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制作作日記
2022年1月~12月31日分まで
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ひみつ
 
八厘会(天保仙人様が主催する古銭会)
天保通寶の研究を中心に、各種泉談が満載の会です。

例会日:原則として8月・12月を除く毎月第4土曜日
 
12:00 開場・受付
12:30 『楽笑会』骨董美術何でもオークション
14:00 『八厘会』天保通寶研究など
15:00 盆回し式入札会
16:30 終了(後片付け)
会費:500円(大学生以上の男性のみ。付添者は無料)
電話:090-4173-7728(事務局 日馬)
東京駅地下1F「八重洲中央口改札」→八重洲地下街突き当り右「24番出口」へ →
→ 左側「銀座・京橋・中央通り」階段上がる(地上へ)→ しばらく歩き「久安橋」を渡る
→ 「久安橋」を渡ったすぐ右手にある「麺屋一(はじめ)」のビルの3階が会場です。
※八重洲中央口改札からほぼまっすぐ徒歩12~14分のイメージです。

会場住所:東京都中央区八丁堀2丁目1-2 
    「八丁堀水澤ビル」3階 コンビニエンス・スタジオ「サムシン」

 
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貨幣そうだ!「貨幣」を読もう!
貨幣誌は戦前の東洋貨幣協会時代から続く、現存する最も古く、かつ権威ある貨幣収集愛好家団体です。貨幣収集趣味が衰退している昨今、生で勉強できる貴重な研究会場であるとともに、情報収集することもできる交流の場でもあると思います。かくいう私、会費は払ったものの、例会には参加したこともなく、果たして正式会員であるかどうかも分からない幽霊です。まあ、今でもこの情報誌が送られてくるから会員なんでしょうね。
日本の貨幣収集界が底辺を広げてもっと盛り上がってもらいたいので、その気のある方、私のように地方在住で仕事の関係で参加できない方も、情報収集アイテムとしてご参加・ご活用ください。
入会申し込み先
〒243-0413 神奈川県海老名市国分寺台1-15-14
日本貨幣協会事務局(副会長) 吉田守 ☎090-7839-4437
郵便振替00110-0-8563 日本貨幣協会 

※年会費は5000円だったと思います。この記事は勝手な応援広告なので必ずお問い合わせください。
       
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①新訂天保銭図譜133(大点尓) 
 天保銭辞典P343⑬(大点尓)
 當百銭カタログ229(大点尓寶)
 不知天保通寶分類譜P65-47(大点尓寶)
 長径49.75㎜ 短径32.3㎜
②天保通寶母銭図録157(肥点保母銭覆輪)
 不知天保通寶分類譜P22-2(肥点保母銭)

 長径49.30㎜ 短径32.80㎜
③勢陽天保泉譜233(肥点保母銭)
 天保通寶母銭図録157(肥点保母銭)
 不知天保通寶分類譜P21-1(肥点保母銭)

 長径49.65㎜ 短径32.40㎜
※王の柱の傾きなど、①にかなり近い。
④肥点保通用銭(厚肉小様)
 長径47.65㎜ 短径31.60㎜
 銭文径40.06㎜ 重量28.3g
 2020年10月31日制作日記参照
⑤大点尓寶濶縁
 長径49.09㎜短径32.57㎜
 銭文径40.66㎜ 重量18.0g
⑥短尾通大様
 長径49.2㎜ 短径33.1㎜ 
 銭文径41.3㎜ 重量20.9g 
⑦短尾通小様
 長径48.3㎜ 短径32.1㎜ 
 銭文径40.3㎜ 重量20.5g 
 
1月14日【大点尓寶の類似品】
恥ずかしながら私は泉譜における大点尓寶と短尾通の類を確信犯的に混同していました。改めて拓を見ると別物なんですけど、思い込みとは恐いもので・・・同じようなことは通寶小字の類でも分かっていても正すことができない頑固爺になりました。

大点尓寶は1975年に新訂天保銭図譜に大点尓の名称で掲載されているのが最初だと思います。その拓本は径が大きく文字繊細で、母銭ではないかと思うのですがそのような記述はありません。説明としては・・・黄褐色の精美銭で尓点が太く大きいとだけの説明があります。
泉譜に記述のない特徴としては
覆輪刔輪が強烈でとくに背側の刔輪が強烈であること、保の柱が長い長柱保になること、通点が下がる降点通で大頭通、高頭通になること、寶尓が王第3画に接し連玉尓であること、通尾に切れがあり短尾通になること、寶王の柱が前傾すること、寶足が長く歪むこと、通用第2画の縦画に切れがあること、通頭上の郭が反郭気味に削郭され降通し離郭すること、背郭にも加刀変化がみられること・・・などなど。個別変化もあると思いますが、概ねこんなところです。
特に赤字で示したポイントとても大事なので、それを念頭に②~③をご覧ください。
②③は肥天保の名称で天保通寶母銭図録に掲載されているもので、③と思しきものは勢陽譜(天保泉譜)に「大川」の印のある拓本で掲載されています。つまり天顕堂師の所蔵品。青寶樓→天顕堂と渡ったものに相違ないと思われますが、後から刊行された母銭図録では小川青寶樓の名前なので、泉譜発行順では逆の流れになっています。天保泉譜の解説では「本品も鋳浚母か。尓仰ぎその前点と玉の最下末横引き末端と連なる。保点肥大、破、通、冠は波局す。子銭の存否を不知。」とあります。
通頭の形状の違い、削郭の度合いの違いこそありますが、②③とも同じ系統・・・そして、同じ特徴が①にも見える・・・とくに①と②は激似・・・これは他人の空似なんかじゃありません。(ただ、②と③は寶王の形状や離郭の度合いは微妙に異なります。)これら一連のことは関西のTさんが見事に指摘してくださっています。
さらに④も③への類似特色があり、大点尓寶系であるとのこと。ものすごい慧眼・・・異能です。彼の画像に対する記憶力、比較観察力は天性のもので、私たちに見えないものが見えているとしか思えない能力です。私がはじめて⑥を入手したとき、拓本と照合する作業過程で①との類似性にとらわれて同類であると思い込むことになったのと、全く反対ですね。
見えすぎるがゆえの悩みもあるようですが、持っているものだけのぜいたくな悩みですね。
ただ、④は異様に小さく、また、異様に分厚く重い。47㎜台で28g超という重量は通常ではなかなか出会えないサイズなのです。さすがのTさんも異様な製作と独特の黄銅色から贋作じゃないかと疑われたようでして、私のところに送付されてその疑問をぶつけてきたことがありました。(つくりはものすごく丁寧で、異様な製作形状ながら、嫌味を感じないので問題ない品とお答えしました。)④は郭の加刀もあり、通用の瑕もかすかに残っています。④は①などから写しを重ねたものじゃないかと・・・。Tさん、手放すことも考えていたようですが、これは手放したらいけない(手放すぐらいなら私が買うぞ!)と申し渡してお返ししました。手元に長く置いていたら返したくなくなる一品でした。

そしてHさんからAさんの所有になった⑤大点尓寶濶縁・・・名称を大点尓から大点尓寶に変更して統一しました・・・の画像もモトさん経由で頂戴しました。仰ぎ撮りなので画像は多少歪んでいますけど雰囲気は分かると思います。何より覆輪が立派で背に痕跡がしっかり残っています。濶縁と言うより強覆輪なのですけど、④の周囲に紙テープを巻いて覆輪するとこんな感じになるんじゃないかしら。覆輪は金属を巻くのが正式なのでしょうけど、密鋳の覆輪は紙を巻くといういう発想はなかなか面白いです。平成26年の貨幣7月号に豊泉師が仮説として述べていますが、これはアリだと思います。(制作日記2014年8月18日参照)
①の類似点はたくさんありますが、濶縁であること、通用の切れがないことが異なります。ただし、系統は同じじゃないかしら。

さて、私が最近まで大点尓寶と思い込み称していたもの・・・それを最後に載せましょう。ちょっと恥ずかしい。⑥⑦は類似カタログで短尾通とされるもので、短径が大きく地の余白の多い独特の小判型の天保通寶で、保の柱長く、尓の後点大きく、降点通、短尾通、刔輪により天上、寶下、當上の隙間大きく、細縁になります。
大点尓寶と言う名称的にははむしろこちらの方がぴったりなんですけど、製作が大分違いますね。とくにこの横太りの小判型形状は薩摩小字によく似ていてものすごく目立ちますね。短尾通には大様と次鋳があり、並べてみると大きさだけでなく製作の雰囲気もだいぶ違います。大様の方は状態は今一つですけど、風格は素晴らしくあると思います。これを大点尓寶と間違えたのは今思うと不思議なんですけど、多分この風格に酔っていたんだと思います。それに一応書体が大点尓寶であるのは間違いはないので・・・。

ちなみに「尓」の読み方の分からない方・・・音読みで「シ」もしくは「ジ」、「ギ、キ、ニ」とも読むらしい。訓読みだと「なんじ」が一般的。ワープロだと「なんじ」もしくは「シ」で変換できます。したがって「大点尓寶」は(濁音の変化はあると思いますが)「ダイテンシホウ」と読むのが本来だと思います。ただし、和同開珎に「尓」が小さい「小尓」という手替わりがあり「しょうちん」と呼ばれていたと思います。青寶樓師が「大点尓」と名付けたのも「ダイテンチン」と読ませたかったのではないかと推しはかっています。ただし、漢字的には「尓」は「ちん」とは読めないのです。古銭界の慣習として「ちん」で押し通すことも可能なのでしょうけど、私は後世のためには間違いは正すべきと思っていますし、瓜生氏が「大点尓寶」に改めたのも読みの修正を意識したものじゃないかと思うのですが・・・考えすぎでしょうか。

大点尓寶と言う名称が果たして良いのかどうか、何とも言えません。本当は斜珍、連玉珍なんですけど、すでに別の種類に名付けられています。消去法でやはり大点尓寶しかないのかなあ・・・皆様良い名称ございませんでしょうか?

私がなぜ⑥を「大点尓寶」とした理由が分かりました。不知天保通寶分類譜下巻136P-16にそのものずばり大点尓寶の名称で拓図が掲載されているからでした。(133Pには短尾通で掲載。)これはまた村上英太郎天保通寶研究分類譜1116図として掲載されています。
 
1月13日【収集品と未整理品】
収集誌の落札品が届き、机の上がまたにぎやかになってきています。最近は撮影しただけで満足してしまい、フォルダーに入れない、分類名を書かない、アルバムに入れないの3重苦状態で、コインフォルダーも出番が少なくて箱の中で黄ばんでしまっている有様です。昨日は「打印寛永銭」が見当たらないのに気が付き、大捜査になりました。ゴミ箱に誤って落としたかもしれないと半ばあきらめたとき、ひょっこりと現れて一安心。でもって、そのまま・・・なので懲りていません。

①四ツ寶銭広永鋳写厚肉母銭(3.8g)
四ツ寶銭を写して鉄母に仕立てたもの。側面は葛巻銭風の垂直仕上げで、磨輪によりこれだけ小さいのに重量は1匁以上あります。肉厚は1.8~1.9㎜、直径は20.9~20.8㎜。材質は鉛質がかなり強そうです。密鋳銭の見分けは初心のうちは結構難しくて、焼け銭の画像を送ってこられて密鋳銭ではないでしょうかと質問してくる方がいます。正直なところ画像だけでの判断は難しいのですけど、90%はだめだと思っています。一文銭の密鋳銭はそれだけ少ないのです。理由ははっきりしていて採算が取れないから。銅の密鋳銭がまとまって作られたのは幕末の一瞬しかないと思っています。あとは鉄銭鋳造の母銭として通用銭改造もしくは鋳写されてから改造されたものばかり・・・それが分かっていないと焼け銭を密鋳と思い込んでしまいます。

②古寛永水戸銭二水永背星
言わずと知れた有名銭。寛永通寶を集める人の必須アイテムなんですけど、高級品なので私はほぼ手を出さない存在です。収集誌に格安で出ていたので2万円ほどの価格をつけて遊んでいたら落ちちゃった。

③古寛永沓谷銭大様25.5㎜
古寛永は25㎜を超えたら拾いましょう・・・ただし、竹田、建仁寺、沓谷、鳥越は大きいものが多いのでぬか喜びにならないように。沓谷の25.5㎜はそれでも大きい方ですね。広郭ぶりが良い感じです。

④古寛永長門銭麗書長足寶濶縁手本銭25.3㎜
これも収集誌の落札だったような・・・落札金額は3000円以下だったと思います。つまり冷やかし応札。大きさや製作から見てこれはきちんとした手本銭。送られてきたフォルダーの文字から・・・前所有者の方は横浜古銭研究会の出品物を落札されていた気がします。

こういった品物、格安で買えた儲かった幸せ・・・と考えるか、使えるお金を使えないお金に両替したと考えるかは気持ちの持ち方ひとつでして・・・私の場合はちょっと幸せ、でも家族の視線が怖い。
 
①長郭手覆輪広郭(嵌郭)
③長郭手大点尓寶濶縁 ④長郭手大点尓
新訂天保銭図譜133
⑤細郭手俯頭通 ⑥細郭手俯頭通
1月11日【顔面相似形】
①の画像は関西のTさんから頂いた画像です。そして②は私が所有している品。長郭手の覆輪で面背とも郭幅が広いことに加え書体や地の特徴、穿の変形まで見事に一致します。この不知銭は長郭手の2度写しタイプで嵌郭が行われた(可能性がある)もの。私は覆輪小字背広横郭(嵌郭)と名付けていましたが、横郭気味なのは鋳造変化のようです。
①との郭幅の差は微差で、これを肉眼で違うと感じられるのはかなりの異能だと思います。実際に画像から兄弟銭を見抜く能力は恐ろしささえ感じてしまうぐらいで、これは天性のものじゃないかと思います。一時期私も0.1㎜の差を感じられるほどだった頃もありましたが、今では0.5㎜の差が判らず、昨日覚えたことも忘れるぐらいでして・・・。嵌郭を行う理由は 1.郭の補強(覆輪時の歪み防止) 2.面背のズレ補正の際の余白 の可能性があると思っています。嵌郭で有名なのは寛永通寶の秋田阿仁銭で、秋田小様、仙台長足寶でも行われたように感じます。
秋田銭の場合、穿内の仕上げを行う際に面側から角棒(角錐?)を強く打ち込んだような変形(鋳バリが背側に飛び出す、銭の凹型変形)が見られます。仙台長足寶は覆輪変形の防止の可能性が高く、それは反郭になる癖からも推定できます。一方この不知銭は1に加え2の理由の可能性がかなりあるように感じます。あくまでも個人的な意見ですけど。
Tさんは断尾通陰起寶に着目されておりましたが、一般名称としては覆輪広郭(嵌郭)とすべきと見ました。狭穿になっているのも目立ちますね。この天保通寶・・・かなり珍しいタイプだと思っています。Tさんの異能ぶりの解説・・・とくとご覧ください。

さて、③の拓本・・・年賀状ギャラリーで出たので記憶に新しいところ。東北のHさんの持ち物でしたが、関東のAさんがおねだりして譲渡されたようです。Hさん、頼まれたら断れない良い人だなあ・・・と思います。
長郭手大点尓濶縁
長径49.09㎜、短径32.57㎜、銭文径40.66㎜、内径43.15㎜、肉厚2.16㎜、重量18.0g
離郭の特徴を持つ天保通寶は福岡藩銭に代表されますが、不知長郭手でこのような特徴を持つものはほとんど聞いたことがありません。調べてみると天保銭図譜の133番の④大点尓が唯一この特徴を持っています。拓本を並べてみると文字の細さや覆輪度合い、背の刔輪などに違いはありますが、基本的な筆法はほぼ同一で、同一系統のものであろうと推定できます。(あるいは母子の関係かしら?)通尾の先端部分に切れ目があることも同一ですね。郭の修正の過程でこうなったと思われますが文字は離郭していますが、とくに狭穿になっているわけではありません。とにかく不思議な不知銭です。なお、大点尓の名称は小川青寶樓師の命名だと思われますが、私が従来大点尓寶としていたものは離隔の特徴がなく別系統でしたので、私のHPの名称は短尾通に改めます。

⑤は侍古銭会のタジさんが年賀状に掲載した細郭俯頭通。次鋳のようですけど長径は48.7㎜なのでさほど小さいとも言い切れません。実は大きいと思われている俯頭通の長径はけっして大ぶりとは言えないものが多いと感じます。拓本を見る限りは画像以上に立派な作りのようです。
俯頭通は細縁に仕上げられているものが多く、そのため文字は巨大に見えるのですけど、銭径的にはごく普通・・・ただし、独特の角ばった・・・撫角型(なでかくがた)の形状のため、天保通寶のコインフォルダーにうまく納まりません。表面積的には大きいのでこれと文字の大きさもあいまって俯頭通が巨大というイメージが植え付けられたのではないかな・・・と思います。
さて、俯頭通ですけど、製作の整った黄褐色の精美なものが代表銭なのですけど、次鋳タイプのものも存在しており、色調もいろいろあると泉譜には書かれています。似たようなものとして「薩摩小字」とか「濶天保」など次鋳と思しきの色違いのものが多数存在します。中には妖しい物も混じっていると思いますが、それを絶対だめなものだと断じることは難しいかもしれません。したがって評価はそれぞれの個体に関して個々が判断するしかないと思うのです。
そしてタジさんの俯頭通ですけど面側の状態は決して良くありません。一方背側は砂目もきちんと出ていますし、良く見ると鋳皺(茣蓙目)のようなものも確認できます。これは正しい鋳造法に基づく痕跡だと私は思っています。一番残念なのは極印で破損しているのか、穴ぼこのものが深く打たれているようにしか見えません。これは大きなマイナスポイント。ただ、トータルすると真贋的には不明なんですが、拓本の雰囲気や背の形状から見て贋作的なな変なものではない可能性の方が高いと思っています。状態がもったいないのです。是非上作なものの入手を目指してくださいね。

 
1月4日【年賀状ギャラリー】
メールが増えて年賀状は減る傾向にあります。私も生家を棄却して離れてしまったので年賀状が唯一といって良いつながりなんですけど、賀状もかなり減りました。それでも異様に多く、まだ200枚を超えています。かつて身内が選挙に出た名残なんですけど、減らせないものです。
そんな中で古銭の賀状は一服の清涼剤のようなもの。

①東北H氏:
長郭手覆輪離郭大点尓
見た瞬間反玉寶に見えてしまいましたが、どうやら長郭手の強覆輪のタイプ(2度写し)のようです。通の上の郭が反郭になり、降点通、高頭通、離郭になって尓も歪んでいます。天保銭図譜でいう大点尓と同じ特徴です。離郭大点尓としても良いかな。濶縁ぷりが良いですね。背側の画像も見たいですね。お待ちしております。

②健泉童氏:
細郭手俯頭通
説明不要の有名不知銭です。俯マ頭と平マ頭になるタイプがありますが微差で、これはどっちなんだろう。やや平マ頭かな。初鋳タイプと次鋳タイプがありますがかなり大きく立派に見えます。すごいものをご入手されたようでさすがです。サイズ教えてください。

③関東A氏:
正字背文最大様白銅母銭
拓本だけじゃ分からないけど白銅母銭です。文銭にはごくまれに白銅のものがありますが、これだけ大きくて白いものは稀で実は島屋文級の珍品だと言えます。(評価では島屋文にはかないませんが・・・)私は昨年中字の純白母銭を狂乱の末入手しましたが、正字にもあるのですね。白い母銭は良いですよ。画像もみたいです。外径25.95㎜、内径20.9㎜、背内径18.85㎜、肉厚1.40㎜

④四国O氏:
古寛永二水永長字
まるで手本銭みたいな端正な雰囲気です。この銭は短寶などと並び、他の二水永とは作りが整然としていて異なります。しかもこいつは別格の珍品なんですね。私にとっては手に取ってみたことがない品。皆のものひれ伏してご覧あれ。はは~・・・ってな感じ。特別感がぷんぷん香ります。

⑤鳳凰山師:
岩国寛永(銀一匁札)
ゼネラルコレクターの鳳凰山師。直球ではなく変化球できました。寛永通寶の図柄の藩札です。岩国と言えば山口県、長門の国。現代人にとっては岩国基地とか錦帯橋で知られていますが、古代においては鋳銭の地と言っても過言ではありません。ここから奈良に銭を送ったので奈良登り→長門になったのは有名な話。寛永通寶の絵柄は見た目は四文銭風ながら文銭かしら・・・うっすら文が見えるような・・・解説をよろしくお願いします。

⑥東北S氏:
栗林虎銭降兵鉄写
Sさんは今年の干支の虎で攻めてきました。しかも水戸虎銭の写し、さらに手替わりの降兵というおまけつきです。S氏いわく、たぶん絵銭だろうとのこと。でもこれは珍しいんじゃないかしら。幕末混乱期から明治にかけての作でしょうか。大切にしたい歴史的な品ですね。

⑦金弊塔氏:
天資元寶
これは知らなかった。見た瞬間天賛元寶かと思いました。え~改造銭でしょう・・・と無視してしまいそう。風貌は安南銭・・・と思ったらあたりのようで歴代銭の超珍品みたいです。安南歴代銭については泉譜を所有してなかったので知りませんでした。穴の細道で天賛、天顕は記事を読んだことがあるけれど天資とは・・・全然わからない。どなたか教えてください。

⑧天保仙人様:
中郭手勇文
天保通寶収集家なら知らないものはいない珍銭です。ずんぐりむっくりの幅広で、意外に長径は小さい。無極印銭で独特の白銅質から、九州あたり・・・少なくとも関西方面より西の生まれであろうことが分かります。したがって発見地も関西方面、北陸に多いようです。画像は拓本からの写しの写しなので歪んでしまいましたので、仙人様のお宅で直接撮影した画像を添付します。こうしてみるとつくりは会津じゃないですね。人偏の長さなんて異様です。古くから知られる銘品で、仙人様の所有品は遊泉斎鈴木中二→平尾賛平と渡り昭和泉譜に掲載されたものらしく、そこから大川天顕堂と渡った物らしい。不知天保通寶分類譜には文化庁蔵となっているのですが、民間に残っていたんですね。驚きました。造幣局博物館に勇文が展示されているのを見たことがありますがこれと同じ銅色でした。拝見できただけでラッキーな品の一つです。

①東北H氏 ②健泉童氏
③関東A氏 ④四国O氏
⑤鳳凰山氏 ⑥東北S氏
⑦金弊塔氏
⑧天保仙人様
⑨ 〃 原品画像
 
1月3日【紅白の寅】
雑銭掲示板には紅白で投稿掲載してくださっている方が多いようで・・・私も紅白の虎の尾寛を載せてみました。雑銭ですけど紅白の銅色で揃えるのは結構苦労します。虎の尾寛小字(下段右)の純白銅銭は私が白銅寛永収集にハマるきっかけとなった記念すべき品。虎の尾寛小字の白銅銭は探せば簡単に見つかると思います。対して虎の尾寛の本体の白銅はなかなか見つからなかった品でした。今探しているのは元文期十万坪銭の含二水永の白銅銭。佐渡は白銅質が当たり前なんですけど本体の白銅は未見です。

東北のS様からのお便り・・・
昨年末に猿江正字の大様銭を衝動買いしてしまいました。
銭径24.50㎜、内径19.50㎜、背内径16.90㎜、厚さ0.95㎜です。銭径が24㎜を越えるものは初めてです。内郭はヤスリ仕上げしてありますが、輪側の仕上げがいまいちです。母銭として購入しましたが、薄いことと鋳肌が少し粗いようで疑問ですが、通用銭にしては大きすぎます。こんなものもあるというご参考までに・・・。
※猿江銭には白銅の母銭があり、銭径も結構大きく立派です。当然ながら白銅でない大型の母銭も存在すると思います。なお、この猿江銭は銭籍がなかなか定まらず、古くは元文期猿江、宝永期丸屋、元文期十万坪など流浪状態で、さらに近年の遺跡調査により富士山の宝永火口噴火の火砕流よって埋もれた遺跡から正字と小字が出土していることから少なくとも宝永期以前、元禄期あたりまでさかのぼる可能性が指摘されています。
私は母銭は専門でないので分かりませんが、新寛永通宝カタログによると母銭の外径は24.1㎜とあります。つまり24㎜超えは存在するようなのですが、24.5㎜は巨大な方になります。正字には「濶縁・狭穿・背広郭」の一品もの(銭幣館旧蔵・・・今は造幣局博物館蔵か?)の存在が知られており、増尾富房編集の新寛永泉志には拓本と母一、通用一の位付けまでありますが、拓本が歪んでいてだらしなく見えるので、正規の品(特に通用銭)があるのかどうか疑われるところ。S様もいまひとつ納得がいかない点もあるようなので、猿江正字の大型母銭をお持ちの方の投稿、ご意見をお待ちしております。

 
1月1日【幽玄なる世界】
まるで映画のワンシーンみたいでしょう?これは梅ヶ瀬渓谷の奥地の日高邸跡と呼ばれる場所。日高は宮崎県の元高鍋藩士で、明治維新によって喰い詰めた武士のためにこの地に理想郷を作ろうとした人なのです。明治政府から広大な官有地(実際は未開の山林)の払い下げを受けて治水開墾し、梅や紅葉、果樹を植えたり、川筋を変えて水田を作り養魚場も作りました。彼を慕って各地から弟子入りするものが後を絶たず、多くの門下生に対して様々な教養を教える私塾的な場所になっていました。
養老渓谷の紅葉・・・というと、何かと粟又の滝(大多喜側)がTVに取り上げられますが、実はこの梅ヶ瀬渓谷こそ紅葉の名所としての発祥の地なんですね。大多喜側の紅葉は観光のため昭和後半に植えられたものが多いのです。(梅ヶ瀬の紅葉も明治期に植えられたものが多いので、あまり変わらないかな?目的は観光と言うより、日高は文化人として紅葉を愛したのではないかしら。)
日高邸跡は養老川の支流の梅ヶ瀬側の源流近い奥地にあり、養老渓谷駅からだと徒歩2~3時間ぐらいはかかります。 この場所は周囲を深い山と小川に囲まれていて小高い丘状の中州になっています。したがってここでは風に木の葉が擦れる音と鳥の声しか聞こえません。目の前には渓谷の絶壁が迫ります。晩秋になると周囲から落葉が降り注ぎ紅葉の絨毯が敷き詰められ、短期間このような鮮やかな状態になります。日高はここで書をしたため、琴を弾き、詩歌を詠んだとか・・・風流人ですね。日高の存在によってこの周辺は農村でありながら武家文化が色濃く残されています。と・・・新年早々古銭とは関係ない話になってしまいました。
コロナのせいで古銭会などには一切参加できず、人との交流もなくなってしまいました。無駄遣いはしていない・・・と思いきやそれなりに散財をしておりますが、古銭に出会う機会が限られているため、これぞと思う品にはなかなか出会えません。私のような俗物を日高はいったいどう思うのでしょうか。生きて食べられるだけで幸せですよね。
マイブーム散歩道のうち、お勧めポイント(2021年)
1.鴨川四方木の滝周辺(秘境地) 新緑、紅葉時期は最高の秘境。車で行くまでが大変。
2.鋸山の石切り場と日本寺 階段地獄が待ってます。夏場はNG。
3.高宕山(高宕大滝から登るルート) 奇岩が出迎える絶叫スポット。
4.伊予ヶ岳 初心者でも登れる岩登り登山。ただし、落ちたら命の保証なし。
5.梅ヶ瀬渓谷の紅葉 奇跡の写真を求めて・・・川渡りが楽しい。
6.真高寺~永昌寺の古道散歩、浦白川のドンドン マニアック手掘り隧道巡り
7.養老渓谷 滝巡りコース(粟又の滝) 千葉観光の定番、お手軽です。
8.麻綿原高原と内浦県民の森 紫陽花の季節以外の秋冬が静かで良いかも。入場制限もある秘境です。
もちろん、養老渓谷駅周辺は毎週のように出かけていました。滝探しをしてまして、Googleマップにかなり投稿しています。
 
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