウホウ → ハンギョクホウ)


「連続同音の省略」
垂冠寛 → 垂寛 抱冠寛 → 抱寛

「読みや表現の変更あるいは誤読」

乎形印 → 手形印(テガタイン) 当初は読みが判らなかったのかもしれない。
草点保 → 草天保(ソウテンポウ) 独自性を主張した意図的な変更と思われる。

厭勝銭(エンショウセン) 本来の読みが誤読によって ヨウショウセン や アッショウセンとして伝わっている。
良恕(リョウジョ)がリョウニョの読みで伝わっています。

「連濁」
日本語は他の言葉に続き熟語化すると語調ぞろえで濁音化することがあります。これを連濁と言います。
手(て)     → 〇〇手(〇〇で)  
大字(たいじ) → 〇〇大字(〇〇だいじ)
※濁音化するルールはいまのところ明確ではありません。 

「不統一なもの」
淋手 古銭語事典 → 「さびしで」 新寛永通宝カタログ → 「さみして」 新寛永通寶図会 → 「さみしで」

「難読漢字」
萎(イ) 蜒(エン) 婉(エン) 濶(カツ) 刮(カツ) 替(かわり) 篏(カン) (カ きず) 
跪(キ) 跼(キョク) 勁(ケイ) 刔(ケツ) 昂(あ・がる コウ) 洽(ゴウ) 尓(シ・ジ) 
遒(シュウ) 辵(チャク) 鍮(チュウ) 珎(チン) 跛(ハ) 跋(バツ) 孕(はらみ) 
笵(ハン) 鐚(びた) 覆(フク) 俯(ふ・す) 仿(ボウ) 尨(ボウ) 縵(マン) 幺(ヨウ)
 
新寛永通寶分類譜 古寛永基礎分類譜 赤錆の館
天保通寶の小部屋 文久永寶の細道
 
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あ行 リターン
仰ぐ(あお・ぐ:ギョウ)
文字全体あるいはその一部が右に傾くこと。(右下がりになること。)
仰永と言えば、永字全体か中央の柱が仰ぎます。(仰柱永)仰頭永と言えば永字の頭の部分だけが仰ぎます。
対義語 → 俯す(ふす) 
類義語 → 斜(しゃ):ただし、斜は俯す意味やゆがむ意味にも使われます。
 
青銭(あおせん)
明和期に鋳造された真鍮質の4文銭の俗称。手ずれするとやや青みがかった黄色に発色するためこう呼ばれる。この後に出てくる文政期銭がかなり赤く発色していたことへの対比呼称。
→明和期4文銭
   
赤銭(あかせん)
文政期に鋳造された赤銅質の4文銭の俗称。実は真鍮質銭なのだが、亜鉛の量が少なく鉛成分の含有が多く赤く発色していたためこう呼ばれる。
 →文政期4文銭
   
昂る(あが・る:コウ)
文字全体あるいはその一部が上方に位置すること。古銭界ではこの文字を充てるが一般的ではないので私は「上がる」の字を多用している。全く逆の意味の降「コウ」と音が同じで紛らわしく、昇「のぼる・ショウ」の文字を使用すれば良いのにな・・・と勝手に考えている。
対義語 → 降る(くだる:コウ)
   
浅冠(あさかん)
ウ冠の前垂れが短いこと。浅冠寛や浅冠寶。寛永銭では寶冠の前垂れが短いことを意味することが多い。
対義語 → 深冠 寶永通寶の分類名で有名。古寛永などの分類表現でも使う。 
   
浅字(あさじ)
文字の彫りが浅いこと。古銭語では深字浅字の表現だけがなぜか湯桶読みである。
対義語 → 深字(ふかじ)  
   
浅背(あさはい)
背の彫りが浅いこと。古寛永の高田銭の分類で良く使うことがある。
対義語 → 深背(ふかはい)
→ 高田銭の類
   
あたり
古銭についた強い圧力を伴う傷。あたり傷。古銭そのものへの変形を伴うもの。
 
   
圧延(あつえん)
贋造技術として用いられる。ローラーなどでプレスすると・・・あらら不思議、安物の古銭が立派な大濶縁の珍品に化けたりもする。加工時に熱が加えられることもあるようで、少し焼け気味だったり、ローラーがかかった部分が妙にすべすべしたりする。踏潰銭の延展もこの技術応用なので、その現代版というべきなのか?
琉球通寶の濶縁銭など、かつての収集家も騙された迷品がある。
 
   
厚肉(あつにく・こうにく)
銭の厚みがあること。昔は「こうにく」と読まれていたが、現代は「あつにく」が主流。銭名としては元禄期の亀戸銭にその名を見る。
対義語 → 薄肉
 
   
集・聚・輯・蒐(あつ・める)
人や物をひとつのところにまとめること。収集家は気取って色々な文字を使います。音読みは「しゅう」。集は対象を選ばないが、聚はどちらかと言えば人に使う。輯は資料を集める意味合いが強い。蒐はコレクションに使用する。 
   
後打ち(あとうち)
通常は刻印を銅母銭に直接打つことを指す。これに対し、母銭の鋳造前に刻印部分を入れるのを鋳込み(いこみ)という。元文期十万坪銭の輪十刻印が有名である。
鋳込み刻印はほぼ一定の形状になるになるのに対し、後打ち刻印は刻印の向きや位置形状が一定しないとはいえ後打ちといっても公式銭では母銭段階で入れて仕上げるので、銭本体の変形はあまり生じない。刻印の背側に打ち傷や、流通による擦れが認められる場合は、通用銭段階での打刻による変形を疑う必要があり注意が必要である。

→ 元文期 十万坪銭 の類
 
   
阿仁銭(あにせん)
新寛永の加護山銭のこと。阿仁銅山の銅を使用して鋳造したことから阿仁銭と昔は呼ばれていたが、鋳造地が銅山から離れた加護山地区であったことから改称されて今はあまり使用されなくなった。ちなみに阿仁とは赤土の意味。 
→ 加護山銭の類 
雨乞銭(あまごいせん)
雨乞い信仰のお供え銭と考えられる。銭の面背あるいは背のみに無数の筋を放射状に切り刻むのが普通。

→刻印銭(上棟銭)・その他 の類
 
網至道手(あみしどうて)
安南銭の一類で寛永の銘も多い。元隆手とほぼ同じ製作であるが、背郭の細いものが充てられている。個人的には元隆手と同類と思う。
→ 外国模鋳銭の類
   
安南寛永(あんなんかんえい)
清朝末期に中国南部から安南(ベトナム)において私鋳されたと推定される銭貨のうち、面文が寛永通寶になるものの通称。銅質や制作は様々だが、真鍮質、薄肉、小様のものが多い。清朝末期の中国私鋳寛永という説もある。 
→ 外国模鋳銭の類
   
安南手類銭(あんなんてるいせん) → 手類銭(てるいせん)  
   
鋳写し(いうつし)
一般的には通用銭から型をとって、再び通用銭を作成する行為をいう。写しとる過程で、素材が縮むため文字も縮小する。また、元の形より直径が小さくなり、穿も広くなる傾向がある。覆輪(ふくりん)や延展(えんてん)などの技法によってこれを補うことがある。
(参考)覆輪(ふくりん)による鋳写し
型になる銭の輪の周りに金属を巻き、銭径が小さくならないように修正した上で鋳写したもの。文字は縮むため、濶縁縮字化したバランスの悪い銭貨ができあがる。古寛永では良く見られる技法である。
(図は古寛永高田銭縮通覆輪) 
→ 天保通寶覆輪刔輪マニアック講座  
   
鋳写安法手(いうつしあんぽうで)
安南手類銭の中で最多クラスの銭に安法通寶がある。小型、薄肉の銭で数々の書体があるが、その初期銭と思われるタイプの中に鋳写し系のものがあり、寛永通寶の面文もあるという。かなりの珍銭で私もいまだに見たことがない。
   
異替(いがわり) → 背異替(はいいがわり)  
 
元文期十万坪銭
輪十鋳込
鋳込み(いこみ)
刻印を原母銭を作成する段階で入れてあるもの。規格が統一されるため、ばらつきがほとんどなくなる。
対義語 → 後打ち 
鋳竿(いざお)
砂笵湯道(ゆみち)をつくるために型として使用した棒。鋳竿の廻りに母銭をならべて型取りをした後、鋳竿から母銭に向かって湯道を切った。鋳竿は枝銭の幹部分になる。型からはずす工程で鋳竿を型の上に落とすと、鋳筋のような痕跡が残ることになる。
→ 錯笵銭物語
   
鋳浚い(いざらい)
母銭や母銭に転用する通用銭の谷を加工し、鋳だまりを除去し平滑に修正すること。強い圧力をかけて無理やり平滑にしたような筋状痕跡が残ることが多い。 
   
石持桐極印(いしもちきりごくいん)
天保通寶、称久留米銭に良く見られる変形桐極印。葉脈の頂に丸い玉を持つもの。
→ 天保銭極印図鑑 
   
萎字(いじ)
萎縮した文字の様。天保銭の会津藩銭で有名なものがある。
→ 会津藩銭
   
異書(いしょ)
一般的なものとは変わった書体、筆法のこと。なかには異書とは思えないほど整った書体のものもある。
→ 石ノ巻銭異書
 
鋳筋(いすじ)
鋳造過程で面背に入った直線筋状の痕跡のこと。鋳走りのうち筋状になったものを指す場合もある。条痕と表現することもある。母銭を砂型から抜き取るときに誤まって傷つけてしまうケース(落として型の上を転がる)や型にごみが落ちていたケース、鋳造道具(鋳棹)を落としたときなどが多いと思う。
 
鋳砂(いずな)
銭を作るうえで重要な型作りのための砂。鋳物砂。適度な保湿性と耐火性が必要で、耐火性のためにはケイ酸が多く含まれたガラス質であると同時に、若干の粘土質が含まれる必要がある。鋳造においてはこの砂の大量確保は非常に重要で、例えば秋田藩では良質の砂が確保できず、川砂を精製して使用したもののどうしても鋳肌が粗くなってしまうことに苦労したと言う。関東では房州の山砂(房州砂)がとても良質だったようだ。
※房州砂・・・九十九里浜産の砂と書いてある文献もあるようですが、鋳砂としては南房総の山砂のほうが優秀のようです。本座天保の場合、初期は房州砂を使用していたのですが、末期は王子産の砂も利用しています。
→ 錯笵銭物語
   
異爪寛(いそうかん)
寛字の見の第5画の左側飛び出し部分が上側に屈曲しているタイプのもの。不旧手類にその名を見かける。
→ 不旧手の類
   
萎足寶(いそくほう)
萎縮した寶の足の様。寶後ろ足が萎縮して小さく曲がっている沓谷銭の名称。
 
  日光銭片千鳥
(通下鋳だまり)  
鋳溜まり(いだまり)
鋳走りが筋状のものであるのに対し、鋳だまりは塊状のものをいう。やはり錯笵の一種で大きいものは文字を隠すくらいのものもある。原因は鋳型作成の際に空洞が出来てしまったケースや、母銭の型抜け不良によるものなどが考えられる。また、鋳工の
シークレットマークとして意図的に作られたものもかなりあると思われる。形状によって星と称することもある。一般的に偶発的な鋳溜まりが価値を持つことは少ないが、元文期日光銭の千鳥や寛文期亀戸銭の天狗寛永などの有名銭も存在する。
鋳縮み(いちぢみ)
金属の収縮によって、鋳造前の型より小さくなる現象。一文銭の場合通常、母銭から通用銭を作成すると0.3㎜から0.4㎜程度、天保銭は0.7㎜から0.8㎜小さくなる。この差は通常は内径や銭文径の差として計測、観察される。 
   
鋳潰れ(いつぶれ)
とくに大きな鋳だまりによって、文字全体あるいは一部が見えなくなっているもの。
 鋳走りがある寛永銭

鋳走り
(いばしり)
湯走りともいう。鋳造の際に型の一部が破損することによって、銭面に筋状あるいは帯状の盛り上がりが入ること。錯笵(エラー)の一例で、鋳型にひび、亀裂が入るケースや、型が材料の流入圧力に負けて崩れるケース(湯道付近に生じやすい。)のほかに鋳工によって意図的に付けられたものもあるかもしれない。
  浄法寺鋳放し銭
鋳放し(いばなし)
最後まできっちり仕上げをしない状態。研磨がされていないので、表面がざらついていたり、鋳ばりや湯道の痕が残っていたりする。

鋳ばり(いばり)
鋳型の合わせ目(見切り線)からはみ出て固まった余計な部分。本来はやすりなどで削り取られてしまうもの。鋳放し銭や穿内に見られる。
右の寛永銭は鋳放しで鋳ばりがあるもの。
   
鋳不足(いぶそく)
鋳造時の原料圧力が不足するなどして、本来あるべき部分が欠けてしまった状態。エラー銭なのだがなぜか珍重されることはない。 
   
鋳ホール(いほーる)
鋳造過程でできた凹み。鋳穴としても良いと思うが、鋳ホールの名称は福岡離郭濶縁の専売特許的な存在。すなわち輪や地部分に凹みがあり、鑑定のポイントになっている。 
   
夷縵(いまん)
輪や郭の凹凸がはっきりせずだらけた様を示す。主に背の形状に対して使用する。寛永銭では密鋳銭や末鋳銭などにときおり見られるが鑑賞ポイントにはならず、マイナス評価になってしまう。 
   
鋳物師(いもじ)
鋳物職人のことで元は渡来系の技術屋集団。国内ではいくつかの系統に分派して技術伝承がされていたらしい。彼らの働きなくては鋳銭事業は出来なかった。日本内で地域が違うのに同じような書体や技術で均一な鋳銭ができたのは、この鋳物師達による国境を越えた技術伝承・往来があったからこそ。 
   
入文(いりぶん)
寛文期亀戸銭において背の文の文字の第3、4画が削られ、入の文字状に変化したものを言う。
   
鋳割れ(いわれ)
鋳走りの一形態で、鋳型にヒビが入り、銭の表面にジグザグと不規則な線が走ったもの。砂笵の水分過多による水蒸気圧力や、踏み固め不足などが原因らしい。 
   
陰起(いんき)・陰画(いんかく)
通常より少し凹んだ状態のこと。転じて文字部分が鋳不足などによってはっきりしないことをとくに陰起文とか陰画という。 
   
陰目寛(いんもくかん)
寛字の目画の二引きが
陰起して、拓本上に現れないことからの呼称。不旧手伏見手に見られる。 
→不旧手 の類
   
薄肉(うすにく・はくにく)
銭の厚みがないこと。昔は「はくにく」と読まれていたが、現代は「うすにく」が主流。
対義語 → 厚肉 
   
内跳寛(うちばねかん:ないちょうかん)
寛尾の跳ねが内側にはねるもの。「ないちょうかん」の読みは誤りだと思っていたが、古寛永大分類の手引き・新寛永通寶図会には堂々と「ないちょうかん」「がいちょうかん」としている。そのためこの表現は古銭界でもあいまいなのかもしれない。 
   
うぶ銭(うぶせん・うぶぜに)
だれも収集家が手を付けたことのない、昔の状態で発見された古銭。藁ざしであったり、ホコリまみれでとにかく汚いが、珍品が紛れている可能性がある。しかし、世の中にはうぶ銭のふりをしてネットに出されているものが非常に多い。うぶな顔をしているようでのめり込むと痛い目に遭う。これは女性といっしょであるが、馬鹿な男は懲りることを知らない。 
   
漆盛(うるしもり)
もともとは陶磁器の修復技術、金継(きんつぎ)の応用で、贋作に用いられる技法。新たに作りたい部分に漆を盛り上げて、ないものを作り上げる。針穴や欠損の修復ができる。古色がつくとほとんど肉眼鑑識は難しい。盛り上げた部分は金属より柔らかい。
→ 錯笵銭物語 
   
永楽手(えいらくて)
古寛永の初期不知銭の有名品。明の永楽通寶を利用し、寛永の文字を入れた私鋳銭といわれています。
→ 永楽手
   
永利手(えいりて)
安南銭の一類で永利通寶を代表銭とする。砂蝋質銭であり、寛永通寶の銘文もあり人気がある。書体は独特で永字は二水永。面側の谷に外輪に向かって1本の筋が走る特徴があり、シークレットマークかもしれない。 
→ 外国模鋳銭 の類
   
江刺銭(えさしせん)
川村庄太郎氏の研究により、確立した銭種で新寛永泉志に登場している密鋳銭。実際には江刺地方での鋳銭事実は見られず、もう少し北方の密鋳銭かと思われる。
一般的に鋳肌がざらつき、輪側面は
横やすりあるいは斜めやすり。穿内鋳放しが多い。
→ 江刺銭
→ 細分類研究譜 
   
絵銭(えせん)
銭の形をした信仰のためのメダルや玩具。比較的新しいものもあるが、寛永通寶が一般に流通していた明治期までのものを正品とし、それ以外は贋造かファンタジーとして扱われるべきではないか。非常に区分があいまいな存在でもある。
→ 絵銭 の類
   
枝銭(えだせん)
鋳造のための湯道に銭がついたままの状態のこと。究極の鋳放し銭で、木の枝に似ていることからこう呼ばれる。湯道のことを枝(えだ)という。
 
→ 錯笵銭物語
   
(えん)
文字通り銭の周囲の肉厚の縁部分のこと。輪とほぼ意味は同じだが、輪の場合は立体的に銭を捉えるので輪側という言葉があるが、縁は平面的にだけ銭を捉えている。 
   
延寛(えんかん)
正しくは延冠寛だが同じ音が続くのを嫌い、省略表現したもの。寛冠が長く伸びたもの。
 
   
厭勝銭(〇えんしょうせん ☓ようしょうせん・あっしょうせん)
厭勝とは災いに打ち克つと言う意味。まじないのお守り絵銭という意味になる。この読みを〝ようしょうせん〟とする文献も多いが、それは元禄9年(1696年)に雁金屋庄兵衛(寶銭鑑一)よって出版された古今和漢古銭之図文手鑑(寶銭図鑑)において、〝ようしょうせん〟とルビがふられていたからに他ならない。また、〝あっしょうせん〟という読み方を目にすることもあるがそれは圧の古字体〝壓〟と混同されたもので、圧勝に通ずることから訂正されずに使われたようだ。富本銭が再発見されるまでこの語はほとんど古泉界から出ることがなかったので、ようしょうせんの呼び名の方が強かった時期がある。(最近は修正が進みえんしょうせんが優勢)さすがに古銭語事典は間違っていなかった。

その後の調査で原音は「YenshengもしくはYansheng」なので聞き方によっては「ようしょう」もけっして間違っていない音だった。ただし、厭の字を「よう」と読ませる事例は皆無に近く、そのため誤読説に傾いたものと考えられる。詳細は平成25年9月27日の制作日記に記している。
 
   
円辵(えんちゃく)
通のしんにょうの頭の角が丸い意味。元文期和歌山銭にこの名前を見る。  
 
延展(えんてん)
銭を叩き伸ばして鋳縮みの縮小を補ったもの。薄肉になること、文字や輪に歪みが出ることが特徴であり欠点でもある。密鋳四文銭によく見られる技法で、この状態のものをさらに鋳写すこともある。延展による銭は古くは「
うちひらめ」といって嫌われたかもしれなしい。
※うちひらめは無紋銅銭という説が有力です。
 
   
蜒頭永(えんとうえい)・蜒辵(えんちゃく)
蜒とは『うねうね』する様で、蛇蜒(じゃえん)と言う熟語で使うそうな・・・こんな言葉古銭趣味をやってなければ一生縁がなかったと思います。 
   
婉文(えんぶん)
やわらかでしなやか、くねった書体の意味。本来はつややかさとか雅(みやび)で美しいの意味がある。古寛永岡山銭にその名を見る。
→ 岡山婉文銭の類
   
延尾永(えんびえい)
永末尾が流れるように長いこと。新寛永の元文期不知銭に有名品がある。
→ 元文期不知銭
   
横郭(おうかく)
郭の形状が横長になること。薩摩藩銭の銭名にもなっている。また、秋田藩銭には広横郭というものもある。
→ 薩摩前期銭
   
凹寛(おうかん)
寛のサ各部分が凹む(陰起)するもの。古寛永の長門銭の奇永にある有名品。
 
   
凹千鳥(おうちどり)
穿をはさんで対角位置が凹んでいるもの。元文期日光銭の有名品で、これは文字の間4か所に凹みがある。凹み千鳥(へこみちどり)とか凹みの数で四凹千鳥(しおうちどり)と呼ばれることもある。
→ 元文期日光銭
   
大型銭(おおがたせん)
一般的には大きな古銭の意味だが、分類名上は銭径はもちろん、文字、内径まで通常のタイプ大きい銭に対して使用する。非常に希少なもの。
  
   
荻原銭(おぎわらせん)
元禄年間に京都と江戸で鋳造された寛永通寶で、それまでの文銭(約一匁)の重量を下回る八分の重量の銭であったため八分銭とも言われる。これは元禄の金銀改鋳で銭相場が高騰してしまったこと、貨幣経済の浸透でで銭が不足していた状況と、改鋳利益の確保を狙った一石三鳥の経済政策で、勘定奉行の荻原重秀の建議に基づくもの。その結果、幕府財政は潤い、貨幣経済も発展したが庶民は物価の高騰に悩まされることになる。荻原銭の名称はときの為政者に対する皮肉を込めた蔑称でもある。
→ 元禄期荻原銭
   
押し湯(おしゆ)
鋳造の過程で、銭型に溶解した金属がすみずみまで行き渡るように上から原料の重みを使って圧力をかけること。枝銭の根っこ部分が大きくラッパ状になっているのはそのためでもある。贋造銭などはこの力が弱く、文字がぼんやりとする。
→ 錯笵銭物語
   
小田部作(おだべさく:小田部市郎)
空想貨幣作者では伝説の人物。大正期に東京都本郷区向ヶ丘弥生町に住んだ静雅堂と名乗る鋳物師で、元々は茨城県真壁郡田村の助役だった。贋作師で名が通っているが創作貨幣をつくってだまし売っていた詐欺師的職人。自ら伝承の文献や古銭番付のようなものを贋作して詐欺的に価値を吹聴し作銭を販売した。代表作の台場通寶は歴史を良く調べて創作しており、当時の新聞などにも紹介されるほどの作品だった。主な販売地は夜店の露店で大型の絵銭はかなりの種類が存在する。制作は真鍮質で青みがかったものが多い。絵銭には鉄写もあり、陰陽銭や三猿庚申は注意が必要。初期の作品は数が少なく、小田部作からの写しや小田部風作品もかなり存在する。
→ 贋作者列伝
   
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か行 リターン  
   
開元手(かいげんて)
安南手類銭の一類で、鋳写しを基本とするため寛永の銘も見られる。澄んだ赤い銅色の薄銭。
②古寛永の初期不知銭に開元通寶を元に文字を嵌め込んだ大珍品があり、開元手と呼ばれます。
→ 古寛永初期不知銭
→ 外国模鋳銭 の類
   
改造母銭(かいぞうぼせん)
密鋳銭鋳造のため通用銭を改造して作った母銭のこと。磨輪(まりん)して銭径を小さくし、型抜けを良くするために穿内にやすりを入れたり、輪側もやすりで仕上げてある。ただし、後作も多くあるので深入りは禁物。 
→ 母銭について
   
外跳寛(がいちょうかん → そとばねかん)  
   
花押(かおう)
天保通寶の背面下にある不思議なマーク。実は金座の後藤家初代、後藤庄三郎光次のサイン(書き判)です。そのため「かきはん」とも言われる。 
   
乎形印(かがたいん) → (てがたいん)  
   
加賀千代作(かがちよさく)
大正から昭和にかけての贋作名人で東京都浅草清島町に住み、古金銀と天保銭を中心に贋作を行った加賀千代太郎の作品のこと。福西常次と最凶のタッグを組んでいたらしい。貴金属商でもあり、古銭収集家、販売者でもあった。
→贋作者列伝
   
(かく)
中央の穴の周りの盛り上がった部分。幅広いと広郭(こうかく)、狭いと細郭(さいかく)という。
 
   
拡穿(かくせん)
やすりがけ工程でやすりを面外側に傾斜してかけることにより面側の穿が広がったような状態になるもの・・・穿を無理やり広げたような風貌からの名称。実はこれは私の造語で古銭用語でもなんでもないのだが、気に入っている。 
   
郭抜け寛永手(かくぬけかんえいて)
郭抜けとは鋳写しを繰り返していると穿が広がって郭が痕跡程度しか残らなくなる現象から。郭抜け寛永手は安南銭の一類で、砂蝋質銭。本体は古寛永の井之宮縮通を基本とて模鋳あるいは鋳写されたもので通頭から縁に向かって必ず鋳走りがある。けっこう立派なサイズのものもあり、郭抜けとはいい難い気もする。
→ 外国模鋳銭 の類 
 
隔輪(かくりん)
輪と文字の間が空いていること。そのような銭はたいがい接郭(せっかく)・寄郭(きかく)になる。また、刔輪(けつりん)された銭に多くみられる。
類義語 → 離輪  
  難波銭額輪 
額輪(がくりん)
銭文より輪の高さが高く、額縁をはめたような状態の銭貨のこと。額輪は郭も高くなる傾向にある。タイプには以下の2つがある。
覆輪(ふくりん)と嵌郭(かんかく)による製法によるもの。→ 天保通寶 高知藩銭
②材料を節約し見かけの厚さを保つための方策。拓本に文字が現れづらくなる。→ 寛永通宝
火中品(かちゅうひん)
火事にあって変化した古銭。価値はガタ下がりになる。炎と熱で様々な変化が起こる。
→ 焼け銭 焼け伸び
 
  伏見銭背大濶縁
濶縁(かつえん)
輪の幅が通常より広いことをいう。銭書によっては内径や文字の縮小を伴うことを条件にすることもある。また、とくに幅の広いものを大濶縁と称することがある。対義語として
細縁(さいえん)がある。右の品は背が大濶縁になったもので「蛇の目」の愛称で有名なもの。
→ 細縁と濶縁の定義について
   
濶字(かつじ)
文字の幅が広く大きく見えるもの。あるいは文字が太いことを意味する場合もある。
 
   
刮目、刮貝(かつもく、かつばい)
寛目あるいは寶貝の一部が空いていること。通常は第5画が第2画に接しないことをいう。 
→ 破見、破貝  
   
下点盛(かてんもり)
背盛寛永銭のうち、盛の点が右肩ではなく、タスキとほぼ同じ位置に打たれた珍銭。贋作が非常に多いので素人は手を出さない方が無難。 
   
加刀修正(かとうしゅうせい)
鋳造時にできた鋳だまりなどを、鋳ざらいなどの作業過程で削りとること。文字の形状修正。しばしば、文字そのものの重要な部分を削り取ってしまうケースもある。古い時代ほどさかんな技法。
→ 削字(さくじ)  
   
刮去(かっきょ)
文字を取り去ること。背刮去と
無背との違いは、背刮去はもともとあった文字を取り去ったのに対し、無背は最初から文字がない。刮去の場合は痕跡が残ることが多い。 
   
華表(かひょう・とりい)
もともとは中国で宮城やお墓などに建てる標柱の意味が、転じて神社の鳥居の意味に使用されたという。したがって華表と書いてトリイと読ませこともあるのだが少々強引。関連性も薄い。
昭和泉譜や日本貨幣カタログに上棟銭として諏訪神社の春宮華表の拓が掲載されているが、個人的には鳥居と表記すべきだと思っている。
→ 刻印銭の類 
   
瑕永(かえい)
瑕とは傷の意味。文字の一部分に鋳切れがある場合の表現に用いる。永柱に切れがある場合は瑕永というより断柱永と呼ぶのが一般的。 
   
瑕寶(かほう)
瑕とは傷の意味。文字の一部分に鋳切れがある場合の表現に用いるが、瑕寶という場合に限り、寶王横引きのいずれかが欠損する場合に用いられる。
  
   
寛永堂作(かんえいどうさく)
寛政~文政年間の贋作者で、稲垣尚友(源尚友)の作った贋作のこと。稲垣は寛永銭の研究家として有名で、藤原貞幹の跡を引き継いで寛永銭分類の泉譜を編纂した人物でもある。古銭商でもあり、初見の珍品は鉛で写して研究し、高津銭座の鋳銭技術を伝承する職人に作らせたという。贋作品は精緻で白銅質のものが多いというが、古楽堂作との混同が見られるような気がする。なお、古楽堂は寛永堂の子供と言う風説もあるが定かではない。。
→贋作者列伝
   
雁首銭(がんくびせん)
煙管(きせる)の首を叩き潰して銭に似せた偽造貨幣。庶民の(悪)知恵として流布し、
(さし:銭の束)に混ぜて使用したと思われる。  
  加護山銭嵌郭
嵌郭(がんかく・かんかく)
郭の幅を広げるため、母銭の内側に金属をはめて鋳造したもの。仕上げの際に郭や穿が歪むことを防ぐための補強策。密鋳銭の加護山銭でさかんに使用された技法。泉書により かんかく・がんかく の二通りの読みがある。(古泉語事典は がんかく 図会はかんかく) 
がんと濁るのは連濁によるものだと思えるようになりました。したがって かんかく に私は軍配を上げます。
   
贋作(がんさく)贋造(がんぞう)
広義ではニセ金のこと。流通による貨幣としての利益を求めたもの、コレクターを騙す意図で模造・変造したもの、記念・信仰・鑑賞を目的に作ったもの、参考銭なども含まれる。流通を目的とした当時の贋造銭は収集対象になるが、コレクターをだますことを目的にした贋造銭は本来排除すべき存在である。ただし、絵銭のようなものや、真贋のはっきりしないものもあるため定義があいまいになりやすい。また、贋造品でもあまりにも有名になってしまうと収集対象になってしまうこともある。
現代では「贋作」は古貨幣収集家を騙すためにつくられた悪意ある銭を主に言う。実際にはない品をあたかも存在したかのように情報操作・流布してつくったものは「空想銭・ファンタジー銭」として分類される。悪意あるものもあるが、江戸時代、奢侈として古金銀収集が咎められた時代があり、往時をしのんでレプリカとしてつくられたもの(中には本物がまぎれているらしい)もあるらしく、贋作・絵銭の線引きが難しいものもある。
→ 錯笵銭物語 
含二水永(がんにすいえい)
永頭がわずかに右側に突き出す形。完全に突き出すと
二水永になるが、含の字はあと一歩の状態のことを意味している。主に元文期以降に見られるデザイン的な書体。
含白銅質(がんはくどうしつ)
白っぽさが含まれている銅色のこと。白銅銭よりはかなり質が落ちると思ってよい。
→ 白銅銭について
   
寛文様(かんぶんよう)
密鋳銭(みっちゅうせん)の有名銭。寛文期亀戸銭に似た書体からの源氏名(げんじな)。私はうっかり「かんもんよう」と覚えてしまい直らなくて困っている。
→ 寛文様の類
   
寄郭(きかく)
文字が郭側に偏って配置されている。刔輪されてこうなっているケースが多い。私はこれを『よかく』と覚えてしまったがために、今でも苦労している。
同義語 → 接郭(せっかく)  
   
跪寛(きかん)
跪とは『ひざまづく』の意味、寛前足が短く前のめりに見える様。古寛永の岡山銭にその名を見る。
→ 古寛永岡山銭
   
雉狩銀銭(きじかりぎんせん)
仙台公が雉狩を開催して、成績の良いものに対し恩賞用の銀鋳寛永通寶を下賜したと云う。その寛永銭を雉狩銀銭と呼ぶ。一般には大永、跛寶などの古寛永仙台銭の書体のものが多いが、現地の研究家によると新寛永の写しもけっこうあるようだ。銀鋳寛永は贋作が容易なので注意が必要だが、当時の鋳造法は今ほど精錬技術が発達していないため、銀の成分が異なる。(弱い磁性がある。)
→ 古寛永仙台銭
   
奇天(きてん)
天保通寶の不知銭の最有名品。異足寶系の大型の覆輪刔輪銭で天字の第3画が異常に長い。7~8枚存在するものの多くが博物館などの所有であり、民間所有は平成17年の銀座コインオークションに出品された方泉處旧蔵の一品だけだと思われる。当時、660万円で落札され、穴銭として最高の評価を受けている。
→ 不知長郭手
   
奇天手(きてんて)
奇天と同じ炉の不知銭。やはり天字の前足が長く伸びるが奇天にはわずかに及ばない。不知天保通寶b
→ 不知長郭手
   
亀寶至道手(きほうしどうて)
安南手類銭のひとつで至道元寶の寶の字が亀のような形をしたものがある。肉は薄く、背の彫りは深く小郭になる特徴がある。安南寛永の中でその昔、書体が奇異で島銭の寛永とされた一類があった。現在は亀寶至道手とされ、珍重されている。
→ 特別展示室1
   
狭永・狭通・狭足寛(きょうえい・きょうつう・きょうそくかん)
文字の幅が狭いもの。
 
   
強刔輪(きょうけつりん)
通用銭を利用し覆輪母銭を作る過程で、刔輪の度合いを強くしたもの。文字は輪から極端に離れる。再刔輪の場合は通用銭鋳造までの過程で2度刔輪をすることになるので銭文縮小は2度写しサイズになるが、強刔輪は一度写し。しかしながら、実際には両者は混同されて使用されている。 
   
狭穿(きょうせん)
銭の穴(穿)が狭い(穴が小さい)こと。対義語は広穿
 
   
仰〇(ぎょう〇)
→ あおぐをご参照ください。
 
   
跼永(きょくえい)
「跼る」と書いて「せくぐまる」=「背屈まる」の意味。背を丸めるような格好で、この場合永の柱が湾曲して小さく丸くなること。古寛永御蔵銭中にその分類名を見る。
類義語 → 湾柱永
   
玉点寶(ぎょくてんほう)
明和期甲斐飯田銭類は寶字の冠点が大きく宝珠の形に似ているためこのように呼ばれる。
→ 甲斐飯田銭玉点寶
   
魚尾寶(ぎょびほう)
寶足が貝の中央から魚の尾のように対象的広がるもの。古寛永の吉田銭の広永が典型だが、同じ古寛永の初期不知銭に有名なものがあり、古寛永銭では名称をほぼ独占している。
→ 古寛永初期不知銭
   
切り継ぎ(きりつぎ)
天保銭などの銭体を切って短くしてつないだもの。現実的にはあり得ない姿でコレクターを狙った絵銭、戯作、贋作銭。 
   
く画(古銭用語ではありません!)
永字の右側の打ち込みと払い(第4、5画)のことで、私がこのホームページ上だけで表現している勝手な称号です。専門用語でも何でもありません。一般に使用すると恥をかきますのでご注意を!
 正確にはノ画と末画と言うべき。 
   
潜イ(くぐりい) → (せんい)   
降る(くだ・る:コウ)
文字が下に位置すること。お恥ずかしい話、私はフルだと思っていました。
 
降波(くだりなみ:こうは)
新寛永通宝カタログのルビを見たときは誤植だと思った。しかし、図会のルビを見てわが目を疑った。読みをそろえるのが特徴の古泉語界にあって最大の謎。おそらく広波との区別のためだと思うが、これは良くないと思う。「くだりなみのこうは」の通称で良いのではなかろうか?残された狭波(きょうは)の読みはどうしてくれるのだ。
※あるいは読みを
「ごうは」と濁る手もある。天啓通寶と天慶通寶を区別するため後者を「てんきょう」と読む習わしがあることですし。まして降は「ごう」と正式に読める文字ですしね。
→ 伊勢津藩銭
   
沓谷(くつのや △くつがや)
「くつがや」とする銭譜も多いが誤読。くつのやが正しいが、世の中くつがやで定着してしまっている感がある。古寛永のある種をさすが、過去の銭譜では沓谷と鳥越の名づけが全く逆で、いわゆる称沓谷銭は浅草鳥越で鋳造されている。本来の通頭が薄くなる称鳥越銭がが本当の沓谷銭であるのが現代の定説であるが、全く困ったものである。 
→ 古寛永明暦浅草銭
   
グリコ天保(ぐりこてんぽう)
グリコがおまけに古銭をつけたことがあったが、あまりの人気に現物が不足。やむなく景品として作成した現代絵銭。その存在に目をつけた良からぬ輩がグリコ天保と名づけて近代作を大量販売したので、今あるのはほとんどがグリコ天保の贋作。本物は青譜にこっそり掲載されていると言う噂が・・・。
→ 錯笵銭物語 
   
勁文(けいぶん)・勁永(けいえい)など
銭の文字の力強い様を表す。
遒勁(しゅうけい)はほぼ同義である。 とくに払いのある文字については勁字を個別使用する。勁永、背勁文など。 
   
下作(げさく)
作りが悪い、へたくその意味。とくに古銭用語というわけではないが、次の戯作と発音が同じなので記載した。  
   
化粧砂(けしょうずな)
鋳造の際に、母銭の上に最初に振りかけるきめの細かい上質の鋳砂。南房総の館山で採れる山砂の「白土」が最上質の化粧砂とされました。  
   
戯作(げさく)
戯れに作ったもの。ただし、銭座の職人が職務中に遊ぶとは考えづらく、多くは贋作だと思う。
→ 錯笵銭物語  
   
化蝶(けちょう)
古銭のこと。古銭が蝶々のように人から人に渡ることから。私はかちょうかと思っていた。ネット上ではげちょうの読みも見る。 
欠叉文(けっさぶん)
文銭の背文の形状で、第4画の上部が欠落しているもの。
欠叉残点文(けっさざんてんぶん)
文銭の背文の形状で、第4画の打ち込みの部分に切れ目があり、欠叉文のようになっているものの点が残っているもの。
欠波(けつは)
読み方は「けっぱ」でも良いと思う。文字通り背波が欠けていることだが、輪際が欠けた場合は
削波(さくは)とされ区別されている。右の波銭は最上部の波中央部が切れている。
決文(けつもん)
銭の文字や郭の角などからツノ状に飛び出した部分があること。偶然の産物ではなく、複数の存在確認がされている物がこの名称を名乗る条件となる。郭の四隅に決文がある場合をとくに四決という。決文の「決」は決壊を意味し、砂笵からあふれ出たことを意味しています。 
   
刔尾永(けつびえい)
永尾が加刀で削られて短くなっている。削尾永も同義。結果として短尾永になる。
 
   
欠目寛(けつもくかん)
寛目の二引きや第五画が短く削られ、底が開いている様から名づけられた。元文期平野新田銭中字の手替わり。寛冠の跳ねの上部も切れている。
   
刔輪(けつりん)
輪の内側を削ることにより輪の歪みを修正する技法。
濶縁細縁に修正することもあり若干は素材の節約にもなると思われるが、それが主目的ではない。文字が不自然に郭側に寄ることがあり、寄郭(きかく)あるいは接郭(せっかく)といわれる変化になる。
天保銭の場合は
湯圧によって鋳走りが生じることを防ぐために削られた経緯もあるようだ。
→ 天保通寶覆輪刔輪マニアック講座
 
   
見寛(けんかん → みかん)  
   
源氏名(げんじな)
愛称のこと。
蛇の目奴銭(やっこせん)などが代表格。虎の尾寛御用銭島屋文など源氏名が分類名に定着してしまった例も多い。もともとは花柳界の言葉。   
幻足寛(げんそくかん)
寛字の足の付け根が陰起している四ツ宝銭の中の超有名銭の源氏名。幻の文字は本来あるべきところのものが陰起している場合に気取って使用される。 
幻頭通(げんとうつう)
幻の文字は本来あるべきところのものが陰起している場合に使用される。古寛永の長門銭の幻頭通が有名。
 
   
原母銭(げんぼせん)
母銭を(あるいは錫母銭)作るための母銭。銭径が雄大かつ精巧な作のものが多い。
  
   
昂〇(こう〇)
文字全体あるいは文字の一部があがること。(対義語:・くだる)
→ 昂る(あがる)の項をご参照ください。 
   
降〇(こう〇)
文字全体あるいは文字の一部がさがること。(対義語:・あがる)
→ 降る(くだる)の項をご参照ください。  
   
広郭(こうかく)
銭の穴のまわりの郭の幅そのもが広いもの。
対義語 → 細郭
 
   
厚肉(こうにく → あつにく)  
   
元隆手(げんりゅうて)
安南銭の一類で最大グループ。真鍮質の薄小銭で、背に文字を置くものも多い。安南寛永といえばこの手がほとんどの感がある。 
→ 外国模鋳銭 の類 
   
高寛(こうかん)=高足寛
正しくは高足寛。寛字の足が長く、寛目の位置が高いこと。
対義語 → 低寛   
   
昂水(こうすい) 
永字の第3画、第4、5画接点の位置が上がるもの。降水と発音が全く同じながら意味は正反対である。同じ音を嫌う古銭界においてこれが放置されているのは謎である。
降水(こうすい)
永字の第3画、第4、5画接点の位置が下がるもの。上の昂水と発音が全く同じながら意味は正反対である。
洽水(ごうすい)
永字のフ画が反対側のノ画とほぼ同じ高さで接すること。これで仰フ永になれば
千木永になる。洽の字はうるおす、あまねくとも読み、水が集まる様・・・河川などが集まる意味がある。さんずいがにすいになった冾(きょう)の字を使った例も見たような気がするが、意味発音的にも洽が正しい。なお、さんずいとにすいの違いは水(液体)と氷(固体)の関係と思っていただきたい。
   
広穿(こうせん)
銭の中央の穴が標準より広いこと。
対義語 → 狭穿
 
   
浩泉丸(こうせんまる)
このHPの作者の泉号。名付け親は元方泉處の石川諄氏。改号を勧めてくれたこともあるが、定着してしまったのでそのままにしている。知ったかぶりは得意だが実力はさほどでもない。  
   
宏足(こうそく)
宏足寛とか宏足寶というように言う。宏は広と同じでふんばりが広い意味。同じ漢字を使用したがらない古銭界特有の表現。それとも広足寛だと文字が太いと勘違いされるからか? 
   
高頭通(こうとうつう)
通頭の縦画が長く、大きい(背が高い)こと。古寛永坂本銭や仙台銭、新寛永難波銭などのその名を見る。
対義語 → 低頭通  
   
高津(こうづ ☓たかつ)
新寛永でもっとも間違いやすい名称。神奈川県の地名やプロ野球選手で『たかつ』と発音することから間違えやすい。私もずっと間違えていて、気づいたときは衝撃だった。 
→ 高津銭 の類  
   
広波(こうは → ひろなみ)  
   
降波(こうは → くだりなみ)  
   
古寛永(こかんえい)
万治2年(1659年)以前に鋳造された古いタイプの寛永通寶の総称。
ス貝寶(すばいほう)を基本とし、文字太く素朴な制作。通用銭を母銭に加工することが多く、細かな書体変化が非常に多いのが特徴。錫母銭がつくられて規格がほぼ統一された新寛永(寛文8年:1668年以降)とは風貌も異なる。  
→ 古寛永基礎分類譜
   
刻印(こくいん)
銭面や輪に打たれた文字や図柄で公式なものではないもの。公式なものには極印の表現をを用いる
→ 刻印銭 
   
極印(ごくいん)
銭面や輪に打たれた文字や図柄で、公式なものには刻印ではなく極印の表現を用いる。天保銭は桐極印であり、上棟銭は刻印銭。琉球の乎形や下田の刻印は・・・どっちでも良いのかな?
 
茣蓙すれ(ござすれ)
言葉の由来は、母銭を型から取り出したあとに投げ出す行為を繰り返すうちに、輪の周囲がござに当たってやや薄く丸く磨耗した状態になったことを意味する。実際は、型抜けを考えた加工(鋳ばり防止)ではないかと思っている。鉄銭の母銭によく見られる。
 
茣蓙目(ござめ)
天保銭の地肌などに現れた鋳造後に現れた皺。砂の型をつくるときに乾燥を防止したり、砂づめをした笵を重ねるときに茣蓙を敷いた痕跡が銭に残ったと言われるが定かではない。私は砂笵表面をならす際に残った表面皺の可能性が高いと考えている。(以前は鋳皺と考えていたが、鋳皺なら面背に残るはずである。)薩摩広郭に良く見られ稀に琉球通寶にもあるそうだ。 
→ 薩摩藩後期銭
   
古泉家(こせんか)
古銭家の言い換え、収集者のことを気取ってこう言う。現代では使用されなくなった小汚い金属片(コゼニ)を、さもありがたそうに興味ない家族に解説し、愛で、せっせと換金する狂気の道楽者。(妻の解釈)
何でもかんでも量を集めたがる強欲型、分類、絵合わせをひたすら楽しむ引きこもり型、謎解き研究家と称しながら世間では必要とされない知識を身に着けて自慢する変人型、蓄財と称しながら散財にひた走る破滅型など生態は様々だが、いずれも社会への貢献度は低く家庭内の風当たりは強い。
  
   
五大点(ごだいてん)
古寛永仙台銭の有名銭。寛点、永点、通点、寶冠点、寶尓後点の5つが肥大している。
→ 仙台正字手の類
   
コ頭通(ことうつう)
通の頭がコの字型のもの。ほとんどの寛永通寶銅一文銭はこの形状だが、不旧手や仙台銭の一部にマ頭通がある。(天保銭はすべてマ頭通。)なお、削字変化によって生まれたニ頭通や島屋文のようにユ頭通と称するものも存在するが、ベースはやはりコ頭通。
   
米字極印銭(こめじごくいんせん → べいじごくいんせん)  
  日光御用銭 
御用銭(ごようせん)
通常銭より大型の母銭式の寛永通寶。難波御用銭、日光(正徳)御用銭が有名で、そのほかにも(俗称)仙台御用銭がある。また、
不旧手折二様を享保御用銭と称したり、和歌山短貝寶、長貝寶を和歌山御用銭と称する場合もある。名称の由来は不明だがいずれも大珍品で、おそらく稟議銭(見本銭)の類であると思われる。
古楽堂作(こらくどうさく)
天保年間に大阪淀屋橋南詰に住んでいた古銭商。寛永通寶その他の贋造に手を染めていた。名を源八と言い、屋号は毛満屋もしくは毛馬屋、毛間屋とも伝えられる。黄色味がかった銅質で面背にぶつぶつ鋳だまりがあるのが作風で寛永堂と並ぶ江戸期の贋作名人。『銭幣館 第4巻』掲載の水原氏の文中に『降って寛永堂稲垣尚友、およびその子古楽堂など・・・』なる一文があり、寛永堂と古楽堂のつながりを示す文章がいくつか見られるが確証はない。古楽堂も高津銭に範をとった作品が多く、高津の職人との接点もありそうなので寛永堂とも何らかの接点があった可能性が高い。
→贋作者列伝
   
さ行 リターン   
   
細郭(さいかく)
銭の穴のまわりの郭の幅が狭いもの。
対義語 → 広郭 
 
   
細字(さいじ)
文字通り細い文字のこと。一般的には「ほそじ」の発音だが、古銭界ではなぜか「さいじ」が公式読みである。   
   
細縁(さいえん)
一般的には濶縁の対義語で、輪が細い状態のもの。
ただし、最近の風潮として文字、内径が通常銭より大型であることを条件にする場合がある。そうでない場合は細縁ではなく、
磨輪刔輪などとして区別するというが、かえって判りづらいと思う。分類名の細縁銭と状態を表す細縁は違うと考えるべき?

輪の周囲が削る技工は磨輪(まりん)といい、輪の内側が削られた技工は刔輪(けつりん)という。 
→ 細縁と濶縁の定義について 
   
細縁銭(さいえんせん)
ひとことで言えば細縁大字銭。最近になって脚光を浴びているもので、通常銭とは外径はほぼ変わらないが文字や内径がわずかに大きいもの。その差は0.5㎜から0.3㎜程度。外周を一般通用銭とそろえて磨輪しているため輪が細くなる。磨輪のないものは大型銭。母銭のなりそこない説、初鋳銭説などもあるが、存在は少ない。島屋文細縁がとくに有名である。古寛永でも竹田銭などに類似例が見られる。   
   
再刔輪銭(さいけつりんせん)
覆輪刔輪母銭をもとにできた母銭(もしくは出来の良い刔輪通用銭)に再び覆輪刔輪してつくった母銭からできた通用銭。極端に縮字、文字隔輪になる。実際には再写しではなく、初期段階の刔輪の強い強刔輪銭と混同されているケースも多いと思う。 
逆ト(さかと)
通常カタカナのトの字の点は右下がりだが、慶応期水戸藩銭で作られた四文鉄銭の中に右上がりのものがありそれをこう称する。
鏨頭通削頭通(さくとうつう)
鋳だまりなどで通頭が塞がって塞頭通になったものをタガネで削って広げた修正したもの。その結果、大きく欠けてしまうと幻頭通とか欠頭通異頭通になることも・・・。なお、鏨(タガネ)の文字は音読みでは「サク」とは読めない。しかし、大分類の手引きには堂々と掲載されている。 
   
削字(さくじ)
母銭の加刀修正の際に、文字の一部分が削られてしまうもの。古寛永にとくに多い。 
 
   
削頭千(さくとうせん)
慶応期仙台石巻銭で背千の筆始めに爪(ひっかけ)があるものを爪千というが、それが削られてなくなっているものをこう称する。
→ 慶応期仙台藩銭
削波(さくは)
4文銭の背波の輪際が削られているのか、充分に鋳出されていないもの。原因についてはまだよく判らないが
湯まわり不良の可能性もある。 
錯笵(さくはん)
鋳造時のエラーのこと。型ずれによるものが中心で削字の失敗については錯笵とはいわない。また、鋳不足鋳だまり鋳割れ面背逆製なども錯笵の範疇になる。目立つので贋作品も多い。なお、完全なものには魔が宿るとして、ふいご祭りの際などにわざと錯笵銭をつくって関係者に配布したものもあると思われる。(天保仙人様談) 
→ 錯笵銭物語 
   
窄目・窄貝(さくもく・さくばい)
寛見画または寶貝画の縦画が歪み、途中が狭まっているような書風。
 
   
削輪(さくりん)
広義には刔輪と同じ意味だと思うが、とくに4文銭の背波を残して輪側を削ることを指す場合が多い。   
   
笹手(ささで)
寛永銭の場合、永柱、永字ノ画(打ち込み)および払いが鋭く、笹の葉を思わせる形状を形容したもの。末端になるほど細くなる。古寛永の高田銭笹手永が有名。
→ 高田銭の類 
   
(さし:差・挿・刺) → 銭緡(ぜにさし)  
   
雑銭の会(ざっせんのかい) =旧称 練馬雑銭の会(ねりまざっせんのかい)
ネット上で集まり結成された古銭会。会長は工藤英司氏。この手のものとしては草分けで、私も自分のHP立ち上げの頃から参加している。しかしながら、一般にアドレス公開をしていたためサイバー攻撃が激しくなり、HPそのものまで破壊されてしまうことが何度も生じている。
そのため、浄法寺密鋳銭についての研究詳細が書かれていたネット銭譜や、それまで一般から寄せられていた貴重な情報が一気に失われた。以降、何度かの変遷を経て、現在は登録会員専門の閉じられたサイトとして存在している。年に数回古銭会を東京都内で開催している。会員には
天保仙人や南部藩銭のスペシャリストO氏など多彩な顔ぶれが・・・。収集ジャンルは特に問わないが、寛永・天保銭など国内穴銭の話で今は盛り上がっている。贋作情報も豊富。
会長の体調不良を機に2015.9をもって休会となりました。残念。
会の方法(必ずしも入会が出来るとは限りませんが・・・)
FAX:04-2900-3325 までお願いします(氏名、メールアドレスを明記してください。)
郵便による連絡・問い合わせ
〒350-1334 埼玉県狭山市狭山19-19 (株)ハル・トータルマネジメント・ジャパン内 練馬雑銭の会 まで
  
砂笵(さはん) → 砂型(すながた)  
   
淋手(さびしで・さみして・さみしで)
元文期和歌山銭にある人気希少銘柄。発表当初は寛内跳(かんうちばね)という名称のあった書体で、広穿小字の系統的な扱いだったのだが、淋手という源氏名を得るとその希少性もあって人気沸騰。一躍有名品としての地位を得た。現物は銭径が小さく美銭に乏しい貧弱なもの。書体も弱く枯れていて、それらを逆手に取った命名。
古銭界にもわびさびの精神があった。
なお読みは泉書によって異なり、古銭語事典では「さびしで」、新寛永通宝カタログでは「さみして」新寛永通寶図会では「さみしで」である。ちなみに私は「さみしで」で覚えていた。
→ 淋手
   
砂鑞質・砂蝋質(さろうしつ)
亜鉛・錫合金の灰色の銅質。亜鉛を砂利と呼んでいたのと、融点が低く柔らかいことからの意かと思う。安南寛永に時おり見られる。 蝋の字は本来、金属をあらわすロウ(右上側に掲示)を使用するべきなのかもしれないが、特殊な文字である。そこで古銭語事典などは蝋の旧字体(右下側に掲示)を使用しているが、いずれもめちゃくちゃに画数が多く、通常のパソコン変換で出てこない上に文字ポイントが小さいとつぶれて全く読めないので、ほとんどの古銭書は現代語の蝋の字を使用しているようだ。ただし、この文字でさえ一般的ではない。 
   
三大点(さんだいてん)
古寛永仙台銭の有名銭。永点、通点、寶尓後点の3つが肥大している。
→ 仙台正字手の類
   
(し・じ)
寶字の中にある字画の名称。ワープロで打つ時は「なんじ」で出てくる。書体により寶の尓が缶の形状になっていることがあり、「ほとぎ」と呼ぶこともあるかもしれない。 
   
(じ)
銭の凹部、文字の下の平らな部分。谷の底。 
 
   
シークレットマーク
職人や座の責任者などの一部の人間しか知らない隠し印。文銭などには不可解な瑕や楊枝でつついたような鋳だまりがあり、シークレットマークではないかと言われている。また、天保通寶には桐以外の変形極印が使われていることが多い。これも自分達のつくった銭を判別するためのマークではなかろうか?その他にも多くの古銭、札には真贋判定に役立つシークレットマークが存在する。現行のお札(日本銀行券)にもある。探してみて下さい。(マイクロ文字があります。) 
   
四草点(しそうてん)
寛永通寶の書体の中に4つの草点が含まれている古寛永芝銭のこと。すなわち、寛冠点、永点、通のしんにょうの点、寶冠点の4ヶ所が草点。
→ 古寛永明暦浅草銭
   
次鋳銭(じちゅうせん)
母銭からさらに母銭が作られた、その母銭から生まれた通用銭。外径が小さく文字も縮小する。
通用銭を母銭として作られたものは、次鋳銭と言うことになる。古寛永などは初鋳、次鋳の分類は難しいが、規格の比較的整っている新寛永の場合は分類は可能だと思う。ただし、実際の市場での次鋳銭の地位はたいがい低い。濶縁縮字にはっきりなっていれば別だが、多くの次鋳銭は製作も銭径も落ちるからである。
  
   
志津麿大字(しづまだいじ)
志津麿とは1619年、京都に生まれた書家、佐々木志津麿のこと。その書風に似た古寛永の初期不知銭を志津麿大字と呼ぶようになった。また、御蔵銭類もその書風に似て、変化が激しいことから、志津麿百手と呼ばれることもある。
志津麿は志頭麿と表記されることもある。
なお、この分類を発表したのが江戸時代の学者、妹尾柳斎(せのおりゅうさい)であることから柳斎大字とも呼ばれている。
 
→ 古寛永初期不知銭
   
島銭(しません)
島もの・・・とは素性のわからないものを意味すると言われる。奇怪な面文、制作のものが多い。寛永の島銭といえば安南系のもの・・・亀寶至道手や、打印銭系のものが該当すると思う。(公式な名称ではない。)
  
   
島屋文(しまやぶん)
寛文期亀戸銭の中の一種。ひときわ制作が立派で、素性がよく分からない一群。珍品が多い。島屋の島は
島銭の島だといわれる。 
 → 寛文期亀戸銭
古寛永の斜寶
斜〇(しゃ〇)
斜めになること。
仰ぐ場合、俯す場合のいずれの表現でも使用できるが、斜冠、斜寶斜珎など固有名称のようにになっているケースが多い。書体以外でも、例えば穿が曲がって仕上げられている錯笵を斜穿と言う例あり。 
   
斜珎(しゃちん)
加刀によって珎のバランスが歪み、王画が貝画から離れ尓の縦画が斜めになったもの。不知天保銭に有名銭がある。なお、珎の読み方は昔から(ちん・ほう)で論争になったことがあるが、今は(ちん)が主流。ただし、私は(ほう)だったと確信している。中国学の学者内でも(ちん)では意味をなさないとの意見がある。 
   
蛇の目(じゃのめ)
新寛永の元文期伏見銭の中の有名銭の源氏名。背が大濶縁で蛇の目傘を連想することから。
 
重揮通(じゅうきつう)
とくに新寛永仙台石ノ巻銭の通字の形状を現す言葉で、しんにょうの折れが三重になるもの。 
重文(じゅうぶん)
錯笵の一種で文字が二重になったもの。重笵ともいう。
→ 錯笵銭物語
遒勁(しゅうけい)
文字の力強い様子。勁文と同義。特定の銭の愛称になっていることが多く、天保銭の水戸銭に超有名銭がある。
→ 水戸遒勁
   
十進當(じゅっしんとう:十當進?)
読みは じっしんとう でもOKか?當の田の字の縦画が左側に偏っていること。琉球通寶の中字にこの名品がありこの種の場合は十の横画が右側の柱から離れていることが条件になる。
類似品カタログの中に十當進の表現が見られるが誤植かもしれない。ただし、古銭用語の名付けルールでは進十當のほうが正しいと思う。
 
   
筍柱(じゅんちゅう)
琉球通寶中字のなかで求の縦柱が長く、下に行くほど太くなる筆法のもの。天保通寶と類似貨幣カタログ本編で私は初めて見た言葉。古くは長柱球とされていた。 
   
譲笵(じょうはん)
錯笵の一種で、いわゆるズレのこと。今では古銭界でもほぼ死語になってしまった。 
 
   
小様(しょうよう)
同類の中で比較的銭径の小さいもの。あるいは同時期鋳造の銭貨のうちで相対的に銭径が小さいものを総称することがある。  
   
初出(しょしゅつ)
初めて作られた頃のもの。銭でいえば立派な出来であったり、逆に技術不足で出来が悪かったりすることもある。私は読みがわからなくてつい「はつで」で覚えてしまっていた。これは「初日の出」と同じ読みと勝手に判断したからである。「うぶだし」とも読めますが・・・どうなんでしょうね。  
   
初鋳銭(しょちゅうせん)
初期に鋳造されたと推定される銭貨で、一般的に外径、文字とも大きく立派な制作のものが多くなる。
初鋳→
次鋳末鋳(あるいは末炉)と変化する。   
上棟銭(じょうとうせん)
棟上式の際に私的に撒いたお金で、金銀でメッキした鍍金銭鍍銀銭刻印銭などがある。寛永通寶では諏訪大社の上棟銭がとくに有名である。名もなき上棟銭もたくさんあり、私は面白がって集めているが、邪道かもしれない。
   
称〇〇銭(しょう〇〇せん)
古寛永で、昔から言われている鋳造地を割り当てた名称。実は鋳地がほぼ完全確定しているのは長門銭ぐらいであとは伝承や傍証による推定がほとんど。例えば称竹田銭といえばいわゆる斜寶の類になるが、実際には斜寶類は松本で鋳造されたらしいことが記録からほぼ明らかになっている。
これは初期の分類のときに仮に割り当てられた地名がそのまま残ってしまっているためで、混乱を避けるため頭に「称」の文字をつけるようにしているのが実情。しかしながら、斜寶と
太細の混乱、鳥越と沓谷の取り違えなどほぼ判明している間違いもあるので、どこかで修正する必要があると思われる。  
   
浄法寺銭(じょうぼうじせん)
南部藩内の浄法寺地区で鋳造された密鋳銭のグループの総称。藩の上層部黙認でつくられたものと全くの密鋳によるものがあり、さらに明治期になって生活のため絵銭としてつくられ参道で売られたものまであるらしい。天台寺 
   
正型抜き(しょうがたぬき)
贋作の手法で、真品から型取りして鋳写したもの。書体をそのまま引き継ぐので鑑識が難しくなる。
→贋作者列伝
   
退く(しりぞ・く:タイ)
標準位置より右側に文字があること。対義語として
進むがある。熟語になると当然『タイ~』と発音する。 
白目(しろめ) ≒ 白鑞(はくろう)
古来、広義に錫などの光沢のない白っぽい金属原料をこのように称しているようだ。実際には錫以外の合金であっても白っぽい金属はみな白目と呼ばれた。元文期の平野新田銭の俗称にもなっている。
江戸時代においては錫と鉛の自然合金(スズ石)も白目と呼ばれ、秋田の白目は錫とアンチモンの自然合金だったのは有名な話。豊後で採れた白銅鉱と言われるような白っぽい銅錫鉱石も当時はも白目とされた。
語源はどうも銀の精錬の過程で出てくるスラグ(余分な雑金属)のことを白目と言ったのがはじまりらしく、この白目を銭鋳造にリサイクル利用したのがはじまりだとか・・・。もちろんこの中にはかなりの割合で錫分が含まれていると考えられる。
  
   
進〇(しん〇)
文字が向かって左側に偏って配置されていること。進む(すすむ)と言う。対義語は退
 
   
進冠(しんかん)
本当は進冠寛が正しい。寛字のウ冠の左側部分が長く、進んでいるように見えるため。古銭界では同じ音が続くのを嫌うのか、進冠と表記されたら進冠寛であると考えて良い。
  
   
伸寛(しんかん)
寛字が縦に伸びているように見える書風。古寛永岡山銭の一名称だが、ピンとこない。
 
   

新寛永(しんかんえい)
寛文8年(1668年)以降に鋳造された寛永通寶の総称。母銭の前段階に錫母銭原母銭の段階を設けることによって、規格の統一に成功している。文字は相対的に細く、ハ貝寶(はばいほう)を基本とする。 

 
   
深字(しんじ → ふかじ)  
   
真文(しんぶん)
文久銭の大分類名。文は楷書で寶は宝ではなく旧字体の寶になるもの。 
→文久永寶の細道  
   
真鍮(しんちゅう)
銅と亜鉛の合金。亜鉛が国内で精錬できるようになったのは明治の中期以降であり、それまでは貴重な輸入品であったため、幕府以外の鋳銭事業では使用が難しかったと思われる。したがって真鍮質の古銭の購入には慎重な精査と覚悟が必要である。 
→ 新寛永色見本  
   
ス穴(すあな:鬆穴)
向こう側が見えるような地にあいた穴。漢字では巣穴と表現するものが多いのだが、語源的には素穴なんじゃないかと密かに思っている。(素通しの穴。)私はス穴で通している。
※鋳物の内部にできた空洞を鬆というそうでこちらが語源。赤恥をさらしてしまいました。 
   
水永(すいえい)
寛永葛巻銭にある分類名。永字があたかも水の文字のように見えることから名づけられたもの。  
   
垂寛(すいかん)
正しくは垂冠寛なのだが、同じ音の連続することを嫌う古銭語独特の省略。寛冠の前垂れが垂直になる。これが寶の字の場合は垂冠寶となる。  
   
垂冠寶(すいかんほう) 
寶字ウ冠の前垂れが垂直に引き下ろされて開かないもの。享保期佐渡銭の背縮佐垂冠寶が有名。 
 
   
図会(ずえ)
1998年にハドソン社が出版した『新寛永通寶図会』のこのHPでの略称。『ずかい』で覚えてしまったものだからなかなか直らない。内容はかなりマニアック。ホームページ上で発表されたときはたしかハードカバーで2万円ぐらいするはずだったのだが、5000円という価格で刊行された。今は希少な本。 
   
筋違い(すじちがい)
対角に配置された極印のことを意味する場合と、贋作天保でわざと銭文を食い違うように斜めに配置したものを表現することがある。  
   
(すず)
単体では融点が低く銅に比べて収縮率の小さい金属。また、銅合金(青銅)にすると融点降下現象を起こし、銅の溶解温度が低くなる。そのため、単独金属として原母銭から大量の母銭をつくるときの型(錫母)に好適であり、その後に銅母や通用銭をつくるときも合金材料として重要だった。ただし、もろく、やわらかく、低温にさらされると自然崩壊する性質がある。したがって錫母銭の保管には充分な注意が必要。柔らかいため母銭仕上げのときの側面は木賊で磨き上げられたと言う。錫の含有量が多いと発色は一般には白っぽく出る。 
→ 新寛永色見本
→ 浄法寺銭の金属分析 
進む(すすむ)
標準位置より左側に文字があること。対義語として
退くがある。
スタリキ
金属加工の技法だが、これを応用して贋作がつくられる。金属表面を耐腐食性の塗料(ロウや漆)で覆い、腐食させたい部分を削っておく。それを酸につけると金属片に凹凸ができる。酸を使った贋作は古くからあるようで腐らかしの名が昭和泉譜などにも見える。(なんと文禄年間に技術伝来) 
→贋作者列伝
   
砂型(すながた)
鋳造のための砂でできた銭の鋳型。砂笵(さはん)。 
 
   
砂目(すな目)
古銭の地の部分に現れた、鋳型の砂の粒子の様子。鋳肌の様子。
 
   
ス貝寶(すばいほう)・ス寶(すほう)
寶前足の接点が貝画の右角に集中した結果、寶足がカタカナのスの字状に見えるもの。古寛永の全てと新寛永の一部がス貝寶になる。対義語として
ハ貝寶(はばいほう)がある。 
   
正永(せいえい)
もっとも整った永字・・・比較標準としての「正永」であり、必ずしも模範的な書体だとは限らない。良い例が荻原銭の正永で、かなり癖の強い文字である。なお、正〇と称されるのはなぜか永字だけであり、正寛、正通、正寶とは言わない。これらは部分を取り上げ、正冠とか正足寶などと言うことがある。
   
正字(せいじ)
類品中でもっとも基準になる書体のこと。この書体を基準として、大、小、太、細、進、退、仰、俯、昂、降などの区別がされる。必ずしも正しい書体、整っている書体というわけではない。
  
   
正字手(せいじて)
正字によく似た系統の書体の意味で、古寛永の仙台銭にある固有名称で有名。ただし、似ているのは仙台銭ではなく水戸銭の正字・・・と言うのが紛らわしい。水戸正字が黄褐色で離郭気味なのに、仙台正字手は淡褐色で離輪気味と全く違う。私もこれが何で正字手なのか迷った覚えがある。 
   
青譜せいふ)
小川浩(青寶樓)氏が昭和35年に刊行した古寛永と新寛永の総合銭譜のこのHP内の略称。小川譜とも。昭和47年に改訂版が出ていて私はそれを参考にしている。小川流の独特の分類でとっつきにくいところもあるが、読み直してみると面白い拓がけっこうある。  
   
青寶樓(せいほうろう)
古銭家。本名は小川浩。詳細は泉家・収集家覚書を参照のこと。
 
 
接郭(せっかく)
文字が郭側に片寄っていること。多くは刔輪による変化である。
寄郭(きかく)も同義語。 
舌千(ぜっせん・ぜつせん)
新寛永の鉄銭の中で背も千の文字が崩れて郭とあわせて舌の文字のように見える一類の分類名称。読みはどちらでも通じると思う。 
→密鋳背千の類 
   
接点永・接点通(せってんえい・せってんつう)
永点や通点が降り、下側の字画と接している。
 

折二様
(せつによう)
折二とは二文銭を意味する。オノで銭を真っ二つ・・・にできる大きな銭の意味があるようである。したがって折二様とは二文銭のような大型銭のこと。ただし折二の正しい発音はセツジのようである。
 
銭緡(ぜにさし) 緡 → 差・挿・刺
銭をまとめて藁紐などに差し込んだもの。緡(さし)と言う文字は現代ではまず使わない文字で、パソコンで調べるとこれ一文字で『ぜにさし』とも読む慣用があるそうな・・・。さらに古くは糸偏+弓+口+虫というワープロからも排除された漢字があったようで、なかなか奥深い。現代では同じような意味を持つ漢字で代用されることが多いと思う。なお、昔は九六勘定といって96枚で100文と通用した。(省百)これに対して本当の100枚緡は丁百(調百)と言う。九六勘定は4進法の名残とも、手数料制の名残とも言われるようだ。 
   
(せん)
銭(せん)の音を置き換えたもの。日本人はこのような表現が大好きで、古銭と書かずに古泉と書いたり、趣味の名前を泉号と言ったりする。古銭を古泉と言うとなぜだか格調高く感じられ、収集のうしろめたさが和らぐ気がするからか? 
   
穿(せん)
銭中央の穴のこと。穴の広いことを
広穿(こうせん)、狭いことを狭穿(きょうせん)という。そのほかにも反穿、拡穿、斜穿など色々な造語変化がある。  
   
潜イ(せんい・くぐりい)
慶応期に深川津藩邸において鋳造されたとする鉄4文銭のうち、背イの文字が背波の下に潜ったように小さく描かれているものがある。試作段階のものと言われているが、これをセンイとかクグリイと呼ぶ。  
   
泉家(せんか)
古銭の収集家のことだが、古銭集めというと後ろめたい道楽者に思えるが、泉家というとなんとなく格式が上がった研究者のように聞こえるから不思議だ。もっとも、興味のないものには何のことか判らず、変わり者たちの自己満足、慰めあいにしか聞こえないらしいので注意。   
   
泉志(せんし)
穴銭堂、増尾富房氏が編纂した泉譜のこのHP内の略称で、古寛永泉志新寛永泉志とがあるが、一般に泉志と言えば古寛永泉志で、このHP内でもその扱い。いずれも非常に良くまとまった泉譜で、参考書としては優秀。ただし、今は希少本となりつつある。 
   寛文期亀戸銭の繊字
繊字(せんじ)
細字よりさらに細く繊細な文字のこと。
穿内(せんない)
面郭と背郭にはさまれた銭の内側の面のこと。
内郭、あるいは郭内と同義である。
 
   
泉譜銭譜(せんぷ)
古銭を分類掲載した書籍のこと。必ずしも掲載品がすべて真品であるとは限らない。偉大な泉家であっても無闇に相手を否定しないので、たとえ疑問品であっても堂々と掲載したりする。(たいていの場合、解説に手心を加えている。)中には悪戯で贋作を掲載しているケース、気づいてないケースもある。
私が愛読していた古銭の本にはかなりの枚数の贋作、ファンタジー銭が掲載されている。
   
   
銭文径(せんぶんけい)
天保銭の文字の大きさを比較する手法として測られるようになった。天保銭の場合、天の第一画の上部分から、寶貝の底の横引までの距離を言う。この手法で刔輪などの影響を受けずに比較が可能になる。 
   
銭幣館(せんぺいかん)
古銭家、田中啓文の泉号の一つ。自宅に建てた古銭資料館でもあり、また、著作の名前でもある。詳細は泉家・収集家覚書を参照のこと。 
   
旋辺(せんぺん)
銭の背の平地に削り痕が丸くついているもの。これはロクロによる鋳浚い(削りだし)作業の痕跡で、寛永銭の場合は古寛永にときおり見られるものである。
  
   
(そう)→(つめ)  
   
象嵌(ぞうがん)
本来は工芸技術だが、贋作のために用いられることも・・・。有名なところでは背モを金で象嵌した贋作銭が知られている。  
   
痩字(そうじ やせじ)
文字が細いもの。そうじ、やせじともOKのようです。そう・・・と言う発音が他にもあるためのようです。
   草点永
草点(そうてん)
草書体の点のこと。明確に跳ねのあるものから、空豆のような形状のものまである。
草点保(△草天保:そうてんぽ)
天保銭不知細郭手の有名銭。保の字の右側の点が草書体で跳ねるもの。不草点のものもあるのでちょっと複雑。なお、銭譜によって草点保とするものと草天保とするものがあるが、語源的には前者が正しいと思うのでワープロの打ち間違い、あるいは知った上での命名かもしれない。私的調査だと、勢陽譜、新訂天保銭図譜、當百銭カタログが前者、天保銭事典と類似貨幣カタログが後者。 
   
草文(そうぶん)
文久銭の大分類名。文は草書(攵)で寶は宝ではなく旧字体の寶になるもの。 
→文久永寶の細道  
   
塞頭通(そくとうつう)
通のマ頭の開口部がふさがっているもの。天保銭の不知品の名称で有名。私は(さいとうつう)で覚えてしまっていた。要塞の(さい)である。脳梗塞(のうこうそく)とは思わなかった。   
   
外跳寛(そとばねかん:がいちょうかん)
寛尾の跳ねが外側にはねるもの。「がいちょうかん」の読みは誤りだと思っていたが、古寛永大分類の手引き・新寛永通寶図会には堂々と「ないちょうかん」「がいちょうかん」としている。そのためこの表現は古銭界でもあいまいなのかもしれない。 
   
五十音検索
 
   
た行 リターン   
   
退〇(たい〇)
文字が向かって左側に偏って配置されている様。退く(しりぞく)と言う。
対義語 → 進  
   
大字(◎だいじ・〇たいじ・☓おおじ)
『おおじ』は誤りなのだが、私はついそう読んでしまう。標準より大きな文字。昔は『たいじ』と発音したようなのだが、現代は『だいじ』が主流。  
   
大仏銭(だいぶつせん)
寛文期亀戸銭の別名。1662年の地震で倒壊した京都の方広寺の大仏を原料にして鋳造されたという噂が流れたための名称。噂の真相は定かではないが、亀戸銭の流通を円滑にするための宣伝とも考えられる。 
   
大様(〇たいよう・△だいよう)
同類の中で比較的銭径の大きいもの。あるいは同時期鋳造の銭貨のうちで相対的に銭径が大きいものを総称することがある。寛永銭一文銭の場合は25.5㎜以上あれば大様銭といって間違いなく、26㎜を超えるものは極めて特殊な存在である。対義語に小様(しょうよう)がある。
なお、小川
青寶樓氏が用語の乱れについて記述寄稿した一文があり、大様は『だいよう』と濁って発音するのが正しいとしています。これは『だいじ』読みに呼応したものとも考えられます。ただし、小川青寶樓氏も『だいよう』の読みが国語的に正しくないかもしれない旨も吐露しています。   
   
抬頭永(たいとうえい)
蛇がかまくびを持ち上げることに例え、永柱上部が長く永頭が持ち上がっている様子を表している。古寛永岡山銭の源氏名としても有名である。 
   
対読(たいどく)
銭文の読む順序が、時計回りでなく上下右左の順のもの。寛永通寶、文久永寶はすべて対読である。対義語は循読(じゅんどく)。 
打印銭(だいんせん)
鋳造ではなく、ハンマーのような道具による打製絵銭のこと。普通は薄肉である。 
鏨大黒(たがねだいこく)
大黒絵銭の一種で、背の袋部分を鏨で切ったように加工、さらには輪に小刻印を施したものも多い。タガネは金属の彫刻刀と思っていただければ良い。ノミは木工専門の工具だそうでので、銭にノミの痕跡はできません。 
   
拓影銭譜(たくえいせんぷ)
竹田四郎氏が編纂した新寛永の銭譜のこのHP内の略称で、改定を重ね拓影銭譜→拓影集→拓影全集とある。大様銭の銭径などが丁寧に載っていて、銅替りの記載もあってなかなか楽しい。かなりの希少本。 
   
拓本(たくほん)
墨と紙を使った東洋で発明された記録保存方法。陰影をはっきりさせるので肉眼より鑑識がしやすくなることも多い。私は学生時代に拓本を採っていたこともあるが、もう20年以上かかわっていないので、拓本の採り方を忘れてしまっている。  
   
高津(☓たかつ)→(こうづ)  
   
竹田銭(たけたせん ☓たけだせん)
豊後(大分)竹田市における鋳銭のうち、古寛永斜寶の類の旧称。ただし、斜寶類は松本で鋳造されたことがほぼ確定されているので、名称と鋳地名が食い違うことになってしまった。発音は『たけた:TAKETA』と濁らない。なお、かの地はかつては叶手元祐や天保銭(岡藩銭)も鋳造された鋳銭がさかんな地ではあるが、どこにあるかという知名度はいまいちである。  
   
縦やすり(たてやすり)
輪や穿内のやすりがけ技法のひとつで、銭面に対して直角に交わる方向にやすりを動かす。やすり目はギザ状に残ることになる。  
   
タトウ(たとう)
説明などの書かれた専用ホルダーや収集用小箱。もともとは着物を包んだ紙(畳紙)のことで、それから転じて額縁などを納める小箱も意味するようになったと考えられる。古銭語のタトウはさらにその転用で、たいがい収集家がつくったものから造幣局などが公式につくったものまでが混在する。刺青(いれずみ)のTATOOとは全く関係ありません。  
   
(たに)
銭面の凹部。銭の鋳肌が観察できる場合がある。 
 
   
玉塚天保(たまつかてんぽう)
初代、玉塚榮次郎が廃貨の天保銭を利用してつくり、意匠品として配った記念銭。玉塚榮次郎1860年に江戸で生まれ、丁稚時代の志を忘れないため「天保銭主義」を唱えた。(小遣いにもらった天保銭を貯めて、それらを元手に独立した。貯蓄の重要性を説いた。)
里子、丁稚からの立身出世であり、それに感銘を受けた多くの人々が集まるようになった。
なお、玉塚榮次郎は、東京ディズニーランドのチキルームを提供する中堅証券会社、新光証券の始祖であり、ユニクロの前社長の玉塚元一(現リヴァンプ代表、ローソン顧問)は玉塚榮次郎の4代後の子孫でもある。
玉塚天保は近代絵銭の部類に入るのだが泉譜などへの掲載もあり不思議な人気がある。刻印の銘は「天保銭は人の鏡」「天保銭は吾が鏡」「海運橋」「玉塚榮次郎」のほか屋号を現した山石刻印などがある。贋作も多いので注意が必要。
※「たまづか」ではなく「たまつか」と濁らない方が正しい。
  
   
玉寶(たまほう)
文久銭の大分類名。文は楷書で寶は旧字体の寶ではなく宝になるもの。略寶(りゃくほう)とも言う。 
→文久永寶の細道 
玉持ち極印(たまもちごくいん)
天保通寶福岡離郭に少数存在する特殊な変形極印。桐刻印の葉脈の中央が丸い玉になっているもの。
 
断佐(だんさ)
背佐字の文字の一部分、エの下部左がが断ち切ったように削られているもの。断佐は元文期佐渡銭の有名銭。  
   
断辵(だんちゃく)
通のしんにょうの折頭が断ち切られたように削られL字ようになっているもので、断辵は4文鉄銭の会津太ノの代名詞的存在。 
   
短ノ(たんの)
永字の右の打ち込みが短いもの。
 
千木永(ちぎえい)
神社の千木(屋根飾り)のように、永柱をはさんで左右の画がX字状に配置されるもの。永フ画が仰ぐのが原則。元文期藤沢・吉田島銭の異永の源氏名で有名。その他にも千木永風のものは異書類などに存在する。
   
千鳥(ちどり)
正しくは穿をはさんで対象に鋳だまりがあること。元文期日光銭の鋳だまりにとくにこの名称が使用されており、それから派生して、鋳だまりが一つしかない場合は片千鳥(かたちどり、鋳不足で凹んでいる場合は凹千鳥(おうちどり、へこみちどり)などと細分類している。 
   
(ちゃく)
通字のしんにょうのこと。困ったことにほとんどの機種でワープロ変換ができない。古銭関係の言葉にはこのような語がけっこうあり、代用語が必要だと思う。おそらく、このサイトをご覧の方も機種によっては見えないかもしれない。
※かつて私は辵の代用語として
を使用したこともあるが、これは古銭語としては正しくはない。(国語的には必ずしも間違いではないそうです。) 
   
中郭・中縁・中字・中穿 (ちゅう〇)など
中間の大きさのこと。標準的でありこれといった特徴もなく今一つ人気がないものが多い。
 
   
跳永(ちょうえい)
普通は跳~とすると、文字の末端が跳ねの形をとるものなのだが、跳永の場合は永字のフ画先端と、末画の払いが上方に向かっている雰囲気・・・躍動感・・・を指すことがある。 
   
長永(ちょうえい)
長は縦長が目立つ文字。長永は永柱が強調されたような書体が多い。ただし、古寛永井之宮銭のように末画の筆はじめ位置が上方にあり永尾が強調されたような文字にも長永と言う名称がつけられており、要は命名者のイメージの問題かもしれない。 
   
張足寶(〇ちょうそくほう ?はりあしほう)
天保銭の不知銭で寶の足が長く、力強く突っ張っているものがある。「ちょうそくほう」の読みで良いと思うが、長足寶や跳足寶と混同しやすいため会話ではあえて「はりあしほう」と言うことがあるようだ。  
   
長嘯子(ちょうしょうし)
古寛永岡山銭の名品。秀吉の妻、北の政所(ねね)の兄の木下家定の嫡男、木下長嘯子少将若狭の守勝俊の書であると言う伝承がある。なお、木下長嘯子は関が原後に剃髪して歌人になった。小早川秀秋の兄でもある。  
   
張点保(ちょうてんぽ)
不知天保の有名品。異足寶平頭通という名称もあるが、やはりこの源氏名は捨てがたい。語源は保の字の点が弓張り状に長く反るから。奇天の類と思われる。このHPを作成した当初、変換で「張天保」と出してしまい、1年以上気がつかなかった。なお、類似貨幣カタログでは長点保としている。なお、現在は固有銭名として定着している張点保だが、もともとは文字の特徴をあらわすものであるので、該当類似品はたくさんある。 → 濶天保 異文反郭など・・・ 
→天保銭の小部屋 
   
長尾(ちょうび)
文字の末画が長いものの例え。長尾寛、長尾通、長尾琉などと言うように使う。
対義語 → 短尾
類義語 → 延尾
 
 
   
直一文(ちょくいちぶん)
文の第2画が加刀によって細くなり直線状になっているもの。新寛永寛文期亀戸銭退点文の一種であり、必ず離点文になるのも特徴。 
   
直永(ちょくえい)
直柱永のこと。永字は直柱永が当たり前なのだが、書体のイメージを表すものとして苦し紛れに登場しているのが実情である。多くの文久銭が湾柱永気味なのに対し、やや反り気味に永柱が長くスマートに伸びることから名づけられている。文久永寶では真文銭の中の難獲銭グループ。  
   
直跳寛(ちょくちょうかん・ちょくばねかん?)
寛尾がまっすぐ垂直に跳ねるもの。「内跳寛:うちばねかん」「外跳寛:そとばねかん」に対比すれば「じかばねかん」とでもよむべきなのかもしれないが、意味が分からない。「ちょくばねかん」ではゴロが悪いのでこう呼ぶべきか。 
   
直寶(ちょくほう)
直は垂直の意味。島屋文と呼ばれる銭種は通常仰寶になるのだが、同じ島屋の名称をつけられたこの銭種に限り寶字がまっすぐにたつ。 
   
(ちん)
寶のウ冠の下、貝画の上の部分。王と尓(シ)からなり俗字の珍の読みから「ちん」と呼称されている。
この読み方については江戸時代から「チンポウ論争」として古泉界を含み争われており、近年日本では「チン」説が優勢なようだが、中国の学者を中心に猛烈な反論があり、私も由来としては珎は寶の
省文と考えている。
詳細については2012年10月13日の制作日記(できれば2013年1月5日の記事も)を参考にして頂きたい。
 
   
(つめ:他の文字に続くと そう と読むことが多い。)
ちょこんと飛び出した文字の一部など。寛爪(かんそう)と言えば見の第5画の飛び出し部分で、寶爪(ほうそう)、あるいは寶の爪と言えば寶貝の第5画の飛び出した部分。その他で爪といえば筆はじめの筆かけ部分。なお、爪という文字は使い方によっては「つめ」「そう」とも読む。読みを統一する傾向の多い古銭界の中では異端児的な存在か?
なお、私は爪の音読をなぜか「りゅう」と読んでしまっていた時期があり、いまだに間違える。
  
   
爪寛(つめかん)
安永期の久慈背久に寛爪があるタイプとないタイプがあり、あるタイプをこう称する。ちなみに寛爪と書くと「かんそう」と私は読む。(自信がなくなってきた。) 
   
爪文(つめぶん)
そうもん・・・でも良いように思うのだが、新寛永通寶図会では「つめぶん」と読んでいるのでこれが正しいのだろう。爪でつけた文様の意味であるが、単なる鋳だまりかもしれない。星とよばれるものより大きい。
爪の字は単語の先頭につくと つめ と読む傾向が強い。例:
爪寛(つめかん)  
   
通用母銭(つうようぼせん)
通用銭を母銭とした天保銭の鋳造方法。詳しくは右のリンクを・・・。
→通用母銭について 
   
〇〇手(・・・で・て)
〇〇に類似しているということ、あるいは分類上でひとつの系統としてまとめられるもの。〇〇様より確定的な分類。発音が濁るか澄むかは語調と接続音との相性次第か?迷ったら「で」にしておくのが無難?

※一文字で使うときは「これは〇〇の「て」です。」というように濁らない。何かの文字につくと「で」になることがあるが気まぐれである。〇〇の「て」の意味のときは濁らず、固有名詞化していると濁る気が多い気がする。フィーリングの問題か?
 
   
テーパー
傾斜角度のこと。母銭を鋳型から抜けやすくするために輪側や郭内に設けられることが多い。抜け勾配ともいう。
 
   
低寛(ていかん)
正しくは低足寛。寛足が短く、寛目の位置が低くなる。極端に低く
座寛(ざかん)と名づけられた類もある。
対義語 → 高寛 
   
手形印・乎形印(てがたいん)
琉球通寶には謎の刻印銭がいくつかあるが、その中のポピュラーなもの。乎と形に見える刻印が輪の上下に打たれているもの。乎は本来は日本語にない文字で、発音は『か』あるいは『や』であり、音読みでは『コ』である。したがって本来は『かがたいん』『やがたいん』『こけいいん』と発音すべきなのだが、発音がわからなかったためか『てがたいん』といわれ、ついにはこれが定着して最近では堂々と『手形印』と漢字表記されるに至ったと推定される。もっとも『乎形』の刻印は形状がはっきりせず、どのように読むかの判断は識者によって分かれると思う。
ある古銭販売業者から聞いた話だが、この刻印銭は京都の薩摩藩邸付近の旧家からよく見つかるそうで通行手形、割符(合言葉)として使用されたのではないかとの事。乎形をテガタと読む由来もこれに通じる気がする。あくまでも私説だがなかなか説得力がある。
→ 琉球通寶 
   
手替わり(てがわり)
基本的な種類から派生した亜種・新種のこと。多くは母銭段階でできた鋳だまりや削字変化。古銭は鋳造品なのである程度の変化は生じるものなのだが、この新種発見に命を懸けている熱心な収集家がたくさんいる。ご苦労様です。  
   
鉄銭座銅銭(てっせんざどうせん)
元文期(寛保期)佐渡銭の一分類名。鉄銭全盛期に銅銭を鉄銭と同じ書体で(背佐を刮去して磨輪して)鋳造した。銭座には銅銭座・鉄銭座という区分はないと思うし、同じ工房が幕許のもと鋳造を行っているので厳密にいうとこの名称は間違いかもしれない。図会では『鉄銭手』としている。
→ 鉄銭座銅銭 
   
手引き(てびき)
小川吉儀氏編纂の『新寛永銭 鑑識と手引き』のこのHP内の略称。これをバイブルとして収集した古泉家は多いと思う。入門や図会が出るまでは中心的存在だったと思う。なお、同氏は『天保銭の鑑識と手引き』も著している。  
   
手本銭(てほんせん)
銭貨の鋳造見本銭と言われ古寛永時代に全国の銭座に配布されたと思われる。その一部が毛利家に伝わり、後に古銭界に流出して広く知られることになる。現在、市中にある手本銭といえばほぼこの毛利家伝来手本銭のことである。通常銭よりやや銭径が大きいものが多く、未仕立てのものが多い。母銭式がほとんどだが通用銭式もある。なお、四国の有識者によると、毛利手本銭の多くが使用済みの母銭で構成されていて、必ずしもお手本の見本銭とは限らないかもしれない。(コレクション用見本?)ただし、未使用の手本銭はそれこそ手が切れるほどの美銭であるとのこと。 
   
手類銭(てるいせん)
〇〇手の同類の銭と言う意味で、一般には安南の民鋳不知銭類とされるもののことを言う。安南手類銭ということも多い。 
   
天狗寛永(てんぐかんえい)
寛文期亀戸銭の中に通頭に大きな鋳だまりのくっついた変種がある。それを天狗の鼻に見立てて天狗寛永と言う源氏名で呼ばれている。つまらない鋳だまり変化なのだが収集誌上で大谷敬吾氏が何気なく紹介してから人気が沸騰。今では高額取引されるようになっている。かくいう私も当初はつまらないものだとお金を払う気にならず、見逃してからなかなか入手できていないでいたいわくつきの銭種となっている。
また、天狗寛永もどきのものを
小天狗と称することもある。  
   
天保仙人(てんぽうせんにん)
東京都台東区在住の古泉家で源氏名の通り天保通寶に魅せられ研究に励んでいる。天保通寶四天王と呼ばれる一人で中京の三納氏、東北の村上氏・板井氏と並ぶ存在。天保通寶には20代の頃からはまっているが、皇朝銭から大判小判・地方貨まで鑑定できる数少ないマルチ古泉家である。収集の師匠は太田保氏(万国貨幣洋行)で学生時代からお店を手伝っていたが、ある日師匠から「気味は体が大きいから天保銭を集めたら良い」と言われたのが天保銭収集のはじまりだとか・・・。
本業の金属加工業の影響で、古銭の鋳造過程・金属に対して造詣が深く、書体ではなく製作を重視した古銭観察・真贋鑑定を行う。若手時代は瓜生有伸氏主宰の天保銭会に所属し、研鑽に励んだ。
現在は八厘会を主宰し、知識や業界の裏話までを惜しみなく伝授して若手古泉家の育成に励んでいる。自分の気持ちに正直で気さくな方でフレンドリーな方である一方で、おちゃめな一面も持っている人だと思っています。青寶樓時代を知る生き証人でもあります。
 
   
銅山手(どうざんて)
天保通寶盛岡藩銭のいわゆる(東北の収集家の言う)中字のこと。盛岡銅山は栗林銭座において鋳造した、尾去沢鉱山内通用の幕府未公認の商品切手のような銭。性格としては見せ銭でその裏側で天保銭を密鋳していて、万一見つかったときの言い訳用でもあった。その盛岡銅山の書体と通字がほぼ同じ書体の天保銭を銅山手と名付けられたもの。前述したように、東北の収集家はこれを中字と呼ぶ。
  
尖り千(とがりせん)
千の末画が尖っているように見えるもの。
 
   
研ぎ・砥ぎ(とぎ)
銭の表面や側面の砥石仕上げ作業のこと。面背の仕上げは平研ぎ、側面の仕上げを丸目(まるめ)と言う。
 
   
鍍金銭・鍍銀銭(ときんせん・とぎんせん)
上棟銭(じょうとうせん)の類で、銭にメッキをかけたり、金銀箔や塗料で着色したりしてあるもの。
実際には鍍白、鍍朱銭もある。
  
虎の尾寛(とらのおかん)
寛尾がうねりながら高く跳ね上がること。元文期以降の寛永銭の書体に見られる。
   
五十音検索
   
な行 リターン   
   
内径(ないけい)
銭貨の輪の内側の大きさ。ノギスで計測すると良いでしょう。母銭や細縁銭を見分けるときに便利です。  
   
内跳寛(ないちょうかん → うちばねかん)  
   
内輪(ないりん)
銭貨の輪と谷の接する際の部分のこと。(輪と谷との境目。) 
 
   
中見切り(なかみきり)
鋳型の合わせ目が銭の厚みの中央に位置するもの。通常の鋳銭工程では見切り線は背側にできる(片見切りと言う)が、このような製法の銭はたいがい密鋳銭と思って間違いない。下側の型の踏み固めが不十分で母銭が食い込んだ場合、または、意図的に型に母銭を押し込んだ場合、面と背の型を別々に作成した場合などが考えられる。面背の型を別々につくる技法を貼り合わせということがある。 
   
梨子地(なしじ △なしじじ)
蒔絵の技法表現から来た言葉で、金粉や銀粉を撒いた上に漆をかけたもので、梨の表面のように細かい粒子を吹いたような鋳肌のこと。魚子が凹肌なら梨子地は凸肌のイメージですが、中間的なものも多いと思う。漢字で梨地と書いたり、なしじじと発音させる国語辞典もあるが、もともとは漆蒔絵の技法でなしじ(なしぢ)と発音するのが正しい。
  
   
魚子地(ななこじ)
本来は小さな魚卵の集合体のようなぶつぶつ肌の意味。実際には松葉で突いたような肌・・・といった感じでよく表現される。現物は細かな粒子肌(梨子肌粒子)が連なって凹凸を形成していることが多く見られる。梨子地とほぼ同義だと思うが、ニュアンス的には魚子地のほうが凹のイメージ。松場でつついた・・・は仙台銭の地肌表現によく使用されるためだが、魚子の本来の意味からすると間違っている。非常に美しい肌だといえる。
   
波銭(なみせん)
背に21波あるいは11波の模様が描かれた明和期の4文銭の俗称。明和2年に幕府は従来の鋳銭事業の民間委託方式を改め、すべてを金座・銀座の直轄にした経緯がある。当時、銀座は深刻な財政難にあり銀座はこの鋳銭事業の成功によって息を吹き返したと言われる。当時は貴重だった亜鉛を用いた真鍮銭(銅・亜鉛合金)は黄金色を呈し、不評だった鉄銭類を尻目に民間に受け入れられたと言う。  
二水永(にすいえい)
永字の古書体で、永頭が右側に突き出して二+水に見えるもの。今一歩、二水永になりきれていないものは含二水永という。  
二引き(にびき)
文字の中で横画が二つ並んだ部分。天字の1、2画。寛見や通用、寶貝の3、4画など。 
 
   
入札(にゅうさつ)
古銭売買の手法。最低応札価格が決められた商品に対して、応札者たちが購入希望価格を入れてゆく。最も高額を示した者が購入権利を得る。オークションと違い相手の価格が判らず、一発勝負である。  
   
入門(にゅうもん)
静岡いづみ会が収集誌上に連載した穴銭入門 寛永通寶の新寛永の部のこのHP内の略称。実は古寛永の部もあるのだが、残念ながら刊行されていない。現在は改訂第3版(黄色の強い表紙)になっているが、2版もなかなか捨てがたい。新寛永収集を目指すのなら最適の書。 
   
抜け勾配(ぬけこうばい) → テーパー  
   
練馬雑銭の会(ねりまざっせんのかい) → 雑銭の会(ざっせんのかい)   
   
五十音検索
   
は行 リターン  
   
背異  背異替
背異(はいい)背異替(はいいがわり)
背が通常のものと異なること。異替はさらに違うこと。一般的に天保銭では背の花押(かおう)の下の角が丸くなるものを背異、後端が丸くなるものを背異替とする。古寛永では水戸銭の広永に背郭の雰囲気の異なるもの(長門銭との中間タイプ)があり、広永背異と言われ有名である。
背異替は重箱読みになっていて難読。その理由は
場替の呼称からの連続性にあると思われる。 
輪十場替(通下) 
場替(ばがわり)
本来の位置以外に刻印が打たれていること。十万坪銭の極印銭の珍品が有名。


破冠(はかん)または破寛(破冠寛・破冠寶) 
ウ冠の一部に切れ目があること。破冠だけだと通常は破冠寛を意味することが多い。破寛と書く場合もあるほか、寶冠に切れ目がある場合は破冠寶と言う。
 
   
白銅(はくどう)
本来は銅・ニッケル合金を白銅と言うが、古銭の場合は文字通り銅質が白っぽいものを意味する。錫の含有量が多かったり、鉄分が多く含まれると白く発色することが多い。イメージ的には最高レベルは純白銅銭であり、白銅銭といえば満足の行く白さ、白銅質銭とか含白銅(質)銭というとかなりレベルが落ちる感じ。
→ 白銅銭について
→ 新寛永色見本
 
   
薄肉(はくにく → うすにく)   
   
白文(はくぶん)
文字部分が凹んで、拓本に採ると白く抜けるもの。元々は島銭の用語であるが、寛永銭の白文は贋作か罹災品がほとんど。
メカニズム(推定)
1.銭の面側半分しか型をつくらず、型を水平に置いて静かに溶銅を注ぐと、金属の凝固スピードと収縮率の差から裏側に文字部分が凹んだものができる可能性がある。
2.銭が重なった状態で火災に会うと、銭が半溶解状態になって重なった部分の文字が写ることがある。
3.
スタリキと言う手法で、金属を腐食させる。まず、銭表面を耐腐食性の塗料(ロウ・漆など)で覆い、面側を砥ぎ凸部分を露出させる。それを酸に入れると露出部分だけが腐食し、白文銭のできあがり。 
→ 錯笵銭物語
   
白鑞(はくろう)
本来は錫4鉛1の合金のことだが、古代においては錫のことをさしていると考えても差し支えないようだ。色合いから白目と呼ばれることもあり同義だと思って良いと思う。  
   
破見(はけん)破貝(はばい)
寛目、寶貝の一部が空いていること。通常は寛目、寶貝の第1画が第5画に接しないことをいう。
 
→ 刮目、刮貝  
   
梯子永(はしごえい)
永字のノ画と永柱の間にはしご状の鋳だまりがあるもの。元文期日光銭の手替わり。 
   
八厘会(はちりんかい)
天保仙人様が主催する古銭会。仙人様が得意とする天保通寶が話の中心だが、その幅広い知識から、天保銭以外の話題もたくさん飛び交う。毎回盆廻しも行われ、思いもかけない掘り出し物も出てくることも・・・。  
   
ハ貝寶(はばいほう)・ハ寶(はほう)
寶字の足が左右に分かれカタカナのハの字状になるもの。新寛永のほとんどはこのタイプである。なお、貝をバイと発音するのには個人的に違和感を感じている。 
   
跋永(ばつえい)
永字のフ画末尾あるいは最終画が跳ねることを意味する。本来、跋は踏む、つまずく・・・の意味なのだが古銭語では意味が変化してしまって跳永と同義になっている。これは古銭用語が名詞として同じ文字を使わないように進化?した過程の産物で、例えば「跳ねる」という意味では他に「撥」や「刎」という文字を使用することもある。「撥」は弾き飛ばす、除外するの意味が強く、「刎」などは本当は首を切る意味があるのだが・・・。古銭用語とは実に変だと思う。  
   
跛寶(はほう)
跛とはびっこの意味。寶足が不揃い、アンバランスな様を表現している。びっこ寶とも言えるが、差別用語なので・・・。 
   
孕星(はらみぼし)
あたかも子供を宿したように文字に星があること。開元通寶の背文で有名な名だが、寛永銭では不旧手にその名を見る。(寶足の間に星があるものがある。)足の間にあるので金玉〇〇・・・と呼んだ古泉家もいたとかいないとか。金玉は下品なので少し気取って「陽玉」と呼び代えた例もある。  
   
針穴(はりあな)
鋳不足や不純物混入で鋳造過程でできた針の先で突っついたような小さな穴のこと。小さなス穴。古銭においては欠点になる。もう少し大きな穴はス穴という。  
   
貼り合わせ(はりあわせ)
銭の作成技法のひとつ。以下の3つが考えられる。
①面と背の鋳型を別々にとり後から1つの型としてあわせるもの。
②背をすり減らした通用銭と面をすり減らした通用銭を貼り合わせて厚手の母銭とした。
③打製で面と背の型を別々につくり、あとで接着し母銭にしたもの。

①は郭内に段差が現れやすい。型づくりが難しかったための工夫ではないか?密鋳銭にある。
②密鋳一文銭にときどき見られる。薄い母銭では失敗が多かったためと、抜けを良くするため。
③は打製では面背を同時につくれないため。津藩、安芸広島藩の鉄四文母銭に見られる。

銭の厚みの中央部に見切り線(鋳型の合わせ目)がくる鋳造法を行うと、多少の型ずれでもその失敗が露呈してしまいあたかも①の鋳造法のように見えることが多い。貼り合せ技法と呼ばれるものの多くが、この中見切鋳造によるものだと最近思えるようになってきました。2015年4月23日の制作日記をお読みください。あるいは板に半分にすり減らした銭を貼り付けて雄型にしたのかもしれません。
  
   
(はん:范)
鋳造における型のこと。鋳砂(いずな)で出来ていれば砂笵(さはん)。銅でできていれば銅笵、粘土を焼いて作れば陶笵(とうはん)。銭の型の意味で銭笵(せんぱん)。
なお、歴史的には「范」の文字が使用されていたのだが、日本語としてなじみがなく、繁体字の「範」から生まれた「笵」が活字として代用されるようになり、現在に至っている。
 
   
反郭(はんかく)
郭の4辺全てあるい一部はが反り返ること。覆輪技法を使って鋳造した通用銭によくみられる。 
   
半刮去(はんかっきょ)
刮去において文字の一部分だけを削り取ること。対義語は全刮去(ぜんかっきょ)不旧手の類において寛爪が長いもの、短いもの、ないものがあり、短いものを半刮去と称する。  
   
反玉寶(はんぎょくほう)
寶の王末画が反り返りながら、尓の前点とつながるいわゆる連玉(れんぎょく)になったもの。天保銭に有名品がある。ところで古銭語では王(おう)を玉(ぎょく)と発音・置換することがときどき見られる。もともと寶の王は財産を表わす玉だったというので王を玉と置き換え読むのもあながち間違いではないようだ。
→ 反玉寶
   
半玉寶(はんぎょくほう)
王の右半分が陰起して(凹んで)王画が半分ぐらいやせ細った書体。古寛永によくある名称。左側が欠けると瑕寶(かほう)と言う名称にされることが多い。  
   
反穿(はんせん)
郭内部の穴が反り返ったように見えること。一般的にはやすり仕上げで、角部分の削り方が多いとこのような形状になりやすい。明和期の4文銭に散見される。  
   
反柱永(はんちゅうえい)
柱が反り返った永の字。古寛永の力永の古名。柱の向かって右側が膨らむものを湾柱とし、その逆は反柱永と呼ぶ。 
   
曳尾(ひきお)
最終画が長く伸びるもの。通尾が長くうねる天保銭の萩藩銭の一分類名として有名である。古寛永の御蔵銭にもあり、こちらは意味的には延尾永と同じである。
→ 萩藩銭
   
肥字(ひじ)
太字のこと。なぜか古銭では太字という表現を嫌い、肥字だとか濶字だとかという気取った表現を好む。謎だ。  
   
美制(びせい)
おさまりよくきれいに作られていること。天保通寶の薩摩藩銭の後期銭にその名を見る。 
 
   
鐚銭(びたせん)
鋳写しによる粗悪な作の銭貨の通称。鐚は日本固有の文字である。 
 
   
広波(ひろなみ:こうは)
新寛永通宝カタログのルビを見たときは誤植だと思った。しかし、図会のルビを見てわが目を疑った。読みをそろえるのが特徴の古泉語界にあって最大の不思議。おそらく降波(くだりなみ:こうは)との音の区別のためだと思うが、これはあまり良くない名付けと思う。「ひろなみのこうは」の通称で良いのではなかろうか?あるいは漢字を変えて「寛波」「緩波」じゃだめかしら?慶応期津藩銭の有名銭。 
   
俯永(ふえい)
永の字が左側に傾くこと。正確には中柱が傾く『俯柱永』と永頭が傾く『俯頭永』があるが、どちらの場合にも使われる。俯くは「うつむく」と読む。
対義語 → 仰永 
   
浮永(ふえい)
永字末尾が浮き上がる様子を表現したもの。文字としての重心が高く、どっしりとした落ち着きがない感じがする。古寛永の水戸銭にその名を見る。
  
   
深字(ふかじ △しんじ)
浅字に対しての深字である。文字の彫りが深いこと。私は最近まで「しんじ」だと思っていたが、どうも劣勢である。古銭界の読み方は湯桶読みや重箱読みが多くて分かりづらい。
※新寛永通宝カタログでは「しんじ」の表記です。
対義語 → 浅字
同義語 → 深彫
  
   
フ画(ふかく)
永字の第3画。私が勝手な表現として使っているく画と違い古銭用語として立派に通用する。正式には
フ撓(フトウ)という。  
   
深淵(ふかぶち)
天保銭の不知銭で輪のキワがタガネで深く彫られたもの。または銭の中央部が高く、輪に向かうにしたがって深さを増す特異な製作のもの。私は後者の方が深淵にふさわしいと思っている。  
   
深冠(ふかかん △しんかん)
「あさかん」に対しての「ふかかん」である寛や寶のウ冠の前垂れが長いことを意味する。古銭語は同じ発音を避けるため、深は「ふか」と発音する傾向にある。進との混同を避けるためだと思う。
対義語 → 浅冠  
   
浮冠(ふかん)
おもに寶冠が珎画から離れ、あたかも浮いているように見えることからの名称。古寛永長門銭などに良く見られる名称。
→ 長門銭の類 
   
福西作(ふくにしさく)
福西常次は大正期に会津の若松竪町に住んでいた薬商で、大康堂の名で当時の古銭番付に名前が載るほどの収集家だった。有名な贋作は古金銀でかなりの泉家が彼に引っかかっている。パートナーは加賀千代太郎で、共同企画して絵銭、穴銭の類も木型母銭を使用して制作。戯作風のものと本銭を忠実に写したもの(主に皇朝銭類)とがある。
→贋作者列伝  
   
覆輪(ふくりん)
直径が小さくなることを防ぐために、型になる銭の輪の周りを金属で覆い、銭径が小さくならないように修正したもの。しかし文字は縮むため、濶縁縮字化した銭貨ができあがる。古寛永では良く見られる技法である。
→天保通寶覆輪刔輪マニアック講座 
   
不旧手(ふきゅうで)
寶永通寶の請負人にして銭文筆者の長崎屋忠七(不旧)の所に似た当時の寛永一文銭を総称して不旧手と言う。特徴はマ頭通俯永であること。寶永通寶を鋳造していいた京都七条銭座の流れを受け継いでいると考えられる。  
   
俯尓(ふじ)
寶の尓の第二画が伏している。尓は「じ」と読む。高津銭の不知品にある有名品。 
   
俯す(ふす)
文字全体あるいはその一部が左に傾いている様子をいう。
対義語 → 仰ぐ 
   
不整輪(ふせいりん)
一枚の銭で輪の幅が太くなったり細くなったりと一定していない様。歪輪。
 
   
不接培(ふせつばい)
田の十字の横棒が縦画から離れる様。培とは田んぼのあぜ道の意味があり、それを洒落て称した。天保銭の背當の変化を言うことがある。  
   
太一文(ふといちぶん)
寛文期亀戸銭の深字欠画通の背にある文字は第2画だけがはっきり太い。これを太一文という。私は「たいちぶん」だと思っていた。 
   
太細(ふとぼそ)
古寛永の一種で、昔は松本銭とされた製作の良い一類。比較的整った書体で永柱だけが太いという特徴を採って太細と称した。実際は命名に困って苦し紛れにつけたとしか思えないのだが、不思議とぴったり合っているように感じる。ただし、その後、斜寶の類が松本銭と認定され、この太細の類は安住の地を失いさまよっている。 
   
踏潰銭(ふみつぶしせん)
あたかも足で踏み潰したように乱れた文面の密鋳銭の有名銭。延展技法による変化。悪名だという評価もあるが、皆に愛されすっかり定着してしまっている。
→ 踏潰銭  
   
不知銭(ふちせん)
素性の良く判らない銭貨。ただし、古寛永通寶や天保銭の場合はほとんどが素性、鋳造地とも不明なものが多い。そのため、不知銭も一分類グループ名称であると割り切るほうが良いと思う。強いて言えば銭籍が定まらない(定説のない)銭貨のこと。
類義語 → 未勘銭(みかんせん)  
   
不跋永(ふばつえい)
永柱の跳ねがないのではなく、永字のフ画末尾が跳ねないことを意味する。古寛永の坂本銭の標準銭はは永フ画の先端が跳ねる特色があるが、中に、その跳ねが削り取られたものが存在する。本来は不跋が当たり前なんですけど・・・。 
   
文久銭(ぶんきゅうせん)
1863年に金座・銀座で鋳造された文久永寶のこと。鋳造に至る経緯は左のリンク参照のこと。
→ 文久永寶の細道 
   
文久様(ぶんきゅうよう)
寛永通寶四文銭の不知品の有名銭で、背の様子が文久永寶に似ていることから名づけられた。輪側面はろくろ仕上げである。近代贋作がとても多くてなかなか手が出せません。 
   
文銭(ぶんせん)
寛文期亀戸銭の愛称。背に文の文字があるから。非常に製作が良く、江戸期を通じて愛され、それがゆえに退蔵された。新寛永として最も古い時代のものでありながら、大量生産もありかなりの数の文銭が現代に伝わっている。また、微妙な書体の違いを追求する現代の文銭マニアを生み出した魔性の穴銭でもある。  
   
文楼彫(ぶんろうぼり)
江戸時代の収集家、村田元成(通称文楼)の遺愛品の中に彫り直しの贋作がたくさん含まれていたとされ、その贋作のことをこう呼んだと伝えられる。後に、この贋作は彫り直しではなく、漆盛技法によるもので、蒔絵師の長八の作ではないかともいわれているが定かではない。
→ 贋作者列伝
   
米字極印(べいじごくいん・こめじごくいん?)
寛永銭の盛岡藩銭中に、米の字に見える刻印を輪に打ちつけたものがある。廃棄母銭に極印を打ち、山内通用とする・・・など諸説あるがはっきりしない。はっきりしているのは贋造作が湯水のごとくあること。私も騙されました。
※古銭語事典では「こめじごくいん」と呼んでいます。
 
  
別座(べつざ)・別炉(べつろ)
本来鋳造されている鋳造場所ものではないもの。暗に密鋳銭であることを示唆している言葉だが、この場合断定しきっている訳ではなく、若干の公鋳の可能性も残している表現であると思う。要は製作が本炉銭とはことなるということ。
対義語 → 本座・本炉
 
   
ボイスオークション
古銭売買の方法。売り立て人が古銭を示し、みんなが購入希望価格を言って競り合う。通常のオークションと違い、購入者が希望価格を自ら発する。  
   
抱冠(ほうかん)・抱寛(ほうかん)
冠の後端が大きく、文字を包み込むようになっているもの。この表現はほとんど寛字の形容として使用される。そのため抱冠といえば抱冠寛であると思って差し支えなく抱寛と標記することが多い。古銭界では同じ音が続くことを嫌うのか、しばしば文字を省略することがある。 
   
方冠(ほうかん)
ウ冠の末画が角ばっていること。2段折れになっているケースもある。こちらの表現はなぜか寶の字が表現の中心になっている。 
   
方字(ほうじ)
角ばった文字のこと。天保銭で方字というと萩銭の一類を意味する。
 
 
   
崩字(ほうじ)
文字通り崩れた書体。陰起がはげしかったり、書体そのものが異常だったりすることも・・・。  
   
尨字ぼうじ)
天保銭の不知品の有名銭。尨とはむくいぬとも読み、ふさふさ垂れた毛をもつころころした犬の意味。あまり文字が適格に銭を表現しているとは思えないのは私だけか?  
   
宝珠(ほうじゅ)
竜王に宿る、炎の霊玉。仏法ではすべての願い事をかなえる万能の宝。日本では先端の尖った丸い玉として描かれることが多く、橋の欄干にある擬宝珠(ぎぼうし)はこの宝珠を模したもの。一円銀貨の龍がつかんでいるのも宝珠である。寛永類では上棟刻印銭や絵銭のデザインとして良く見られるが、丸い玉や二重丸のようにしか見えないことも多い。 
   
房州砂(ぼうしゅうずな)
南房総で採れる鋳造用の山砂。なかでも館山産の「白土(はくど)」はきめが細かく最高品質とされた。文献によっては九十九里の砂としているものがあるが誤り。 
   
方泉處(ほうせんか)
1992年9月24日、北海道札幌郊外にオープンした穴銭の資料館。東洋鋳造貨幣研究所と称し、鋳造貨幣の研究を行い季刊 方泉處を発刊した。本体企業はゲームメーカーのハドソン社。館長の工藤裕司氏はハドソン社の創立者である。石川諄氏はその主体的な活動員で、そのほかにも穴銭堂の増尾富房氏なども客員研究員として加わったようだ。遅ればせながら私はHPでその存在を知り、東洋鋳造貨幣研究所主催の浅草古銭会の幽霊会員にもなる。2001年5月に突然閉鎖。その後、所蔵品が銀座コインオークションなどに流出したのは記憶に新しい。新寛永通寶図会は方泉處の最大級の遺産であり、これにより内径計測分類の技法が普及したと言っても過言ではないと思う。ちなみに筆者が最初に買ったTVゲームソフトはハドソン者の『桃太郎伝説』で、方泉處に就職希望のお手紙を出したこともあり(断られました・・・)、新婚旅行のときに北海道に行き方泉處見学を企てようとしたが、現地で閉館の報を聞き夢がかなわなかった苦い思い出もある。方泉處とは方穿貨を洒落たもので、南国で咲き乱れるホウセンカの花への憧れも含まれて名づけられたそうな・・・。私がこのHP製作を思い立ったのも方泉處を意識したものなんです。  → 泉家・収集家覚書 
   
仿鋳銭(ぼうちゅうせん ☓彷・傍)
正規の通貨でない密鋳銭のこと。この言葉(ぼう)ほとんどのワープロでは受け付けてくれない。そのため、最近では多くの銭書から消える運命になっている。
同義語 → 密鋳銭 盗鋳銭 潜鋳銭 私鋳銭
 
   
寶連輪(ほうれんりん)
古寛永の有名銭。寶貝の底画の先端が飛び出し、輪に接することから。ただし、類品の寶連輪大字はこの特徴がない。これは寶連輪の名前があまりにも有名だから、名称が独り歩きしたもの。(同じような例では、不草点の草点保など古泉界では時折みられる。)
 
→ 古寛永初期不知銭 
   
母銭(ぼせん)
通用銭の鋳型を製造するための型になる銭。
種銭(たねせん)ともいう。この母銭を砂笵で型をとることにより、規格の整った通用銭の大量生産が可能になった。通用銭と母銭の違いは素材の収縮に備えてわずかに大きいこと、砂笵からの抜けを考えて丁寧なやすり仕上げがしてあること、ときにはテーパーがついていたり材質が異なったりもする。仕上げはきれいであるが、通用銭との区別が難しい場合も多い。制作段階により彫り母銭、原母銭、錫母銭、銅母銭などに分けられる。 
→ 母銭について 
  
母銭式(ぼせんしき)
母銭のつくりのものしかなく、通用銭と思われるものが存在しないもの。十万坪銭背十が代表的。  
   
本座(ほんざ)
天保銭の江戸座のことを通称で本座という。本家の座。藩鋳銭に対しての本座ではなく、あくまでも難波大坂座に対しての本座が語源。
→ 本座銭 
   
翻字(ほんじ)
鏡文字、裏返しの文字。絵銭や島銭などに見られる奇怪な異書体。 
 
   
本体(ほんたい)
削字刔輪変化などが生じる前の原型に近い書体のこと。ただし、あくまでも本体の認定は推定で行われるため、判断が絶対正しいとは限らない。  
   
盆回し(ぼんまわし)
昔からある古銭の売買の手法。売りたい古銭を盆(容器)に入れて回し、それに対して札を入れて行く。最高値をつけた人が購入権利を得る。入札の一形態と思ってよいが規模が小さく、公開性がある。  
   
本炉銭(ほんろ)
別炉に対する本炉であるが、本炉であっても公鋳とは限らない。天保銭の藩鋳銭は幕許はないのでみな密鋳ではあるのだが、密鋳銭とは言わず、別炉銭とも言わない。(藩鋳銭と言う。)その地の支配権力者の主力工場の産が本炉銭、そうでなければ別炉銭で中には私鋳銭もあるが区別がつかないこともあると思う。
対義語 → 別炉銭  
   
五十音検索
   
ま行 リターン   
末鋳銭(まっちゅうせん)末炉銭(まつろせん)
鋳銭も最後期によく現れる粗末な銭。おおむね鋳造末期には原料が高騰したり、枯渇気味なるため、材料を節約した質の悪い粗末な銭貨が現れやすい。おおむね薄肉浅字になり、磨輪されて穿も大きくなる。材質も落ちる。末炉銭も同義である。
対義語 → 初鋳銭 
   
マ頭通(まとうつう)
通の頭がマの形状であること。不旧手など一部の銭種を除きほとんどの寛永銅一文銭がコ頭通の形状である。   
   
豆銭(まめせん:中国語読みはたいちぇん?)
いわゆる満州寛永などと呼ばれる直径1.5センチ以下の真鍮質小様銭。清朝末期の民間私鋳銭に同様の制作のものがあり関係が深いと思われるこのうち寛永通寶の銘柄を満州寛永と呼ぶ。  
   
磨輪(まりん)
銭貨の外周を削ること。輪の歪みを整えることが本来の目的だったが、後に原料節約のために多用されることになる。民間で削り取ると盗銅(とうどう)と言う。 
   
丸屋銭(まるやせん)
鋳銭重宝記にある「宝永亀戸銭、俗に丸屋銭といふ。右、宝永5年より正徳2年まで5ケ年の間亀戸村にて鋳るところなり。請負人、丸屋三郎右ェ門、堀口吉兵衛」の記述に選ばれて選定された銭種。新寛永銭中で屈指の高品質銭。大型で書体に変化がほとんどない。銭種割り当てには異論が多いのだが、丸屋の名前は愛称として完全に定着してしまっている。 
   
満州寛永(まんしゅうかんえい)
いわゆる安南寛永のうち、真鍮質で超小型になる豆銭の部類をこのように称する事がある。清朝末期の民間私鋳銭に同様の制作のものがあり関係が深いと思われる。
→外国模鋳銭の類
   
見寛(〇みかん △けんかん)
寛永葛巻銭にある分類名。寛字のウ冠が目立たず、あたかも見の文字のように見えることから名づけられたもの。私は「みかん」で当初覚えたが、新寛永通寶図絵のルビで「けんかん」に改めていた。しかし、新寛永通宝カタログや古銭語事典では「みかん」だった。現在の主流は変わっているのかもしれない。
※東北地域の古泉界では今では「けんかん」が主流だそうです。
 
   
未勘銭(みかんせん) → 不知銭(ふちせん)   
   
見切り線(みきりせん)
鋳型の面と背の合わせ目のこと。鋳ばりによって確認されるがやすり掛け作業で見えなくなることが多い。密鋳銭には銭を真横から見ると観察できるものがある。寛永銭、天保銭の場合、通常は背側に寄っている。これを片見切りと言う。中央に見切り線があるものは中見切りと言うが、密鋳銭に時おり見られる異常形態である。
→ 貼り合わせ(はりあわせ)  
   
密鋳銭(みっちゅうせん)
幕府や藩などの許可なく鋳造された銭貨。粗末なものが多い。仿鋳銭、私鋳銭、私炉銭、僭鋳銭、盗鋳銭などとも表現される。なお、幕末の南部藩では藩の暗黙の了解(藩命)の中で民間による密鋳が行われていた。
→ 密鋳四文銭
タイプ別研究分類
   
耳白銭(みみしろせん)
耳=縁、白=広い・・・すなわち輪の広い銭のこと。宝永期あるいは正徳期に亀戸で鋳造された銭貨にこの愛称がつけられている。  
   
宮銭(みやせん)
絵銭の一種。銭座の年初の鋳造はじめのときにも、これを作って神棚に捧げたという。灯明銭。銭の下に足がついている形が多い。これは湯桶読みで私は「ぐうせん」で覚えてしまっていた。
→ 絵銭の類
   
民鋳(みんちゅう)
民間鋳造のこと。たいがいの寛永銭は民間請負なので民鋳なのだが、享保期佐渡銭は官営炉から後期に民間請負に変えたのでとくに民鋳と言われる。民間で勝手に隠れて作る密鋳(みっちゅう)とは本来は違うのだが、密鋳と混同されることもしばしば。
天保通寶の土佐額輪はその昔、南部民鋳と呼ばれた時代がある。
  
   
無印(むいん)
輪などに打たれる極印が省略されているもの。エラー銭と言うわけではなく、意図的に省かれたもの。新寛永通宝カタログでは十万坪銭無印に「むじるし」のルビがふってあったが、誤植と思われる。 
   
無背(むはい)
背に文字がないもの。もともと文字があった状態から文字を削り去った場合は背刮去という。
 
   
目寛(〇めかん・△もくかん)
寛永葛巻銭にある分類名。四ツ宝座寛からつくられた母銭から生まれ、寛字があたかも目の文字のように見えることから名づけられたもの。私は「めかん」で当初覚えたが、新寛永通寶図絵のルビで「もくかん」に改めていた。しかし、新寛永通宝カタログや古銭語事典では「めかん」だった。現在の主流は変わっているのかもしれない。 
   
面子銭(めんこせん)
絵銭の一種で子供用の玩具としてとくに肉厚につくられているもの。
 
→ 絵銭の類
   
面背逆製(めんはいぎゃくせい)
母銭を砂型に置く際に、表と裏を間違えたことによるエラー銭。通常は軽く固めた砂型に母銭を面を上にして置き、上から薄く鋳砂をふるいかけた後に圧力をかけて押し固めてゆく。面側は固まっていない細かい砂がふるわれている分、背よりくっきり文字が鋳出される。型の合わせ目(見切り線)は当然背に近い側にできるので、鋳ばりの関係から穿は背側より面側の方が広くなる。ところが、面背逆製は母銭の置き方を間違えているため、すべてが逆の結果になる。すなわち面文はぼやけ、穿の大きさも背側が広くなる。円穿になりやすいのも特徴である。

→ 面背逆製の寛永通寶
   
摸鋳銭(もちゅうせん)
真似して鋳造した私鋳銭。私は主に安南寛永の分類で使用している。モデルになる銭貨の書風は真似しているのだが、崩れが大きく、文字が横になったりするなど銭貨としてのルール無視などもあって面白い。 
→ 外国模鋳銭の類
   
盛無背(もりむはい)
浄法寺銭のうち、本来あった盛の文字を削り取って新たに波文様を入れたもの。盛括去でも良いと思うが、波を入れたことによりこのような名称になったのかなと思うのだが、背千の場合は刮去だし、釈然としないが旧例に従う。
→ 浄法寺銭の類
   
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や行 リターン  
   
焼け銭(やけせん)
火事にあった罹災銭。肌が黒ずんであれたり、赤くなったり、全体に大きくなったりもする。 
 
   
焼け伸び(やけのび)
古銭が火事にあうと、金属が溶けて全体が大きくなる。文字もだらしなくなり薄くなる傾向にある。これを大様銭と見間違う例が多い。  
   
やすり目(やすりめ)
金属加工の条痕跡のこと。一般的には金属やすりによる削り跡のことになるが、銭の場合は穿内は棒状のやすりで仕上げるものの側面は和やすりで削った後に砥石で仕上げている。さらに面背はやすりすら使用しないで砥石仕上げと砂磨きが一般的。しかし、どういう訳なのか銭についた条痕はやすり目と言うようになっている。多分間違いなのだが、私を含め多くの古銭収集者がそのまま使用している・・・不思議だ。
 
   
痩字(△やせじ 〇そうじ)
文字が細くなっているもの。「そうじ」の方が一般的。細字よりもう少し痩せ細ったような弱々しい不自然さがある。
対義語 → 太字・肥字
類義語 → 細字・繊字
  
   
奴銭(やっこせん)
大珍品の元文期中の島銭、背大郭の俗称。背の郭が極端に大きく、供奴の大紋に似ていることからこの名称がつけられた。 
→ 中の島奴銭
   
山添印(やまそえいん) → 読みに自信がありません
琉球通寶の中字には謎の刻印が打たれているケースがしばしば見られる。乎形、三、人などがあるが何を意味するかはいまだに不明。ある古銭販売業者から聞いた話だが、この刻印銭は京都の薩摩藩邸付近の旧家からよく見つかるそうで通行手形、割符(合言葉)として使用されたのではないかとの事。山に呼応するのが三で、これは実は川を表わしているのではないか・・・。乎形をテガタと読む由来もこれに通じる気がする。あくまでも私説だがなかなか説得力がある。
   
勇文(ゆうぶん)・勇字(ゆうじ)
勢いがあり、伸び伸びしている文字のこと。天保銭、古寛永に使用が見られる。 
→ 会津勇文 
   
湯口(ゆぐち)・湯道(ゆみち)
原料の銅が、型に流れ込む入口、流れ込む道。鋳放し銭にはその場所が痕跡としてしっかり残る。 
→ 錯笵銭物語
   
ユ頭通(ゆとうつう)
通頭がコやマにならずユのかたちになっているもの。島屋文の説明で良く使われる。
→ 島屋文
   
湯走り(ゆばしり) → 鋳走り(いばしり)  
   
〇〇様(〇〇よう)
〇〇に似ているということ。〇〇手ほど分類上で系統立てられているわけではない。あやふやな意味を残す。  
   
幺永(ようえい)
永字が弱々しいこと。 古寛永の太細の中の有名銭。 
→太細の類
   
容弱(ようじゃく)
不知天保銭の有名品。容貌が弱々しいと言う意味らしいが、私にはそうは見えない。 
→ 細郭手 
   
揚足寶(ようそくほう)
寶字の前足が跳ね上がる様を称したもの。天保通寶の水戸銭でで固有名称になっている。  
   
横やすり(よこやすり)
銭面に対して平行にやすりがけが行なわれていること。密鋳四文銭に特徴的なものが多く観察される。  
   
呼子銭(よぶこせん)
古寛永坂本銭や新寛永難波銭の愛称。いずれも永フ画先端が跳ねているが、その様子がおいでおいでをしているととらえられたため。お金を招く縁起の良いものとされ、財布の中に忍ばせておくと良いといわれ、私もしばらく坂本銭をいれていたが、10円玉と間違えて使ってしまったらしい。以来、どうも金運に恵まれていない。 
   
四年銭(よねんせん)
明和期に鋳造された背21波真鍮銭(青銭)の俗称。明和4年に許可が通り(5年から)鋳造が開始されたため。 
→ 明和期背21波
   
五十音検索
   
ら行 リターン  
   
ラムスデン作(らむすでんさく)
1872~1915年。イギリス国籍のオランダ人。領事館が治外法権であることをいいことにあらゆる古銭を贋造、妻の弟と結託して商社を設立し、贋作品を海外専門に輸出して日本人にはあまり売らなかったたが、その死後に遺品を受け継いだ義弟の小早川潤氏により作品が流出したのと、海外から逆輸入されたものにその贋作品が混じっていたことにより収集界において発覚した。贋作技法はかなり科学的で穴銭類においては主に地方貨幣や天保型絵銭などが作品として多く残されている。 
→贋作者列伝 
   
離郭(りかく)
文字が郭から離れ、輪側に寄ること。接郭寄郭の対義語で古寛永分類の重要ポイント。天保銭で離郭と言えば福岡藩銭のことを言う。
対義語 → 接郭 寄郭 
→ 福岡離郭
   
力永(りきえい)
永文字に力感あふれる書体。古寛永水戸銭の分類名。昔は反柱永といった。 
→ 水戸力永
   
離足寶(りそくほう)
寶の足が輪から離れるもの(天保銭)と貝目から離れるもの(文久銭)がある。 
 
   
離頭通(りとうつう)
通頭のコが用画から離れているもの。
 
   
離貝寶(りばいほう)
通常、天保銭の寶王画の底は貝画と接するのだが、加刀修正によって完全に離れてしまっているもの。不知天保通寶の斜珎の異名でもある。  
   
略寶(りゃくほう) → 玉寶(たまほう)   
   
流永(りゅうえい)
永の末尾が浮きながら流れるように尾を引く書体。古寛永の水戸銭の中の一分類名にある。 
→ 水戸流永 
   
琉球通寶(りゅうきゅうつうほう)
英仏人が渡来して銭が不足することを理由に、薩摩藩が幕府から鋳造許可を勝ち取った地方通貨。天保銭型の當百銭と丸型の半朱がある。側面極印は薩摩を意味するサ極印だが、他藩との決済用に桐極印も使用された。半朱は文字通り2枚で1朱を意味するが、當百は124文で通用させた記録が残っている。もちろん、これらは見せ金で本当のねらいが天保通寶の密鋳であったことは言うまでもない。 
→ 薩摩前期銭
   
柳斎大字(りゅうさいだいじ) → 志津麿大字(しづまだいじ)   
   
隆徳手(りゅうとくて)
安南手類銭の一類。隆徳通寶を基本とする。真鍮質薄型で元隆手に似るが書体はオリジナル、銭径も大きい。背郭の四角が隆起し、四道気味になる特徴を持つ。 
   
良恕(〇りょうじょ ☓りょうにょ)
「りょうにょ」と読まれることもあるが誤読で私も間違えて覚えていた。江戸初期の親王で後陽成天皇の弟。法名は覚円。古寛永岡山銭のある種の筆者として伝えられているが真相は不明。寶珎の王末画と尓初画が連なる癖がある。
寛永通寶(古寛永)大分類の手引きに堂々と「りょうにょ」とフリガナが付けられています。古銭語事典にも二通りの呼び名が記されています。古銭界もおそらく途中で間違いに気づいたのに定着してしまったため直せなかったのでは?
 
→ 良恕の類 
   
離用通(りようつう)
通字の用画がしんにょうから離れること。銭種によってその状況は異なり、縦画の一部が削字によって短くなるものから書体として用画が完全に離れているものまで色々である。
  
   
離輪(りりん)
輪と文字の間が空いていること。そのような銭はたいがい接郭(せっかく)・寄郭(きかく)になる。また、技術的には刔輪(けつりん)された銭に多くみられる。
類義語 → 隔輪  
   
(りん)
銭文を囲む外側の輪のこと。縁と同義だが、部位単独を表す表現としてはこちらの方が多用される。  
   
輪十(りんじゅう)
輪に十の刻印があるもの。元文期十万坪銭にこれがある。ただし臨終を連想させるこの発音は私は嫌いで(わじゅう)と呼ぶ悪癖をつけてしまった。ただし同様に輪に一の刻印があるものリンイチと呼ばずになぜかマルイチと呼ぶ。
 
→ 十万坪銭 の類 
   
稟議銭(りんぎせん)
鋳造許可前の見本銭のこと。
 
 
   
連玉寶(れんぎょくほう)
寶王画と尓画がつながること。なぜか王(おう)が玉(ぎょく)になる。王末画が反り返りながら連なる場合は反玉寶と言う。 
   
連輪(れんりん)
文字の一部分が輪につながるもの。古寛永に寶連輪という有名銭がある。 
→ 古寛永初期不知銭
   
六出星極印銭(ろくしゅつせいごくいんせん)
南部藩栗林座で廃母銭に小刻印を打って12文(あるいは24文)に通用させたと言う説があるが、諸説あって真贋が確定していない。 
ロクロ仕上(ろくろしあげ)
銭貨の輪側面を仕上るときの手段で、穿に角棒を通した状態で回転させて、やすりや砥石を当てることにより、直径の揃った銭貨が大量に出来上がる。この最も良い例が安政期四文銭で、銭が側面で立つほどきっちり仕上られている。

※ボナンザ1976年6月臨時増刊号による図。当てられているのは輪側面を削る特殊な工具。このようにロクロ仕上げの起源はかなり古いと思われます。
六年銭(ろくねんせん)
明和期に鋳造された背11波の真鍮銭(青銭)の俗称。明和6年に鋳造が開始されたため。 
→ 明和期背11波
   
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わ行 リターン  
   
歪永(わいえい)
永字が歪んでいる様。古寛永の太細の中の有名銭で、永字が扁平に歪んでいる。幺永とセットで覚えて頂きたい書体。
→太細の類
   
湾柱永(わんちゅうえい)
柱が湾曲した永の字。古寛永にこの名前のついたものがある。柱の右側が膨らむものを湾柱とし、その逆はと呼ぶ。また、似た用語として跼永(きょくえい)があるが、こちらは柱が丸まり背が低い意味がある。
→ 水戸 湾柱永
   
   
細縁と濶縁の定義について  
 

これらの用語については、定義があるいようでいて一部あいまいなところがあります。

寛永銭を専門に研究される方々においては、

「細縁とは内径、銭文径が通常の銭より大きく、その結果、輪が細くなったもののことを言う。内径が通常銭と同じものは磨輪銭である。」
「濶縁は内径、銭文径が通常の銭より小さくなる。内径が通常銭と同じ場合で輪が広いのは大様であり、内外径とも広いものを濶縁大様と言う。」
というのが最近のトレンドです。(注1)

細縁、濶縁の定義が改めてなされたのはおそらく、文銭に細縁銭の新種が続々と発見されたことにあると思います。これらの変化は非常に微細であり、その結果古銭の内外径をノギス計測して数値化するという新しい分類手法が定着しました。今まで感覚的にしか判らなかった世界が明らかになり、収集の世界が広がったという点では画期的な功績をもたらしました。そのため分類名称としての細縁銭は、これらの功績を尊重して改めて定義づけられたような気がします。

でもちょっと考えて頂きたい。細縁、濶縁は輪の幅を表す状態表現であり、磨輪は加工技術の表現です。磨輪された結果の細縁もあるでしょうし、鋳造当初からの細縁銭もあるはずです。これに大きさの状態表現を表す大様が加わるから問題は複雑になります。細縁と磨輪、濶縁と大様を区別するために、さらに「細輪、広輪」という言葉を使用した古銭家もおられたと思います。その結果、分類表現が非常にややこしくなり、大混乱が生じています。

これらの見た目の状態を表す表現(細縁、濶縁、大様)と製造技法を表す表現(磨輪)と分類名称が一緒になって生じた混乱は、本当なら原点に戻ってそれぞれを別個に表現した方がすっきりすると思います。つまり、今で言う細縁は大字細縁であり、濶縁は縮字濶縁であるべきだと思います。また、大様、小様、磨輪などの表現も制限をなくし自由に名称に冠するほうが便利です。
この問題は銭の形態から見て本来、濶縁銭の名が一番ふさわしいと思われる「標準書体で輪幅の広いもの」が、その状態表現方法を濶縁縮字銭に占有されてしまったが故の混乱であり、それでも細縁、濶縁の名称の定義にこだわるのは判りやすい分類表現から一方的に乖離するだけだと思います。

私がこの点にこだわる理由は、銭譜などで銭の状況を説明するのに困ってしまうからです。分類名称を付ける上でのルールによって、状態や加工を表す表現が制約を受けるのは納得できません。また、例外も多く存在します。覆輪や刔輪技法による輪幅の変化ついてはまったく無視されているのも気になります。

だいたい、「内外径とも広いものを濶縁大様とする」のは「濶縁=銭文径が通常の銭より小さくなる」という根本的な決め事に矛盾していますよね。つまり
内径が大きく文字が大きいという状態を表す適切で短い表現が確立していない
のに、無理やり濶縁という言葉を組み込んであてがったからおかしいのです。(どなたか発明して下さい!)これによって細縁や濶縁といった言葉が不当占拠されてしまっているだけでなく、大様などの別の表現にまで制限が広がってしまっているのです。

100歩譲って文銭の細縁銭については、この定義を受け入れるのは良いでしょう。
銭の状態を表現する語句と別個に分類名称をつける上でのルールがあるのは構わないと思います。ただ、この定義を文銭(寛永銭)以外に広めて厳格化することについては危険を感じます。(銭の状態を表現する語句が再び制限を受ける可能性があるからです。)とくに濶縁と大様の定義固定については断固反対です。

(注1)この記事を書いていたころのトレンドです。たしか収集誌に記載された内容を転記したもので、現在は内外径とも大きなものは大型銭というように定義されました。最新刊の穴銭入門・新寛永通寶の部で紹介されましたので、これが現在の主流でしょう。提唱者は文源卿の米田氏です。多少説明的に苦しい一面もありますが、以前の混乱はこれで収束できるでしょう・・・かね?

これは一般でいう細縁銭の外径の大きいものです。このようなものはかつての細縁、濶縁の定義でいうと行き場がなくなってしまいました。大様という名称も使えないので、最近は大型銭という新名称を与えられています。
(収集2003年1月号から借拓)

平成17年の銀座コインオークションではいわゆる細縁銭を細縁大字銭としていました。当を得ている表現だと思います。
外径25.7㎜の文銭
内径は通用銭と同じです。定義からいうと大様なのですが、大型銭と意味合が似ていてややこしい。細縁、濶縁の論議に大様の語句まで巻き込んでしまった結果なのです。濶縁大様でも良いと思うのですがね・・・。
 注意:乏しい経験と知識で記述していますので、思い込みによる間違い、勘違いがあると思います。ご容赦願います。 
   
   
   
 
新寛永通寶分類譜 古寛永基礎分類譜 赤錆の館
天保銭の小部屋 文久永寶の細道